14 / 41
14 調査2
しおりを挟む
銀色の光が目の前を横切る。
「彼女から離れろ」
男の声に、体が解放される。
私はそのまま、地面に倒れ込んだ。
見上げると、ガイウスの首元に、刃が向けられていた。
それは、太陽の光を反射して、きらりと銀色に光っている。
「誰だよ。おまえ」
刃先を見ながら、ガイウスは、一歩二歩とゆっくりと後ろに下がった。
彼が十分に離れると、剣の持ち主は、私の方を向いた。
「お嬢様。ご無事ですか?」
座り込んだ私に、手を差し伸べてくれたのは、護衛騎士だった。
「……ルカ」
「まったく。あなたは……。家から出るなといったでしょう?」
「ごめん、なさい……」
一瞬、ほんの一瞬だけど、ルカがリハルト様に重なった。
迷子になった時に、魔物を倒して、守ってくれたリハルト様に。
助けてくれた。
リハルト様みたいに。
じっと見つめると、ルカは困ったように微笑んだ。そして、私を叱ってくれる。
「自分から危険に飛び込んで、どうするんです? 私に任せてくださいと言ったでしょう?」
「うん。ごめん……」
「さあ、もう帰りますよ。今度からは、私がいない時は、出歩いてはいけませんよ」
「うん、わかった」
ルカの手を取って、ゆっくり立ち上がる。ふがいなさと申し訳なさでいっぱいになる。そのまま、ルカに手をつながれ、この場を離れようとした。
「おい、待てよ。貴族に刃を向けて、ただで帰れると思うな!」
後ろから声をかけられる。
振り向くと、ガイウスが白い棒を握って、私達をにらんでいた。魔法の杖だ。
「辺境伯の傭兵か。その茶髪、どうせ平民だろう? 貴族を雇う金なんてないからな。平民ごときが、貴族様に盾ついたんだ。殺される覚悟は、あるよな?」
にやにや笑いながら、ガイウスはルカを挑発する。
「貴族に逆らったらどうなるか、思い知るがいい! 天上の、大いなる力の持ち主、気高く崇高な風、わが手に集まれ……我が呼び声に答えたまえ……我に力を与えたまえ……我は願う、この手に風の力を……ぶつぶつ……ぶつぶつ」
ガイウスは白い杖を振りながら、ものすごく長い呪文を唱えだした。
しばらくして、ようやく杖が緑色に光り出す。それと同時に、私とルカのまわりで、生暖かい風が渦を巻いた。竜巻のように。
にやりと笑って、ガイウスは杖を振り上げる。
「やれ!」
竜巻が襲ってくる。
ルカは私をかばうように、目の前に立った。
「凪」
ルカの唇が、一言だけの呪文を唱える。
いつの間に取り出したのか、彼は黒い杖を手にしていた。
竜巻は、一瞬で消え去った。
「なっ、僕の魔法が?!」
白色に戻った杖を何度も振りながら、ガイウスは、化け物を見たかのように、ルカから距離を取る。
「おまえ、なんで、魔法……」
「いちおう私も、貴族ですので」
「なんでだよ! 貧乏辺境伯に貴族が……なんでそれほどの魔力で、こんな欠陥のあった女なんかに……」
その問いに、ルカは質問で返した。
「それなら、なぜ、あなたは離婚を承諾しないのです? なぜ、お嬢様との結婚を続けようとする?」
ルカは、青い目でガイウスを睨んだ。
「そんなの決まってる。僕は、三男だからな。跡継ぎになれないなら、結婚するしかないじゃないか! 欠陥者っていうのを我慢すれば、貧乏領地でも構わなかったけど、まあ、今はドラゴンもいるからね。売れば大金が手に入る」
ふんと、ガイウスは私をバカにしたように見た。
「とにかく、裁判なんかやめろよ。恥をかくのは君だぞ。僕の言うことを聞いて、おとなしくドラゴンを渡すんだ」
館から使用人が出てくるのが見えて、ガイウスは助けを呼ぶように、手を大きく振る。
「ドラゴンは、絶対に渡さないんだから!」
侯爵家の騎士が、走ってくるのが見えた。
ルカに手を引かれて、門まで逃げる。
門の前で走ると、門番は二人とも、なぜか地面で寝ていた。
「ルカ?」
「なんです? お嬢様」
「あなたって、もしかして、めちゃくちゃ強いんじゃない?」
「いいえ。まだまだです。閣下には、手も足も出ませんでしたから」
うちの父って……。ルカは、さっき、たった一言の呪文で、ガイウスの魔法を打ち消したよね。それに勝つお父様って、本当に人間?
つないだままのルカの大きな手は、リハルト様を思い出させる。
だから、なのかな?
ガイウスに触られた時は、身の毛もよだつほどに気持ち悪かったけど。
ルカとは、ずっと手をつないでいたいような気がする。
本当は、この手を放さないといけないのだけど、なぜだか、放したくない。
どうしよう。
ルカは、お金で雇われている護衛騎士で、彼にとっては、これはただの仕事で……。私は、ただの護衛対象で……。
私には、初恋のリハルト様がいるんだから……。
ルカは、リハルト様とは違う。
リハルト様は、黒髪だけど、ルカは茶色の髪。
リハルト様は、見惚れてしまうの美形だけど、ルカは平凡な顔立ち。
声だって、全然違う。
でも、深い青い瞳がそっくりで、品のあるしぐさや、話し方も似ていて……。共通点は多い。
だから、ほんの一瞬だけど、助けに来てくれたルカが、リハルト様に見えて、それで、すごくドキドキしてしまった。
……きっと、そうだよね。
「彼女から離れろ」
男の声に、体が解放される。
私はそのまま、地面に倒れ込んだ。
見上げると、ガイウスの首元に、刃が向けられていた。
それは、太陽の光を反射して、きらりと銀色に光っている。
「誰だよ。おまえ」
刃先を見ながら、ガイウスは、一歩二歩とゆっくりと後ろに下がった。
彼が十分に離れると、剣の持ち主は、私の方を向いた。
「お嬢様。ご無事ですか?」
座り込んだ私に、手を差し伸べてくれたのは、護衛騎士だった。
「……ルカ」
「まったく。あなたは……。家から出るなといったでしょう?」
「ごめん、なさい……」
一瞬、ほんの一瞬だけど、ルカがリハルト様に重なった。
迷子になった時に、魔物を倒して、守ってくれたリハルト様に。
助けてくれた。
リハルト様みたいに。
じっと見つめると、ルカは困ったように微笑んだ。そして、私を叱ってくれる。
「自分から危険に飛び込んで、どうするんです? 私に任せてくださいと言ったでしょう?」
「うん。ごめん……」
「さあ、もう帰りますよ。今度からは、私がいない時は、出歩いてはいけませんよ」
「うん、わかった」
ルカの手を取って、ゆっくり立ち上がる。ふがいなさと申し訳なさでいっぱいになる。そのまま、ルカに手をつながれ、この場を離れようとした。
「おい、待てよ。貴族に刃を向けて、ただで帰れると思うな!」
後ろから声をかけられる。
振り向くと、ガイウスが白い棒を握って、私達をにらんでいた。魔法の杖だ。
「辺境伯の傭兵か。その茶髪、どうせ平民だろう? 貴族を雇う金なんてないからな。平民ごときが、貴族様に盾ついたんだ。殺される覚悟は、あるよな?」
にやにや笑いながら、ガイウスはルカを挑発する。
「貴族に逆らったらどうなるか、思い知るがいい! 天上の、大いなる力の持ち主、気高く崇高な風、わが手に集まれ……我が呼び声に答えたまえ……我に力を与えたまえ……我は願う、この手に風の力を……ぶつぶつ……ぶつぶつ」
ガイウスは白い杖を振りながら、ものすごく長い呪文を唱えだした。
しばらくして、ようやく杖が緑色に光り出す。それと同時に、私とルカのまわりで、生暖かい風が渦を巻いた。竜巻のように。
にやりと笑って、ガイウスは杖を振り上げる。
「やれ!」
竜巻が襲ってくる。
ルカは私をかばうように、目の前に立った。
「凪」
ルカの唇が、一言だけの呪文を唱える。
いつの間に取り出したのか、彼は黒い杖を手にしていた。
竜巻は、一瞬で消え去った。
「なっ、僕の魔法が?!」
白色に戻った杖を何度も振りながら、ガイウスは、化け物を見たかのように、ルカから距離を取る。
「おまえ、なんで、魔法……」
「いちおう私も、貴族ですので」
「なんでだよ! 貧乏辺境伯に貴族が……なんでそれほどの魔力で、こんな欠陥のあった女なんかに……」
その問いに、ルカは質問で返した。
「それなら、なぜ、あなたは離婚を承諾しないのです? なぜ、お嬢様との結婚を続けようとする?」
ルカは、青い目でガイウスを睨んだ。
「そんなの決まってる。僕は、三男だからな。跡継ぎになれないなら、結婚するしかないじゃないか! 欠陥者っていうのを我慢すれば、貧乏領地でも構わなかったけど、まあ、今はドラゴンもいるからね。売れば大金が手に入る」
ふんと、ガイウスは私をバカにしたように見た。
「とにかく、裁判なんかやめろよ。恥をかくのは君だぞ。僕の言うことを聞いて、おとなしくドラゴンを渡すんだ」
館から使用人が出てくるのが見えて、ガイウスは助けを呼ぶように、手を大きく振る。
「ドラゴンは、絶対に渡さないんだから!」
侯爵家の騎士が、走ってくるのが見えた。
ルカに手を引かれて、門まで逃げる。
門の前で走ると、門番は二人とも、なぜか地面で寝ていた。
「ルカ?」
「なんです? お嬢様」
「あなたって、もしかして、めちゃくちゃ強いんじゃない?」
「いいえ。まだまだです。閣下には、手も足も出ませんでしたから」
うちの父って……。ルカは、さっき、たった一言の呪文で、ガイウスの魔法を打ち消したよね。それに勝つお父様って、本当に人間?
つないだままのルカの大きな手は、リハルト様を思い出させる。
だから、なのかな?
ガイウスに触られた時は、身の毛もよだつほどに気持ち悪かったけど。
ルカとは、ずっと手をつないでいたいような気がする。
本当は、この手を放さないといけないのだけど、なぜだか、放したくない。
どうしよう。
ルカは、お金で雇われている護衛騎士で、彼にとっては、これはただの仕事で……。私は、ただの護衛対象で……。
私には、初恋のリハルト様がいるんだから……。
ルカは、リハルト様とは違う。
リハルト様は、黒髪だけど、ルカは茶色の髪。
リハルト様は、見惚れてしまうの美形だけど、ルカは平凡な顔立ち。
声だって、全然違う。
でも、深い青い瞳がそっくりで、品のあるしぐさや、話し方も似ていて……。共通点は多い。
だから、ほんの一瞬だけど、助けに来てくれたルカが、リハルト様に見えて、それで、すごくドキドキしてしまった。
……きっと、そうだよね。
236
あなたにおすすめの小説
さよなら、悪女に夢中な王子様〜婚約破棄された令嬢は、真の聖女として平和な学園生活を謳歌する〜
平山和人
恋愛
公爵令嬢アイリス・ヴェスペリアは、婚約者である第二王子レオンハルトから、王女のエステルのために理不尽な糾弾を受け、婚約破棄と社交界からの追放を言い渡される。
心身を蝕まれ憔悴しきったその時、アイリスは前世の記憶と、自らの家系が代々受け継いできた『浄化の聖女』の真の力を覚醒させる。自分が陥れられた原因が、エステルの持つ邪悪な魔力に触発されたレオンハルトの歪んだ欲望だったことを知ったアイリスは、力を隠し、追放先の辺境の学園へ進学。
そこで出会ったのは、学園の異端児でありながら、彼女の真の力を見抜く魔術師クライヴと、彼女の過去を知り静かに見守る優秀な生徒会長アシェル。
一方、アイリスを失った王都では、エステルの影響力が増し、国政が混乱を極め始める。アイリスは、愛と権力を失った代わりに手に入れた静かな幸せと、聖女としての使命の間で揺れ動く。
これは、真実の愛と自己肯定を見つけた令嬢が、元婚約者の愚かさに裁きを下し、やがて来る国の危機を救うまでの物語。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
婚約者に突き飛ばされて前世を思い出しました
天宮有
恋愛
伯爵令嬢のミレナは、双子の妹キサラより劣っていると思われていた。
婚約者のルドノスも同じ考えのようで、ミレナよりキサラと婚約したくなったらしい。
排除しようとルドノスが突き飛ばした時に、ミレナは前世の記憶を思い出し危機を回避した。
今までミレナが支えていたから、妹の方が優秀と思われている。
前世の記憶を思い出したミレナは、キサラのために何かすることはなかった。
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
私は王子の婚約者にはなりたくありません。
黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。
愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。
いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。
そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。
父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。
しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。
なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。
さっさと留学先に戻りたいメリッサ。
そこへ聖女があらわれて――
婚約破棄のその後に起きる物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる