【完結】やり直しはあなたのために〜裏切られた妻は復讐する〜

白崎りか

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「おまえに魅力がないのが悪いのよ!」

 バシャッ

 義母のグラスから、赤いワインが飛び散る。
 ドレスの胸元が赤く染まる。

「おまえの努力が足りないのよ! もっと女らしい体になりなさい! その平民臭さを消しなさい! 平民の分際で、侯爵家に嫁いだのだから、子供ぐらい、さっさと産むべきでしょう!」

 酔っぱらった義母は、私を罵り続ける。

 ああ、戻って来た。
 3か月前、侯爵家で開いた新年会だ。
 私は、禁忌の魔法を使ったのだ。

 この夜、赤ちゃんを妊娠した……と信じ込まされたのだ。

「母上、大声を出してどうしたんです? みんなが見てますよ」

 へらへら笑いながら、夫がワイングラスを持って近寄って来た。
 彼の腕には、アンナがつかまっていて、私をにらみつけている。

「ああ、ジェイムズ。ひっく、全部、この嫁が悪いのよ。あなたは悪くないわ。っく、こんな平民女と、子供なんて作りたくないわよね。でもね、仕方ないのよ。契約がね、借金が…」

「母上。飲みすぎですよ。ほら、アンナがびっくりしてるじゃないですか」

「お母様。お水を持って来させますわ」

 夫の腕からするりと手をのけると、アンナは、長い栗色の髪を揺らしながら、メイドを呼びに行った。

「まあ、アンナは良い子ね。でもね、あの子の実家が、うちより貧乏なのが、悪いのよ。それに、たかが男爵家だし。ああ、でも、お金さえあればよかったのよ。平民の嫁よりも、アンナの方が、貴族の血をひいているんだからね」

「はいはい。母上、そうですね。あれ? マーガレット。ドレスが汚れてるじゃないか」

 夫は、今気が付いたとでもいうように、ドレスの胸元をハンカチでぬぐっている私に、声をかけた。

「着替えた方がいいよ。でも、その前に、ワインで乾杯しよう。めでたい新年の記念に」

 夫の手の中にあるワイングラスを見つめる。濁った赤。
 きっと、このワインの中には……。

「ありがとうございます」

 お礼を言って、赤いワインを受け取る。

「乾杯だ」

 夫は一気にワインをあおった。私は、口をつけるふりをして、こっそりとハンカチにしみ込ませた。夫が私をじっと見ている。だから、ふらつきながら、目を閉じて、床に倒れた。

「マーガレット、どうしたんだい?」

 どこか嬉しそうな夫の声が聞こえる。
 私は、目をつぶったまま、体の力を抜く。一度目の時と同じように眠りにつく……ふりをした。

「あら、もう眠ったの? 効き目が強いわね。分量を間違えたかしら?」

 アンナの声が聞こえてきた。

「おい! アダム。この女を部屋に連れていけ」

 アダム? まさか義弟もこれに関わっていたの?

 前髪で顔を隠した猫背の義弟の姿を思い浮かべる。
 いつもびくびくして、夫と義母の顔色を伺っていた義弟。
 生まれつき片目が見えなかったことから、貴族に不適格だと言われ、母親に虐待されて育ったそうだ。
 でも、彼は、とても頭が良くて、夫の代わりに仕事をしていた。時々、私にお菓子や花を差し入れてくれた。気が弱いけれど、善良で優しい人だと思っていたのに……。

 アダムの手が、私にそっと触れるのを感じた。優しくゆっくりと抱きかかえられる。まるで宝物でも運ぶかのように。

 そして、そのまま物置小屋に連れ帰られた。人を一人抱えていると思えないほど、しっかりした足取りだった。
 ベッドの上にそっと横たえられるまで、私は彼の腕の中で静かに目を閉じて、眠っているふりを続けていた。

 目を開けた時には、ドアの前にアダムの後姿が見えた。

「待って、アダム」

 部屋を出て行こうとするアダムを呼び止める。
 彼は、びくりと大きく震えてから振り向いた。

「お、お、起きていたんですか?」

「そうよ、眠ってなんかないわ。それよりも、ドレスは脱がさなくていいの?」

「え、ええ? ど、どど」

 顔を覆うボサボサの前髪のせいで、アダムの表情は見えない。でも、彼がひどく動揺しているのは分かる。

「私が夫と寝たように見せるんでしょう? ドレスを着たままじゃ、子供を作れないわよ」

「ね、寝た?」

「ああ、もう。そう言う計画なんでしょう? 私を薬で眠らせて、この日に妊娠させたみたいに偽るんでしょう? あなたも知ってるんでしょう?」

「し、し、知らない……」

 アダムは、勢いよく首を振る。
 あら、本当に知らないみたいね。そう。それなら、良かったわ。

「いいわ。じゃあ、ドレスを脱ぐのを手伝って?」

「えっ?」

「早くしてちょうだい。メイドはどうせ来てくれないでしょう? 一人じゃ脱げないのよ。あなたの母親にかけられたワインが気持ち悪いの! さあ、早くしなさい!」

 きつい口調で命令すると、アダムはすぐに私に従った。きっと、命令されることに慣れ切っているのだろう。
 気弱な義弟は、意外にも器用な手つきで、コルセットのひもをはずしていく。

「そ、それじゃあ、ぼ、ぼくは、こ、これで……」

 ひもをほどき終わったら、すぐさまアダムは部屋を出て行こうとした。私はそれを呼び止める。

「まだよ。こっちに来て、私を見て」

「え? ええっ? な、な、何してるんですか」

 私は勢いよく下着を脱いだ。

 裸を見せられたアダムは、動揺して、顔を背けようとする。
 でも、金色の髪の間から、紫色が見えた。
 私は急いで、アダムの側に駆け寄り、彼の顔に手をかけた。

「あなたの目、綺麗な紫色。ジェイムズと同じだわ」

 アダムの前髪をかき上げた。
 片目は眼帯で隠してあるから見えないけれど、もう一方は、綺麗な澄んだ紫色だった。

「ねえ、アダム。私と赤ちゃんを作りましょう」
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