悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方

ばつ森⚡️8/22新刊

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リスティアーナ女王国編

01 とある悪役主従の旅路はつづく

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はじめに

ここから先はアフターストーリーです。

既存の番外編は内容に齟齬が出るため、
書籍化と一緒に取り下げさせていただきました。

だけど、ここで応援してくださった方にどうしても感謝をしたくて、勝手ながら新しく書かせていただきました!

ここにあった、クマと魚の番外編笑 は改めて、どこかで掲載したいなあと思っております。まったく違うお話として、考えていただけると幸いです。

書籍/WEB版/レンタル版の本編を既読の方はネタバレしません。
この部分だけでも読めますが、以下の注意書きを読んでからご判断ください。

※書籍化部分の【重大なネタバレ】を含みます


その他、番外編3本をニュースレターで更新しております。詳しくはTwitterから。

それでは、エマたちのおもしろおかしい新たなる冒険のはじまり!!
楽しんでいただけますように!!

――――――――――――――――

 ――これは、エマニュエルとケイトがまだ旅を続けているときのお話。







「エマ様、もうすぐ着きますよ」
 
 ガタゴトと慣れ親しんだ荷馬車の揺れる音がする。閉じた瞼の向こう側から朝の光が透ける。辺りを囲む爽やかな新緑の匂いで、自分が山間の道を進んでいることを思い出した。僕に話しかけてくる大好きな人の声を聞きながら、もう少し微睡んでいたいと思う。どうして起きなくてはいけなかったんだっけ。
 僕は、ゆっくりと目をひらいた。木々の間から洩れる光が思ったよりも眩しくて、ぱちぱちと目を瞬いていると、ケイトがふわりと微笑んだ。旅を始めたときとは違う、柔らかなその笑顔にとくんと心臓が跳ねる。
 
「おはようございます、エマ様。もうすぐですよ」
「――ああ、おはようケイト。僕は……寝てしまったな」
 
 僕の従者であったケイトはいまだに敬語が抜けきらないが、もう僕たちはただの主従ではない。ケイトと僕の間に流れる、穏やかな恋人同士の時間を感じ、僕の胸が高鳴った――瞬間。手のひらを返したように、ケイトがにっこりと笑ったまま言った。
 
「ええ、クマみたいないびきをかいてましたよ。森中に轟くほどの」
「…………なッ!」
 
 そ、そんな言い方ないと思う! 世界で一番大切な恋人に向けるような顔をしていたくせに、そんな言い方することないだろう……! 僕は、このいけすかない元・従者に、今日こそはキッパリはっきりと物申してやろうと思って、大きく口をひらいた。
 だがその僕の気概は、すぐに挫かれてしまう。スッと伸びてきた綺麗な手が、僕の口の端をぐいっと拭った。
 
「よだれのあと、ついてます」
「……っっ」
 
 気恥ずかしさが込みあげ、手のひらが汗ばむ。いびきのことはわからないが、よだれという証拠をつきつけられた僕は、じとっと恨みがましくケイトを睨んだ。おそらく真っ赤になっているだろう僕を見て、ケイトがふっと笑って言った。
 
「そういうとこも、かわいいと思ってますけど」
「!」
 
 そ、そういうとこ! ほんと、そういうとこだから……! そわっとした僕は、意味もなくきょろきょろと森に目をさまよわせた。
 身分差があるときだって、ケイトは一体どこからそんな悪口を見つけてくるのかというほどの悪質な語彙力を発揮して、僕の心にバカスカ叩きつけてきていたのだ。だが、僕たちが恋人になってからというもの、そのバカスカ打ちつけてくる言葉の豪速球はそのままの威力なのに、ケイトはその球を信じられないほどの甘さで包みこんでくるのだ。
 これは、僕に向かって投げつけた球が、極甘のメロンクリームで包まれているような状態であり、僕の頭は常々混乱している。
 球を投げられたことに怒っていいのか、メロンクリームに喜んでいいのか、それを瞬時に判断することができず、とりあえず僕の体は、ただただ「驚く」という動作を推進しているようだ。
 そして、混乱を極めた僕の頭は、プシューとやかんが沸騰するような音を立てて、わけのわからない言葉を口から紡ぎ出すのである。
 
「そ、そうか――僕も、す、好きだ」
「はい?」
 
 僕のおかしな返答に首をかしげているケイトから顔を背けて、僕はぷるぷると羞恥に震えている。
 そんな生まれたてのコヤギのように震えている僕、――の名前は、エマニュエル・レーフクヴィスト。
 清く、気高く、美しく、白百合のようだと称される僕は、つい先日までヴァールストレーム王国の公爵家の嫡男であった。その母上譲りのとうもろこしの髭のような色の髪、父上譲りの海色の瞳、――あ。
 そういえば、ずっととうもろこしの髭のような色だとばかり思っていた僕の髪は、いつも通りツンとすましているケイトが言うところによれば、『月色』であるらしい。言われてみれば、それは僕の髪を形容する言葉として、ぴったりである。この世界の美しさを表すかのような荘厳な色の組み合わせに気がついた僕は、思った。
 
 ――僕は神の愛し子なんじゃなかろうか。

 そう思い立った僕は、すぐさまケイトに尋ねてみたが、ケイトは「そうですね」と死んだ魚のような目で僕に言った。あの無表情さには僕も驚いたが、おそらく賛同してくれたのだと思っている。
 誤解のないように、一つ付け加えておくならば、僕はとうもろこしが嫌いなわけではない。今まで何度もスープとして食卓でお世話になったことを考え、心の中で感謝を表明しておこうと思う。

 ありがとう、とうもろこし。

 さて、それはさておき、先ほどからどうして僕たちが馬車に揺られているのかというと、それはそれはとても長い話になる。
 実は先日、僕は婚約者であったヴァールストレーム王国の第一王子アルフレッドから、婚約を破棄され国外追放になった。そんな悲惨な目にあった僕だったが、ケイトと一緒に思いのほか楽しい旅を続けていた。だがそれは、僕の知らない間に大陸を逃亡していることになっており、それはまずいと王都に帰ろうとしたところで奴隷商人に捕まり、出会った妖精と一緒に空を飛んで逃げ出すという奇妙奇天烈な出来事を経験した。
 国外追放になった時点で、僕はかなり悲惨な目にあったと思っていた。しかし、人間というものは不思議なもので、そのあとに大陸逃亡者となり、奴隷商人に売られたあたりで、悲惨なことが重なりすぎた僕は思った。
 
 逆にそんな逆境を乗り越えて、今、生きてるのすごいな! ――と。
 
 こんなにも大変な目にあったのだから、これからの僕の人生はきっと明るく、楽しくケイトと共に過ごしていけるのではないかと、希望に満ちた未来を想像し始めていたのだ。
 そして、死んだ。
 妖精王の加護のおかげでなんとか生き返ることができたのは幸運だった。そうして、生き返り、ようやくケイトと想いを通わせることができた僕を待ち受けていたのは、さらなる衝撃の事実だった。

 どうやら、ケイトは魔王だったらしい。

 チーンと残念な雰囲気の鐘の音が聞こえてきそうだ。
 一度死んで生き返るだなんていう、摩訶不思議な経験をした僕に、もう怖いものなどないとばかり思っていた。だが、ケイトと想いが通じあった僕は、気がついたら、実質、魔王の恋人になっていた。

 魔王の恋人。
 
 その字面の不穏な響きを思うと、これからの僕の人生は、おそらく、明るさと希望ではなく、波乱と混乱に満ち溢れているような気がしてならない。
 いろんな経験を経て結ばれ、ペルケ王国の海岸線にでも住もうかと思っていたとき、陛下から「今はまだひと所に留まらないほうがいい」との火急の連絡が入ったのだ。
 こうして僕たちはまだ、旅を続けているところだった。
 日々、この世界のさまざまな美しい光景に出会い、おいしいものを食べ、ケイトがやたら凶悪なモンスター討伐に挑戦したがること以外は、幸せに過ごしている。だが、その遭遇した凶悪なモンスターたちをゴリゴリ倒していくケイトを見ながら、僕は首をかしげていた。

 ――魔王とは、なんだったかな?
 
 魔王ってモンスター倒しちゃっていいんだっけ、という疑問が僕の頭の中で連日ぐるぐると回っている。ケイトを見るかぎり、モンスターと結託しようという気配はまったく感じられないが、モンスターが僕たちの平穏を脅かす存在で、魔王が世界を破滅に導く存在であるのだから、彼らは魔王の手足となって、大いに活躍してくれそうではある。
 だが、その魔王がクラーケンをパエリアにして、おいしそうに食べているのを見たことがある。ちなみに、僕も食べた。そして、もっと言うならば、魔王がアイスドラゴンにイチゴシロップをかけて、かき氷にでもしそうな目をしていたことも知っている。
 再度問いたい。

 ――魔王、とは??

 僕が訝しげにケイトを見ていると、その視線に気がついたケイトは、まるで世界で一番愛おしい人を見るような顔で、僕に微笑んだ。その笑顔を見ただけで、胸の中にきゅうっと痺れるような甘い気持ちが広がっていく。そうなのだ。結局のところ、ケイトがなんであろうとも、――

(好きだ……)
 
 恥ずかしくてこそこそ隣のケイトの様子を窺っていると、いつだって気だるそうなケイトの瞳が細められ、ゆっくりと顔が近づいてきた。え? と、思ったときには、もう唇が重なっていた。ふにっと柔らかな感触が広がって、心臓が跳ねる音がした。すぐに離れたケイトが訊いた。

「――違った?」
 
 ぶわわっと顔に熱が集まっていくのがわかる。心臓の音がうるさすぎて、なんと返事をしていいのかわからなくて、僕は「あ、え、」と、言葉にならない音を繰り返した。ふっとケイトが笑う気配がして、それから前を向いたケイトに、ぱあっと光が差す。ケイトの夜空色の瞳が照らされて、嬉しそうな顔でケイトが言った。
 
「ほら、見えてきましたよ」
 
 そう言ったケイトの声につられて、僕も前へと顔を向けると、ひらけた視界の向こう、――山の麓に大きな街が広がっているのが見えた。
 赤色に統一された民家がグリッド状に美しく並び、その真ん中には大きなドーム屋根の煌びやかな建物が見える。王妃教育の中で、何度も絵画を見たことがある。
 芸術を愛する女王の治める、――花の都と呼ばれる国。
 目の前の光景に、僕は感動の声をあげた。
 
「わあ、これが――リスティアーナ女王国の首都・レツィオーネ!」
 
 青空を舞う白い鳩たちの羽音まで聞こえてきそうだ。これから山を下り、その街へと向かう。はじめて訪れる場所への期待に、僕の胸はいっぱいになった。
 だが――。
 すぐ横の茂みがガサガサッと音を立てたのはそのときだった。
 キンッと張り詰めた緊張感がケイトから発せられ、僕はすぐに力強い腕の中に囲われていた。沿道にある伸びっぱなしの草をかき分けて出てきたのは、美しい少年だった。
 僕はケイトの胸に収まったまま、目を瞬かせた。だけど、僕のそんな驚きは、すぐに驚愕へと塗りかえられた。

「た、助けてください! ま、魔王の! 魔王の生贄にされそうなんです……!」

 ――――――え?




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