胡蝶之夢

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拓人

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俺は、わりと友達が多いほうだと思う。
 声をかけられれば返すし、冗談も言う。場が静かになれば、適当に話題を振る。そうやっていれば、人の輪から外れることはなかった。

 六人でいる時間も、自然にその延長だった。

 誰かが笑って、誰かが突っ込んで、空気が少し緩む。
 その中に、彼女はいた。

 静かだけど、いないと気づく。
 喋らなくても、ちゃんとそこにいる感じがした。

 一年生の頃は、特別な感情はなかった。
 少なくとも、そう思っていた。

 二年生になって、空きコマが増えて、六人で過ごす時間が増えた。
 全員そろわない日も増えて、そのたびに人数が減った。

 気づけば、彼女と二人でいる時間が増えていた。

 話さなくても、間がもった。
 スマホをいじって、たまに顔を上げて、同じページをめくる音だけがする。

 その沈黙が、俺は好きだった。

 それに気づいたときには、もう少し厄介な感情も混ざっていた。

 彼女が他の誰かと話しているとき、
 なぜか視線を追ってしまう自分がいた。

 でも、気づかないふりをした。

 友達だったし。
 六人の関係は、うまく回っていたし。
 誰か一人の気持ちで、空気を変えたくなかった。

 それに、彼女は何も言わない。
 表情も、声も、いつも通りだった。

 だから、きっと違う。
 そう思うほうが、楽だった。

 夏の終わり頃、なんとなく距離を感じて、聞いた。

「最近、忙しそうだね」

 本当は、忙しいかどうかなんてどうでもよかった。
 何か変わったことがあるのか、それを知りたかった。

「そう?」

 彼女は少し考えてから、そう言った。

「まあ、ちょっと」

 その返事を聞いて、
 ああ、やっぱりそうなんだ、と思った。

 何が、とは言えない。
 ただ、自分の踏み込めなさを正当化するには、十分だった。

 秋になって、六人で集まる回数が減った。
 バイト、恋人、予定。理由はいくらでもあった。

 俺は、みんなと変わらない顔で笑っていた。
 誰かが欠けても、空気を繋いでいた。

 それが、俺の役目みたいなものだった。

 ある日の帰り道、彼女と二人きりになった。
 夕方の風が冷たくて、歩く速度が自然と揃った。

「来年さ」

 思いついたみたいに言った。

「ゼミ、別になるかも」

 本当は、
 来年も一緒にいられるのか、
 その答えが欲しかった。

「……そっか」

 彼女はそう言って、少しだけ間を置いた。

 その沈黙に、意味がある気がして、
 でも、聞かなかった。

 聞いてしまったら、
 今の関係を、壊してしまいそうだった。

 信号の前で、道が分かれる。

「じゃあ」

 いつも通り、軽く手を挙げた。

「うん」

 彼女も手を挙げたけど、目は合わなかった。

 そのとき、
 気づいてしまった気がした。

 でも、気づかなかったことにした。

 冬になって、六人で集まることはほとんどなくなった。
 それぞれの生活が、ちゃんと進んでいく。

 彼女とも、連絡を取らなくなった。
 理由はなかった。ただ、きっかけがなかった。

 キャンパスで見かけることはある。
 声をかけようとして、やめる。

 友達だから、という言い訳は、
 いつの間にか、自分を守るためのものになっていた。

 今なら、あの沈黙が少し違って見える。
 彼女は、何かを言おうとしていたのかもしれない。

 でも、それを確かめることはしない。

 もし、あれが好意だったとしても。
 もし、ただの勘違いだったとしても。

 俺は、選んだ。

 壊さないほうを。
 踏み出さないほうを。

 そうやって守った関係の中に、
 言葉にならなかった気持ちだけが、今も残っている。
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