異世界を印刷で無双する/社畜が転生先で「つまり印刷機で魔法陣を大量印刷すれば無双できるのでは」と気づいたがまさかのラスボスに戸惑いを隠せない

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第三章 印刷戦線

第51話 絢理さん敗走す

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タビタの待つ処刑台へ向けて八本脚を動かすイタバシ。前脚を器用に動かして拘束具を外し、タビタを解放した。
続いてファーデン三世も救助する。
その一連の動作を、エルフたちは固唾を飲んで見守っていた。彼らもこのイタバシを前にしては、積極的に戦おうとはしなかった。
工場の窓を開け、絢理は主人の無事を確認する。

「すみません、遅くなりました」
「まさかこんな登場するとは思いもしなかったけど、でも助かったわ」

タビタは苦笑しながらも、無事をアピールするように胸を張った。
絢理が窓から身を乗り出して手を差し出す。イタバシは主人の思惑を邪魔しないようにと、傅くように前脚をおり、タビタへと目線の高さを合わせる。
タビタもまた手を伸ばす。二人が最下位を喜びつつ手を取る、その、刹那。
一陣の風が、二人の間を切り裂くように吹き抜けた。

「な、何ですッ?」

慌てて手を引っ込める絢理は窓を閉め、イタバシは戦闘態勢をとる。前脚を掲げてファイティングポーズを取るように構える先、新たな集団が、その姿を現していた。
見覚えのないその一団に絢理は首を傾げる。
真っ先に反応したのは、ファーデン子爵だった。

「ああ! 来てくださったのですか!」

直接救ったのは絢理だというのに、彼女にも向けられることのなかった感動の叫びが、新たな一行を歓迎する。
タビタとオルト、そしてエルフの一団までもが、その顔を驚愕に染めていた。
分かっていないのは絢理だけだ。
悔しいので、絢理は唐突に現れたその一行をよく観察してみた。
装甲で覆われた荷台を引く騎馬車が三台。その荷台の中には、おそらく魔法陣が収録されているのだろう。
その騎馬車一台につき五名が、それを守るように陣形を固めている。
そしてその中心、指揮官を思わせる位置に立つ男を見て、絢理は違和感を得た。
どこかで見たことがあるような気がする。老人に差し掛かった壮年の男性。
立派な口髭は二股に分かれているのが特徴的。本来の顔つきは穏やかそうだが、しかし良い暮らしぶりなのだろう、随分と恰幅がいい。

誰だっけ。多分、随分昔だ。

異世界に来てからではない。
生前、まだ社会人になる前。

学生の頃。

部活ではない。
受験勉強。教室。授業。机の上。教科書。教科書!

「れ、歴、史…の、教科書……ッ!」

絢理の全身に衝撃が走る。
そう。思い出した。いや寧ろよく思い出したな私。そう思い入れがあったわけでもないのに、歴史の偉人の顔を覚えていた自分自身に感心する。

「ヨハネス・グーテンベルク!」

歴史上の偉人がそこにいた。
活版印刷の発明家にして、今や異世界チーレムを形成している王国の王その人!
感涙している子爵を見て、タビタが得心したように言った。

「間に合わないとか何とか言ってたのって、グーテンベルク王に助けを求めてたのね」

多くの視線を一身に受ける中、グーテンベルクが脅威を判定したのは、誰あろうイタバシだった。当然の帰結だった。

「何ぞ、あの怪物は」

それも、ここにいる全員の疑問を代弁していた。唯一絢理だけが、その蔑称に目くじらを立てていた。

「私のイタバシを怪物呼ばわりとはいい度胸ですね。たかが活版印刷でマウント取る気ですか?」

絢理の挑発的な口調に、グーデンベルクは怪訝そうに眉根を寄せた。

「なぜに活版印刷のことを……」

それが彼にとって、門外不出の機密事項であり、逆鱗であったことを、絢理には知る由もなかった。
グーテンベルクが、自身の率いる騎士団に短い指示を出す。

「やれ」

合図とともに、騎馬車の周囲を固めていた魔導士たちが魔法陣を掲げる。

「解きほぐせ、エーピオス!」
「羽ばたけ、パライナ!」
「夢喰らえ、トラゴス!」

連携の取れた魔法の連続がイタバシを襲う。八本脚を支えていた大地がぬかるみ、イタバシが大きく姿勢を崩す。
そこに光の矢が殺到し、刺さった矢の先端から炎が拡散していく。
絢理も慌てて魔法陣を起動させる。

「落ちろ、プルーリオン!」

数千枚の魔法陣が同時に起動し、騎士団を襲う。しかし、彼らは防御の魔法陣を展開し、魔法を相殺した。

「なッ」

想定外の対応力に絢理が怯む。その隙を突くように、騎士たちは連続で魔法を放つ。

「解きほぐせ、エーピオス!」
「羽ばたけ、パライナ!」
「夢喰らえ、トラゴス!」

それは弛まぬ訓練により培われた、あらゆる状況への対応を実現する陣形だった。
個では発揮できない団結力を前に、絢理の力はあくまで個人で用意した単純な暴力でしかない。
応用力のなさが露呈し、絢理は初めて焦燥を露わにする。

「わ、私も防御の魔法陣を……いやでも、替え版が間に合わない……ッ!」

健闘するイタバシだが、圧倒的にして一方通行の暴力が防がれては、巨体も恰好の的である。
絢理が打開策を立てられないうちに、イタバシはいくつもの損傷を負っていく。

「絢理君、逃げるぞ!」
「早く、何してるの!」

オルトとタビタの叱咤により、絢理は我を取り戻す。このまま戦っていても、悔しいが勝ち目はない。
周到に組まれた多種多様な魔法陣と、それを使いこなす術者同士の連携に、戸叶絢理は初めて敗北を喫したのだった。

オルトとタビタを回収し、八本脚を駆使してその場を離脱するイタバシ。
オルトが目眩しの魔法陣を使って、逃走経路を確保する。
傷ついた巨体は、あえなくグーテンベルク王を前に敗走するのだった。

誇り高き社畜が、譲れぬプライドを叫びに変えた。

「く、屈辱です! 現代のCTPオフセット印刷が中世の活版印刷ごときに負けるなんて! 絶対、絶対にこの借りは返しますからねえええ!」

<第三章 完>


―――――――――――――――――――――――――――――
■第一部 完
ラスボスとの出会いを区切りに、ひとまず第一部 完としました。
やりたいことはまだまだあります、そのうちに続きを書きたいと思います。

続きを楽しみにしていただける、そんな神様のような方がおりましたら、
是非感想やレビューなどお聞かせください。
それを励みに頑張らせていただきます。
まずはここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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