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幽霊 対 サイコパス 2

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 発端はニヶ月ほど前。
 大学に進学するにあたり、田舎を離れて一人暮らしすることになったのがきっかけ。
 駅から近く、大学からもそこそこ近いうえ、家賃三万円という格安物件に惹かれてここに決めた。
 何でも入居者が次の日には逃げるように引っ越していく曰く付きの部屋らしい。死者も出ているとかいないとかで、そちらの界隈では結構有名なところのようだ。
 実際入居当初は驚いた。
 だが、昔からそれなりに高いスルースキルと順応力でそういうものだと納得してしまえば何の問題もなく過ごせた。
 そんな平和? な日々が一週間ほど続いた頃、ブチ切れるようにして現れたのが彼・リョウだ。 あの時は何と言うか恐怖よりも"やっぱりいるんだ"という驚きと"一人じゃないんだ"という嬉しさが先に立って普通に彼がいることを受け入れた。
 ちょうど一人暮らしの夢から覚めて、人恋しい時期だったことも理由の一つだと思う。
 ちなみにリョウという名は宗二がつけた。
 呼び名がないのは不便だからと、自称怨霊のリョウから取った。その安直さを責められもしたが、それがダメなら"タマでいいか?"と聞いたら"猫じゃない!"と怒鳴られた。
 その後ネーミングセンスについて、こんこんと詰られたのは今でも地味に堪えている。
 そんな懐かしいようなそうでもないような夢から覚め、動かない身体にため息をついた。
 目を開こうにも、まるで接着剤を塗ったかのようにしっかりくっついていて開かない。
それと同時に水に入ったかのような耳鳴りがうるさくて、さすがに気合を込めて払い飛ばした。
 まるで静電気が弾けるような音がして自由になった目を開ける。
 霞んだ目の焦点が定まり、天井一面が血の手形スタンプで埋まっていた。
 そういえば小さい頃、いとこが泥だらけの手で塀を触りまくったことがあった。まさにこんな風に、そして、当時年長だった宗二が代表して塀を磨く羽目になったのだ。
 今、思い出しても苦い記憶だなぁと若干ブルーになりながら、もう一度天井を見あげる。
 
 「血なら大根のおろし汁でいけるかな?」

 「冷静に掃除の方法を考える前に、少しは驚きなよ。天井に血の手形だよ? しかもこんなにいっぱい!」

 両手を広げて言うリョウに、宗二は身体を起こした。

 「夜通しやってたのか? 大変だったろ?」

  「普通にねぎらわないでくれないかな!? って言うか、そう思うなら驚けよ、ビビれよ、そして出て行けよ!!」

 ビシッと玄関を指さすリョウをスルーして着替えを始める。
 とりあえずあれを何とかしないと修繕費を取られたら泣ける。

 「これだからサイコパスは…」

 「いや、俺はサイコパスじゃないよ? ただちょっと順応能力が高くて感情の起伏が平らなだけで」

 「そんなのどうでもいいよ!」

 付き合ってられないとばかりにリョウが姿を消すと天井の手形も一緒に消えた。
 どうやら幻覚の類だったらしい。ニ回見るとなくなるアレだ。
 掃除の手間省けたと素直に喜び、支度を整えて玄関に向かうとリョウがいじけた顔で廊下の天井から逆さまに生えていた。
 上の階では下半身だけ生えている状況なのかと考えてしまい、その滑稽さにちょっと笑う。

 「留守番、よろしく。行ってくるな」

 声をかけた瞬間そっぽを向かれてしまったが、それを了承と受け取って、鍵をかけて駅へ走った。

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