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その五 地獄変
三
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「へーっ、天下の坂上田村麻呂が夜の山の中を、百人からの村人に追いかけられたとはね。そりゃあちょっとした見ものだったね」
そう言って妖艶な笑みを浮かべるのは「やお」である。空海の知り合いであり、二十代の半ばと見える年の女性であるが、裏の世界に精通し、「闇の情報屋」の様な仕事をしている。
「やお殿、夜の山道を歩き、都に戻るだけの事。大したことではない」
そう言って空海は餅を口に運んだ。ツタの樹液を煮詰めた「甘葛(あまかずら)」がつけられている。平安時代の菓子である。
「そう言う事は自分がやってから言え、空海。暗闇の山の中を歩く事がどんなに大変だったか・・・」
田村麻呂はそう言って、餅を二つ掴み口に入れた。
数日前のことだ。
空海と田村麻呂は、山賊に襲われる村に出向いたのである。だが、二人が村に着いたときには、山賊たちは一人残らず殺されていた。
それはこの村に時折やって来る一人の男がやったことであった。その男は、かつて中国大陸にいた「虎に変化(へんげ)する種族」の最後の生き残りであった。「虎に変化する男」の圧倒的な強さに、恐れを抱いた村人たちが男を殺そうとした。
その時「男を慕う娘」が「その男」を誘い、山中に逃げ込んだのだ。空海と田村麻呂は娘の主家の幼子に頼まれ、田村麻呂が囮となり、村人達を引きつけている間に、無事に二人を逃がしたのであった。
山賊の「情報」は田村麻呂がやおから買ったものであり、今日はその「料金」の残りを払うために空海と共にやおの屋敷を訪れたのである。
「相手は虎になる化け物だろう?どのくらい惚れたのかは知らないけど、その娘(こ)大丈夫なのかねぇ」
やおの少し厚ぼったい口が餅を噛む。それだけなのだが、どこか艶めかしい。
「『人だろうが、化け物だろうが関係ない。あたしはこの人が好きなんだ』。萩という娘はそう言って、俺を叱った」
「へーっ、なかなか気合の入った娘だね。化け物だろうが関係ないか、ちょっと泣けてくるよ」
「やお殿・・・・」
そう言って空海は、やおを静かに見つめる。いつになく悲しげな目で。
「田村麻呂、最近の都はどうだい?何かあたしの稼ぎになりそうなことはないかねぇ」
空海から目をそらしたやおが勢いよく田村麻呂に尋ねた。
「ないな。最近の都はいたって穏やかなものだ。ようやく俺も、空海とかいう坊主と縁を切れるかもしれない」
田村麻呂が、餅を口に入れる。また二つを一度に。
ドタ ドタ ドタ
ダッ ダッ ダッ
外が急に騒がしくなった。数人が急いでこちらに向かってくる気配がする。
「田村麻呂様ーっ、大変にございます。至急お戻りください!」
田村麻呂の配下の者である。その者の後ろには5人ほどの武装した男たちが控えている。
「どうしたというのだ。すこしは落ち着け。餅がある。食うか、美味いぞ」
「そ、それどころではございません。昨日、検非違使十一人が斬り殺されました。・・・たった一人の男に」
「何だと!」
田村麻呂の口から餅が飛びだした。
そう言って妖艶な笑みを浮かべるのは「やお」である。空海の知り合いであり、二十代の半ばと見える年の女性であるが、裏の世界に精通し、「闇の情報屋」の様な仕事をしている。
「やお殿、夜の山道を歩き、都に戻るだけの事。大したことではない」
そう言って空海は餅を口に運んだ。ツタの樹液を煮詰めた「甘葛(あまかずら)」がつけられている。平安時代の菓子である。
「そう言う事は自分がやってから言え、空海。暗闇の山の中を歩く事がどんなに大変だったか・・・」
田村麻呂はそう言って、餅を二つ掴み口に入れた。
数日前のことだ。
空海と田村麻呂は、山賊に襲われる村に出向いたのである。だが、二人が村に着いたときには、山賊たちは一人残らず殺されていた。
それはこの村に時折やって来る一人の男がやったことであった。その男は、かつて中国大陸にいた「虎に変化(へんげ)する種族」の最後の生き残りであった。「虎に変化する男」の圧倒的な強さに、恐れを抱いた村人たちが男を殺そうとした。
その時「男を慕う娘」が「その男」を誘い、山中に逃げ込んだのだ。空海と田村麻呂は娘の主家の幼子に頼まれ、田村麻呂が囮となり、村人達を引きつけている間に、無事に二人を逃がしたのであった。
山賊の「情報」は田村麻呂がやおから買ったものであり、今日はその「料金」の残りを払うために空海と共にやおの屋敷を訪れたのである。
「相手は虎になる化け物だろう?どのくらい惚れたのかは知らないけど、その娘(こ)大丈夫なのかねぇ」
やおの少し厚ぼったい口が餅を噛む。それだけなのだが、どこか艶めかしい。
「『人だろうが、化け物だろうが関係ない。あたしはこの人が好きなんだ』。萩という娘はそう言って、俺を叱った」
「へーっ、なかなか気合の入った娘だね。化け物だろうが関係ないか、ちょっと泣けてくるよ」
「やお殿・・・・」
そう言って空海は、やおを静かに見つめる。いつになく悲しげな目で。
「田村麻呂、最近の都はどうだい?何かあたしの稼ぎになりそうなことはないかねぇ」
空海から目をそらしたやおが勢いよく田村麻呂に尋ねた。
「ないな。最近の都はいたって穏やかなものだ。ようやく俺も、空海とかいう坊主と縁を切れるかもしれない」
田村麻呂が、餅を口に入れる。また二つを一度に。
ドタ ドタ ドタ
ダッ ダッ ダッ
外が急に騒がしくなった。数人が急いでこちらに向かってくる気配がする。
「田村麻呂様ーっ、大変にございます。至急お戻りください!」
田村麻呂の配下の者である。その者の後ろには5人ほどの武装した男たちが控えている。
「どうしたというのだ。すこしは落ち着け。餅がある。食うか、美味いぞ」
「そ、それどころではございません。昨日、検非違使十一人が斬り殺されました。・・・たった一人の男に」
「何だと!」
田村麻呂の口から餅が飛びだした。
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