泡沫の香り

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泡沫の香り

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最初に彼女とすれ違ったのは、職員室の廊下だった。
 ほんの一瞬、ふわりと漂ってきたその香りに心を奪われ、しばらく足を止めてしまった。香水だろうか、シャンプーとも違う清潔感のあるシャボンの香りが残り香として仄かな余韻を残した。
 次にすれ違ったときは階段で、友人と一緒に移動教室に向かう途中だった。彼女は一人で、胸に教科書を抱いて降りていた。サラサラと流れる黒髪が揺れ、白い指が髪を耳にかけるとき、すれ違いにまた、あの香りがふわっとした。彼女が通り過ぎたあと、小さくなる背中を無意識に見つめていると、隣の友人が自分の様子を見て不思議そうな顔をした。我に返り、少し恥ずかしくなって、何でもないと言い訳をして階段を駆け上がった。
 授業中も気がつけば惚けたように思い出していた。友人からは気になる人でもできたのかと冷やかされたが、そんなんじゃないと軽く受け流した。
 もう一回会いたいと心の隅で密かに願っていた。図書館や渡り廊下、昇降口に階段。どこかですれ違えるんじゃないかと淡い期待を抱いていた。そんな思いが通じたのか、放課後手洗い場から出たあと、誰もいない廊下で沢山の紙の束を抱えた彼女に偶然出会った。
 小柄な体に不釣り合いなほど、大量な紙の束を抱えた彼女は不安定な足取りで廊下を渡っていた。あと数メートルの距離、胸の鼓動に気付かないふりをして歩を進めた。
 突然、強い風が開け放たれた窓から吹き込んできて、前方を歩いていた彼女はあっ、と小さな声を上げた。手に持っていた用紙が風にさらわれ拾おうと屈むと、抱えた紙の山が崩れて吹き込んだ強い風に煽られ、廊下一面に瞬く間に広がっていった。階段付近まで飛ばされた用紙を急いで拾い集めた。どうやらアンケート用紙のようだ、教師に運ぶように頼まれたのだろうか。うずくまって集めている彼女のもとへ向かうと、彼女は笑顔で感謝の言葉を述べて受け取った。そのとき、手首の内側からあの香りが漂った。清楚で優しげに仄かに香る匂いは彼女の雰囲気にとても良く合っていた。
 「いい香りだね」
 何気なく呟いた言葉に彼女は怪訝な表情をして、やがて合点がいったのか嬉しそうな笑顔を浮かべ、言った。
「好きな人から貰った香水なの」
 正体不明の胸の痛みをかすかに感じた。でも、きっと気のせい。
「美穂!早く帰るよ」
「今行く」
 後ろから声をかけてきた友人に返事をして、私は足早にその場を立ち去った。多分、私にとってあの香りが、初恋だったのかもしれない。
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