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2-1 魔法学園の編入生
115 雨の王都で
しおりを挟む『――イ、レイ!――レイってば!!』
「え?」
ユエの声が聞こえて、ピクッと俺の体が反応した。
ふと気がつくと、自分の体が濡れていることに気がついた。しかもびしょぬれだ。しかも、男物の普段着を着たまま、体も男のままで普通に夜のファシオンを歩いていた。
(あれ……俺、なんでこんなに濡れてんだっけ?)
立ち止まったまま、俺は首をかしげた。
『やっと気づいた。大丈夫?』
「……ああ、なんでこんなとこ歩いてんだ?俺」
『レイ。説明してあげるけど、とにかく髪の毛の色だけでも銀に戻して。夜だし、雨が降ってるから、あんまり気がつく人もいないと思うけど、黒くなってる』
「え?」
そう言われて、前髪をひと筋摘んで見たら、本当に黒に戻ってしまっていた。
俺は路地裏で髪を銀にし、目をいつもの紫に変えた。男物の服を着てきてしまったから、長さと体は……しかたなくそのままにして、できるだけ目立たないように壁際を歩く。
なんでこんなに濡れているんだろうと思ったら、いつの間にか雨が降り出していたようだ。
『レイ、あのあと、そのまま外に出ちゃってさ。止めても聞こえてないみたいだったし……ねえ、大丈夫?』
そう言われて、ようやく……ぼんやりと記憶が戻ってきた。
フェルトのことを探していたつもりが、想像もしなかった光景を、見せつけられた。
「なんか、キスしてたな。あの聖女と」
『……』
「なんだ、あれ」
『……でもさ、いつものフェルトと雰囲気が違ったね』
雰囲気……それはたしかに、いつもの優しそうなフェルトではなかったかもしれない。『耳』が機能しなくなって、俺はなんの可能性があると思っていたんだったか。
誰かに捕まってるか、誰かになんらかの暗示をかけられているか……もしかして、記憶喪失とかそういうこともありうるんだろうか。
(希望的観測すぎた……?)
考えてもみなかった。関係は良好だとばかり、思っていたし、オリバーにそう言ったときも、オリバーは信じてくれているようだった。
俺もそう思ってた。
でも、もしも本当に、俺に嫌気がさして、俺のもとを去ったんだとしたら。
『レイ、濡れたまま歩いてたら、風邪ひいちゃうよ』
本当は、俺と一緒にいるのがもう我慢できない限界まできていて、逃げたかったんだろうか。
『暗いところで考えても、いい考えなんて浮かばないよ。帰ろう』
俺の性格が、俺の性癖が、俺の……本質がねじまがっているせいで、フェルトに迷惑をかけていたんだとしたら。
『レイ! 大丈夫だよ! とにかくなんかあったかいものでも食べて落ち着こうよ!』
――――俺が、こんなに、醜いから。
『…………レイ』
ユエがなんか言ってるのは聞こえているし、言っていることも理解できている。でも頭がうまく働かなくて……その優しい言葉をすぐに受け入れることができなかった。
俺はどこを目指すでもなく、ただ夜雨のファシオンの街を、ただ……とぼとぼと歩き回っていた。
パカッパカッと、時おり馬車の音が聞こえては、ビシャッと泥水が俺の脚を濡らした。
でも、気にならなかった。
よくない思考だとわかっていても、俺はどんどん暗いほうへ考えを深めてしまい、たまに、ははっと乾いた笑いが俺の口から漏れた。
「前の世界にいたときもさ、俺、こんなだったんだよなー」
『こんなって?』
「俺は自分が優れていると思っているし、いろいろ恵まれてるんだけど、人を信用できてないんだよ」
『――周りの人間を?』
そう言われて、それはそうだと思った。
周りの人間との間には、高い壁を築いている。友好的な微笑みを浮かべることはできるし、冗談も言えるし、人間関係に問題があったとは思えない。
だけど――俺が、その壁の中への侵入を……許せなかった。
それはきっと……。
「自分をだろうな。自分を信じられないから、周りも信じられないんだと解釈してる。でもさ、俺が汚いところ見せても、あいつがそばにいてくれたから、なんか……安心しちゃってたんだ。フェルトはさ、オリバーとかベラみたいに、利害はなにもないだろ? あいつらは革命のこととか商売のこととか、多少は利害あるけどさ」
『俺もないじゃん。俺もレイのこと、ちゃんと好きだよ』
「――ありがとな」
地球にいたときも、多分俺の周りにはそう言ってくれる人間がいたんだと、思う。
ただ、俺の問題で、俺が信じられるかっていう問題で。
本で読んだ知識でしかないけど、幼いころに愛情を受けられなかった子どもは、他人を信用できなくなるらしい。
それを読んだときは、どうかな……そんなことはないんじゃないかなって思ったけど、次のページに書かれたことを読んで、すごくしっくりきてしまった。
それは、なぜなら、〝自分のことが信じられないから〟……なんだそうだ。
幼いころにたっぷり愛情を受けとるのが一番簡単な方法らしい。そのあと、成長するにつれ歪みができ、愛情を受けなかった子どもは、世界に愛情を求めるようになるんだとか。
反抗であったり、犯罪であったり、いろいろな形で顕現する。早い段階で、愛をもって叱ってくれる人間に出会えれば、それはすごく幸運なことだと思う。
俺の場合は、性癖だったんじゃないかなと思ってる。
犯罪に手を染めない程度の理性を残して、人を性的に支配することで安堵した。それもまあ、この世界に来て、ダンジョンで好き放題やって、犯罪に手を染めてないと言い切ることもできなくなったけど。
自分を理解してほしいと思ってた。
支配を享受してくれることが、理解してもらうことだと、思った。
(……知ってた)
俺が変わったわけじゃないって。ただ、フェルトの器がでかいだけで、俺が変わったわけじゃないって、ちゃんと俺は理解していた。でも……少しずつだけど、本当に……少しずつだけど、信じてもいいんじゃないかって、思い始めていたんだ。
フェルトのことをではない。
フェルトを〝大切〟にできそうな、自分のことを。
もしかしたら、人を愛することができるようになれるかもしれないって思って、はじめて……人のために努力したいと思った。
フェルトとならって。支配するだけではない関係を築けたら、きっと……幸せだろうなって、感じた。
でも――。
「あーあ、やっぱ俺には恋愛なんて無理だわ」
『レイ。あのフェルトはおかしかったって! 無理とかそういうんじゃないよ……」
パカッパカッとまた違う馬車が前から走って来る音がした。またビシャッと俺の脚に泥水がかかった。だけど、今までと違って、俺の少しうしろで馬車が止まり、カチャリとドアがひらく音がした。
「こんばんは。こんな雨の夜に、ひとりで散歩ですか? お嬢さん」
ぞくりと性感を揺さぶられるような声。
この声は、いつも俺の背後から聞こえてくる。振り返りたくない。今――会いたくないやつだ。
馬車を降りてくる気配がして、ふわっと、肩になにかをかけられた。
爽やかな香水の匂いと……人のあたたかい温度がした。
「どうぞ、僕の馬車でよければ乗っていかれませんか? このままでは風邪をひいてしまいますよ」
優しげな声色。俺のことを心配するようで、その下に、巧妙に隠された好奇心が透けて見える。
あたたかな手が俺の手をひき、馬車へと誘導された。
乗りたくない――が、この状況で、平民が……その申し出を断るすべを知らなかった。
「レイ・アキミヤ。今日は――男性なんだね。本当にあなたの周りには、おかしな魔法がたくさんで、興味がつきないよ」
「……こんばんは、アレクサンダー殿下。こんな見苦しい格好のときに、お目汚し……申しわけありません。このような見窄らしい平民は、殿下の馬車にはふさわしくありませんので――」
「……っていう口上は、通用しないよ。さあ乗って。今宵は月も見えずに、あなたは消えてしまいそうだ」
そして、強引に馬車の中へと連れ込まれた。
王族が乗る馬車にしては、ずいぶんと質素な気がしたが、内側は豪奢な作りになっていた。俺が馬車に座ると、じわりと泥水で美しい青色の椅子が濡れた。
もったいねー……と思ったけど、王子が乗れというんだからいいや、とひらき直った。
「寮まで送るよ……と言いたいところだけど、せっかくだからおもしろいところに連れてってあげる」
「……いえ、寮までで……」
「――出して」
人の話など、聞く耳を持たず、アレクサンダーの馬車は走り出した。
(最悪だ……さっさとユエの忠告に従っておけばよかった……)
なんでこの王子は俺にちょっかい出してくるんだ。
男のままで会ってしまったし、今から変えるわけにもいかない。というか……服だけで男って気がつくだろうか?
(あー……まじで会いたくなかった。今、会いたくない度で言えば、ぶっちぎりの一位だ……)
車窓を流れていく雨のファシオンの街並を見ながら、俺は思った。
(くそみたいな日だ……)
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