密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ

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その七 鏡よ、鏡

十八

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空海は三鈷剣を右手に持ちながら、一挙に石段を駆けあがった。小角は立ったままで動こうとしない。もう少しで石段を登りきる。小角との距離はあとわずかだ。

ゴゴゴゴゴゥ

突如、空海の足下の石段から真っ黒な大蛇が現れた。長さは10mほど、大人の胴まわりほどの太さがある。
真っ赤な目。長い舌が絶え間なく動く。
空海を襲い巻き付く。
空海の眼前に大蛇の顔。
大きく口を開け、よだれが流れ落ちる。

ガアアアアッ

空海は頭から飲み込まれた。
その瞬間、大蛇は消滅した。
何事もなかったように空海が立っている。

キキキキキーッ

今度は木々の上から大きな猿が次々と飛び降りてきた。五、六歳の子供くらいの大きさはある。鋭い牙と爪を持った大猿が五匹。
目を血走らせ、小角を威嚇する。
五匹の大猿が一斉に小角に飛び掛かった。
牙を体中に立て、爪でかきむしる。
大猿も消えた。
小角が笑う。
空海が石段を登り切り、寺の境内に立っていた。
「このくらいの幻術、空海和尚は驚かぬか。石段を登り切られてしまったわい」
「上から攻められてはたまらぬからな。これで対等。ここからだな」
空海はそう言うと氷上を滑るように、小角に迫る。三鈷剣を振る。容赦のない攻撃だ。
小角が懐から刀を出し受け止める。
空海の左拳が小角を襲う。中指だけを少し突きしている。たまらず小角は後方に飛びのいた。
「その拳打は象鼻拳。唐で密教だけでなく、体術も身につけたということか。面白いな、面白いぞ、空海!」
「象鼻拳」。文字通り象の鼻が伸びるように、柔軟な腕の操作からなる打撃である。一つの特徴として、滑るような足さばきと中指だけを少し突き出した拳打で一点破壊を狙う。
春秋戦国時代からある体術・武術であった。
「へえーっ。これが分かるのか?お前、この国の者じゃあないな」
空海の顔に笑みが浮かんだ。
小角が両腕を突き出した。
気が放たれる。空海は咄嗟に自分の体から「気」を抜いた。
小角の放った気が空海の体を通り抜けていく。
空海が火球を投げつける。一つ、二つ、三つ・・・。
小角は刀を振り叩き落す。足元が燃える。小角はその熱さを全く気にせず、立っている。
「大道芸だな。拝火教徒のほうがよほど達者だ」
拝火教、ゾロアスター教である。紀元前七世紀に、古代ペルシャで起こった「火」を信仰対象とする宗教である。
「そうかい、西域の芸人たちは褒めてくれたがな。『この技で食っていける』って」
空海と小角が間合いをとる。
どちらもあと二歩入れば、攻撃できる打ち間である。
鋭いガラスがひび割れるような緊張感。
「面白いな、空海」
「のん気な事を言ってるな、小角」
「お前、今どんな顔をしてると思っている?笑ってるぞ。楽しそうに笑っている」
小角がほほ笑む。
「しまった、顔に出ちまったか」
空海も笑っている。

もう何度、切りあっただろうか。田村麻呂の鎧に小さな刀傷が無数にある。
母禮は鎧を着ていない。顔、体についた刀傷から血が流れ出ている。顔から流れ落ちる血を真っ赤な舌を出し舐めとる。
常人ならば十回は殺されてしまうような攻防を、二人はずっと続けているのだ。体力もそうだが、精神力、気力がぶつかる死闘だ。
「うおーっ」
「むん」
気迫とともに剣と剣がぶつかり合う。
火花が飛び散る。
もはや気力の勝負。気力が尽きた方が負けであり、それは死に直結する。
「あはははははは、思い出すぞ!蝦夷の地でお前らと戦っていた時の事を。地が血で染まり、風が血の匂いを運んできた。何千人死んだか?何千人殺したか?もっとだ、もっと俺を熱くさせろ、田村麻呂!」
母禮が大きな口を開け、哄笑する。この死闘を心から楽しんでいるのだ。
「やはりお前は変わったな。お前は死をもてあそぶような男ではなかった。勇敢で勇猛。それでいて無用な流血は避ける男だった・・・・」
母禮の剣が豪風を伴い、田村麻呂を襲った。
田村麻呂が剣で受ける。
「黙れっ、田村麻呂。お前の首をこのまま押し切ってやるわっ」
剣が田村麻呂の手から落ちた。
やはり体力では母禮が勝ったのだ。
母禮は落ちた田村麻呂の剣を目で追い、勝利を確信した。
目に狂喜の色が浮かぶ。
その瞬間、田村麻呂の右手が懐に伸びた。

シャリン
シャーッ

青丸の短刀だ。青丸の短刀が母禮の顔面を横にま一文字に切りぬいた。
「ぐおうーっ」
母禮の両目が横真っ二つに切られた。
母禮が絶叫する。
両目を切った短刀はそのまま、母禮ののど元に走り、切り抜いた。
母禮の喉から大量の血が噴き出した。
田村麻呂は母禮の噴き出す血を避け、一気に間合いを取った。先ほど落とした刀を手に取り、握りなおす。
「田村麻呂!お前わざと刀を落としたなぁ!刀を目で追った一瞬を狙ったなぁ」
母禮はのどから血を吹き出し、ゴボゴボと音を立てながらも必死に叫ぶ。
田村麻呂は青丸の短刀を母禮に突き出す。
「この刀、お前を切ったこの刀はお前が虫けらのように殺した人の息子が持っていた。お前が殺してきた多くの人達の恨みをじっくりと味わえ」
「またか!お前また俺を騙したなぁ!」
田村麻呂が大きく剣を振り上げた。
「母禮、俺もすぐに行くさ。先に地獄で待っていろ」
田村麻呂の剣が振り下ろされた。

ギャアアアアアッ

母禮の絶叫が響き渡る。
母禮が真っ二つに斬られた。
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