Blue Earth

noiz

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Blue Earth 04

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コンクリートの表層が崩れた、灰色のスラムにはいろんな店がある。

中古品や廃材などのリサイクルショップがほとんどで、他には便利屋や探偵事務所なんかがある。

スラムは確かに物騒な場所ではあるんだけど、廃材を利用した破格のバイクや、機械のカスタムを行う改造屋は学生達にも人気がある。なんせスラムだから国へ真っ当に商売の届けなんか出してない。つまり税金が課かってないだけじゃなくて、違法改造もお手の物だ。


「あッ! ハルにソウ!」

女の子の明るい声がしてそちらを見ると、チュールの花飾りの付いた華やかな日傘を差す愛琉ちゃんが立っていた。

「愛琉ちゃん、なんでこんなところに」
「言ったでしょ? 新宿スラムはあたしの庭だって! 案内してあげる」

愛琉ちゃんはにっこり微笑んでそう言うと、くるりと背を向けて歩き出した。淡いピンクと紫の日傘から、同じようなデザインのひらひらしたスカートが出ている。底の厚い白いスニーカーは、バルーンみたいな電光エアクッションのせいで玩具みたいだった。
チカチカ光る靴やアクセサリーを飾った鮮やかな愛琉ちゃんの姿は、灰色のスラムでは特に鮮明に見える。

背景にはうらぶれたコンクリート造りのビル郡、何十にも絡まった電線、ダンボールに盛ったパーツやチップを売る露天商、刺青入りのギャングや売人達。おまけに僕とソウは麻袋を積んだバイクを引いている。だけど愛琉ちゃんは本当に慣れている様子で、僕等を店へ案内してくれた。


寂れたビルの三階へ行くと、店の扉を開けて愛琉ちゃんは場にそぐわない弾むような挨拶をした。

「こんにちはぁ!」
「お、愛琉じゃないか」
「うん! 凪ちゃんのお友達連れて来たから高ぁーく買ってあげてね!」

どうやら顔見知りらしい。柄シャツを着た店の主人はたぶん還暦ぐらいのおじさんで、愛琉ちゃんに親しげな笑顔を向けている。

「よし、見せてみろ」

そうして僕等は凪坂と愛琉ちゃんの協力の下、いつもよりずっと良い値段で麻袋の中で壊れてるアンドロイドを買ってもらった。





「なんでスラムが愛琉ちゃんの庭なの?」

訊いていいことかどうかわからなかったけど、店を出た僕は愛琉ちゃんに尋ねた。すると、愛琉ちゃんはとくに嫌な顔もせずに答える。

「あたし、ここで育ったんだよ」
「どういうこと?」

愛琉ちゃんは首を傾げて、少し説明する言葉を探してから答えた。

「うんとね、あたしも小さかったからよく覚えてないんだけど、気が付いたらこのスラムに居て――普通に考えるなら多分捨てられたとか、そういう感じなんだと思うけど。それで、まあこんなとこだし、売り飛ばされそうなもんでしょ?」

愛琉ちゃんは翳りない笑顔で明るく笑う。
僕とソウは、それを静かに聴いていた。

「まあ、そうだよね」
「でも違ったの。案外良い人もいっぱいいるんだよここ。いろんな人があたしにご飯食べさせてくれたし、かわいい着る物もくれたし、寝床も貸してくれたの。あたしはこの街のいろんな人のところを毎日転々としてさ、なんかみんな顔見知りで、みんなあたしの育ての親みたいなもんだよ。あたしから頼んだっていうより、皆あたしの面倒見たいって感じの人の良さでさ。……勿論あたしをどうにかしようとした人もいたよ、悪い意味でね。でも、絶対に誰かが護ってくれたの」
「……そうなんだ」

随分と突拍子も無い話だと思った。

だけど実際、行き交う人の中で愛琉ちゃんに挨拶をしていく人は多かった。ほとんどの人が愛琉ちゃんを知っているみたいだったし、誰も嫌な視線も奇異の視線も向けなかった。

「じゃあその、本当のご両親はわからないんだ?」
「殆ど記憶には無いかな」
「つらくない?」
「ううん。たのしいよ。みんな優しいし、寂しいと思ったことないもん」
「そっか。愛琉ちゃんは、強いね」

そう言うと、愛琉ちゃんは目を円くして僕をまじまじと見た。

「ん?」
「……ううん。そうかな? ありがとっ」

愛琉ちゃんは可愛い顔いっぱいに笑ってそう言った。それから、ひらりと背を向けて手を振った。

「それじゃあたし、これから凪ちゃんとこ行くから、またね」
「うん、ありがとう」

そして数歩進んでから愛琉ちゃんは立ち止まり、もう一度くるりと振り返って僕をじっと見た。

「愛琉ちゃん?」
「ハル、」

愛琉ちゃんはこちらへ戻ってきて僕の耳元へ囁いた。

「あたしが寂しくないのはみんなが居たからだよ。ソウにはハルしかいないんでしょ?」
「え?」

今日もろくに愛琉ちゃんとソウは言葉を交わしていないのに、いきなりそんなことを言われて、僕は驚いた。

「そんなこと、」
「ダメだよ、寂しい思いさせちゃ!」

ね? 愛琉ちゃんは可愛らしくそう笑うと、今度はもう振り返らずに去っていった。僕は意味がわからなくて首を傾げる。

「どうした?」

愛琉ちゃんが居る間、殆ど黙っていたソウに尋ねられて、僕は肩を竦めた。

「さあ?」



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