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その五 地獄変
二
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俺の名は「猿」。当然本名ではない。だが、師匠に弟子入りしてから、ずっとこの名で呼ばれているから、もう「猿」でいい。
俺の師匠は「鎌鼬(かまいたち)の良秀」の二つ名で呼ばれる刀の名工だ。師匠の作った刀は凄まじく、「斬られた者は自分が斬られたことも分からずに死んでいる」と言われている。
それはまるで、痛みもなく、血も出さずに、鋭い切り傷をつける「鎌鼬」の様だということで、「鎌鼬」の異名がつけられた。
そんな名工だから、多くの弟子が入門するが、七日と持たずに辞めていく。師匠は、この上もなく傲慢で偏屈で意地悪だ。そして人遣いが荒い。二、三十人はいた弟子の中で誉められた奴は一人もいないだろう。少なくとも俺は知らない。
まだ老け込む年ではないが、ここ数年で師匠の力はめっきりと落ちた。思うような刀がうてなくなってきたのさ。弟子の俺が分かるくらいだから、本人はもっと痛感しているだろう。そこで師匠は誰から聞いたのかは知らないが、邪法に手を染めた。
「人の死体を砂鉄と共に焼き上げ、玉鋼を作り出し、それを鍛えれば名刀となる」。そんな邪法を耳にし、いとも簡単に魂を売っちまった。
俺に命じたよ。「人の亡骸を運んで来い」ってね。
このご時世だ、羅生門に行けば、死体は転がっているし、このたたら場の近くには、川が流れていて、死体が流れてくることもままある。だが、白昼堂々と死体を盗(と)りに行くわけにもいかない。俺はいつも真っ暗な闇夜の中、荷車を引き、死体を乗せ、このたたら場まで運んでくるはめになったのさ。そうだな。爺さん、婆さん、子ども、十人くらいは運んだかな。その死体を足や腕、胴体、首と切っていくのも俺の仕事だ。気味のいいもんじゃない。けど俺しかやる人間はいないからな。
えっ、なぜお前は辞めないのか?って。
辞めるよ、すぐに。
もう師匠の技は十分に盗んだ。「鎌鼬」に負けないような刀を作る自信がある。
だけど、今まで馬鹿にされ、顎で使われてきた俺としては簡単に辞めるわけにはいかないんだよ。
「鎌鼬の良秀」に仕返しをしなきゃ、気が済まない。
何をするのかって?簡単な事さ。
密告(ちくっ)たんだよ。検非違使にね。
「鎌鼬の良秀は邪法を用いて刀を作っております。いずれ都に災いをもたらしましょう」ってな。
あと数日もすれば検非違使がやってきて師匠は連れていかれるだろう。
死罪までにはならないだろう。せいぜい都から追い出され、二度と刀をうつ事を禁じられるくらいだろうさ。まあ、奴にしてみれば、刀をうてないことは死ぬくらい辛い事だろうがな。いい気味さ。
そのくらいしなきゃ俺の気はおさまらない。
今、奴は黙々と刀を磨き続けている頃だろう。もう俺のことなど頭の片隅にもありゃしない。さっさと寝る事にしよう。
もうすぐだ。もう少しの我慢で、「鎌鼬の良秀」の泣き叫ぶ顔が見られるぜ。
今、何時(なんどき)だ?小便がしたくなっちまった。起きて便所に行くのは面倒だ。このまま眠っていよう。・・・いや、駄目だな、面倒だが起きるしかない。もう秋が深まり、外は相当に冷え込んでいるから、行きたくはないがな。
俺は目を開け始めた。
「えっ、何だ?」
俺は思わず大声をあげて、跳ね起きた。
「猿よ。お前のしくじりだ。お前がちゃんと首を入れなかったからだ。この刀は出来損ないよ。だからお前にあがなってもらおう」
師匠がいた。「鎌鼬の良秀」がにじり寄って来る。手に刀を下げて。さっきまで鍛えていた刀だ。
何だ?
どういうことだ?
「あがなう」って何だ?
俺の腰から下はびっしょりに濡れちまった。そしてまだ出続けている。
奴が刀を振った!
首が焼けるように熱い。
覚えているのはここまでだ。
俺の師匠は「鎌鼬(かまいたち)の良秀」の二つ名で呼ばれる刀の名工だ。師匠の作った刀は凄まじく、「斬られた者は自分が斬られたことも分からずに死んでいる」と言われている。
それはまるで、痛みもなく、血も出さずに、鋭い切り傷をつける「鎌鼬」の様だということで、「鎌鼬」の異名がつけられた。
そんな名工だから、多くの弟子が入門するが、七日と持たずに辞めていく。師匠は、この上もなく傲慢で偏屈で意地悪だ。そして人遣いが荒い。二、三十人はいた弟子の中で誉められた奴は一人もいないだろう。少なくとも俺は知らない。
まだ老け込む年ではないが、ここ数年で師匠の力はめっきりと落ちた。思うような刀がうてなくなってきたのさ。弟子の俺が分かるくらいだから、本人はもっと痛感しているだろう。そこで師匠は誰から聞いたのかは知らないが、邪法に手を染めた。
「人の死体を砂鉄と共に焼き上げ、玉鋼を作り出し、それを鍛えれば名刀となる」。そんな邪法を耳にし、いとも簡単に魂を売っちまった。
俺に命じたよ。「人の亡骸を運んで来い」ってね。
このご時世だ、羅生門に行けば、死体は転がっているし、このたたら場の近くには、川が流れていて、死体が流れてくることもままある。だが、白昼堂々と死体を盗(と)りに行くわけにもいかない。俺はいつも真っ暗な闇夜の中、荷車を引き、死体を乗せ、このたたら場まで運んでくるはめになったのさ。そうだな。爺さん、婆さん、子ども、十人くらいは運んだかな。その死体を足や腕、胴体、首と切っていくのも俺の仕事だ。気味のいいもんじゃない。けど俺しかやる人間はいないからな。
えっ、なぜお前は辞めないのか?って。
辞めるよ、すぐに。
もう師匠の技は十分に盗んだ。「鎌鼬」に負けないような刀を作る自信がある。
だけど、今まで馬鹿にされ、顎で使われてきた俺としては簡単に辞めるわけにはいかないんだよ。
「鎌鼬の良秀」に仕返しをしなきゃ、気が済まない。
何をするのかって?簡単な事さ。
密告(ちくっ)たんだよ。検非違使にね。
「鎌鼬の良秀は邪法を用いて刀を作っております。いずれ都に災いをもたらしましょう」ってな。
あと数日もすれば検非違使がやってきて師匠は連れていかれるだろう。
死罪までにはならないだろう。せいぜい都から追い出され、二度と刀をうつ事を禁じられるくらいだろうさ。まあ、奴にしてみれば、刀をうてないことは死ぬくらい辛い事だろうがな。いい気味さ。
そのくらいしなきゃ俺の気はおさまらない。
今、奴は黙々と刀を磨き続けている頃だろう。もう俺のことなど頭の片隅にもありゃしない。さっさと寝る事にしよう。
もうすぐだ。もう少しの我慢で、「鎌鼬の良秀」の泣き叫ぶ顔が見られるぜ。
今、何時(なんどき)だ?小便がしたくなっちまった。起きて便所に行くのは面倒だ。このまま眠っていよう。・・・いや、駄目だな、面倒だが起きるしかない。もう秋が深まり、外は相当に冷え込んでいるから、行きたくはないがな。
俺は目を開け始めた。
「えっ、何だ?」
俺は思わず大声をあげて、跳ね起きた。
「猿よ。お前のしくじりだ。お前がちゃんと首を入れなかったからだ。この刀は出来損ないよ。だからお前にあがなってもらおう」
師匠がいた。「鎌鼬の良秀」がにじり寄って来る。手に刀を下げて。さっきまで鍛えていた刀だ。
何だ?
どういうことだ?
「あがなう」って何だ?
俺の腰から下はびっしょりに濡れちまった。そしてまだ出続けている。
奴が刀を振った!
首が焼けるように熱い。
覚えているのはここまでだ。
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