引きこもりの俺の『冒険』がはじまらない!〜乙女ゲー最凶ダンジョン経営〜

ばつ森⚡️8/22新刊

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1-3 ラムレイ辺境伯領グレンヴィルより

55 奴隷商と取引・後

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 ものの数十秒で現れた糸蜘蛛は、真っ青な顔をしている面々を通り過ぎ、俺のそばへと駆け寄り、ペットのようにおとなしく腕に乗った。大きくし過ぎた個体とは違い、糸蜘蛛の大きさは平均しても30cmほどだ。
 顎が外れたみたいになっているルカに、説明してやる。

「俺が飼ってるんだ」
「…………」

 しばらく呆然としていたルカだったが、「もう……常識は捨てることにする」と諦めたように言い、詳しい話を聞かせて欲しいと言って来た。
 奴隷商だろうと、まだ15才だろうと、商人は商人だ。
 目の前に旨みのある商談があるのなら、話を聞くのは当たり前のことなのだろう。

「通常、ここでの奴隷取引に使っている金の分だけ、糸を卸してやる」
「奴隷と糸と同じ値段で取引ができるわけないだろ」
「悪党に集めさせた孤児と攫った人間に、そこまでの金を払っていたのか? お前は」
「国境越えるときに、役人に渡す賄賂とかッ! いろいろ払ってんだよ!」
「ああ、じゃあこれからは賄賂の必要ないな? なんたってまっとうな『特産品』を取引するんだからな」
「――……チッ。口の回る野郎だ。じゃあ、独占販売権だ。隣国での市場はうちが独占する。うちのほうがマイナスなんだ!」
「いいだろう。その代わり、レンベルグのダンジョンに生息する特殊なモンスターの糸であることを、販売の際に公表してもらう」

 結局、俺は奴隷たちの解放のために糸をルカに卸さなくてはならないというマイナスではあるが、まあ、楽観的な考え方をするならば……味方が増えるということでもある。
 それに、蜘蛛の糸は元手も労力もかからないものではあるし、とりあえず当面はこれでいいだろう。
『糸』の広告として考えれば、興味を持った商人たち発信で、隣国、――エシレ帝国からも冒険者たちが派遣されてくることも見込める。
 まだ人集めという意味では、駆け出しのダンジョンだ。
 いろんな狙いで人が来てくれるのならば、それに越したことはない。

 ルカもマイナスと言ってはいるが、実際のところはそうでもないだろうと思う。商人なんて口八丁だ。
 孤児を集めて来たやつに、金を払う。集めて保管してるやつに、金を払う。だとしても、あの薄汚い連中相手だ。そんな大した金は動いてないはずだ。
 賄賂にしてみたって、腐った国の国境の兵士なんて、はした金でどうとでもなる。

「ま、しょーがねーか。どちらにしろ、もうすぐ国境に左遷された堅物の役人が配属されるって聞いてたんだよ。ちょうどいい機会だと思って諦めるわ」

 ほらな。これだけいろいろ渋っておきながら、交渉がまとまったあとにこうして手の内を明かしてくるわけだ。
 どちらにしろ諦めなくちゃいけないだろうと思っていたルカが、隣国での蜘蛛糸の独占販売権を獲得したのだから、俺にひどい目にあったとして、結局プラスなのだ。商人ってほんと、たくましー。
 俺は、小さくため息をつきながら、ルカに尋ねた。
 
「お前、ずっと奴隷商やってんの?」
「んーまあ家業は普通の商人だな。ただ俺、うちの三男だから、兄貴たちと違って自分で商品も販売ルートも考えないとだめなんだよ」
「それで奴隷に行き着いたのか」
「ま、ザイーグでろでろに腐ってるからね。うちで売られて、わりとましな生活してるやつも多いんだ」

 ルカはエシレ帝国のことをいろいろ教えてくれた。ザイーグほど貴族がひどくはないが、あくまでもマシという程度らしい。
 言葉も同じだと言うし、機会があれば行ってみたいなあ、と思う。
 ともあれ、隣国にも商人の伝手ができたことは、幸運だと言える。契約書を作りお互いに書面にサインをすると、ルカは「じゃあな!」と言って颯爽と帰って行った。
 会うのはまた一ヶ月後だ。あんな目にあった本人が来るかはわからないけど。

「いつまでも、お兄ちゃんって呼んでくれていいんだぞ」
「死ねッ!!!」

 ルカは姿が見えなくなるまで、馬上でギャーギャー文句を言い続けていた。
 あとは、これからどんどん集まって来るだろう孤児たちを、どうするかだな――。
 今回ルカが伴っていた荷馬車は回収用だったようで、中身は空だったのだ。結局、受け入れは次回からとなった。

 隣にいるフェルトとオリバーに向き直った。

「特に展望もなく、孤児を受け入れることにしちゃったけど、どうしよう」
「――あ、そういえば、アッカ村。芋と小麦の栽培始めるみたいですよ? 大きく広げちゃったらどうですか? そうしたら人手もいります」
「まじで? じゃあ……そうしよっかな。また行かないとな」
「あの兄弟も、レイのこと待ってると思うよ」

 兄弟……ああ、野菜うまく育ってるといいんだけど、と言おうとして、フェルトが妙ににこにこしていてイラっとした。
 オリバーもフェルトも、俺が陰で散々ひどいことをしているのを知ってるくせに、孤児をダンジョンの繁殖場に送るとかいう選択肢がまったくカウントされていないのがおかしい。
 たしかに、孤児にさらなる負荷を与えようとは思っていないから、反論できなくて悔しいが。

「孤児どれくらい集まって来るんでしょうねー」
「元孤児としてはどう思うわけ?」
「レンベルグは異例ですよ。ハク先生は変人ですから。ほかの街では次々飢え死にで、それがこの国の普通です。かなり集まるんじゃないですかね」
「そっか。まあ、所詮他人ごとだけど……かわいそうだな」
「でもレイが面倒見るんでしょ? なんか楽しみだね」

 面倒は――、見ない。勝手に救われたやつが、自分で決めるだけだ……と、俺は思う。
 所詮、どこで生まれたどんなやつでも、自分で這い上がる力がなければ、結局食われて終わりだ。


「根性あるやつがいるといいけど」

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