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第29話 勇気を出して
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ちょっとした水泳を楽しむのに丁度良さそうな大きさの川が流れている。
川原は緩やかな坂になっており、一面にシロツメクサが生えて白い花を咲かせていた。
二人は川の畔に並んで腰を下ろし、先程買ったクッキーの袋を開けていた。
「どうぞ」
「……ありがとう」
焼きたてのクッキーは、さくりと軽い音を立てて口の中でほろほろと溶け崩れた。
鼻から抜けていくバターの香りを感じながら、ミカは感想を口にした。
「……美味しい」
「良かった」
アレクは微笑んで、クッキーを口に運んだ。
さくさくとクッキーを食べながら、言う。
「ミカさんが元気になられたようで、僕は嬉しいです」
まっすぐに川に視線を向けたまま、彼はすっと表情を引き締めて、呟いた。
「……貴女には、笑顔が似合います。それを消してしまうなんて、僕は心が痛い」
それは、アレクの心からの言葉だった。
ミカは俯いた。
今の言葉が、彼女にはアレクの嘆きの声のように聞こえたのだ。
「僕には貴女にお願いをする資格なんてないのかもしれませんが、言わせて下さい。どうか、自ら死を選ぶようなことだけはしないで下さい」
アレクの手が、隣に置かれていたミカの手をそっと握る。
ミカはどきっとして、握られた手に目を向けた。
「僕は、貴女に笑顔で生きていてもらいたい。そのためだったら、できることならどんなことでもするつもりです」
どんなことでも。
ミカの心が切なさに揺れた。
それなら……私のことを、愛してほしい。
強欲な願いかもしれない。しかし、それがミカの胸中にある本気の気持ちだった。
歳が離れている? 人間ではない?
そんなの、関係ない。
自分には、彼が必要なのだ。他の人では駄目なのだ。
彼にとっては、自分は妹のような存在なのかもしれない。恋愛対象としては見ていないのかもしれない。
それでも、声を大にして言いたかった。自分は、貴方のことを愛していますと。
「……私、は」
勇気を出せ。今言わなければいつ言うんだ。
リルディアも言っていた。きちんと言わなければこの想いが伝わることはないと。
震えそうになる背中を懸命に伸ばして、彼女は言った。
「私は、アレクのことが──」
「いい雰囲気だねー、そこのお二人さん」
小さなその言葉は、突如として割って入ってきた男の声に掻き消された。
二人は声のした方に目を向ける。
如何にもならず者といった雰囲気の男たちが、にやにやと二人のことを見つめていた。
「俺たちも仲間に入れてよ。独り占めしないでさぁ」
「……何だ。あんたたちは」
目つきを険しくして男たちを睨むアレク。
男の一人が怖い怖いと言いながら肩を竦めて、指を差した。
その指先は、まっすぐにミカを差していた。
「用があるのはそっちの女の子。お前はお呼びじゃないの」
「!」
びくっと身を縮ませるミカ。
アレクは彼女を男たちの視界から隠すように両腕を広げて、腰を浮かせた。
「……今すぐに帰れ」
「あれー、やる気? お兄さん一人でこの人数を相手にできると本気で思ってんの?」
男たちは四人いる。皆喧嘩慣れしていそうな体つきだ。
しかしアレクは、それにも怯まなかった。
「痛い目見ないと分からない? お兄さん、馬鹿だねぇ」
「お前たちの方こそ、覚悟しておけよ」
ふっと口元に僅かな笑みを浮かべて、彼は拳を握り、構えを取った。
「僕に喧嘩を売ったことを後悔させてやる。命のいらない奴からかかってこい」
「言ってくれるね! 遠慮することはない、やっちまえ!」
男たちが飛びかかってくる。
拳の飛び交う乱闘が、ミカの目の前で始まった。
川原は緩やかな坂になっており、一面にシロツメクサが生えて白い花を咲かせていた。
二人は川の畔に並んで腰を下ろし、先程買ったクッキーの袋を開けていた。
「どうぞ」
「……ありがとう」
焼きたてのクッキーは、さくりと軽い音を立てて口の中でほろほろと溶け崩れた。
鼻から抜けていくバターの香りを感じながら、ミカは感想を口にした。
「……美味しい」
「良かった」
アレクは微笑んで、クッキーを口に運んだ。
さくさくとクッキーを食べながら、言う。
「ミカさんが元気になられたようで、僕は嬉しいです」
まっすぐに川に視線を向けたまま、彼はすっと表情を引き締めて、呟いた。
「……貴女には、笑顔が似合います。それを消してしまうなんて、僕は心が痛い」
それは、アレクの心からの言葉だった。
ミカは俯いた。
今の言葉が、彼女にはアレクの嘆きの声のように聞こえたのだ。
「僕には貴女にお願いをする資格なんてないのかもしれませんが、言わせて下さい。どうか、自ら死を選ぶようなことだけはしないで下さい」
アレクの手が、隣に置かれていたミカの手をそっと握る。
ミカはどきっとして、握られた手に目を向けた。
「僕は、貴女に笑顔で生きていてもらいたい。そのためだったら、できることならどんなことでもするつもりです」
どんなことでも。
ミカの心が切なさに揺れた。
それなら……私のことを、愛してほしい。
強欲な願いかもしれない。しかし、それがミカの胸中にある本気の気持ちだった。
歳が離れている? 人間ではない?
そんなの、関係ない。
自分には、彼が必要なのだ。他の人では駄目なのだ。
彼にとっては、自分は妹のような存在なのかもしれない。恋愛対象としては見ていないのかもしれない。
それでも、声を大にして言いたかった。自分は、貴方のことを愛していますと。
「……私、は」
勇気を出せ。今言わなければいつ言うんだ。
リルディアも言っていた。きちんと言わなければこの想いが伝わることはないと。
震えそうになる背中を懸命に伸ばして、彼女は言った。
「私は、アレクのことが──」
「いい雰囲気だねー、そこのお二人さん」
小さなその言葉は、突如として割って入ってきた男の声に掻き消された。
二人は声のした方に目を向ける。
如何にもならず者といった雰囲気の男たちが、にやにやと二人のことを見つめていた。
「俺たちも仲間に入れてよ。独り占めしないでさぁ」
「……何だ。あんたたちは」
目つきを険しくして男たちを睨むアレク。
男の一人が怖い怖いと言いながら肩を竦めて、指を差した。
その指先は、まっすぐにミカを差していた。
「用があるのはそっちの女の子。お前はお呼びじゃないの」
「!」
びくっと身を縮ませるミカ。
アレクは彼女を男たちの視界から隠すように両腕を広げて、腰を浮かせた。
「……今すぐに帰れ」
「あれー、やる気? お兄さん一人でこの人数を相手にできると本気で思ってんの?」
男たちは四人いる。皆喧嘩慣れしていそうな体つきだ。
しかしアレクは、それにも怯まなかった。
「痛い目見ないと分からない? お兄さん、馬鹿だねぇ」
「お前たちの方こそ、覚悟しておけよ」
ふっと口元に僅かな笑みを浮かべて、彼は拳を握り、構えを取った。
「僕に喧嘩を売ったことを後悔させてやる。命のいらない奴からかかってこい」
「言ってくれるね! 遠慮することはない、やっちまえ!」
男たちが飛びかかってくる。
拳の飛び交う乱闘が、ミカの目の前で始まった。
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