【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか

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 銀色の光が目の前を横切る。

「彼女から離れろ」

 男の声に、体が解放される。
 私はそのまま、地面に倒れ込んだ。

 見上げると、ガイウスの首元に、刃が向けられていた。
 それは、太陽の光を反射して、きらりと銀色に光っている。

「誰だよ。おまえ」

 刃先を見ながら、ガイウスは、一歩二歩とゆっくりと後ろに下がった。

 彼が十分に離れると、剣の持ち主は、私の方を向いた。

「お嬢様。ご無事ですか?」

 座り込んだ私に、手を差し伸べてくれたのは、護衛騎士だった。

「……ルカ」

「まったく。あなたは……。家から出るなといったでしょう?」

「ごめん、なさい……」

 一瞬、ほんの一瞬だけど、ルカがリハルト様に重なった。
 迷子になった時に、魔物を倒して、守ってくれたリハルト様に。

 助けてくれた。
 リハルト様みたいに。

 じっと見つめると、ルカは困ったように微笑んだ。そして、私を叱ってくれる。

「自分から危険に飛び込んで、どうするんです? 私に任せてくださいと言ったでしょう?」

「うん。ごめん……」

「さあ、もう帰りますよ。今度からは、私がいない時は、出歩いてはいけませんよ」

「うん、わかった」

 ルカの手を取って、ゆっくり立ち上がる。ふがいなさと申し訳なさでいっぱいになる。そのまま、ルカに手をつながれ、この場を離れようとした。

「おい、待てよ。貴族に刃を向けて、ただで帰れると思うな!」

 後ろから声をかけられる。
 振り向くと、ガイウスが白い棒を握って、私達をにらんでいた。魔法の杖だ。

「辺境伯の傭兵か。その茶髪、どうせ平民だろう? 貴族を雇う金なんてないからな。平民ごときが、貴族様に盾ついたんだ。殺される覚悟は、あるよな?」

 にやにや笑いながら、ガイウスはルカを挑発する。

「貴族に逆らったらどうなるか、思い知るがいい! 天上の、大いなる力の持ち主、気高く崇高な風、わが手に集まれ……我が呼び声に答えたまえ……我に力を与えたまえ……我は願う、この手に風の力を……ぶつぶつ……ぶつぶつ」

 ガイウスは白い杖を振りながら、ものすごく長い呪文を唱えだした。
 しばらくして、ようやく杖が緑色に光り出す。それと同時に、私とルカのまわりで、生暖かい風が渦を巻いた。竜巻のように。

 にやりと笑って、ガイウスは杖を振り上げる。

「やれ!」

 竜巻が襲ってくる。
 ルカは私をかばうように、目の前に立った。

「凪」

 ルカの唇が、一言だけの呪文を唱える。
 いつの間に取り出したのか、彼は黒い杖を手にしていた。
 竜巻は、一瞬で消え去った。

「なっ、僕の魔法が?!」

 白色に戻った杖を何度も振りながら、ガイウスは、化け物を見たかのように、ルカから距離を取る。

「おまえ、なんで、魔法……」

「いちおう私も、貴族ですので」

「なんでだよ! 貧乏辺境伯に貴族が……なんでそれほどの魔力で、こんな欠陥のあった女なんかに……」

 その問いに、ルカは質問で返した。

「それなら、なぜ、あなたは離婚を承諾しないのです? なぜ、お嬢様との結婚を続けようとする?」

 ルカは、青い目でガイウスを睨んだ。

「そんなの決まってる。僕は、三男だからな。跡継ぎになれないなら、結婚するしかないじゃないか! 欠陥者っていうのを我慢すれば、貧乏領地でも構わなかったけど、まあ、今はドラゴンもいるからね。売れば大金が手に入る」

 ふんと、ガイウスは私をバカにしたように見た。

「とにかく、裁判なんかやめろよ。恥をかくのは君だぞ。僕の言うことを聞いて、おとなしくドラゴンを渡すんだ」

 館から使用人が出てくるのが見えて、ガイウスは助けを呼ぶように、手を大きく振る。

「ドラゴンは、絶対に渡さないんだから!」

 侯爵家の騎士が、走ってくるのが見えた。
 ルカに手を引かれて、門まで逃げる。

 門の前で走ると、門番は二人とも、なぜか地面で寝ていた。

「ルカ?」

「なんです? お嬢様」

「あなたって、もしかして、めちゃくちゃ強いんじゃない?」

「いいえ。まだまだです。閣下には、手も足も出ませんでしたから」

 うちの父って……。ルカは、さっき、たった一言の呪文で、ガイウスの魔法を打ち消したよね。それに勝つお父様って、本当に人間?

 つないだままのルカの大きな手は、リハルト様を思い出させる。

 だから、なのかな?
 ガイウスに触られた時は、身の毛もよだつほどに気持ち悪かったけど。
 ルカとは、ずっと手をつないでいたいような気がする。
 本当は、この手を放さないといけないのだけど、なぜだか、放したくない。
 どうしよう。

 ルカは、お金で雇われている護衛騎士で、彼にとっては、これはただの仕事で……。私は、ただの護衛対象で……。

 私には、初恋のリハルト様がいるんだから……。

 ルカは、リハルト様とは違う。
 リハルト様は、黒髪だけど、ルカは茶色の髪。
 リハルト様は、見惚れてしまうの美形だけど、ルカは平凡な顔立ち。
 声だって、全然違う。

 でも、深い青い瞳がそっくりで、品のあるしぐさや、話し方も似ていて……。共通点は多い。

 だから、ほんの一瞬だけど、助けに来てくれたルカが、リハルト様に見えて、それで、すごくドキドキしてしまった。
 ……きっと、そうだよね。
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