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第74話 物語は永遠に
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季節は移ろい──
土地を切り開いて作られた畑に、たくさんの麦が植わっている。
風に穂を揺らす様は、さながら黄金の海のようだ。
その海の中に、穂を刈り取りながら進むふたつの人影があった。
「ミカ。無理はしなくていいからね」
「大丈夫。まだまだ働けるよ。私は元気なんだから」
額の汗を拭い、折り曲げていた腰を伸ばすアレク。
その横で、刈り取った麦を籠に入れながらミカは笑った。
──此処は、村で育てている麦畑。
彼らは此処で、畑の世話をしながら日々を過ごしていた。
「君はいつも大丈夫だって言うけれど」
アレクはミカの手から籠を取り上げて、彼女の背中をそっと抱いた。
「もう、君一人の体じゃないんだから。少しは僕の言うことも聞いてくれないと」
「それは、気を付けてるよ」
ミカは自分の腹にそっと手を当てた。
くすりと笑って、悪戯っぽくアレクに問いかける。
「ね。男の子かな。女の子かな」
「んー……」
アレクは顎に手を当てて、ミカの腹をじっと見つめて唸った。
ややあって、笑う。
「どっちでもいいよ。元気に産まれてきてくれれば」
「私、アレクに似てくれればいいなって思ってる」
ミカはアレクの頬に指先を触れた。
「優しくて、素直ないい子に育ってくれればって」
「そうかい? 僕はミカに似てくれればいいなって思ってるけど」
アレクはミカの髪を撫でた。
「おしとやかで、でも自分の思いはきちんと言える、心の強い子になってほしいな」
「私、そんなにおしとやかじゃないよ?」
見つめ合い、ふふっと笑い合う二人。
そんな彼らを、遠くから呼ぶ声があった。
「アレク、ちょっといいか?」
「はい、すぐに行きます!」
籠を背負って、アレクは大きな返事をした。
「ちょっと行ってくるよ」
「私も行くよ」
二人は畑を出て、家々が並ぶ通りへと向かった。
「……行商……ですか?」
村長の言葉に、アレクは目を瞬かせながら問い返した。
「今年は麦が豊作じゃったからのう。隣町に行って麦を売ってほしいんじゃ」
白い髭をたくわえた老齢の村長は、茶を啜りながら言った。
「お前さん、冒険者じゃったじゃろう? 隣町までの旅は危険が伴うから、誰にでも頼めるようなことじゃないんじゃよ。何とか、引き受けてはもらえんかの」
隣町までは徒歩で一日ほどかかる。比較的近い距離ではあるが、魔物がいるこの御時勢ではちょっとの旅も楽観視はできないのだ。
アレクはこの村に落ち着く前は世界を渡り歩く冒険者だった。若いし、何より力もある。彼以上の適任はこの村にはいないだろう。
「お前さんも色々とあって大変だということは承知しているんじゃが……この通りじゃ」
「分かりました。いいですよ」
アレクは快く頷いた。
「僕の商売の腕前で売り切れるかどうかは分かりませんが……何とか、頑張ってみます」
「すまんのう」
頼みを引き受けてもらった村長は嬉しそうだ。
アレクは隣の席に座っているミカに言った。
「……そういうわけだから、少しの間ではあるけど旅に出るよ。君は家で待っててほしい」
「ううん。私も一緒に行く」
ミカは首を振った。
アレクの微笑が驚愕の色へと変わった。
「一人で商売をするのは大変だと思うの。だから私にも手伝わせて。二人で売れば、絶対に売れるよ」
「……何を言ってるんだ。隣町までの旅は楽なものじゃないんだぞ。今の君の体で──」
「ちょっとくらい無理したって平気。だって、私とアレクの子供だよ? そんなに弱い子じゃないよ」
ミカは引かなかった。
彼女は毅然とした態度で、アレクの目をまっすぐに見据えて、言った。
「お願い。一緒に連れていって」
「…………」
アレクはくしゃくしゃと髪を掻いた。
考え込み、息を吐いて、分かったと頷く。
「ちょっとでも無理だと思ったらすぐに言うんだよ。いいね?」
「分かってる。ありがとう、アレク」
ミカは笑った。
本当に、彼女は強くなったね。母親になるという思いが、彼女を育てたのかもしれないね。
こうして、隣町まで行商の旅に出ることになったアレクとミカ。
出立の朝、二人は村人たちに見送られて村を旅立った。
馬車の荷台に大量の麦とミカを乗せて。
アレクが駆る馬車は、隣町へと続く道をごろごろと走っていく。
空は穏やかに晴れている。この分なら、道中雨に降られるといったことはないだろう。
「いい天気だね。晴れて良かったね」
「そうだね」
肩で風を切りながら、二人は笑い合う。
太陽の下を大きな鳥が滑るように横切っていき、遠くに連なる山々を目指して飛んでいった。
──これからも、二人は互いに手を取り合いながら生きていくことだろう。
人が抱く愛というものは、人を此処まで強くするものなんだね。
私は人の愛というものがどういうものなのかは分からないけれど、素晴らしい力を持った感情なのだということは分かる。
生きていた世界も時代も異なっていた二人が織り成す、不器用ながらも確かな形を持つ愛の物語は──
今後も私の目の届かないところで紡がれていくことだろう。
……さあ、時間だ。今日も世界の狭間で、ホテル・ミラージュは変わることのない姿で数多の客人たちを迎え入れている。
君も、機会があったら客人として旅館に来てくれたまえ。
最高級のもてなしで君を迎えることを約束するよ。
土地を切り開いて作られた畑に、たくさんの麦が植わっている。
風に穂を揺らす様は、さながら黄金の海のようだ。
その海の中に、穂を刈り取りながら進むふたつの人影があった。
「ミカ。無理はしなくていいからね」
「大丈夫。まだまだ働けるよ。私は元気なんだから」
額の汗を拭い、折り曲げていた腰を伸ばすアレク。
その横で、刈り取った麦を籠に入れながらミカは笑った。
──此処は、村で育てている麦畑。
彼らは此処で、畑の世話をしながら日々を過ごしていた。
「君はいつも大丈夫だって言うけれど」
アレクはミカの手から籠を取り上げて、彼女の背中をそっと抱いた。
「もう、君一人の体じゃないんだから。少しは僕の言うことも聞いてくれないと」
「それは、気を付けてるよ」
ミカは自分の腹にそっと手を当てた。
くすりと笑って、悪戯っぽくアレクに問いかける。
「ね。男の子かな。女の子かな」
「んー……」
アレクは顎に手を当てて、ミカの腹をじっと見つめて唸った。
ややあって、笑う。
「どっちでもいいよ。元気に産まれてきてくれれば」
「私、アレクに似てくれればいいなって思ってる」
ミカはアレクの頬に指先を触れた。
「優しくて、素直ないい子に育ってくれればって」
「そうかい? 僕はミカに似てくれればいいなって思ってるけど」
アレクはミカの髪を撫でた。
「おしとやかで、でも自分の思いはきちんと言える、心の強い子になってほしいな」
「私、そんなにおしとやかじゃないよ?」
見つめ合い、ふふっと笑い合う二人。
そんな彼らを、遠くから呼ぶ声があった。
「アレク、ちょっといいか?」
「はい、すぐに行きます!」
籠を背負って、アレクは大きな返事をした。
「ちょっと行ってくるよ」
「私も行くよ」
二人は畑を出て、家々が並ぶ通りへと向かった。
「……行商……ですか?」
村長の言葉に、アレクは目を瞬かせながら問い返した。
「今年は麦が豊作じゃったからのう。隣町に行って麦を売ってほしいんじゃ」
白い髭をたくわえた老齢の村長は、茶を啜りながら言った。
「お前さん、冒険者じゃったじゃろう? 隣町までの旅は危険が伴うから、誰にでも頼めるようなことじゃないんじゃよ。何とか、引き受けてはもらえんかの」
隣町までは徒歩で一日ほどかかる。比較的近い距離ではあるが、魔物がいるこの御時勢ではちょっとの旅も楽観視はできないのだ。
アレクはこの村に落ち着く前は世界を渡り歩く冒険者だった。若いし、何より力もある。彼以上の適任はこの村にはいないだろう。
「お前さんも色々とあって大変だということは承知しているんじゃが……この通りじゃ」
「分かりました。いいですよ」
アレクは快く頷いた。
「僕の商売の腕前で売り切れるかどうかは分かりませんが……何とか、頑張ってみます」
「すまんのう」
頼みを引き受けてもらった村長は嬉しそうだ。
アレクは隣の席に座っているミカに言った。
「……そういうわけだから、少しの間ではあるけど旅に出るよ。君は家で待っててほしい」
「ううん。私も一緒に行く」
ミカは首を振った。
アレクの微笑が驚愕の色へと変わった。
「一人で商売をするのは大変だと思うの。だから私にも手伝わせて。二人で売れば、絶対に売れるよ」
「……何を言ってるんだ。隣町までの旅は楽なものじゃないんだぞ。今の君の体で──」
「ちょっとくらい無理したって平気。だって、私とアレクの子供だよ? そんなに弱い子じゃないよ」
ミカは引かなかった。
彼女は毅然とした態度で、アレクの目をまっすぐに見据えて、言った。
「お願い。一緒に連れていって」
「…………」
アレクはくしゃくしゃと髪を掻いた。
考え込み、息を吐いて、分かったと頷く。
「ちょっとでも無理だと思ったらすぐに言うんだよ。いいね?」
「分かってる。ありがとう、アレク」
ミカは笑った。
本当に、彼女は強くなったね。母親になるという思いが、彼女を育てたのかもしれないね。
こうして、隣町まで行商の旅に出ることになったアレクとミカ。
出立の朝、二人は村人たちに見送られて村を旅立った。
馬車の荷台に大量の麦とミカを乗せて。
アレクが駆る馬車は、隣町へと続く道をごろごろと走っていく。
空は穏やかに晴れている。この分なら、道中雨に降られるといったことはないだろう。
「いい天気だね。晴れて良かったね」
「そうだね」
肩で風を切りながら、二人は笑い合う。
太陽の下を大きな鳥が滑るように横切っていき、遠くに連なる山々を目指して飛んでいった。
──これからも、二人は互いに手を取り合いながら生きていくことだろう。
人が抱く愛というものは、人を此処まで強くするものなんだね。
私は人の愛というものがどういうものなのかは分からないけれど、素晴らしい力を持った感情なのだということは分かる。
生きていた世界も時代も異なっていた二人が織り成す、不器用ながらも確かな形を持つ愛の物語は──
今後も私の目の届かないところで紡がれていくことだろう。
……さあ、時間だ。今日も世界の狭間で、ホテル・ミラージュは変わることのない姿で数多の客人たちを迎え入れている。
君も、機会があったら客人として旅館に来てくれたまえ。
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