引きこもりの俺の『冒険』がはじまらない!〜乙女ゲー最凶ダンジョン経営〜

ばつ森⚡️8/22新刊

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1-4 反乱の狼煙

91 黒い炎 (フェルト視点)

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「――……おい、だから、それやめろって」

 ――レイの声がする。
 それから森の中をザッザッと知らないやつらが歩く音が……複数。囲まれているかんじがするし、そいつらがどこの誰なのかわからないけど、でも……今の俺には何も関係のないことだった。

 いつものレイの声だ。
 幻聴なのはわかってるけど、こんなときにまで、なんか普通のかんじで、ふふっと少し笑ってしまった。
 あたたかな気持ちが戻ってくる。もう失ってしまったあたたかさだということは、今は考えたくない。

「おい! 聞いてんのか、フェルト! その、口噛むのやめろ。唇が取れそうじゃねーか」
「……?」
「くそ。俺、お前の唇えろくて好きなんだから。やめろ」
「――……へ?」

 霞がかった頭で、声のするほうをゆっくり見ると、そこには最愛の人が立っていた。そして、地面に膝をついている俺のことを不機嫌極まりない顔で見下ろしていた。


「え?」


 レイはチッと大きく舌打ちをすると、俺の唇に手を伸ばしてきた。
 きらっとなにかが光って、あったかい温度が流れた。痛みを感じる余裕なんてなかったけど、唇をもと通りに戻してくれたみたいだ。

「――え、れい? ……くび、なんで」
「ついてるに決まってんだろ」

 レイはお化けなんかではなくて、当たり前だけど……首もちゃんとついていた。だとすると、さっき切り落としたのは一体なんだったんだろう。この手に残る、首の骨ごと断ち切った……たしかな感覚に、全身が震えた。
 やっぱり夢でも見ているんだろうか。ぽやんとレイのことを見ていたら、レイが抑揚のない声で言った。

「お前が切り落としたのは、それ」

 レイがゴミでも見るような顔をして、地面をちょんと指差した。俺がゆっくりと地面に顔を向けると、そこには――首が転がっていた。


 ――


「……え?」
「んだよ。隷属の首輪は、契約者が解除するか、契約者が死ぬ以外は取れないって聞いた。違うのか」
「――え、や、そうだけど」
「解除されたんだから、さっさとのその趣味の悪い首輪を斬り捨てろ。悪いけど、俺はどうやら独占欲が強いらしい。お前のことを一瞬でも所有したやつを生かしておけるほど、心も広くないっていうのも今知った」

 それから、背筋が凍るような美しい笑顔を浮かべながら言った。

「この世界では……別に殺してもいいよね」

 言ってることはめちゃくちゃなのに、なんて綺麗なんだろう……と思ってしまった。
 恐ろしい感覚がぞくぞくと体中を這い回っているのに、すべてを捧げたいと思うほどに美しい。

(――悪魔……ってこんな……)

 すっと綺麗な指先が俺の頬を滑っていく。レイがうっそりを目を細めるのを見て、はあ、と俺の口から熱い息が洩れた。唇をふにっとレイの親指が押した。レイの一挙一動から目が離せなかった。
 でも、レイはすぐに顔を上げてしまって、それから……またつまらなそうな顔で言った。

「ま、とにかく説明はあとだ。残りのやつらを殲滅する」
「……え?」

 レイはそう言うと、「ユエ、憤怒イラ」と呟いた。
 その次の瞬間、――レイを守るように、禍々しい黒炎が現れ、レイが前に向かって手を翳した。
 レイが睨んでいる先に目をやると、さっきまでカイルが立っていたはずのところの後方に、十人ほどの、見知らぬ黒い服の集団が立っているのが見えた。え、あいつらは一体なんだ……と思うがいなや、その黒服たちが一気にこちらに向かって、すごい勢いで走り出した。

(え……あ、暗殺者ッ?!)

 慌ててレイのほうに体を向けようとして、よろけそうになる。
 
「……れぃッ」
「早くしろ」

 まだ正常に頭の働かない俺は、そんな自分にむち打つように立ち上がり、もはやただの革でしかない首輪を剣で引きちぎった。
 すごい速さで突撃してきた男たちに、レイが手から黒い炎弾を放つのが見え、あっけに取られた俺は、思わず動きを止めて立ちすくんだ。その間にもレイは、黒い炎を操るかのように思い通りの方向に誘導し、やがてそれはレイを守るように渦巻く大炎となった。
 まるでなにかのしっぽか蔓のようにヒュンヒュンと風を切り、男たちの足を掴み、空中に持ち上げた。

「!!!」

 空中で逆さ吊りになった十人が、どうにかその黒い炎から逃れようともがいているのが見える。だけど、どんどん浸食してくる炎に、最後は叫び声をあげ気絶した。森の向こう側にも静かな黒い炎の壁ができており、まるでこの場だけをすべてから遮断しているかのようだった。

 ようやく少しずつ頭が働いてきて、すうっと息を吸うと、精霊たちの様子がわかった。
 さっきまで狂ったように叫んでいた彼女たちも、どうやら正気を取り戻したようで、宙づりになっているやつらのことをキッと睨んで、俺の剣に風を纏わせた。

 とどめを刺したほうがいいのだろうか……とレイのほうに視線をやると、レイは首をかしげていて、なにかを話している様子だった。

(あれ、――やっぱりレイの左目が水色になってる……)

 レイは自分の顎に手を当てると、小声で「ふーん、暗殺者っぽいのに違うのか」と言った。誰かと話しているようなつぶやきで、俺が目を瞬かせていると、レイが俺に向かって言った。

「フェルト、こいつらオーク行きだから殺すなよ」
「…………は?」

 こんな状況であろうと、なんだろうと、レイが通常運転すぎる。
 レイは無表情のまま、片手で空中にダンジョンへの転送陣を出現させると、「ここに放り込んでくれ」と俺に言った。
 俺は、繰り出されたあまりに高度な魔法に絶句していたが、レイが「まだぼけてんのか」と、悪態をつきながらため息をついたので、ハッと我に返った。
 とにかく考えるのはあとだ。魔法を使いながら、倒れた男たちを風に乗せるようにレイの転送陣に放り込んでいく。

「オリバー、オーク対応」

 おそらく『口』を使って、ダンジョン内のオリバーに話しかけたんだろう。一気に十人もの瀕死のやつらが送られて、発狂しているオリバーが目に浮かんだ。
 レイが左手を翳し、残った黒い炎を左手で吸い込むと、辺りは嘘みたいに静まり返った。

「取り残しはないか、精霊に確認しろ」
「――あっ、う、うん。ない。誰もいない」
「本当だな」

 レイが警戒していることがわかったので、俺は精霊と一緒に念入りに確認した。

「大丈夫。誰もいない」


 あるのは、――カイルの死体だけだ。


「悪いな。そいつ仲間だったんだろ?」
「――あ、ああ、うん。後輩だった、――あ」

 レイは左手を翳すと、カイルの首と体を黒い炎でサッと焼き払ってしまった。

「こういうよくないものは、怨嗟を生む。証拠も事実も消してしまったほうがいい。悪いけど、そう簡単に騙されるような『味方』は、正直敵よりも厄介だ」

 そして、ちらりと俺の顔を覗くと、小さく「記憶からは消さないほうがいい。消そうとすると逆に残るから」と付け加えた。
 どういう経緯だかわからないけど、カイルを殺してしまったことは事実だった。でも、レイが思うほど落ちこんでいなくて、それが怖くなった。あんなに俺のことを慕ってくれていたのにとか、弟みたいに思ってたのにとか、いろんな思考が頭を巡る。
 もう少し落ち着いたら、後悔とか悲しみとかがじわじわ出てきて、現実と向き合わなくちゃいけなくなるんだろうとは思う。でも、――お人好しだとか、いつもシルフィーに言われているけど、レイを殺そうとした人間を……いや、俺に殺させようとした人間を、今までと同じようには思えなかったのだ。


 レイが生きてることがすべてだった。


 カイルの死を感じる余裕がまだないのも、本当だった。でも、今はただ「レイじゃなくてよかった」としか思えなかった。――レイが生きててよかった……ってことしか、今は。

 夜闇の中で不思議な色にきらめく黒い炎が、きれいに狙ったものだけを消し去っていく。その炎のゆらめきを見ていたら、少し気持ちが楽になったような気もした。
 なにかが気になるのか、レイは俺の引きちぎった首輪の残骸を拾って、しばらく眺めていた。
 そして、首輪を手にしたまま、静かに「帰る」と言った。

 さっきまで掻きむしっていた首や、血が出てしまった目は、知らない間に全部レイに治されてたみたいで、元通りになっていた。俺の心と頭だけがあの凄惨な光景を覚えていて、現実感がない。ただ、震えが止まらなかった。
 そんな俺を振り返ることもなく、レイは歩いて行ってしまう。

(レイに……いろいろ聞かないといけない)
 
 そう思いながら、レイの背中を追った。

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