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番外編
引き摺る鎖*
しおりを挟む従順にすればいい。抱き締めて縋ればいい。そうすればまた優しくしてくれる―――今は罵倒ばかりする唇で、昔は愛してるって囁いていた。
「父さん…」
大嫌いな男。腸の焼けるような憎しみ。父親に成り済ました他人。触りたくない。触られたくない。だけどこれ以上苦しみたくない。
「あ、んんッ…う、ぁ…」
痛いのはいやだ。殴られること、切られること、焼かれること。ひどい恐怖。でも気持ちいいのもこわい。感じたくなんかない。感じてなんかない。快楽だなんて思ってない。
「は、あぁ…あ、ああ…んッ…」
甘い声が、漏れるのに吐き気がする。いたいのはいやだけど、きもちいいのもいや。いやだ。されたくない。したくない。あんなもの咥えたくない。
「…ンッく、あぁ…ッ…!」
痛み。痛み。痛み。気が遠くなるような。骨が痺れるような。意識が飛ぶような。快楽よりマシだ。浅ましく腰を振るよりずっとマシだ。―――でもイッてる。
「は、も…あ、ぁぁ…」
もうだめだ。こわれてる。二度と戻れないんだ。おかしい、体も頭も。異常だ。狂ってる。愛されたくなんかないのに。優しくされたい。痛いのはやだ。気持ちいいのはやだ。ばらばら。気持ちも身体もばらばら。どうしようもない。ぜんぶから解放されたい。なにもなくなりたい。意識も感覚も投げ出したい。
―――もう俺を愛してないならなんで俺を抱く?
今も昔も欲求解消の道具でしかない。俺をただの性器と思ってる。死ねばいい。お前も俺も死ねばいい。殺せばいいのに。俺を殺せばいい。痛みも快楽もやってこないところ。死んだほうがいい。
「は、あ、あっあぁぁ…」
執拗に先端を擦られる。胸の突起を噛まれる。身体を舐めて、肌を吸われる。無理矢理高めておいて、イクと怒られる。鎖で叩かれる。一晩中イけなくさせる。いやだ。こわい。薬を身体に入れられる。頭がもっとおかしくなる。なにも考えられなくなるのは楽だけど、こわい。ひどい恐怖。もういやだ。たすけて。だれか。だれか俺を、
+ + +
「ソウ?」
なにかがぶつかるような音を聞いて、目を覚ました。またソウが起き出したんだろう。ソファを降りて立ち上がると、今はもう見慣れた洗面所が、明るかった。
扉は開いていた。洗面台の下に座り込んだソウが居る。
「ソウ! どうし、」
どうしたの、と。聞こうとして言葉を失った。
ソウは自分の性器を握って洗面台に頭を打ち付けていた。涙を流したソウの瞳が、なんとなく僕を見る。
「ソウ…」
ボロリと流れた、ソウの涙。
暗い瞳。朝なんて知らないような、憔悴した眼。闇のような黒い髪の間から、絶望が溢れ落ちている。
僕は駆け寄って、抱き締めた。
「なんでだよ…ソウ、なんで…」
薬を飲んだり打ったりするのは、それなしでは過去に囚われてしまう心のせいなんだろう。だけど、意識が朦朧としたって、バッドトリップの方が多いのだ。楽しそうなことなんか無いのに。結局、その意識は過去に戻ってしまうのに。理性を手放したいって気持ちに支配されて、きっと薬を使ってしまう。
どうしたらいい。僕はどうしたらいい。どうしたら忘れさせてあげられる。どれだけ抱き締めたらソウを安心させられる。
「…父さ…ごめ、なさい…縛って…イかないように…俺…ね、父さん…」
掛ける言葉が見つからなくて、呼び戻す術も見つからなくて。そっと唇付けて、舌を絡めた。やさしく、ゆっくり、溶かすように。
「ん、ふぅ…ん、…はぁ…」
ソウの手の上に自分の手を重ねて、解かせる。そしてそっと触れた性器を愛撫した。切なげに身を捩るソウに、耳元で囁く。
「大丈夫。出していいよ」
「あ、でも…んッあぁっ…あ、父さんッ…」
「…いいから。出して」
くるくると先端を撫でて、竿を上下に擦る。
ソウは、イクのが怖いみたいに堪えている。そうしてしまえば、罰があると思っている。
「あ、あっあぁっ…ん、ダメ、あぁぁ…!」
根元から強く扱き上げると、ソウは熱を吐き出した。
「ごめ、なさ…」
肩で息をするソウが、微かな声で謝る。まだ余韻に浸りたがっている身体を無理矢理一息で整えようとして、足を開く。
「はやく…ここ…挿れて……」
ソウが自分の中を解そうとして指を入れるのを止めさせる。正気のソウになら煽られるに決まってるけど、こんな状況では痛々しいだけだ。ソウは躾通りに動いているんだろう。瞳は扇情的というより、怯えてる。必死にそうしてるのがわかる。身体が小刻みに、震えていた。
「ソウ、無理しなくていい。もう眠ろう」
優しく囁いたけど、ソウは傷付いたような顔をする。今日は随分深く浸かってしまっている。ソウが戻ってこない。ぜんぶを忘れたくて薬を打って、こんなに過去へ帰ってしまう。でも、目覚めた時ソウは覚えていない。そんなの忘れたうちに入るのか? ぜんぜん、救われてなんかない。逃げ切れてない。それでもソウは薬を手放せない。
「父さん…俺、失敗…して…ごめんなさ…ちゃんとやる、から…」
服の上から僕の性器に触れてこようとするソウを、やめさせようとすると怯えた顔をする。やるせなさで僕の目から涙が流れた。何度繰り返すんだろう。どれくらい苦しんだら忘れられるんだろう。
ソウは僕の萎えた性器を取り出して触れ、精一杯奉仕しようとする。器用にいろんな触れ方をして、なかなか反応しない性器に苦心していた。時間をかけて強制的に立たされた性器がひどく虚しい。それでもこうしなければソウは帰ってこない。僕はソウの中へ自分を沈めた。涙はとまらなかった。反応している自分の身体も惨めで、どうして男の身体はこうなんだろうと思った。でもそんなものでも、今のソウには必要な熱だった。
「あぁぁ…は、あぁ…あ…」
目を閉じたソウの背がしなる。仰け反った白い首筋にキスする。ソウを抱き締めて、愛しさが伝わればいいのにと、優しく腰を揺らした。大切に抱きたい。でもきっとソウにはそれじゃ足りない。激しく貪られなきゃ安心できない。求められていないと次は暴力がやってくると知っているからだ。
「ああ、あ…あぁっ…父さん…」
僕の背に腕を回して、しがみつく。肩口に擦り寄って、耳元で囁く。
「もっと…ついて…」
搾り出すように煽ろうとするソウが、あんまり哀しくて、僕は動きを止めてソウの目尻にキスをした。
「ソウ、僕はハルだよ。あの男はもういないよ…もう二度と来ない」
「…ん……父、さん…?」
「もう誰も君を殴ったりしないよ。怖がらなくていい。ソウ、」
何度言い聞かせても、ソウは切なげに呼吸を繰り返すだけだった。たまらなそうに、身を捩る。僕は諦めて、律動を再開した。
「あっああっ…んッ…はぁ、あッ…あぁぁ!」
僕はもうかける言葉もなくて、ただ歯を食いしばって腰を打ちつけた。半分、自棄になっていた。こんな報われないセックスがあるだろうか。いくらソウが綺麗で扇情的だって、理由も状況も理解している僕には虚しいだけだ。それでも行為には熱が伴う。それが余計に虚しかった。僕はなにをしてるんだろう。僕等はなにをしてるんだろう。こんな昔の残像の中で、どこへもいけずに。
「や、あ、あぁっ…も、あぁぁ!」
「ソウ…」
「う、あ、はぁっ…んんッ…も、イキた…」
「いいよ、ソウ。出して…」
「あ、駄目…あ、あぁっ…や、イかせ、て……」
「いいよ、イっていいから」
「あ、あぁ…んっ…あぁぁ、あっ!」
身を走る快楽に悶えて、ソウが力なく首を振る。とまらない腰を振って、あられもなく乱れた。自分を見失っているソウが達しそうになった時、僕ではない男に訴えかけた。
「あっ…も、あぁっ…あ…俺を……
殺して、くれ…」
そう言って、ソウは達した。身体を震えさせて、僕の肩に凭れた。僕は吐き出すことなく、ソウをただ抱き締めていた。この細い身体で、ずっと張り詰めている精神で、やっと立っているソウが、未だに凍りついた過去のなかで生きていることが、言いようもなく辛かった。
「かみさま、」
ぽつりと呟いたその言葉は、とうの昔に人が殺してきた。願いの向かう先なんてない。この背徳のなか。僕は一人だった。
抜け殻のソウを抱いて、僕はシャワーですべてを洗い流した。排水溝に飲まれていく汗と精液は、過去の残滓。このままぜんぶ流れさって、二度とやってこなければいいのに。
ソウが打ち付けた額や頬骨に、切った湿布を貼ってガーゼを上から被せた。テープで留めると、長い溜息を吐いた。
深い眠りに落ちて穏やかな呼吸をしているソウは、本当に病人みたいだった。医者に行ったほうがいいと思った。ちゃんとした合法の薬で治療するべきだと。だけど、話せなんて言えない。相手が医者でも。だれかに話せなんて言えない。ソウが法を犯しているというのも勿論あるけれど、経験したことが酷すぎた。信頼できる医者にかかれるかだってわからない。僕はどうしたらいいんだろう。どうしたら救いだせる?
「時間ならいくらかかってもいいんだよ、ソウ」
眠っているソウの頬に触れた。肌理の細かい滑らかな肌。誰より綺麗なソウ。
「僕はずっと一緒にいるよ」
それだけだった。僕はソウの傍へ腕を置いて頭を凭れた。とても疲れていた。このまま眠ってしまいそうだ。
きっと、朝になればソウは、いつものように落ち着いた、きれいな笑顔をするのだろう。そして僕の名を親しげに呼んでくれる。そんな些細な一瞬すら。どれほど意味のあることか。どれほどのものを抱えてそうするんだろう。ちゃんと僕等は、ふたりでいるのかな。
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