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2-1 魔法学園の編入生
116 変態サロン ※
しおりを挟む「ここで名前を言ったりしてはだめだよ」
薄暗い……という表現では足りないほど、夜のように深い暗さの室内に、ローテーブルに置かれた小さな蝋燭の灯りがぽつりぽつりと浮き上がっていた。
真ん中の舞台を囲むように席が設置されており、ひそひそ、がやがやと、まるで舞台が始まる前の劇場のような雰囲気だ。客や舞台にいる人間から給仕まで、全員がおのおのの仮面をつけ、正体を隠している。
それでいて、好奇に満ちた不躾な視線がそこかしこから、ねっとりと俺の体に絡みつくように向けられていた。
アレクサンダーの言う、おもしろい場所、に到着するやいなや、俺は浴室へと案内された。風呂から出ると、白い貴族っぽい服と靴が用意されていた。
設えたかのようにぴったりと俺のサイズの、リボンタイのついたブラウスに、白いテールコートと七部丈のトラウザーを穿く。ひと目で高価だとわかる革靴も、俺の足のサイズで……心の底から気持ち悪いと思った。
宝石がついた嘘みたいなデザインの……紐のような下着も用意されてたけど、下着までは濡れてなかったことは、不幸中の幸いだった。俺は、横に置かれていたベラが再現してくれたボクサー(仮)をまた穿き直した。
(まじで……下着まで濡れてなくてよかった)
だけど、服は濡れてしまっているので、ため息をつきながら用意されていた服を着る。浴室から出ると、ソファでブランデーのような濃い酒を飲みながら、アレクサンダーが待っているのが目に入った。
(……これって……なんかお持ち帰りされたかんじじゃない? 俺は据え膳か?)
頭の中でぼやいていると、くすくす笑いながら、アレクサンダーはあっさりと部屋の外に出て、今――歩いている舞台のある場所に案内されたのだった。
給仕をしている人間は裸に、革の下着をつけていて、もうそれだけで……ここがどういうところなのかを理解した。
ロザリーの夜会のときにアレクサンダーが言っていた場所――多分。
(――変態サロンだ)
このタイミングで一番来たくなかったところに、一番会いたくなかったやつと来るはめになった。一緒にいる人間が違ったら……と考えて、嫌なことを思い出し、さらにくそみたいな気分になった。
舞台を囲む席の中でも見るからに格式高い、半個室のようなバルコニー席に案内された。
ほかの席よりも高い位置にあるせいか、はたまた目が暗闇に慣れてきたのか……さっきまではよく見えなかったほかの客たちの様子も見えるようになってきた。
先ほど通りかかったときには、キャバレーの客席のような場所だとばかり思っていた。
舞台を囲むように配置された席に、酒を置く用のローテーブルと蝋燭……に見えたのだ。だけど、よく見てみると、席や脚置き、蝋燭が置かれた台が……手足をついた人間だった。
首輪でつながれた人間たちの嬌声がそこかしこから響き、この狂った空間を彩っている。
(へえ……)
舞台の上に大きなシャンデリアが吊るされている……と、先ほどまで思っていたものは、美しく飾られた巨大な鳥籠のような檻で、中には裸の人間たちが入れられ、そこからすすり泣くような声が聞こえていた。
どきどきと自分の心臓が音を立てているのがわかった。
辺りを見まわしていると、隣の席から手が伸びてきて、意味ありげに俺の顎を撫でた。
「君のお気に召す奴隷がいたら、呼びつけていいんだよ……ほら、向こうを見てごらん」
アレクサンダーが指差した先の壁に、両手首を鎖で頭の上に固定された男たちが並んでいるのが見えた。反対側の壁には、同様に女たちが並んでいる。
全員がハアハアと肩で息をして、薬でも盛られてるのか、ペニスは上を向いていた。その中でも、真ん中辺りにいた男を指差して、アレクサンダーは言った。
「あの男とか、君の愛しの騎士くんに似てるんじゃない?」
「……」
「君みたいに美しい子にかわいがられたら、誰でも喜んで尻尾を振りそうだね」
ちらりと目を向けると、引き締まった体格の茶色の髪の童顔の男が、快感に耐えるように歯を食いしばっているところだった。ほかの男たちは口をだらしなく開けてよだれを垂らしてるというのに……健気に欲望に抗っているのがわかる。
(……ほんとだ。おいしそう……)
俺はうっかり目を細めて、物欲しそうに男を見てしまった。
それがアレクサンダーにも伝わってしまったのか、くすくす笑いながらアレクサンダーが言った。
「呼ぼうか」
アレクサンダーが近くに控えていた給仕に、その男を連れて来るように指示を出すのが見えた。だけど、「必要ありません」という言葉が口から出てこなかった。
さっきまでは最悪な気持ちでいたのに……俺は、普通に見てみたいと思ってしまった。
しばらくして、首輪についたリードを引かれて、先ほどの男が地面を這ったまま連れて来られた。アレクサンダーがリードを受け取り、俺の手に握らせると、じゃらりと鎖の音が響いた。
男は俺の前で床に跪き、俺の靴の甲に唇を落とした。
(……礼儀正しいな)
でも、さっき渡されたばかりのピカピカの靴に唇を落とされるより、雨に濡れて泥だらけだった靴のままでいればよかったと後悔した。そのまま靴で顎を押しながら、次はなにをしてくれるんだろうと思っていると、アレクサンダーが教えてくれた。
「好きに扱って大丈夫だよ。君の騎士にはさせられないことも……ここではなんでもしてもいいんだよ」
アレクサンダーは俺の思考でも読んだのかと思った。
俺は……それを魔法のような言葉だと感じた。俺の騎士……なのかどうかは、今はわからないけれど、俺は〝大切に〟しようと思って、たくさんのことを我慢していたんだなと……気がついてしまう。
恋人がどういうものかを理解したわけではないけれど、相手を慈しみ、相手を愛して、優しい気持ちでいるってこと……そう……ありたかったんだと思う。
(でも、本当は……?)
本当は――。
ほかの誰も目に入れることのないように、俺の部屋に鎖でつないで、俺のことだけしか考えられないようにして。ケツの穴が俺の形になるくらい、泣いて叫んで声が出なくなるまで……犯し続けたい。
尻が赤く腫れるまで、叩いて泣かせたい。首輪をうしろから引っ張って、犬みたいに犯したい。
泣き叫ぶ体を押さえつけて、ピアスの穴を開ける。吊るして鞭で叩いてみたい。
あの唇につっ込んで、ずっと舐めさせていたい。発情させたまま、射精を禁じて……何日も放置してみたい。
俺から与えられるものがすべてだといいのに。
ああ、一生、どこにも行かせたくない。
ああ、絶望した顔、俺がさせたい。
誰よりもひどいことをする俺を――……それでも愛して欲しい。
また、心を見透かしたような言葉が隣から聞こえる。
「……君は、どうして我慢しているの?」
その質問が、とても……今の俺にはしっくりきてしまって、俺はこぼれるように心の内を口にしてしまった。
「……さあ。少しはましな人間になりたいと……願っていたような気がする」
「ふふ、ましな人間か。この場所に来ると、僕もよくわからなくなるよ。人間に……自分の正体を隠させて、誘惑を少しちらつかせただけで、こんな狂乱が始まるんだからね」
「あなたは?」
「僕はいつだって欲望には忠実だよ。ここにいるときに限らず。でもほかの人間は違うね。君もそうみたいだけど、どこかでこうして羽目を外すことができると、楽になるんじゃない? ほら、彼も君にかわいがられたいみたいだよ」
床に目を向けると、さっきの男が唇を噛みしめて、震えていた。
その髪を撫でながら「お前はどうしたいの?」と、優しく尋ねると、男の体が怯えるようにビクッと跳ねた。
「……ここの奴隷たちは、言葉を発することができないようにしてある。わめかれても困るし、なにかを口外されても困るからね」
「永遠に?」
「いや、そういう奴隷契約をしてあるだけだよ。声を聞きたいなら、喘がせればいいよ」
なんだ、喘ぐだけか……と考えて、俺は首をかしげた。
(あれ……セックスって、そういうもんだったよね……?)
痛めつけた相手が、かわいく喘いでくれたらそれでよかった。自分が気持ちよくために必要なのは、相手の苦しみや痛みだけで……相手が落ちてく過程を見るのは好きだったけど、相手のことを知りたいと思ったことはなかった。
喘ぎ声さえ聞こえれば、満足できるはずだったけど……どうしてだろう。なにかが引っかかる。
「ほら、奉仕させてあげないの? 命令しないと」
それは――わかってる。
こんなファンタジーみたいな場所で、好みの男が目の前でペニスを勃起させて跪いている。
いつもなら喜んで命令したいところだけど、俺は震えている男の髪をやわやわと撫でながら、考える。
左目がさっきからうるさい。
「……命令」
この男は舐めろと言えば舐めるんだろうし、オナニーしろと言えばそうするんだろう。歯を食いしばって、薬を耐えるくらいだ。もしかしたら、嫌そうな顔のひとつもしてくれるかもしれない。
それはたしかに、なかなか楽しいかもしれないけど。今までは――それで楽しかったはずだったけど。
(なんかそれ……つまらないな)
そんなこと考えたのは、はじめてだった。
俺は、いつからセックスに相手の人格求めるようになったんだろう。
(全然、気がつかなかった……)
そして、ようやく気がついた。
フェルトが、驚くほど屈託のない笑顔で、綺麗に笑うから……だから、俺だけがそれを歪めてみたいっていう欲望が湧くんだった。
(……そっか)
俺が考えている間に、アレクサンダーは給仕の男になにかを小声で伝え、しばらくすると給仕がトレイに乗馬鞭を乗せて戻って来た。そして、アレクサンダーは、床で犬みたいな姿勢でいる男に、凍るような冷たい声で言った。
「お前がかわいくおねだりしないから、僕の連れが命令もできないみたいだ」
その声と同時に……男の尻に思いっきり鞭を振り下ろした。ヒュンッパシンッという音が俺の足もとで響く。
「ひぐッ!」
「……声を出していいとは言ってないよ」
「あ゛ぅッ」
暗闇の中でもわかるほど、男の尻がどんどん赤くなっていく。
ところどころ血も滲み始めていたけど、男は涙目で必死にその衝撃に耐え、必死で声を出すまいとしていた。本当に痛いんだなと思いながら、その光景をただ無感動に見ていた。
アレクサンダーが苛立った低い声で言った。
「おねだりは……まだないのかな」
体がビクッと跳ねさせて、男は唇を噛み締めた。ふるふると羞恥に体を震わせながら、頭を俺の靴に擦りつけ、尻を高く上げて、誘うように左右に揺らした。
(ぇ、はー……なにこれ、すげー……かわいいー…………)
俺の顔はもはや、うっとりと夢見心地だっただろう。
そんな俺の様子を見て、一瞬きょとんとした顔をしたアレクサンダーが、くすくす笑いながら、俺に鞭を差し出した。
俺は手渡された鞭に目をやって、小さくため息をつくと、にこにこしているアレクサンダーに尋ねた。
「ねえ、俺はあなたの正体を知ってるけど、今日のあなたは――……ここにいるあなたは、誰でもないんですよね?」
「……そうだね。誰でもないよ」
「俺は平民ですけど、あなたと普通に話したとしても、無礼ではない?」
「普通に? ……ふふ、どうぞ」
俺は、思いついたことを尋ねてみることにした。
隣の椅子に座っているアレクサンダーの股の間に膝をついて、乗り上げるように向かい合う。「大胆だね」と、おかしそうにアレクサンダーが笑った。
左目がすげー……うるさくなった。
俺は首をかしげ、王子様を見下ろしながら言った。
「本当は、俺のことを叩きたい?」
ピシピシと乗馬鞭を自分の左手に当ててみると、少し男の血で湿ってるのがわかった。アレクサンダーはどう答えたらいいか考えているようだったので、俺は続けた。
「俺、飼いたい犬がもういるんだ」
「……君の騎士くんのこと?」
「実は逃げられちゃって、それで最悪な気分だったんですけど……少し様子を見てみることにしました」
「……飼い主から逃げるような犬、必要かな?」
だんだんアレクサンダーの声色が低く、重くなってきて、俺の解答をつまらなく思っているのが手に取るようにわかる。
男も女も……誰もが振り返るだろう華やかな笑顔を浮かべながら、内心は腹を立てているんだろうと思った。
「さっきの質問だけど。僕は純粋に……同じ趣向の人間同士なら、こうやって一緒に話すのも楽しいかと思っていたよ。でも、そうだな……君はやっぱり、僕が飼いたいな」
ちっとも笑っていない凍った瞳のまま、アレクサンダーが笑顔を浮かべて、そんなことを言った。
お気に召さなければ、平民の俺なんて、奴隷にでもなんにでもできる、吹けば飛ぶような存在だろう。そういうことしてるのって、本当は第二王女のはずだったはずなのになと思いながら、俺は続けた。
あー、左目がうるさい。
「俺を奴隷にしたいってこと」
「……僕がかわいがってあげるよ」
「さっきから……周りに結構な人数が集まって来てるみたいなんだけど。俺がここから逃げられたら、俺の無礼も、俺のことも、見逃してくれる?」
そう言った途端、アレクサンダーの目が一瞬だけ見開かれた。
だけど、すぐにもとの完璧な笑顔に戻って、アレクサンダーは続けた。
「ずいぶん自信家なんだね。僕直属の精鋭だよ?」
そう――。
さっきから、左目がずっと言ってる。
この王子が〝飼う〟と口にした瞬間から、この席の周りに、すごい量の人の気配が集まって来てるから逃げろって。
「どうなのか聞いてる」
「……いいよ」
そう王子が言うと、集まって来ていた暗殺者なのか、護衛なのか、俺にはわからないけど……周りの緊張感が一気に増して、空気がズンと重くなった。
もしかしたら、俺のことを、はじめからこいつは奴隷にするつもりだったのかもしれない。
俺はにやりと笑うと、唇が触れそうなくらい近くで王子に言った。
「なめんな。バーカ」
そして唱えた。
「怠惰」
そして、ゆっくりと……王子のいろんな意味で高い鼻っぱしらに噛み跡をつけると、そのまま、誰も動かない劇場に悠々と召還陣でユエの扉を出し、寮の部屋に帰還したのだった。
王子が我に返ったとき、鼻の跡を見てどんな反応をするのか見れないのが、少し残念だ。
こういうプライドの高いやつは、してやられたあとに、学校に押し掛けて無理矢理……みたいなことは、多分しないだろう。でも、もし怒り狂って、俺のことを捕まえに来るようだったら、そのときは――。
「顔変えて、どっかに逃げればいっか」
ま、今日のところは、とりあえず――逃げるが勝ち。
ということで。
――――――――
いつも読んでくださって、本当に本当にありがとうございます!
すみません、実はここからがおもしろいところだと私は思っているのですが、8月は旅行に行ったりいろいろするので、これからも毎年ひと月更新をお休みさせていただきます🙏💦
また9月から再開する予定です💫
みなさんの夏が楽しいものになりますように🍧🩵
ありがとうございます!
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