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第19話 女の争いは犬も食わない

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 道中襲い来る魔物を蹴散らしながら、俺たちは半日をかけて大きな川の傍までやって来た。
 リンネが描いた地図に記されていた、トスカの街の東側にあった川である。
 小さな川だろうと思っていたのだが、間近で見ると結構大きい。昔一度だけ利根川の傍まで行ったことがあるのだが、それの広さとこの川の広さはよく似ていた。
 これだけの川幅があるのだから、何処かに川を渡るための橋があるのだろうが……ざっと近場を見回した限りでは、そういったものは見当たらなかった。
 日は既に暮れかけているし、完全に夜になる前に橋を見つけて川を渡れるとも思えない。
 身の安全を考慮して、俺たちは此処でちょっと早めに野宿をすることにした。

「お前、本当に役立たずだな」
 テントを張って結界を施し、焚き火を熾すための準備をしていると。
 大量の枝を地面に下ろしたソルが、傍らのリンネを見てそう言った。
「魔物が出た時もレイの後ろに隠れて突っ立ってただけだし。お前、本当におれたちの旅に協力する気あるのかよ」
 魔物が出てきた時、リンネは一切戦うことをしなかった。
 俺の背後に身を隠して小さくなっていただけで、正直言って戦闘の役に立つとは言えなかった。
 まあ、リンネは商人であって冒険者ではないから、それでも何ら不思議なことではないのだけど。
 しかしソルにとっては、それが気に入らなかったらしい。
「せめて護身用の武器を持つくらいしろよな。お前がいくら戦いの素人だっていっても、ナイフを持つくらいはできるだろうが」
「何言ってるのさ。ボクは商人だよ? 商人は魔物と戦うことが仕事じゃないんだよ。そんなこと、できるわけないでしょ」
 ソルの言葉を馬耳東風といった感じで横に流しながら、リンネは腕を組んだ。
「商人の仕事は商売をしてお金を儲けること。そのためのリスクを減らすためにレイをビジネスパートナーに選んだんじゃないか。全く、分かってないなぁ、君は」
「ビジネスパートナー?」
 首を傾げる俺に、リンネはにっこりと笑って言った。
「そ。この旅はボクにとって一攫千金のチャンスなんだよ」
 彼女の旅の目的は、世界中の国を巡って地図を作ること……と言っていたが。
 それが、一攫千金のチャンス?
「地図を作ることが何で一攫千金になるんだ?」
「何でも、この国の王様が他の国と交流をするための準備を進めているそうじゃないか」
 確かに、カシューヴェルド王はそうすることを約束してくれた。
 すぐに国交が始まる……というわけではないが、いずれは、他国への門が開かれて多くの人々が国の間を行き来するようになるだろう。
「他の国との交流が始まれば、目新しいものが好きな冒険者たちが新天地を目指して他の国を旅するようになる。その時に彼らがこぞって求めるのが、地図さ。ボクは彼らを相手に大きな商売をして、大儲けしたいんだよ」
 現在、他国とは交流がない状態なので他国に出る人間は基本的にいないのだという。
 わざわざ大きなリスクを冒してまで他国に出るメリットがないからだ。
 歩く人間がいないのだから、当然その土地に関する情報があるわけがない。地図なんて存在しなくて当然のこと。
 リンネは、これから必ず来るであろう他国間交流の時を見据えて、先駆けて地図を作ろうとしているのだ。
 地図を作れば、必ず売れる。そう見越して。
 そのために未知数の危険を孕んだ旅をしようと考えるのだから……全く、商魂逞しいものだ。
「商人は一攫千金のために命を賭けるのさ。魔物が怖いからって、一箇所に留まって小さくなってなんていられないよ」
「お前が何を考えてどういう旅をしようが、それは別におれの知ったこっちゃないけどな」
 ふん、と鼻を鳴らしてリンネをじろりと睨むソル。
「レイの足を引っ張ることだけはするなよ。お前が幾ら地図作りが上手いっつっても、それ以外が足手まといだってことには変わりないんだからな」
「何言ってるのさ。ボクとレイの相性は最高だよ? これ以上にないってくらいなんだから」
 にやりとして自らの胸をとんとんと叩くリンネ。
「きっと、体の相性も抜群だと思うよ。試してみる?」
「な、何言ってんだ、そんなの駄目に決まってるだろ!」
 ソルは慌てた様子で抱えていた木の枝を放り出し、リンネに詰め寄った。
「レイのパートナーはおれだ! それは絶対に譲らない! 先にレイとやったのはおれなんだからな!」
「どっちが先かなんて、そんなくだらない問題を引き合いに出さないでほしいなぁ。重要なのは相性でしょ、心が惹き合った者の勝ちでしょ」
「はっ、レイがお前みたいな無能な子供を選ぶわけないだろ!」
「ちょっと、言ってくれるね。そう言う君の方こそ、がさつな男女じゃないか。勇者に相応しい人間だとは思えないね」
 ……こいつら……
 俺は頭を抱えた。
 当事者の俺を蚊帳の外に置いて、何二人でヒートアップしちゃってるんだよ。
 しかも、やるだのやらないだの……俺が女だったら誰でも抱くみたいな言い方するなよ。
 普通の男は自分のことを奪い合ってる女たちを目の前にして喜ぶんだろうが、俺は全く嬉しいとは思わない。
 俺はハーレムを作るために勇者になったわけじゃないんだよ。
 二人の顔が、同時に俺の方を向いた。
「レイ、こうなったらあんたが決めてくれ! おれとこいつのどっちを選ぶか!」
「戦うしかできない野蛮人よりも、可憐な乙女の方がいいよね? さあ、はっきり言ってあげてよ、君の口から!」
「……あんたたちはなぁ!」
 俺は天を仰いで声を張り上げた。

 結局、この言い争いはドローだということで俺が無理矢理終結させた。
 俺は二人に旅仲間なんだからもう少し仲良くしろと言い聞かせて、夕飯をさっさと食べて先にテントの中へと引っ込んだ。
 何か、二人に付き合ってたせいで無駄に疲れた。早く寝て頭の中をすっきりさせたいよ。
 俺は頭からすっぽりと毛布を被って、体を丸めてさっさと眠りに就いたのだった。
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