グリムキラーズ〜失われし童話〜

アリエッティ

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ガラスの器

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 城に集まる無数の街人達。大広間にて静かに整列をしていたが、朝を迎えると共に一斉にもう一つの姿を覗かせる。

「刻は満ちた、時計の針が回ったぞ!
皆の者、自由を解放するのだっ!!」

『「ウオォォォッー!!」』
雄叫びを上げ、歓喜する。これから何が始まるというのか、それを待つほど彼の気は長くない。

『バリンッ!』「なんだ!?」
街人の一人が広間の床に倒れ気を失う。

「成程な、靴を壊せば眠れる訳か..」

「何者だ貴様っ!!」
陰から飛び出し姿を晒し、街人の群れを見渡す。

「ざっと見ではどれだかわからんな、面倒だ。」

「侵入者か!
皆の者、奴を捕らえろっ!」

『「はっ!」』
王子の一声で全員が兵隊に、瞳に黒目は無く明らかに精神を支配されている。言葉を発しても王でも無い部外者の話は聞く耳を持たないだろう。

「流石にこの数を一人ではキツそうだな。
靴を狙うつもりが生命まで壊してしまいそうだ」
後ろへ軽く飛び、兵隊に成り果てた街人からある程度距離を取ったところで掌の上で本を開く。


「オレも兵隊が必要だ、グリムノート!」
              『12人の狩人』


「ケケケケッ!」
右腕の手首と弓の同化した異形なシルエットの男が12体出現、支配下によりジョンの指示を全うする。

「人は狙うな、靴のみを射ろ。」

「ケケケケケケッ!!」
左手で生成した矢を右の弓に設置し弦を引く。迫り来る街人の足元を狩人達は次々と狙っていく

「..少し足りないか、まぁ心配は無い。
目的の為の隙が出来れば充分だ」
群れの元を経てば全て止まる。ならば狙うのは連中では無く中心の長、城を担う王冠だ。

「ジョーンッ!! 来てやったゼェッ!?
おれっチたちも加勢してやるゼェッ!」

「いらん。」

「ンだとコラァッ!?」
お役御免か役立たずか、狩人に劣る加勢に困る。

「お前たちの役目は何だ?
グレーテルを探してくれ、あとはわかってるな。」

「ア? そのアトなんかアンのか?」

「いいからいくわよ、犬とロバも協力して。」

「はいよ」「わかったよ~。」
狩人が狙うのはあくまで街人、巻き添えを食らう事は決して無い。仮に街人に襲われても、野性は平気で人を殺める勇敢を誇る。

「てワケなんで、少し止まってくれ」
ティンパニを大きく一打ち、波紋する音色が街人の動きを一瞬止める。

「居場所を探すよ~。」
リュートを掻き鳴らし一度音符に記録したグレーテルの匂いをルート化する。

「見つけたよ~、グレーテルはあそこだよ~。」

「ありがとう。」「サスガだぜっ!」
群れの中に紛れる探し物の居場所を特定し最適な道を追跡組が群れを縫って進む。

「捉えたわ!」 「狩人ォッ!」

「ケケケケッ!」
グレーテルの脚にはまったガラスの靴を狩人の放った矢が粉砕する。


「危ない、直ぐに離れろっ!!」
音に反応した街人達がグレーテルを掴むネコを囲む。

「気付かれた..!」

「離れろテメェラァッ!!」
力任せにニワトリがシャウトすると、周囲の街人が一斉に尻餅を突いた。意識は無くとも五感はしっかり反応するようだ。

「急げェッー!!」「やるわね、あんた。」
気を失ったグレーテルを抱え街人の群れを抜ける、あとは宿屋へ連れ帰るだけだ。

「ジョン様よぉっ! こっちは無事だせぇっ!?」

「..でかした、後は任せろ。」「オウッ!」
ジョンもようやく人混みを抜け切ったところだ。お互いに目的に到達した、あとは仕上げのみだ。

「大広間とはよくいったものだ、王室どころか廊下にすら辿り着かんとは。」
暴動に準じて王子は客室へと身を潜めた。広い城の中では廊下といえど長過ぎる道、これから二つ目の困難が始まろうとしている。

「流石に兵隊はいないだろうしな、疲れた足を行使するのみか。俺はいつきちんと休める?」
結局のところ宿を利用出来ていない、森に続いて街ですら走り回ってばかりだ。

「..少し、眠らせてくれ」
魔法があるなら掛けてくれ、大歓迎だ。

『キキュイ、キュキュイツ!』

「..何だ?」
廊下に無数の鳩が飛ぶ。鳩は嘴と羽根を刃物のように尖らせ勢いよくジョンを狙って空から迫る。

「動物たちの役目はここだったか..」
一応武器は持っているが、まともに相手をすれば八つ裂きにされる。

「足が痛いというのに走らせるか!」
鳩より早く、羽より多く足を動かす。

「うおおぉっ!!」
鉛筆を削るように城の装飾を削っていく、巻き込まれれば木屑も同然だ。

「見えた! 
一本道で助かった。..にしても扉でかいな」
鳩の速さにも慣れてきた、あとは扉に飛び込むだけ。

「鍵のロックを開けるのは..銃か? 剣か?」
銃は反動が大きく剣を振るう暇は無い。

「いらん、扉の鍵は...足だっ!」
飛び込み思い切り扉を蹴破り王室へ入室。廊下を飛んでいた鳩達はその身を削がれるように部屋の手前で消滅してしまう。どうやら王室にまでは入れないようだ

「..騒がしい侵入者だ。
よもやここまで辿り着くとは」

「元々ここに来るつもりだったからな」
背中を見せる王子は派手なマントを羽織り、面倒な輝きの王冠を際立たせている。

「よかろう、ならばお前を受け入れてやる。
..さぁ、共に自由を愉しもう!」
振り向いた王子の顔を見て驚愕する。
王子の瞳には、意識が灯っていなかったのだ。

「お前も被害者だったのか...。ならば誰が?」

疑念は街まで触手を延ばす。

「急ぐぞ、連中がいつ外へ飛び出すかわからない」

「ウソだろっ!? アイツら外までクンのかよっ!」

「気を付けないとね~。」

「ダラダラ話してる場合じゃないでしよ。口より足を動かして....ん?」
ネコが何かに反応する、とある道の方角に以前と異なる〝違い〟を見つけた。

「アナタたち、先に行っててくれない?
あたしはちょっと野暮用ができちゃった。」

「なんだヨッ! サボんのかコラァッ!?」

「いいから行くぞ、何か考えがあるんだろう」

「気をつけてね~。」
文句を言うニワトリとグレーテルを抱えて動物達は引き続き宿屋へ、ネコは一人で別の方向へ進む。

「流石に全員は連れていけないわね、グレーテルの身が心配だわ。..あのカッコウになる必要がある、疲れるから余りやりたくないんだけどね。」
動物では出来ない行動を、補う為にやむを得ず成る。

『バキ..バキバキバキッ!!』

「ふぅ、まぁこんなもんか。
久々にやると結構痛むな、ストレス溜まりそうだ」
筋肉と骨の配置を変えて人型に変形する。あの場所は客が人間でないと受け付けない。

「重たいカラダね、速さも減れば鼻も詰まるしいい事が無いわ。」
一つ利点があるとすれば、力が格段に増すくらいか。

「おらぁっ!」

「な、ななななんだいっ!?」
黒いフードにしわしわの顔、怪しげな水晶が不気味な顔を大きく見せる。

「やっぱり扉は蹴破るに限るわ..!」

「何者だいあんたっ!
客なら態度をわきまえなよ!!」
細い老婆が声を上げて無礼な男に怒鳴り散らす。イヌはそれをものともせずに部屋を見渡す。

「占いの館か..随分都合良く考え付いたもんだわ。
あたしは城からここへ来たの、意味わかるわよね?」

「..アンタ、魔法にかかってないのかい!」

「魔法じゃなくて呪いよね?
アナタ城で街人が履いてた靴と同じ匂いがするわよ」

「匂い..アンタ人間じゃないね、そんなものをここまで辿って来れるような器用な奴がいるものか!」
12時を迎えるまで香を焚いて匂いを消していた、朝を迎えた今からはっきりと真実を嗅ぎ取れる。

「何が目的?
人々の意識を支配して、城に集めて..夜中にコソコソ暗躍なんてみっともないわよ。」

「コソコソ..だって?
こんなのただの前段階だよ!
本当の支配はこれから始まるんだっ!!」

「..何ですって?」
ネコが改めて訪ねると、老婆は狂気じみた雰囲気を纏い大きな声で話し始めた。

「アタシと王子は元々恋仲でねぇ..熱く愛を育んだものさ。だけどアイツは裏切った、どんな形でも愛すって言ったのに..0時を超えたアタシの姿を見て突然カラダを冷ましやがったのさ!」

「0時を超えた姿?
..ウソでしょ、アナタもしかして」

「そうだよ..アタシの名はシンデレラ!
魔法に身を任せた愚かな女さ!!」
本来は12時を超える前に姿を消し王子と幸せになる筈だった。ところが欲を出し、12時を過ぎても王子と共にいる事を選び未来を変えた。
占いの館の老婆は、自ら世界に歪みを生み出したのだ

「見なよこの脚!
ぴったりはまったガラスの靴が錆び付いて二度と脱ぐ事が出来なくなった。それだけじゃない、アタシ自身が魔法を掛ける魔女になっちまった..。」

「そのアタシっていう一人称やめてくれない?
凄く話にくいんだけど。」

「その後王子は!
居る筈の無い運命の人を探す為自らガラスの靴を作って街中をウロつき始めたんだよっ!!」

「ダメね、人の声も耳に入らなくなってるわ。」
これから己の事を何と呼ぼうか頭を悩ませるネコに触れる事もなく老婆は一方的に話を続ける。

「私はそれを見ていたさ、街の美女達に近付いては靴を当てがう無様な姿。目の前を通る老婆の姿を無視しながらね!」

「あ、呼び方変えてくれてる」

「私はあるとき、その靴に念を送る事が出来る事に気が付いた。元はアタシの履いてた靴のレプリカだ、そのくらいお安い御用だったワケさ。」

「あ、戻ってる」
念を送り呪いをかけ続けていたシンデレラはやがて己の魔力でガラスの靴を作る事が出来るようになった。

「しかし王子はまた邪魔をしたぁ..!
アタシの魔法に制限を掛けたのさ!
12時を超えた7時間、その間だけ効力が生まれるように枷を付けてくれたのさっ!!」

「ああ~、やっぱりダメかぁ。アタシになってる。
..え、枷ってどうやって付けたワケ?」
何らかの方法で、靴を履いた街人が城へ赴くように操作されていた。靴を履いた状態で城へ足を踏み入れたものは自然に魔力に制限が掛かる。

「だけどアタシはやったのさ!
遂に王子にも靴を履かせた、王子を縛るには少し時間がかかるようだがもう少しだよ。この街はアタシのものになる、王子が完全に支配され残りの街人まで全て支配する事が出来ればこの街はアタシの思い通り!」
裏切った王子の護る街を奪う。
これがシンデレラの復讐、愚かな行為である。

「成程な、そういう事か。」

「ジョン聞こえてる?」 「ああ、はっきりとな」

「お前、誰と話しているっ!?」
ブレーメンの動物達はジョンの支配下、ネコが嗅ぎつけた匂いは音声という形としてジョンにまで伝わる。

「王子は?」

「今靴を壊した、今はぐっすりと眠っている」

「そう、残念ね。
王子の靴は割れたそうよ、アナタの支配はもうない」

「なんだとぉ..!?
貴様、余計な事をしてくれたなぁっ!!」
魔女の怒りと共に、部屋の装飾が宙に浮く。

「大丈夫か?」

「心配いらないわ、魔女が少しキレただけ。」

「許さん..許さんぞっ..!!」
水晶を操作するように、ネコに投げる。
身体が人化していようと元の俊敏性は猫、闇雲の飛び道具が当たる訳も無い。

「ネコ、避けながら聞いてくれ。
今王子の部屋にいるが、彼はシンデレラを忘れてなどいない。棚には共に綴った日記が保存され、そこに書かれていた頂き物を丁寧に保存されている。長い間彼女を思い続けている証拠だ、もう一度言う...彼はシンデレラの事を、忘れてなどいない。」

「わかった..!?」「はうっ!!」
聞いた話を嗅覚に変え漂わせると、承認した相手にも意味が伝わるようになる。範囲が限定される為使いどきがあるが、小さな部屋なら充分な効力だ。

「‥嘘よ、ならなんで私の魔法を...」

「きっと何かワケがあるのよ、アナタを思った大事な理由がね。一度あたしの仲間にしてあげる。」

「仲間..?」

「いいわよねジョン!」

「..それが手っ取り早いだろうな。」
グリムノートにシンデレラを保存して王子の元へ連れて行く、手間が掛かるが最善の手だ。

「そっちへ向かう、それまで逃すな?」

「逃げないわ。
だって..もう魔法は解けているもの。」
魔女の古びたシワだらけの掌は、若いままの潤いを秘めた大粒の涙に濡れていた。

「行こ、運命の人の元へ。」
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