密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ

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その一 怪し(あやかし)の森

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翌朝、朝食を摂った後、空海と田村麻呂、そして綱虫の三人が寺を発った。
綱虫はあれから逃げ出さぬよう、高雄山寺に連れていかれたのだ。空海は手に小ぶりな斧を持ち、歩いている。空海、田村麻呂、綱虫が歩きながら話している。
「では、お前はこの半年ほど、あの森では何もしていないというのか?」
空海だ。
「ああそうだよ。この仕事はね、相当な力を使うんだ。この年になって、そう度々やれることじゃあないんだよ」
綱虫である。
「だが、半年間、何もしていないはずがなかろう。お前はそれなりに金を稼いでいた様子だからな。『呪咀』はしていたはずだ」
田村麻呂である。
「しーっ。やめておくれ!往来で大きな声で『呪咀』とか言うんじゃあないよ。してはいたよ。けど、あの森にまで行ってはしていない」
「森に行かなくても出来るのか?」
「『呪いをかけられる』と言われるような奴は、多かれ少なかれ、誰かから相当な恨みを買っているものさ。普通の死に方はまあ出来ないね。病気になることもあるだろうし、そいつじゃあなくても、家族・縁者には不幸が起きたりする。それらを『呪詛のおかげ』と言えば、十人中九人までは納得するものさ。中には涙を流して感謝していくやつもいる」
平安時代の平均寿命は三十歳から四十歳くらいと言われる。衛生状態や健康状態は悪く、病気が流行ればたちまちのうちに多くの人々の命が奪われた。
「ひどい話だな。ただのまやかしではないか」
田村麻呂はいかにも呆れたという顔をした。
「今の森の様子は全く分からないのか?お前はどのくらい、あの森を『使っていた』んだ?何をしていた?」
空海が眉間にしわを寄せ、聞いてきた。
「あたしは二十年ほどかね。お師匠(おし)さんは、三十年は使っていた。お師匠さんが死んだ後、あたしがそのまま使っている。あたしはもっぱら『厭魅』なんだ。お師匠さんは本物だよ。『厭魅』もやれば『蟲毒』もやった」
「厭魅(えんみ)」とは、広義では「まじないで人を苦しめる法」である。よく知られているものとしては、「わら人形に釘を打つ」というものだ。
平城京跡からも目と胸に竹ひごが刺さった木の人形が出土された。
「蟲毒(こどく)」とは「蛇」なら「蛇」を数多く集め、一つの甕に入れる。何も与えずしばらくすると、当然のごとく共食いを始める。そうして最終的に一つだけ残ったものを「呪い」に使用していくものである。「犬」、「猫」、「ムカデ」など様々なものが使われた。
 生き残った最後の「もの」から「毒」を取り出し、飲食物に混ぜたり、その力を自分に宿し、相手を呪うという事もある。
「少なくとも五十年か。五十年以上も人の恨みを吸い続けてきたわけか。それは森もおかしくなるな」
「空海・・・」
「田村麻呂、あの森には何百年、いや何千年という歳月を経た大樹が何本もあった。何千年という年を生きてきた樹は単なる樹などではないぞ。俺たちとは違うかもしれぬが、意志や考え、それに心も持つようになるのだ。その樹に、婆さんとその師匠とやらが『人への恨み』を長年、注ぎ続けたのだ。本来は無害な樹や森が悪性をもつ魔性のものへと変わってしまったのだろう。だがな・・・、それだけじゃあないはずだ」
空海はここで言葉を詰まらせた。
「婆さんが森から遠ざかっていた間に何かがあった。あの森の様子は尋常じゃあない。小野森は人を恨んでいる。それも相当にな・・・」
「着いたよ。ここがあたしの森だ」
目の前に緑色の巨大な塊が現れた。先日、二人が逃げ出した森に着いたのだ。

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