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4 あの日に戻ったら
しおりを挟む「おまえに魅力がないのが悪いのよ!」
バシャッ
義母のグラスから、赤いワインが飛び散る。
ドレスの胸元が赤く染まる。
「おまえの努力が足りないのよ! もっと女らしい体になりなさい! その平民臭さを消しなさい! 平民の分際で、侯爵家に嫁いだのだから、子供ぐらい、さっさと産むべきでしょう!」
酔っぱらった義母は、私を罵り続ける。
ああ、戻って来た。
3か月前、侯爵家で開いた新年会だ。
私は、禁忌の魔法を使ったのだ。
この夜、赤ちゃんを妊娠した……と信じ込まされたのだ。
「母上、大声を出してどうしたんです? みんなが見てますよ」
へらへら笑いながら、夫がワイングラスを持って近寄って来た。
彼の腕には、アンナがつかまっていて、私をにらみつけている。
「ああ、ジェイムズ。ひっく、全部、この嫁が悪いのよ。あなたは悪くないわ。っく、こんな平民女と、子供なんて作りたくないわよね。でもね、仕方ないのよ。契約がね、借金が…」
「母上。飲みすぎですよ。ほら、アンナがびっくりしてるじゃないですか」
「お母様。お水を持って来させますわ」
夫の腕からするりと手をのけると、アンナは、長い栗色の髪を揺らしながら、メイドを呼びに行った。
「まあ、アンナは良い子ね。でもね、あの子の実家が、うちより貧乏なのが、悪いのよ。それに、たかが男爵家だし。ああ、でも、お金さえあればよかったのよ。平民の嫁よりも、アンナの方が、貴族の血をひいているんだからね」
「はいはい。母上、そうですね。あれ? マーガレット。ドレスが汚れてるじゃないか」
夫は、今気が付いたとでもいうように、ドレスの胸元をハンカチでぬぐっている私に、声をかけた。
「着替えた方がいいよ。でも、その前に、ワインで乾杯しよう。めでたい新年の記念に」
夫の手の中にあるワイングラスを見つめる。濁った赤。
きっと、このワインの中には……。
「ありがとうございます」
お礼を言って、赤いワインを受け取る。
「乾杯だ」
夫は一気にワインをあおった。私は、口をつけるふりをして、こっそりとハンカチにしみ込ませた。夫が私をじっと見ている。だから、ふらつきながら、目を閉じて、床に倒れた。
「マーガレット、どうしたんだい?」
どこか嬉しそうな夫の声が聞こえる。
私は、目をつぶったまま、体の力を抜く。一度目の時と同じように眠りにつく……ふりをした。
「あら、もう眠ったの? 効き目が強いわね。分量を間違えたかしら?」
アンナの声が聞こえてきた。
「おい! アダム。この女を部屋に連れていけ」
アダム? まさか義弟もこれに関わっていたの?
前髪で顔を隠した猫背の義弟の姿を思い浮かべる。
いつもびくびくして、夫と義母の顔色を伺っていた義弟。
生まれつき片目が見えなかったことから、貴族に不適格だと言われ、母親に虐待されて育ったそうだ。
でも、彼は、とても頭が良くて、夫の代わりに仕事をしていた。時々、私にお菓子や花を差し入れてくれた。気が弱いけれど、善良で優しい人だと思っていたのに……。
アダムの手が、私にそっと触れるのを感じた。優しくゆっくりと抱きかかえられる。まるで宝物でも運ぶかのように。
そして、そのまま物置小屋に連れ帰られた。人を一人抱えていると思えないほど、しっかりした足取りだった。
ベッドの上にそっと横たえられるまで、私は彼の腕の中で静かに目を閉じて、眠っているふりを続けていた。
目を開けた時には、ドアの前にアダムの後姿が見えた。
「待って、アダム」
部屋を出て行こうとするアダムを呼び止める。
彼は、びくりと大きく震えてから振り向いた。
「お、お、起きていたんですか?」
「そうよ、眠ってなんかないわ。それよりも、ドレスは脱がさなくていいの?」
「え、ええ? ど、どど」
顔を覆うボサボサの前髪のせいで、アダムの表情は見えない。でも、彼がひどく動揺しているのは分かる。
「私が夫と寝たように見せるんでしょう? ドレスを着たままじゃ、子供を作れないわよ」
「ね、寝た?」
「ああ、もう。そう言う計画なんでしょう? 私を薬で眠らせて、この日に妊娠させたみたいに偽るんでしょう? あなたも知ってるんでしょう?」
「し、し、知らない……」
アダムは、勢いよく首を振る。
あら、本当に知らないみたいね。そう。それなら、良かったわ。
「いいわ。じゃあ、ドレスを脱ぐのを手伝って?」
「えっ?」
「早くしてちょうだい。メイドはどうせ来てくれないでしょう? 一人じゃ脱げないのよ。あなたの母親にかけられたワインが気持ち悪いの! さあ、早くしなさい!」
きつい口調で命令すると、アダムはすぐに私に従った。きっと、命令されることに慣れ切っているのだろう。
気弱な義弟は、意外にも器用な手つきで、コルセットのひもをはずしていく。
「そ、それじゃあ、ぼ、ぼくは、こ、これで……」
ひもをほどき終わったら、すぐさまアダムは部屋を出て行こうとした。私はそれを呼び止める。
「まだよ。こっちに来て、私を見て」
「え? ええっ? な、な、何してるんですか」
私は勢いよく下着を脱いだ。
裸を見せられたアダムは、動揺して、顔を背けようとする。
でも、金色の髪の間から、紫色が見えた。
私は急いで、アダムの側に駆け寄り、彼の顔に手をかけた。
「あなたの目、綺麗な紫色。ジェイムズと同じだわ」
アダムの前髪をかき上げた。
片目は眼帯で隠してあるから見えないけれど、もう一方は、綺麗な澄んだ紫色だった。
「ねえ、アダム。私と赤ちゃんを作りましょう」
バシャッ
義母のグラスから、赤いワインが飛び散る。
ドレスの胸元が赤く染まる。
「おまえの努力が足りないのよ! もっと女らしい体になりなさい! その平民臭さを消しなさい! 平民の分際で、侯爵家に嫁いだのだから、子供ぐらい、さっさと産むべきでしょう!」
酔っぱらった義母は、私を罵り続ける。
ああ、戻って来た。
3か月前、侯爵家で開いた新年会だ。
私は、禁忌の魔法を使ったのだ。
この夜、赤ちゃんを妊娠した……と信じ込まされたのだ。
「母上、大声を出してどうしたんです? みんなが見てますよ」
へらへら笑いながら、夫がワイングラスを持って近寄って来た。
彼の腕には、アンナがつかまっていて、私をにらみつけている。
「ああ、ジェイムズ。ひっく、全部、この嫁が悪いのよ。あなたは悪くないわ。っく、こんな平民女と、子供なんて作りたくないわよね。でもね、仕方ないのよ。契約がね、借金が…」
「母上。飲みすぎですよ。ほら、アンナがびっくりしてるじゃないですか」
「お母様。お水を持って来させますわ」
夫の腕からするりと手をのけると、アンナは、長い栗色の髪を揺らしながら、メイドを呼びに行った。
「まあ、アンナは良い子ね。でもね、あの子の実家が、うちより貧乏なのが、悪いのよ。それに、たかが男爵家だし。ああ、でも、お金さえあればよかったのよ。平民の嫁よりも、アンナの方が、貴族の血をひいているんだからね」
「はいはい。母上、そうですね。あれ? マーガレット。ドレスが汚れてるじゃないか」
夫は、今気が付いたとでもいうように、ドレスの胸元をハンカチでぬぐっている私に、声をかけた。
「着替えた方がいいよ。でも、その前に、ワインで乾杯しよう。めでたい新年の記念に」
夫の手の中にあるワイングラスを見つめる。濁った赤。
きっと、このワインの中には……。
「ありがとうございます」
お礼を言って、赤いワインを受け取る。
「乾杯だ」
夫は一気にワインをあおった。私は、口をつけるふりをして、こっそりとハンカチにしみ込ませた。夫が私をじっと見ている。だから、ふらつきながら、目を閉じて、床に倒れた。
「マーガレット、どうしたんだい?」
どこか嬉しそうな夫の声が聞こえる。
私は、目をつぶったまま、体の力を抜く。一度目の時と同じように眠りにつく……ふりをした。
「あら、もう眠ったの? 効き目が強いわね。分量を間違えたかしら?」
アンナの声が聞こえてきた。
「おい! アダム。この女を部屋に連れていけ」
アダム? まさか義弟もこれに関わっていたの?
前髪で顔を隠した猫背の義弟の姿を思い浮かべる。
いつもびくびくして、夫と義母の顔色を伺っていた義弟。
生まれつき片目が見えなかったことから、貴族に不適格だと言われ、母親に虐待されて育ったそうだ。
でも、彼は、とても頭が良くて、夫の代わりに仕事をしていた。時々、私にお菓子や花を差し入れてくれた。気が弱いけれど、善良で優しい人だと思っていたのに……。
アダムの手が、私にそっと触れるのを感じた。優しくゆっくりと抱きかかえられる。まるで宝物でも運ぶかのように。
そして、そのまま物置小屋に連れ帰られた。人を一人抱えていると思えないほど、しっかりした足取りだった。
ベッドの上にそっと横たえられるまで、私は彼の腕の中で静かに目を閉じて、眠っているふりを続けていた。
目を開けた時には、ドアの前にアダムの後姿が見えた。
「待って、アダム」
部屋を出て行こうとするアダムを呼び止める。
彼は、びくりと大きく震えてから振り向いた。
「お、お、起きていたんですか?」
「そうよ、眠ってなんかないわ。それよりも、ドレスは脱がさなくていいの?」
「え、ええ? ど、どど」
顔を覆うボサボサの前髪のせいで、アダムの表情は見えない。でも、彼がひどく動揺しているのは分かる。
「私が夫と寝たように見せるんでしょう? ドレスを着たままじゃ、子供を作れないわよ」
「ね、寝た?」
「ああ、もう。そう言う計画なんでしょう? 私を薬で眠らせて、この日に妊娠させたみたいに偽るんでしょう? あなたも知ってるんでしょう?」
「し、し、知らない……」
アダムは、勢いよく首を振る。
あら、本当に知らないみたいね。そう。それなら、良かったわ。
「いいわ。じゃあ、ドレスを脱ぐのを手伝って?」
「えっ?」
「早くしてちょうだい。メイドはどうせ来てくれないでしょう? 一人じゃ脱げないのよ。あなたの母親にかけられたワインが気持ち悪いの! さあ、早くしなさい!」
きつい口調で命令すると、アダムはすぐに私に従った。きっと、命令されることに慣れ切っているのだろう。
気弱な義弟は、意外にも器用な手つきで、コルセットのひもをはずしていく。
「そ、それじゃあ、ぼ、ぼくは、こ、これで……」
ひもをほどき終わったら、すぐさまアダムは部屋を出て行こうとした。私はそれを呼び止める。
「まだよ。こっちに来て、私を見て」
「え? ええっ? な、な、何してるんですか」
私は勢いよく下着を脱いだ。
裸を見せられたアダムは、動揺して、顔を背けようとする。
でも、金色の髪の間から、紫色が見えた。
私は急いで、アダムの側に駆け寄り、彼の顔に手をかけた。
「あなたの目、綺麗な紫色。ジェイムズと同じだわ」
アダムの前髪をかき上げた。
片目は眼帯で隠してあるから見えないけれど、もう一方は、綺麗な澄んだ紫色だった。
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