月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香

文字の大きさ
74 / 214
【第二晶 ~選びし者と選ばれし者~】

16 因果の獣2


「いい、手を出すな」

 アスはそう告げる。
 張り上げた訳ではない声に、けれど聞こえていない等と言う言う事はないだろうと思っていた。
 だからアスは、自分へと向かっていた幾本もの鎖が纏めて吹き飛び、対峙する相手の背後にその姿を視た時、僅かに目を見張り、そして呆れて、それから諦めように笑ってしまっていた。
 聞こえなかった訳ではないだろう。ならば二人ともが聞かなかった事にしたのだと。

 アスは大きく踏み込み身を沈ませる。そして前へと踏み出す勢いを殺すことなく乗せて、右手を薙ぐように振るい、その右手を相手からの死角にして左手を真っ直ぐに突き出した。

「リコの動きを見ているみたいだ」

 正面で、唇の動きだけで呟かれる言葉は感嘆だろうか。そう大きくもない因果の獣カウセリトゥスの体躯へと、長剣の刃を突き立てたルキフェルは、僅かに見張る目で、アスを見ていた。
 そしてアスはアスで、ルキフェルが因果の獣カウセリトゥスの本体へと刃を降らせた時には、自身へと襲いかかっていた尾の細い部分を断ち切り、尾の先端でアスへと五指の指を広げていた手の平へと短剣の刃を貫通させていた。

ーキンッー

 と、その刹那に空気を震わせた音は、突き出した刃が肉を裂き、骨に当たったかのようなそんな音とは全く異なり、寧ろ、金属どうしがぶつかり合ったかのような硬質的な響きを持っていた。
 そして、ピシリと薄氷を砕いたかのような、致命的で何処か物悲しさを感じさせるそんな音アスは聞いていた。
 その音に砕け散ったのは、アスが左手の短剣で貫いた因果の獣カウセリトゥスの手の平へにあったものだった。
 アスは因果の獣カウセリトゥスが空間の境界をぶち破ってへと顕現した時に見ていた。因果の獣カウセリトゥスの尾に付いた手の平に、虹の輝きを持つ深紅の歯車が、半分程手の平の皮膚を突き破り覗いていたのを。
 虹の輝きは美しくも神秘的で、けれど、地金のもつ深い赤い色合いがその美しさを異質で禍々しいものとして見せていた。

「今のを倒そうと思ったら、アスがそうしたようにどこかにある赤い歯車を壊して下さい。それ以外のところはいくら攻撃しても根本的な解決にならないどころか、こちらからの干渉によって、より変異を加速させる事になります」

 そうルキフェルへと声をかけながら、フェイはアスの背後から歩み出て来ると、ルキフェルの突き立てた刃の先を指差した。
 アスもまたそれを認識していた。アスが歯車を砕くよりほんの少し、ルキフェルの振り下ろした刃の到達が早かったのだと。
 刃の埋まる因果の獣カウセリトゥスの身体。突き立った刃のその根もと付近から、湧き出すように細い蔦状の植物が生え、刃へと絡み付きつつあった。
 驚きにか、ルキフェルは柄から手を離すと、半歩程を後退り、顰めた顔でその植物を凝視していた。

「仕留めたからそれ以上の侵食はないだろうが、もう少し遅かったら武器を取り込まれていたな。それに、ルキ自身が迂闊に触れようものなら、ルキもまたただじゃ済まない。やり合わない事が一番だが、万が一があったら、私が行くまで絶対に手を出すな」
「え」
「ん?」

 警告を告げた筈が、上げられた頓狂な声にその危険性が伝わらなかったのかとアスは怪訝そうにルキフェルを見詰め、だが、何故か瞠目するようにアスを見るルキフェルと目が合った。

「あ、いや、こいつは魔女でないと相手ができないものなのか?」
「そんな事はないしフェイの言った方法で倒す事は可能だが、因果の獣カウセリトゥス、あーそれの事を私はそう呼んでいるんだが、そもそも、因果の獣カウセリトゥスに遭遇するって事態が異状だと思った方が良い」

 合わせた目から何処か取り繕う風にもルキフェルは問い掛けを発し、そんなルキフェルの反応を不思議に思いながらもアスは因果の獣カウセリトゥスについてを言い含めるように話し始めようとした。

 その瞬間の事だった。突き刺された刃に硬直していた因果の獣カウセリトゥスの体躯が一瞬にして崩れたのだ。
 まるで、歪な存在だったその姿に許されざると審判でも下されたかのような、そんな光景をアスは思った。
 支えを失い、床へと落ちた長剣がガシャンと重い音を響かせる 

 形を失い、崩れ、砂礫の山と化した因果の獣カウセリトゥスだったものを、緩やかだが渦巻く風が拐うように、何処かへと運び、しして、その時には、世界がもとに戻っていた。
 皹割れ、欠け落ちていたものが、何事もなかったかのようにそう在る光景にようやくアスは一つ息を吐いた。

「あまり見ていなかったが、すごい、姿?をしていた気がする。因果の獣カウセリトゥス?あれは、なんだ?」
特異点シンギュラリティ。世界に許されざるが認められた瞬間ですね」
「フェイ」

 フェイが床からそれを拾い上げ、アスへと手渡す。
 受け取り、見る手の中には、僅かに虹の輝きを残した深紅の歯車のほんの一欠片があった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった

仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の弟なのに

あんど もあ
ファンタジー
パン屋の娘マリーゼの恋人は、自警団のリートさん。だけど、リートには超ブラコンの姉ミラがいる。ミラの妨害はエスカレートしてきて……。

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。