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2-1 魔法学園の編入生
100 変な学校
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誤字報告、ありがとうございました!!
――――――
この、オーベルソミュール王立魔法学園は――……変だ。
ひとクラス四十人で構成されていて、成績順で一組から四組まであるらしい。
だけど、王族や重要な貴族が一組に固まっているため、平民はどんなに優秀なやつでも在籍するのは二組からになる。
同じ学年に第三王子がいるらしく、違うクラスでありがたかった。問題のロザリー姫殿下は、どうやら二年生らしい。
この体制には違和感しかない。
(――……日本の高校みたいだ)
そもそも貴族とか王族の総数がわからないけれど、裕福な平民が在籍しているにしても、これだけ大規模な学園が成り立つものなのだろうか。地球の歴史から考えると、この時代背景で……この規模の学園が存在するのはおかしい。
(しかも、――制服を着用する?)
もちろん、日本の制服のようなものではないが、全員が同じ規格の制服に身を包んでいるのだ。
貴族っぽい格好をベースにしているし、まさか女子高生のように膝丈のスカートというようなことはないが、軍隊ならともかく……学生がそこまでの統一性を重んじられていることが不思議だった。学生が制服を着ていたのかどうかという史実まではわからないので、地球でも、もしかすると……あったのかもしれないけど。
リンもフェルトもまったく違和感を持つことなく、その現実を常識としてとらえているようだけど、俺の頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。オリバーたちの孤児院に先生がひとりいて、読み書きとか教えてるよ~という状況の時代感から考えると、『おかしい』のひとことに尽きる。
だけどこれも……やっぱり保留するしかない。
(だって考えてもわかんねーんだもん。なに? この変な世界)
まあ、この世界の『常識』をそのまま鵜呑みすると、一学期は慣れる意味もあって……一般教養の授業がメインだったようだが、二学期からは専門的な選択授業の履修に重きを置いているらしい。
一番人気は魔法実践とか新魔法研究、名前からして花形というかんじの授業だ。
貴族の中でも位の高いやつらや、目立ちたいやつらは、こぞってその授業を履修するらしい。
俺が気になるのは、魔法植物学とか魔法薬学、魔法史など、地味なものが多いから、受講人数も少ないみたいで、ひとまず安心ではある。
ちなみに、魔法は生活魔法しか使えない俺ではあるが、研究目的で通う生徒もいなくはないらしく……履修科目によってはどうにか実践を免れることもできるだろう。
(そうじゃなくちゃ、編入試験に実践も必須だろうし……)
次に受講する予定の『魔法植物学』なんて、教室にはたった五人しかいなかった。
講義室のような教室が広く、ぽつんぽつんと生徒が座っているせいで、余計に寂しい。黒板に向かって中央の辺りの席に座っていると、カタンと隣から音がした。
目を向けると、海みたいな美しい青い目をした、さらさらのプラチナブロンドの男が席につくところだった。
身長は俺と同じくらいで、気の強そうな目つきの綺麗な男だった。
こんなに空席だらけの講義室で、わざわざ俺の隣に座る意味はなんだろう。俺が不思議そうに首をかしげていると、男は気づいて声をかけてきた。
「なんだ?」
「――ほかに、席たくさん空いてるけど」
俺がそう言うと、男は驚いた表情でしばらく固まっていたが、ひとつ席を空けて座り直した。
(なんだろう、この微妙な配慮は……)
まいっかと思い、俺は配られたぶ厚い教科書に目を通しながら、その植物の多様性に驚いていた。
ダンジョンで見たものもいくつか載ってる。もしかすると今後、ダンジョンで俺が作ったものも載ることになるのかもしれない。ちょっと楽しみだ。
先生は草みたいな緑の髪をした瓶底眼鏡の女で、興奮したように早口でまくしたてるように授業内容を説明した。
名前はウルシラ・ハーパー。
研究者らしく――……というと語弊があるけど、見た目に頓着しない性格なのか、ぼさぼさ頭で楽しげに話した。あまりに楽しそうに話すので、聞いているほうもにこにこしてしまった。
実際にこの学園の敷地内の森や温室で、観察や栽培を行いながら植物の有用性を勉強していくらしい。小学校の理科みたいなかんじで、少し恥ずかしいような、懐かしいような気持ちになった。
(そのうち、改良や現在の研究についても、学ぶ機会があるんだろうな?)
そうこうしている間に、ウルシラによるこの授業の概要説明が終わったようだ。バンと書類を教壇に置きながら、ウルシラはぐるりと講義室を見渡しながら言った。
「以上が、今学期の授業内容になる。毎年この科目は受講する生徒が少ないので、その分、密度の濃い授業になる。クラスメイトもせっかく五名しかいないのだから、同じ興味を持つもの同士、仲よくするのもいいだろう。私も、王子殿下や異例の編入生を受けもつことができて、いろいろ楽しみだ!」
その言葉を聞いて、背筋がひやっとした。
五人しか生徒がいないのに、その中に混ざっていては困る役職の人物がいた。
(王子? あ、王子いたんだ……やべ)
内心焦りながら、きょろきょろと周りを見回す。
俺以外は女二人男二人――で、男は茶髪の軽そうなやつと、さっきのプラチナブロンドのやつしかいなかった。ああ、もしかして――。
(俺の……隣にいるやつが王子か?)
王子なら花形のクラスを取ってしかるべきな気がするが、植物好きなんだろうか。
俺が横を向くと、じっと王子もこちらを見ているところだった。もしかしたら、〝異例の編入生〟とウルシラが言ったから、同じように探してたのかもしれない。
俺はちょっと考えてから、にっこり微笑みながら、尋ねた。
「すみません。もしかして王子殿下でしたか?」
「――あ、ああ。シアだ。お前が編入試験を受かったっていう編入生なのか?」
「はい、シア殿下。レイと申します。先ほどは気がつかずに申しわけありませんでした。どうぞよろしくお願いいたします」
さっきの俺の対応でぶち切れたりしなかったのだから、聞いている第二王女よりはできた人間なのだろう。
(あっぶねー。最初から不敬で首飛ぶとこだった……)
肖像画でも見て確認しておけばよかった。第三王子は、母親の身分が低くて、第二王女ともそんなに仲よくないってリンが言ってた気がする。
危なかった。
「その……普通に話してくれて、かまわない」
「そういうわけにはいきませんよ。私は平民ですからね」
「そ、そうか。レイは植物学に興味があるのか? 」
「うーん、植物にだけってわけではないんですけど、生きるのに役立ちそうなことを学びたいっていうか。ほかも、魔法薬学とか魔法史とか座学ばかり受講するつもりです」
「魔法実践とかだって、魔法騎士団に所属することを視野にいれれば、生きるのに役立ちそうということにはならないのか?」
いや、俺は固有魔法以外は実践できないからな……と思う。
でもそれを伝えるわけにはいかないので、それとなく話題を逸らす。
「あー……そうですね。殿下は履修されるんですか?」
「いや、私は取らないが」
「じゃあ一緒じゃないですか」
なんだよ、お前も取ってねーじゃねーかよ。変なやつだなあと思って、少し笑ってしまった。
俺が笑ってるのを見て、「そ、そうだな。自分が取ってない授業を薦めるのも変な話だな」と、シアの顔が恥ずかしそうに赤くなった。
(うわ、フェルトとは違うタイプだけど、素直そうだなー。かわいい顔)
でも正直、王族とは関わりたくない。
クラスメイトが五人しかいないんじゃ、どちらにしろ関わることにはなるんだろうけど、とにかく仲よくはならないように気をつけようと思った。 「では、また授業で」と言いながら、俺はそそくさと席を立った。
まあ、まともそうなやつでよかった。
「アキミヤさん~!」
あの場から立ち去りたくて、足早に廊下を歩いていると、うしろから声をかけられた。
振り返ると、さっき植物学のクラスにいた丸メガネの女が走って向かってくるのが見えた。俺の目の色とはまた違う、薄紫のふわっとしたボブを揺らしながら、俺の前で止まると、ハアハア言いながら口をひらいた。
「私も同じ二組で、ハナ・エレニース。植物学取ってる人少ないから、よかったら仲よく出来ないかと思って」
「ああ、はじめまして。レイ・アキミヤです」
「アキミヤって珍しい名字だよね。出身は違う国なの?」
「うん、遠くの国」
と言うしかない。この世界はいろんな小国もあるようだから、なんとかなるだろうと思う。
「そうなんだ! さっきシア殿下と話してたから、びっくりしちゃった。勇気あるな~」
「え、やっぱりまずかったか。王子だって気づかなくて。王族とか貴族とかできるだけ、あんまり関わりたくないなーと思ってはいるんだけど」
「あ! えッそうなの⁈ シア王子かっこいいから、話してるのうらやましかったけど」
「そう? でも、わりと普通に話してたから、ハナが話しかけても大丈夫だと思うよ」
「えー! そうかなー⁉︎ あ、そうだ。ちょっと時間あるし中庭回ってかない? 学園はじめてだよね。いろいろ教えるよ!」
おお、面倒見がいいやつっぽい。助かるなあ。
ハナは同じ平民で、ベラと同じで商家の娘だと言った。いいやつっぽいし、人なつっこいので話しやすく、すぐに打ち解けた。
本当はさっさと男だと言ってしまいたいところだけど、さすがにまだカミングアウトには早いだろうか。中庭に出るころには、レイちゃんと呼ばれていて、はじめに言ってくれた通り、丁寧に校舎のことや学校のことを教えてくれた。
中庭に面したところにテーブルや椅子がたくさん並んでいて、その中が食堂だとハナが言った。
「……食堂」
たしかに、入学する際に説明は受けたが、食堂があるっていうのも……不思議だ。
この時代の学校に食堂なんてないだろうと思う。パンとか持ってきてかじるくらいの印象を受ける。校舎も立派で、まるで私立の高校か大学のようだ。
(――……ほんと、現代っぽい)
ほんとになんなんだろう、この世界は。
その食堂で昼食を取るか、自分で弁当を持って来るらしいのだが、特待生の俺は、昼食も学校負担で食べることができる。これは、まあ……ありがたいんだけど。日本の高校の奨学生にでもなったような気分だ。
じっと食堂を眺めていると、ハナが言った。
「あ、まだ行ってない? よかったらお昼も案内するよ?」
女同士の友情というものは、正直よくわかんないけど、ハナとならうまくやってけそうだ。中庭から校舎に戻る途中、校舎の影のほうから声が聞こえた。
不思議に思って目をやると、一組の男女が睦み合っているところだった。
おわ、なんか昼間っから熱烈なキスをしているのが見える。壁に背をつけた女を覆うように、男がぺったりとくっついて、唇を貪っている。
「あ、ん! や、やめて下さい。ジェイ様。私っ、んー!」
女のほうも口では嫌がっているが、まんざらでもなさそうだ。
はあはあ、と甘い息を洩らし、うっとりとした顔をしている女にちらりと目線をやる。
(……あれ、薄ピンクの髪に、空色の瞳。この組み合わせ、どこかで……なんだっけ?)
なんか少女漫画の主人公みたいなって、思ったような……と、ぼんやり考えていたら、少し下から視線を感じた。目を向けると、こちらの様子を窺うように、ハナがじっと俺のことを見ていた。
「――え、なに?」
「あッいや……レイちゃん、なんか考えてるみたいだったから」
さすがに年ごろの女の子と、いつまでもこんなところにいるわけにはいかないので、二人で校舎の中に歩き出した。
「ああ、なんかピンクの髪に空色の瞳って、なんか前に聞いた気がして、なんだったかなーと」
「そうなの? あの人、二年の先輩で、すごいかわいいって評判なの」
「そうなんだ。あーまあ、たしかに、かわいいかんじだけど、あれって彼氏なの?」
「ううん……違うと思う。あ、そっか。さっきのは、実はシア殿下のお兄様で、ジェイク第二王子殿下」
「え、待って。王子殿下……まだいんのか」
急に殿下が増えた。
あれ、あいつらそんなこと言ってたっけ? と、俺は眉間に皺を寄せた。
「ふふ、ジェイク殿下は三年生だから、今年卒業なんだけどね。女の子たちにもすごい人気があって」
「ふうん。つきあってるわけでもないのに、なんか熱烈だったけど、そういうもの?」
「ジェイク殿下はちょっと遊び人ってかんじで。まあ、王子だから、学生の間だけ自由にしてるのかもしれないけど」
ふう……と俺は小さくため息をついた。
聞いたかんじ、第二王子はあんまり評判もよくなさそうだ。学生の間だけ自由にってことは、貴族社会は基本的には『自由』ではないってことなんだろうか。
「貴族は、自由恋愛ではないのか」
「うーん……そこは正直、人によるってかんじだけど、基本的には政略結婚が多いよ。私たち平民は自由に恋愛できるけど、まあ、貴族から命令されたら、よっぽど実家が栄えてたりしないと……断れないよね。学生のうちは個人間のやり取りで、みたいな風潮はあるけど」
「おお、ってことは、平民でも貴族に見初められることもあるんだ? 」
「あのね、レイちゃんが考えてるみたいな夢物語じゃないよ? 第五夫人とか第八夫人とかさ、そういうので結婚させられて、一生、第一夫人の召使いみたいに、こき使われたりするんだから! あー怖い」
ぶるっと身震いしているハナを見て、俺も死んだ魚のような目になった。
シンデレラのようにはいかないらしい……というか、最初のシンデレラに逆戻りじゃないかと思った。出てくる数字も、五とか八だ。そんなのは好きにヤれる侍女なだけだった。
「回避方法は……あるのか? それ」
「まあ、さっさと婚約・結婚しちゃうことかな? 相手がいれば、基本は大丈夫」
「基本は」
「中には強引な貴族もいるよね。その場合は、もう諦めるか、――私なら他国に逃げちゃうな!」
おおー。ハナはかなり行動力がありそうだ。
平民と貴族の考え方っていうのにも、結構差がありそうだ。貴族は他国に逃げるっていう選択肢はないんだろうけど、平民の中では、それすらも選択肢に考えたりするやつらが出てきてるのだろう。
いよいよ、この国も終わりっぽいかんじがする。
歴史でも平民の時代が来る。いずれ力を持つやつらが、そんなことを考えているのだとすれば、この国はもはや末期だ。
やっぱり学校に来たのはよかったかもしれない。
現状を知るには、渦中のやつらを見るのが一番だもんな。
「――ふうん。逃げるかあ」
――――――
この、オーベルソミュール王立魔法学園は――……変だ。
ひとクラス四十人で構成されていて、成績順で一組から四組まであるらしい。
だけど、王族や重要な貴族が一組に固まっているため、平民はどんなに優秀なやつでも在籍するのは二組からになる。
同じ学年に第三王子がいるらしく、違うクラスでありがたかった。問題のロザリー姫殿下は、どうやら二年生らしい。
この体制には違和感しかない。
(――……日本の高校みたいだ)
そもそも貴族とか王族の総数がわからないけれど、裕福な平民が在籍しているにしても、これだけ大規模な学園が成り立つものなのだろうか。地球の歴史から考えると、この時代背景で……この規模の学園が存在するのはおかしい。
(しかも、――制服を着用する?)
もちろん、日本の制服のようなものではないが、全員が同じ規格の制服に身を包んでいるのだ。
貴族っぽい格好をベースにしているし、まさか女子高生のように膝丈のスカートというようなことはないが、軍隊ならともかく……学生がそこまでの統一性を重んじられていることが不思議だった。学生が制服を着ていたのかどうかという史実まではわからないので、地球でも、もしかすると……あったのかもしれないけど。
リンもフェルトもまったく違和感を持つことなく、その現実を常識としてとらえているようだけど、俺の頭の中は疑問符で埋め尽くされていた。オリバーたちの孤児院に先生がひとりいて、読み書きとか教えてるよ~という状況の時代感から考えると、『おかしい』のひとことに尽きる。
だけどこれも……やっぱり保留するしかない。
(だって考えてもわかんねーんだもん。なに? この変な世界)
まあ、この世界の『常識』をそのまま鵜呑みすると、一学期は慣れる意味もあって……一般教養の授業がメインだったようだが、二学期からは専門的な選択授業の履修に重きを置いているらしい。
一番人気は魔法実践とか新魔法研究、名前からして花形というかんじの授業だ。
貴族の中でも位の高いやつらや、目立ちたいやつらは、こぞってその授業を履修するらしい。
俺が気になるのは、魔法植物学とか魔法薬学、魔法史など、地味なものが多いから、受講人数も少ないみたいで、ひとまず安心ではある。
ちなみに、魔法は生活魔法しか使えない俺ではあるが、研究目的で通う生徒もいなくはないらしく……履修科目によってはどうにか実践を免れることもできるだろう。
(そうじゃなくちゃ、編入試験に実践も必須だろうし……)
次に受講する予定の『魔法植物学』なんて、教室にはたった五人しかいなかった。
講義室のような教室が広く、ぽつんぽつんと生徒が座っているせいで、余計に寂しい。黒板に向かって中央の辺りの席に座っていると、カタンと隣から音がした。
目を向けると、海みたいな美しい青い目をした、さらさらのプラチナブロンドの男が席につくところだった。
身長は俺と同じくらいで、気の強そうな目つきの綺麗な男だった。
こんなに空席だらけの講義室で、わざわざ俺の隣に座る意味はなんだろう。俺が不思議そうに首をかしげていると、男は気づいて声をかけてきた。
「なんだ?」
「――ほかに、席たくさん空いてるけど」
俺がそう言うと、男は驚いた表情でしばらく固まっていたが、ひとつ席を空けて座り直した。
(なんだろう、この微妙な配慮は……)
まいっかと思い、俺は配られたぶ厚い教科書に目を通しながら、その植物の多様性に驚いていた。
ダンジョンで見たものもいくつか載ってる。もしかすると今後、ダンジョンで俺が作ったものも載ることになるのかもしれない。ちょっと楽しみだ。
先生は草みたいな緑の髪をした瓶底眼鏡の女で、興奮したように早口でまくしたてるように授業内容を説明した。
名前はウルシラ・ハーパー。
研究者らしく――……というと語弊があるけど、見た目に頓着しない性格なのか、ぼさぼさ頭で楽しげに話した。あまりに楽しそうに話すので、聞いているほうもにこにこしてしまった。
実際にこの学園の敷地内の森や温室で、観察や栽培を行いながら植物の有用性を勉強していくらしい。小学校の理科みたいなかんじで、少し恥ずかしいような、懐かしいような気持ちになった。
(そのうち、改良や現在の研究についても、学ぶ機会があるんだろうな?)
そうこうしている間に、ウルシラによるこの授業の概要説明が終わったようだ。バンと書類を教壇に置きながら、ウルシラはぐるりと講義室を見渡しながら言った。
「以上が、今学期の授業内容になる。毎年この科目は受講する生徒が少ないので、その分、密度の濃い授業になる。クラスメイトもせっかく五名しかいないのだから、同じ興味を持つもの同士、仲よくするのもいいだろう。私も、王子殿下や異例の編入生を受けもつことができて、いろいろ楽しみだ!」
その言葉を聞いて、背筋がひやっとした。
五人しか生徒がいないのに、その中に混ざっていては困る役職の人物がいた。
(王子? あ、王子いたんだ……やべ)
内心焦りながら、きょろきょろと周りを見回す。
俺以外は女二人男二人――で、男は茶髪の軽そうなやつと、さっきのプラチナブロンドのやつしかいなかった。ああ、もしかして――。
(俺の……隣にいるやつが王子か?)
王子なら花形のクラスを取ってしかるべきな気がするが、植物好きなんだろうか。
俺が横を向くと、じっと王子もこちらを見ているところだった。もしかしたら、〝異例の編入生〟とウルシラが言ったから、同じように探してたのかもしれない。
俺はちょっと考えてから、にっこり微笑みながら、尋ねた。
「すみません。もしかして王子殿下でしたか?」
「――あ、ああ。シアだ。お前が編入試験を受かったっていう編入生なのか?」
「はい、シア殿下。レイと申します。先ほどは気がつかずに申しわけありませんでした。どうぞよろしくお願いいたします」
さっきの俺の対応でぶち切れたりしなかったのだから、聞いている第二王女よりはできた人間なのだろう。
(あっぶねー。最初から不敬で首飛ぶとこだった……)
肖像画でも見て確認しておけばよかった。第三王子は、母親の身分が低くて、第二王女ともそんなに仲よくないってリンが言ってた気がする。
危なかった。
「その……普通に話してくれて、かまわない」
「そういうわけにはいきませんよ。私は平民ですからね」
「そ、そうか。レイは植物学に興味があるのか? 」
「うーん、植物にだけってわけではないんですけど、生きるのに役立ちそうなことを学びたいっていうか。ほかも、魔法薬学とか魔法史とか座学ばかり受講するつもりです」
「魔法実践とかだって、魔法騎士団に所属することを視野にいれれば、生きるのに役立ちそうということにはならないのか?」
いや、俺は固有魔法以外は実践できないからな……と思う。
でもそれを伝えるわけにはいかないので、それとなく話題を逸らす。
「あー……そうですね。殿下は履修されるんですか?」
「いや、私は取らないが」
「じゃあ一緒じゃないですか」
なんだよ、お前も取ってねーじゃねーかよ。変なやつだなあと思って、少し笑ってしまった。
俺が笑ってるのを見て、「そ、そうだな。自分が取ってない授業を薦めるのも変な話だな」と、シアの顔が恥ずかしそうに赤くなった。
(うわ、フェルトとは違うタイプだけど、素直そうだなー。かわいい顔)
でも正直、王族とは関わりたくない。
クラスメイトが五人しかいないんじゃ、どちらにしろ関わることにはなるんだろうけど、とにかく仲よくはならないように気をつけようと思った。 「では、また授業で」と言いながら、俺はそそくさと席を立った。
まあ、まともそうなやつでよかった。
「アキミヤさん~!」
あの場から立ち去りたくて、足早に廊下を歩いていると、うしろから声をかけられた。
振り返ると、さっき植物学のクラスにいた丸メガネの女が走って向かってくるのが見えた。俺の目の色とはまた違う、薄紫のふわっとしたボブを揺らしながら、俺の前で止まると、ハアハア言いながら口をひらいた。
「私も同じ二組で、ハナ・エレニース。植物学取ってる人少ないから、よかったら仲よく出来ないかと思って」
「ああ、はじめまして。レイ・アキミヤです」
「アキミヤって珍しい名字だよね。出身は違う国なの?」
「うん、遠くの国」
と言うしかない。この世界はいろんな小国もあるようだから、なんとかなるだろうと思う。
「そうなんだ! さっきシア殿下と話してたから、びっくりしちゃった。勇気あるな~」
「え、やっぱりまずかったか。王子だって気づかなくて。王族とか貴族とかできるだけ、あんまり関わりたくないなーと思ってはいるんだけど」
「あ! えッそうなの⁈ シア王子かっこいいから、話してるのうらやましかったけど」
「そう? でも、わりと普通に話してたから、ハナが話しかけても大丈夫だと思うよ」
「えー! そうかなー⁉︎ あ、そうだ。ちょっと時間あるし中庭回ってかない? 学園はじめてだよね。いろいろ教えるよ!」
おお、面倒見がいいやつっぽい。助かるなあ。
ハナは同じ平民で、ベラと同じで商家の娘だと言った。いいやつっぽいし、人なつっこいので話しやすく、すぐに打ち解けた。
本当はさっさと男だと言ってしまいたいところだけど、さすがにまだカミングアウトには早いだろうか。中庭に出るころには、レイちゃんと呼ばれていて、はじめに言ってくれた通り、丁寧に校舎のことや学校のことを教えてくれた。
中庭に面したところにテーブルや椅子がたくさん並んでいて、その中が食堂だとハナが言った。
「……食堂」
たしかに、入学する際に説明は受けたが、食堂があるっていうのも……不思議だ。
この時代の学校に食堂なんてないだろうと思う。パンとか持ってきてかじるくらいの印象を受ける。校舎も立派で、まるで私立の高校か大学のようだ。
(――……ほんと、現代っぽい)
ほんとになんなんだろう、この世界は。
その食堂で昼食を取るか、自分で弁当を持って来るらしいのだが、特待生の俺は、昼食も学校負担で食べることができる。これは、まあ……ありがたいんだけど。日本の高校の奨学生にでもなったような気分だ。
じっと食堂を眺めていると、ハナが言った。
「あ、まだ行ってない? よかったらお昼も案内するよ?」
女同士の友情というものは、正直よくわかんないけど、ハナとならうまくやってけそうだ。中庭から校舎に戻る途中、校舎の影のほうから声が聞こえた。
不思議に思って目をやると、一組の男女が睦み合っているところだった。
おわ、なんか昼間っから熱烈なキスをしているのが見える。壁に背をつけた女を覆うように、男がぺったりとくっついて、唇を貪っている。
「あ、ん! や、やめて下さい。ジェイ様。私っ、んー!」
女のほうも口では嫌がっているが、まんざらでもなさそうだ。
はあはあ、と甘い息を洩らし、うっとりとした顔をしている女にちらりと目線をやる。
(……あれ、薄ピンクの髪に、空色の瞳。この組み合わせ、どこかで……なんだっけ?)
なんか少女漫画の主人公みたいなって、思ったような……と、ぼんやり考えていたら、少し下から視線を感じた。目を向けると、こちらの様子を窺うように、ハナがじっと俺のことを見ていた。
「――え、なに?」
「あッいや……レイちゃん、なんか考えてるみたいだったから」
さすがに年ごろの女の子と、いつまでもこんなところにいるわけにはいかないので、二人で校舎の中に歩き出した。
「ああ、なんかピンクの髪に空色の瞳って、なんか前に聞いた気がして、なんだったかなーと」
「そうなの? あの人、二年の先輩で、すごいかわいいって評判なの」
「そうなんだ。あーまあ、たしかに、かわいいかんじだけど、あれって彼氏なの?」
「ううん……違うと思う。あ、そっか。さっきのは、実はシア殿下のお兄様で、ジェイク第二王子殿下」
「え、待って。王子殿下……まだいんのか」
急に殿下が増えた。
あれ、あいつらそんなこと言ってたっけ? と、俺は眉間に皺を寄せた。
「ふふ、ジェイク殿下は三年生だから、今年卒業なんだけどね。女の子たちにもすごい人気があって」
「ふうん。つきあってるわけでもないのに、なんか熱烈だったけど、そういうもの?」
「ジェイク殿下はちょっと遊び人ってかんじで。まあ、王子だから、学生の間だけ自由にしてるのかもしれないけど」
ふう……と俺は小さくため息をついた。
聞いたかんじ、第二王子はあんまり評判もよくなさそうだ。学生の間だけ自由にってことは、貴族社会は基本的には『自由』ではないってことなんだろうか。
「貴族は、自由恋愛ではないのか」
「うーん……そこは正直、人によるってかんじだけど、基本的には政略結婚が多いよ。私たち平民は自由に恋愛できるけど、まあ、貴族から命令されたら、よっぽど実家が栄えてたりしないと……断れないよね。学生のうちは個人間のやり取りで、みたいな風潮はあるけど」
「おお、ってことは、平民でも貴族に見初められることもあるんだ? 」
「あのね、レイちゃんが考えてるみたいな夢物語じゃないよ? 第五夫人とか第八夫人とかさ、そういうので結婚させられて、一生、第一夫人の召使いみたいに、こき使われたりするんだから! あー怖い」
ぶるっと身震いしているハナを見て、俺も死んだ魚のような目になった。
シンデレラのようにはいかないらしい……というか、最初のシンデレラに逆戻りじゃないかと思った。出てくる数字も、五とか八だ。そんなのは好きにヤれる侍女なだけだった。
「回避方法は……あるのか? それ」
「まあ、さっさと婚約・結婚しちゃうことかな? 相手がいれば、基本は大丈夫」
「基本は」
「中には強引な貴族もいるよね。その場合は、もう諦めるか、――私なら他国に逃げちゃうな!」
おおー。ハナはかなり行動力がありそうだ。
平民と貴族の考え方っていうのにも、結構差がありそうだ。貴族は他国に逃げるっていう選択肢はないんだろうけど、平民の中では、それすらも選択肢に考えたりするやつらが出てきてるのだろう。
いよいよ、この国も終わりっぽいかんじがする。
歴史でも平民の時代が来る。いずれ力を持つやつらが、そんなことを考えているのだとすれば、この国はもはや末期だ。
やっぱり学校に来たのはよかったかもしれない。
現状を知るには、渦中のやつらを見るのが一番だもんな。
「――ふうん。逃げるかあ」
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