引きこもりの俺の『冒険』がはじまらない!〜乙女ゲー最凶ダンジョン経営〜

ばつ森⚡️8/22新刊

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2-1 魔法学園の編入生

101 アイリ・ウィルシュ

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誤字報告ありがとうございます!
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 数日通っただけだが、学園生活というのはすごい情報量に溢れていた。
 まあ、今まで土壁さんに囲まれた洞窟の中で、フェルトとオリバーだけで暮らしていたことを考えると、当たり前のことかもしれない。
 体が女のせいなのかどうかはわからないが、普通に生活していてもとにかく周りから聞こえてくる噂話にこと欠かない。
 仲よくなったハナが情報通なこともあるかもしれないが、教室に座っているだけで、王子の恋愛遍歴だの、王女がしたことだの、平民がなんだのって、毎日毎日、そりゃあもうすごい量の噂が飛び交っていた。
 たまに『ビアズリー』とか『ルナティック』の名前を聞いたりして、そのときは耳を研ぎすませて聞いている。なかなか評判もいいみたいで、俺も嬉しい。
 ――が、そんなうわさ話の中でも、毎日必ず話題に上がる女がいる。

『アイリ・ウィルシュ』

 先日、第二王子と熱烈なキスをぶちかましていた、ピンク頭の女だ。
 噂によると、なんとあの女……市井育ちの元平民らしい。元平民っていうと語弊があるだろうか。男爵家の生まれらしいが、なんかの手違いで平民として育てられ、それが入学前に、実は男爵令嬢でしたっていう事実が発覚して貴族入りしたんだと。
 なんか、光魔法っていうすごいレアな魔法を使えるらしくて、聖女……だか聖女候補だかなんだかで、国にも一目置かれてる存在なんだとか。

(……うちのゴブムラも、光弾出したときに、フェルトたちに「光魔法?!」みたいに騒がれてなかったか……?)

 よくわからないけれども、あいつ……もしかして聖ゴブリンなの? 少し考えてみただけでも、すげえわけわからない存在になろうとしている気がするが……大丈夫だろうか。
 今んとこ、国中でアイリしか使えないという話だから、とりあえず黙っておこうと思っている。
 それを疑問に思う以外は、噂話は、だいたいが妬みそねみ、やっかみっていうかんじだけど、たまに崇拝しているようなやつもいて、評価がぱきっと二分してるおかしな女だ。

(つーか……聖女⁇ ――すげえキスしてたけど……)

 ここの世界観だと、キスくらいどうってことないのだろうか。
 まあ素行はどうあれ、本人は努力家で頭はいいし魔法の成績も上位らしい。
 そのせいで、有力貴族や王族と同じ課題をしたり、グループになったりすることが多いみたいで、余計にやっかみが増える……っていう悪循環のようだ。
 努力家でがんばってるなら周りはほっとけばいいのにと思う。だって、自分もそいつらと同じグループになりたいなら、がんばればいいだけだし。
 まあ、見た目もすごくかわいいっていうのが一般的な評価。

 ――花の妖精のように可憐で、純粋で清楚。

 という評価をよく聞く。何度も言いたくなるが、すげえキスしてたたけど。
 とにかく学校はその男爵令嬢の噂で持ち切りなのだ。
 俺は特に気にするでもなく生活していたのだが、――今、目の前で、その噂の〝アイリ〟がまさに糾弾されているところだった。
 しかも、相手はあの――ロザリー第二王女殿下。ついに遭遇してしまった。
 正直、逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、横にハナがいてどうしたものかと思っているところだ。ハナは平民だというのに、好奇心が勝るのか……壁にかじりつくようにして、その様子を見守っているのだ。

「お前、どういうつもりなの?」
「殿下、ご、ご機嫌麗しく……」
「殿下のご機嫌が麗しいわけないでしょう! 王子殿下、ローデリック様、それに、ノエル様、ヴィンセント様まで手を出して!」
「あなた一体なに様のつもりなの⁉︎ この淫売!」

 俺とハナが進もうとしていた階段の踊り場には、ずらりと並んだロザリーの取り巻きと思しき女生徒、そのうしろにロザリー。アイリというピンク頭の女は壁際に追いやられ、小動物のようにカタカタと震えている。
 ローデリック・マクミランっていうのは、公爵家の長男だったかと思う。あと、ノエルが教会の司祭かなんかで、ヴィンセントは騎士団長の息子、俺はこの数日で覚えた名前を、記憶の中から思い起こしながら彼らの会話を聞いていた。

「そ、そんな――私は、ただみなさんが仲よくしてくださっているから、――」
「あなたは男爵令嬢でしょう⁉︎ それを我がもの顔で、生徒会室にまで入り浸って……!」

 怯えながら弁解しているアイリは、たしかに男の庇護欲をそそる雰囲気だ。ぷるぷると震えて、見るものに「守りたい」と思わせる。

 俺はハナのほうを振り返り、目で「やばそうだな……」と合図を送る。俺たちが出てったところでどうにかなるわけがない。こっちは平民の一年二人だ。
 無力すぎる。
 俺はハナの手を握ると、音を立てないようにそっと来た廊下を戻ろうと手を引く。ハナも俺の意図がわかったようだが、なぜかその場を動こうとしない。
 
(は⁇ どういうこと?)
 
 俺が目で問いかけると、しーっと口に指を当てて、すごく小声で「もうちょっと待って」と俺に言った。
 それを聞いて、俺は目を丸くした。第二王女は一番関わったらいけないと言われている人物だ。今すぐにでもこの場から逃げたかった。だが、ハナをひとりで残すわけにも行かず、きょろきょろと辺りを見回していると、階上からよく通る声が響き渡った。

「なにをしているんだ!」

 その声に、踊り場にいた生徒たちがみんな一斉に上を向いた。
 そして、口々に「ローデリック様……」と、驚いたような声が上がる。
 
(おお、今日はなんかいろいろ勢揃いだな……)

 俺とハナも上に目を向けると、銀髪に青い瞳の〝貴公子〟ってかんじの真面目そうな男が、無駄に絨毯の敷かれた階段を下りてくるところだった。俺以外の銀髪をはじめて見て、ちょっと感動してしまった。

「ロザリー殿下、これはどういうことですか?」
「――どうもこうもありません! この女は私の兄上たちも含め、いろんな男性に親しくしすぎですわ!」
「親しく? 学生のうちに交友関係を広げるのは、悪いことではないと思いますが」
「あら、ではローデリック様は、複数の男性といたるところで睦み合うのが学生の本分であると?」
「アイリがそんなことをしているとでも?」

 そう言いながら、ローデリックは、壁際に押しやられているアイリの肩を守るように抱いた。
 
(――え! ……あれ? ん⁇ ローデリックってたしか、ロザリーの婚約者じゃなかったっけ……?)
 
 たしかそうだったはずだ。ロから始まる名前同士で婚約だと紛らわしいなと思った覚えがある。
 その様子を見て、ロザリーの額に青筋が浮かぶのが見えた。
 取り巻きのご令嬢たちは悲痛な表情や驚愕の表情を浮かべ、そして、アイリを毛虫を見るかのように睨みつけた。

「――ローデリック様。あなたは私の婚約者です。王族の婚約者であるあなたが、そのようにべたべたと異性に触れるのはいかがなものでしょう。それも『交遊関係』のうちですか?」
「あなたが弱い者をいじめることがなければ、私もこのように仲裁しなければならないことも、ないのですが?」
「弱い者を⁉︎ あなたは騙されています!」
「――……話になりませんね。あなたが連れている騎士たちのことも、私は聞き及んでいるのですよ。見目麗しいものを集めているのでしょう? あなたが弱い者をどう扱うのが好きなのか……知らない者はいませんよ」
「――っ‼ あれらは、ただの私の護衛ですから!」

 出た。奴隷騎士。フェルトも危うく仲間入りするところだったやつだな。
 あの女の奴隷になり、跪くことになってたのかと思うと、すげー嫌な気持ちになった。結局、奴隷騎士っていう身分的には、なんの代わりもないけれど、フェルトも精霊王も納得してんだから飼い主は俺のほうがいいはずだ。
 俺が目の前の光景とはまったく関係ないことを考えていると、涙目のアイリが叫ぶところだった。

「い、いいんです! ロー様。ロザリー殿下は私のことを思って注意して下さったんです。わ、私、気をつけます!」
「――アイリ」

 ローデリックは、アイリのことを愛おしそうな表情で見つめ、なにかを決意したような顔で頷いた。

「ロザリー殿下、アイリがそう言っていますので、今回のことは見なかったことにします」
「――なッ」
「あなたが注意して、アイリが気をつけると言ったのだから……あなたの要件もこれで終わりですよね?」
「――そ、それは、そうですが」
「では、アイリと私はこれで失礼いたします。殿下もお嬢様方も、次の授業に遅れますよ」

 そう言いながら、ローデリックとアイリの肩を抱いたまま、階上へと向かっていく。取り残されたロザリーたちは、ずっとキーキーと大声で文句を言っていた。

(ようやく……終わったな。バレなくてよかった)
 
 ぐいっと手を引っ張ったらようやくハナが動き出したので、俺はハナの手を引いて、もと来た道を戻り始めた。このまま進めば、ロザリーたちにぶち当たってしまうので、そこは通らないほうがいいと思った。

「おい、巻き込まれたらどうすんだよ! ロザリー殿下とか、危ないだろ」

 ハナと打ち解けてからは、言葉遣いが悪いっていうことをバラして、二人のときはいつも通りのしゃべり方にさせてもらってる。田舎育ちだとか言って、無理矢理納得してもらった。そのうち男だってことも言ってもいいかなとは思ってる。

「――レイちゃんって男前だよね。でもさ、ちょっと興味ない?」
「はあ? なにに?」
「えー! だって、アイリ先輩どうなるのかなって」
「恋愛的なことか? なら、あんまり興味ないな。ロザリー殿下が怖いことしなければいいけど、と思うくらいで」
「そっかあ。私は、最終的に誰を選ぶのかなー? って気になっちゃって」

 ハナは、顎に手を当てながら、推理している探偵のようなそぶりだ。
 俺は危険を冒してまで、噂や人の恋愛に首を突っ込みたいとは思わなかった。そもそも、選ぶとはなんだろう。そんな選択肢が男爵令嬢にあるんだろうか。
 
「ローデリック様はロザリー殿下の婚約者なんだから、誰かほかの男を選ぶんじゃないのか? だいたい聖女って処女性とかはどうなってんだ」
「ふふふ、処女性は建前だけでいいみたい。アイリ先輩も影ではいろいろあるかもしれないじゃないー? まだわからないよっ」

 建前でいい処女性ってなんだよ。神どうなってんだ。神も建前か。
 しかも、まだわからない⁇ どういうことだろう。婚約者がいたらだめって教えてくれたのは、ハナだった気がするんだが。俺は首をかしげながら、女ってわかんねーなと改めて思った。

(それにしても、アイリって女はすげーな。守りたくなる女ってかんじだ……)

 あれを素でやって、影で股ひらいてるんだとしたら、それこそ……フェルトあたりがころっと騙されそうな『清楚系』のビッチだ。男っていうのはバカだな。俺も気づかなかったら、ああいうのを守りたいと思うんだろうか。
 俺はよくわからないことを考えてぼんやりしていたので、ハナがぼそっとつぶやいた小さな言葉は聞いてなかった。


「――うーん、まだ、わかんないんだよなあ」


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