密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ

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その七 鏡よ、鏡

十二

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京の街外れ、大きな屋敷である。この屋敷には二,三人の女が住んでいる。女主人とその世話をする女たち。それだけである。これだけの屋敷であれば、相当な貯えもあるだろう。盗賊や盗人にとっては、格好の標的とも思えるが、誰も襲おうとはしない。この屋敷の主を敵に回すことは、裏の世界の者は決してしない。
それは、裏の世界の住人たちにとっての常識なのである。
屋敷の主はやおである。
夜、一人の男がやおを訪ねてきた。どこにでもいそうな男であるが、妙に暗い雰囲気を漂わせている。やおの前に男が座る。
「藤原仲成が張本人らしいです。そいつが表に出るのを押さえているようです」
「仲成!そいつは大物だね」
藤原四家という家系をご存じだろうか?奈良時代最大の政治家、藤原不比等の四人の子供を祖とする家系である。式家・北家・南家・京家である。時に協力し、時に対立しながら藤原氏の栄華を支えてきた。
藤原仲成はこの時、最も家勢のある式家の当主である。
「そいつが母禮を蘇らせた?」
「あいつにそんな力はありゃしませんよ。だが、誰がやったのか?ほうぼう当たってはいますが、そこまでの力を持つ術士は見当がつかないと皆言っておりやす」
「うーん」
やおが唇に左の人差し指をあてながら考える。可愛らしさと色気を感じるしぐさに男の目が泳ぎ、あわてて頭を振る。
この女性の見かけに騙されたら、えらい目にあう。そのことは十分にわかっている。
男はやおが時々使う「便利屋」である。
調べさせたり、必要なものを調達させたりしている。高い金をとるが、仕事はきちんとする男だ。
やおの好みの顔ではないが。
「母禮は今、どこにいる?」
「それを今調べているところです。大体の見当はつきやした。二、三日後にはお知らせできると思いやす」
「流石だね。頼むよ」
やおから金を受け取ると男は一礼して出て行った。
「藤原仲成が母禮に関わっているとはね・・・」
やおは腕を組み考える。
どうやら、相当に危ない橋を渡っているような気がする。
もう引き返せないのか?いや今なら大丈夫だろう。もらった金を空海に返し、あとは関わらなければいい。それで済む。
空海は何も言わないだろう。だが、やお自身が気になっている。ここでやめたら、自分の気が収まらない。
結局、この危ない仕事をどこかで楽しんでいる自分がいる。
「・・・姉さん」
先ほどの男の声がする。戻ってきたのだ。
「どうしたい?何か言い忘れたことでもあるのかい?」
やおが部屋の戸を引くとそこに男がいた。
血まみれになっている。
「・・・姉さん、面目ねえ。つけられちまった・・・。早く逃げておくんなさい」
そこまで言って男が倒れた。
男の後ろから大きな男が現れた。
真っ赤な口を開け、体中から瘴気が立ち上っている。
「女、一緒に来てもらおう。空海は何を嗅ぎまわっている?喋ってもらおうか」
母禮の大きな手がやおに伸びる。
やおが目にもとまらぬ速さで懐から短刀を引き抜き、そして母禮の掌を切り裂いた。

スパッ

「ちぃぃっ」
母禮の掌から血がしたたり落ちる。続けざまに、やおの短刀が母禮に襲い掛かる。
母禮に太刀を抜かせる隙を与えない。
やおが迫る。母禮の大木のような足が、やおの胸に伸びた。
母禮の前蹴りをを受け、やおは後方へ吹き飛ばされた。
「痛っう」
やおの口から一筋の血が流れる。
「女、やるな。蝦夷の地でもお前ほどの女はいなかったな。さすが京の都ということか」
母禮が薄笑いを浮かべながら近寄ってくる。
やおが苦悶の表情を浮かべ立ち上がる。
「姉さん、逃げておくんなさい」
男が母禮の右足にしがみついた。
「この死にぞこないが!」
母禮が左足で男の体を踏みつぶす。
グシャ ボキ
肉のつぶれる音と骨の折れる音が同時に聞こえた。

ゾブ

母禮が男を踏み殺す、その一瞬の隙をついて、やおが母禮の脇腹に短刀を突き立てた。
「女ーつ」
「でかいの、あたしを甘く見るんじゃないよ。この位じゃあ、やられはしないんだよ」
やおは短刀を突き立てたまま、母禮を見上げ言った。
母禮の右拳がやおの腹部をえぐった。
「うっ」
苦悶の表情を浮かべながら、やおが崩れ落ちる。
「女、お前こそ俺を甘くみるな。これくらいの傷は、蝦夷の地ではかすり傷にも入らん」
母禮は気絶したやおを肩に担ぎ上げた。

空海がやおの屋敷を訪れたのは、その三日後である。そこで空海は見た。
踏み殺された男とめちゃくちゃに壊された部屋を。
やおは、どこにも見当たらない。
状況を瞬時に把握した空海は、走り出した。
ある場所に向かって。
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