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14 調査2
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銀色の光が目の前を横切る。
「彼女から離れろ」
男の声に、体が解放される。
私はそのまま、地面に倒れ込んだ。
見上げると、ガイウスの首元に、刃が向けられていた。
それは、太陽の光を反射して、きらりと銀色に光っている。
「誰だよ。おまえ」
刃先を見ながら、ガイウスは、一歩二歩とゆっくりと後ろに下がった。
彼が十分に離れると、剣の持ち主は、私の方を向いた。
「お嬢様。ご無事ですか?」
座り込んだ私に、手を差し伸べてくれたのは、護衛騎士だった。
「……ルカ」
「まったく。あなたは……。家から出るなといったでしょう?」
「ごめん、なさい……」
一瞬、ほんの一瞬だけど、ルカがリハルト様に重なった。
迷子になった時に、魔物を倒して、守ってくれたリハルト様に。
助けてくれた。
リハルト様みたいに。
じっと見つめると、ルカは困ったように微笑んだ。そして、私を叱ってくれる。
「自分から危険に飛び込んで、どうするんです? 私に任せてくださいと言ったでしょう?」
「うん。ごめん……」
「さあ、もう帰りますよ。今度からは、私がいない時は、出歩いてはいけませんよ」
「うん、わかった」
ルカの手を取って、ゆっくり立ち上がる。ふがいなさと申し訳なさでいっぱいになる。そのまま、ルカに手をつながれ、この場を離れようとした。
「おい、待てよ。貴族に刃を向けて、ただで帰れると思うな!」
後ろから声をかけられる。
振り向くと、ガイウスが白い棒を握って、私達をにらんでいた。魔法の杖だ。
「辺境伯の傭兵か。その茶髪、どうせ平民だろう? 貴族を雇う金なんてないからな。平民ごときが、貴族様に盾ついたんだ。殺される覚悟は、あるよな?」
にやにや笑いながら、ガイウスはルカを挑発する。
「貴族に逆らったらどうなるか、思い知るがいい! 天上の、大いなる力の持ち主、気高く崇高な風、わが手に集まれ……我が呼び声に答えたまえ……我に力を与えたまえ……我は願う、この手に風の力を……ぶつぶつ……ぶつぶつ」
ガイウスは白い杖を振りながら、ものすごく長い呪文を唱えだした。
しばらくして、ようやく杖が緑色に光り出す。それと同時に、私とルカのまわりで、生暖かい風が渦を巻いた。竜巻のように。
にやりと笑って、ガイウスは杖を振り上げる。
「やれ!」
竜巻が襲ってくる。
ルカは私をかばうように、目の前に立った。
「凪」
ルカの唇が、一言だけの呪文を唱える。
いつの間に取り出したのか、彼は黒い杖を手にしていた。
竜巻は、一瞬で消え去った。
「なっ、僕の魔法が?!」
白色に戻った杖を何度も振りながら、ガイウスは、化け物を見たかのように、ルカから距離を取る。
「おまえ、なんで、魔法……」
「いちおう私も、貴族ですので」
「なんでだよ! 貧乏辺境伯に貴族が……なんでそれほどの魔力で、こんな欠陥のあった女なんかに……」
その問いに、ルカは質問で返した。
「それなら、なぜ、あなたは離婚を承諾しないのです? なぜ、お嬢様との結婚を続けようとする?」
ルカは、青い目でガイウスを睨んだ。
「そんなの決まってる。僕は、三男だからな。跡継ぎになれないなら、結婚するしかないじゃないか! 欠陥者っていうのを我慢すれば、貧乏領地でも構わなかったけど、まあ、今はドラゴンもいるからね。売れば大金が手に入る」
ふんと、ガイウスは私をバカにしたように見た。
「とにかく、裁判なんかやめろよ。恥をかくのは君だぞ。僕の言うことを聞いて、おとなしくドラゴンを渡すんだ」
館から使用人が出てくるのが見えて、ガイウスは助けを呼ぶように、手を大きく振る。
「ドラゴンは、絶対に渡さないんだから!」
侯爵家の騎士が、走ってくるのが見えた。
ルカに手を引かれて、門まで逃げる。
門の前で走ると、門番は二人とも、なぜか地面で寝ていた。
「ルカ?」
「なんです? お嬢様」
「あなたって、もしかして、めちゃくちゃ強いんじゃない?」
「いいえ。まだまだです。閣下には、手も足も出ませんでしたから」
うちの父って……。ルカは、さっき、たった一言の呪文で、ガイウスの魔法を打ち消したよね。それに勝つお父様って、本当に人間?
つないだままのルカの大きな手は、リハルト様を思い出させる。
だから、なのかな?
ガイウスに触られた時は、身の毛もよだつほどに気持ち悪かったけど。
ルカとは、ずっと手をつないでいたいような気がする。
本当は、この手を放さないといけないのだけど、なぜだか、放したくない。
どうしよう。
ルカは、お金で雇われている護衛騎士で、彼にとっては、これはただの仕事で……。私は、ただの護衛対象で……。
私には、初恋のリハルト様がいるんだから……。
ルカは、リハルト様とは違う。
リハルト様は、黒髪だけど、ルカは茶色の髪。
リハルト様は、見惚れてしまうの美形だけど、ルカは平凡な顔立ち。
声だって、全然違う。
でも、深い青い瞳がそっくりで、品のあるしぐさや、話し方も似ていて……。共通点は多い。
だから、ほんの一瞬だけど、助けに来てくれたルカが、リハルト様に見えて、それで、すごくドキドキしてしまった。
……きっと、そうだよね。
「彼女から離れろ」
男の声に、体が解放される。
私はそのまま、地面に倒れ込んだ。
見上げると、ガイウスの首元に、刃が向けられていた。
それは、太陽の光を反射して、きらりと銀色に光っている。
「誰だよ。おまえ」
刃先を見ながら、ガイウスは、一歩二歩とゆっくりと後ろに下がった。
彼が十分に離れると、剣の持ち主は、私の方を向いた。
「お嬢様。ご無事ですか?」
座り込んだ私に、手を差し伸べてくれたのは、護衛騎士だった。
「……ルカ」
「まったく。あなたは……。家から出るなといったでしょう?」
「ごめん、なさい……」
一瞬、ほんの一瞬だけど、ルカがリハルト様に重なった。
迷子になった時に、魔物を倒して、守ってくれたリハルト様に。
助けてくれた。
リハルト様みたいに。
じっと見つめると、ルカは困ったように微笑んだ。そして、私を叱ってくれる。
「自分から危険に飛び込んで、どうするんです? 私に任せてくださいと言ったでしょう?」
「うん。ごめん……」
「さあ、もう帰りますよ。今度からは、私がいない時は、出歩いてはいけませんよ」
「うん、わかった」
ルカの手を取って、ゆっくり立ち上がる。ふがいなさと申し訳なさでいっぱいになる。そのまま、ルカに手をつながれ、この場を離れようとした。
「おい、待てよ。貴族に刃を向けて、ただで帰れると思うな!」
後ろから声をかけられる。
振り向くと、ガイウスが白い棒を握って、私達をにらんでいた。魔法の杖だ。
「辺境伯の傭兵か。その茶髪、どうせ平民だろう? 貴族を雇う金なんてないからな。平民ごときが、貴族様に盾ついたんだ。殺される覚悟は、あるよな?」
にやにや笑いながら、ガイウスはルカを挑発する。
「貴族に逆らったらどうなるか、思い知るがいい! 天上の、大いなる力の持ち主、気高く崇高な風、わが手に集まれ……我が呼び声に答えたまえ……我に力を与えたまえ……我は願う、この手に風の力を……ぶつぶつ……ぶつぶつ」
ガイウスは白い杖を振りながら、ものすごく長い呪文を唱えだした。
しばらくして、ようやく杖が緑色に光り出す。それと同時に、私とルカのまわりで、生暖かい風が渦を巻いた。竜巻のように。
にやりと笑って、ガイウスは杖を振り上げる。
「やれ!」
竜巻が襲ってくる。
ルカは私をかばうように、目の前に立った。
「凪」
ルカの唇が、一言だけの呪文を唱える。
いつの間に取り出したのか、彼は黒い杖を手にしていた。
竜巻は、一瞬で消え去った。
「なっ、僕の魔法が?!」
白色に戻った杖を何度も振りながら、ガイウスは、化け物を見たかのように、ルカから距離を取る。
「おまえ、なんで、魔法……」
「いちおう私も、貴族ですので」
「なんでだよ! 貧乏辺境伯に貴族が……なんでそれほどの魔力で、こんな欠陥のあった女なんかに……」
その問いに、ルカは質問で返した。
「それなら、なぜ、あなたは離婚を承諾しないのです? なぜ、お嬢様との結婚を続けようとする?」
ルカは、青い目でガイウスを睨んだ。
「そんなの決まってる。僕は、三男だからな。跡継ぎになれないなら、結婚するしかないじゃないか! 欠陥者っていうのを我慢すれば、貧乏領地でも構わなかったけど、まあ、今はドラゴンもいるからね。売れば大金が手に入る」
ふんと、ガイウスは私をバカにしたように見た。
「とにかく、裁判なんかやめろよ。恥をかくのは君だぞ。僕の言うことを聞いて、おとなしくドラゴンを渡すんだ」
館から使用人が出てくるのが見えて、ガイウスは助けを呼ぶように、手を大きく振る。
「ドラゴンは、絶対に渡さないんだから!」
侯爵家の騎士が、走ってくるのが見えた。
ルカに手を引かれて、門まで逃げる。
門の前で走ると、門番は二人とも、なぜか地面で寝ていた。
「ルカ?」
「なんです? お嬢様」
「あなたって、もしかして、めちゃくちゃ強いんじゃない?」
「いいえ。まだまだです。閣下には、手も足も出ませんでしたから」
うちの父って……。ルカは、さっき、たった一言の呪文で、ガイウスの魔法を打ち消したよね。それに勝つお父様って、本当に人間?
つないだままのルカの大きな手は、リハルト様を思い出させる。
だから、なのかな?
ガイウスに触られた時は、身の毛もよだつほどに気持ち悪かったけど。
ルカとは、ずっと手をつないでいたいような気がする。
本当は、この手を放さないといけないのだけど、なぜだか、放したくない。
どうしよう。
ルカは、お金で雇われている護衛騎士で、彼にとっては、これはただの仕事で……。私は、ただの護衛対象で……。
私には、初恋のリハルト様がいるんだから……。
ルカは、リハルト様とは違う。
リハルト様は、黒髪だけど、ルカは茶色の髪。
リハルト様は、見惚れてしまうの美形だけど、ルカは平凡な顔立ち。
声だって、全然違う。
でも、深い青い瞳がそっくりで、品のあるしぐさや、話し方も似ていて……。共通点は多い。
だから、ほんの一瞬だけど、助けに来てくれたルカが、リハルト様に見えて、それで、すごくドキドキしてしまった。
……きっと、そうだよね。
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