胡蝶之夢

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六人で一緒にいるのが当たり前になったのは、入学してすぐの頃だった。
 語学の授業で席が近くて、昼ごはんに誘われて、そのまま何度か集まっているうちに、人数が固定された。

 男子三人、女子三人。
 誰かが欠けると少しだけ変な感じがして、全員そろうと安心した。

 彼も、その中の一人だった。

 特別な出来事はなかった。
 会話も、笑うタイミングも、他の五人と変わらない。
 ただ、気づくと視界の端にいることが多かった。

 一年生の間は、それで十分だった。

 二年生になって、空きコマが増えた。
 六人で学食に行ったり、図書館でだらだら過ごしたりする時間が増えた。
 誰かが来られない日もあって、そのたびに人数が減っていった。

 彼と二人になる時間も、自然に増えた。

 話さなくても気まずくならない沈黙が、心地よかった。
 それが特別だと気づいたのは、たぶん少し遅かった。

 私は感情を言葉にするのが苦手だった。
 嬉しいも、寂しいも、好きも、全部同じところに溜まって、外に出る前に形を失ってしまう。

 だから、何も言えなかった。

 彼が他の女の子と話しているのを見て、胸の奥が少しだけざわついたことも。
 帰り道が同じ方向だとわかっても、「一緒に帰ろう」と言えなかったことも。

 代わりに、いつも通りに笑った。

 六人でいるときの私は、たぶん普通だった。
 誰から見ても、変わらない一人。

 夏が終わる頃、彼がふいに聞いてきた。

「最近、忙しそうだね」

「そう?」

 自分ではわからなかった。
 ただ、答えたあとで、何かを聞き返すべきだった気がした。

「まあ、ちょっと」

 彼はそれ以上、何も言わなかった。

 秋になると、六人で集まる回数が減った。
 バイトを始めた人、恋人ができた人、予定が合わなくなった人。
 理由はそれぞれだったけれど、集まりは少しずつ形を失っていった。

 私は、その変化についていけなかった。

 ある日の帰り道、彼と二人きりになった。
 夕方の風が冷たくて、歩く速度が自然と揃った。

「来年さ」

 彼は前を見たまま言った。

「ゼミ、別になるかも」

「……そっか」

 それだけ返した。
 本当は、胸の奥で何かが静かに崩れた音がした。

 でも、それをどう扱えばいいのかわからなかった。

 信号の前で、道が分かれる。
 赤信号の間、ほんの数秒の沈黙。

「じゃあ」

 彼が言って、軽く手を挙げた。

「うん」

 私も手を挙げたけれど、彼はもう前を向いていた。

 その背中を見ながら、
 今なら何か言えたかもしれない、と思った。

 でも、言葉は浮かばなかった。

 冬が来て、六人で集まることはなくなった。
 連絡先は消していないのに、連絡する理由が見つからなかった。

 キャンパスで彼を見かけることも、少なくなった。
 見つけても、声はかけなかった。

 後悔しているのかと聞かれたら、たぶん違う。
 ただ、あの沈黙に名前をつけられなかったことが、少しだけ寂しい。

 もし、あの時間に言葉があったなら。
 もし、私がもう少し感情に上手だったなら。

 そんなことを考えながら、私は今日も同じ道を歩く。

 彼が今、誰の隣にいるのかは知らない。
 ただ、あの時の私は、確かに誰かを好きだった。

 それだけが、今になって、はっきりしている。
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