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リスティアーナ女王国編
08 悪役主従と信仰5
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さっきの声のほうへと近づくと、しわがれた声の男がぼやくように言った。
「鎖で繋いでたはずの生贄が逃げ出してしまったんだ」
「鎖でつないでたはずの……?」
「ああ。本当に、あんな頑丈な鎖をどうやったんだか」
男は僕たちが出会った少年のことを探しているのだろうか。
先ほどケイトが眠らせた青年二人は村人のように見えたが、一体どんな人間がこんなにも平然と生贄の話をしているんだろうと、僕はフードの隙間からチラッと覗いた。
そして息を呑んだ。
男の目の下にできているクマは、ちょっとやそっと寝不足になったくらいではできないほど黒く、口布から覗いている肌はカサカサとして土色だった。頬は骨の形がわかるほど萎んでいるのがわかる。充血した目がぎょろりと飛び出しているように見えるほどだった。
ケイトは平然として会話を続けていて、その胆力に僕は驚いていた。
「どこか生贄を置く場所を変えたほうがいいんじゃないですか?」
「ああ……そうだな、どこかにまとめて放り込んでおければいいんだが」
「オレ、探してきましょうか。行き止まりの小道でもあれば、そこに扉を作ってしまえばいいし」
探るどころか、この集団に完全なる協力体制を提供しようとしているケイトを見て、僕はフードの下で目を丸くした。な、なんでそんな生贄が逃げ出せなくなるような鬼畜な仕様を提案しようとしているんだろう……と、そこまで考えて僕はハッと動きを止めた。
(自分への供物の管理か……!)
――いや、違った。
そうじゃなかった。ケイトにはなにか考えがあるんだろう。
顎に手を当てた男は「これから生贄も増えるし、それはいいな」と言って、ケイトにその仕事を一任するようだった。顔の半分を隠しているとはいえ、誰だかわからないケイトにそんなことを任せるだなんて、どういうことなんだろう。だが、男は意識ここにあらずといった様子でぼんやりとしているように見える。
ケイトが受け答えをしているのを聞きながら、ドキドキと僕の胸から聞こえる音が走り出したときのようにに速くなっていく。これから生贄が何人も連れてこられるのかと思ったら、僕は狼狽えて、うっかりローブの裾を踏んで転びそうになってしまった。
当然のように横から伸びてきた力強い腕に腹を支えられて、転ぶことはなかったが、俯いた拍子にフードから僕の長い髪が前に流れてしまった。
しまった、と思って慌てて髪を後ろに戻していると、男が言った。
「ん? 随分と綺麗な毛だな……お前……ちょっと顔を見せてみろ」
「あの! 弟は口が聞けません。顔も火傷で爛れているので、あまり見て気持ちいいものではないので」
「…………ふん、そうか。じゃ、頼んだぞ」
僕を背中に押しやって、ずいっと前に出たケイトが男にそう言うのを聞きながら、僕は冷や汗をかいていた。男がどこかへ行ってしまった途端、魔王みたいな顔をした魔王が僕に言った。
「え~ま~さ~ま~! どうして。どうしてなにもないところで転べるんですか!」
「あ、いや……あはは、す、すまない」
それは僕も常々思っていることなのだ。
もしかしたら僕は前世で悪事を働いたかなんかして、どうしても転ばないといけない呪いにかかっているのかもしれないと思い、とても深刻な問題として受け止めている。それはケイトにもわかってほしい。
だが、今はそんな前世の呪い(予想)のことを説明している場合ではないので、僕は魔王の怒りを一身に受け、苦笑いをするしかなかった。機転を効かせてくれたケイトのおかげで、なんとかごまかすことができてよかった。
本当に頼りになる従者……あ、恋人だなと思って胸を撫で下ろしていると、ケイトがため息をつきながら言った。
「はあ……それにしても。鎖でつないでた生贄が逃げ出すって……誰かが逃したんでしょうね」
そのケイトの意見には、僕も同意だった。
あんなにもたくさんの人間が集まっているこの洞窟から、頑丈な鎖を外し、逃げ出すことは困難を極めるだろう。こほん、と僕は咳払いをし、ケイトと一緒に歩き出した。
「まあ、そうだろうな。魔王崇拝をしている人間の中にも、まともな奴がいるんだろうか」
「まともな人は魔王を崇拝しませんよ」
「…………」
「なにか言いたそうですね。なんですか? 聞きましょうか」
なんだかケイトの当たりが強いなという気がしたが、それよりも僕には気になることがあった。せっかく生贄となった少年が逃げ出すことができたのに、これから生贄として運ばれてくるかもしれない人たちは、ケイトの提案によって、どこかへ閉じ込められてしまうことになるかもしれないのだ。
いくら潜入して情報を得ようとしているからって、それはひどい。
「生贄を閉じ込める場所を探すって、どうする気なんだ?」
「外へつながってる穴の空いた他の道を探すんですよ。それで、その穴を闇魔法で偽装してしまえば、いつでも生贄を助けることができるでしょう?」
「そういうことか! いい考えだな」
ケイトがさらっと言った『穴を偽装する闇魔法』のレベルの高さを華麗にさらりと受け流しながら、僕はその意見に賛同した。ひらき直った僕は、ケイトの魔王っぽい所業についてのスルースキルを身につけ始めている。
そうとなれば、あとはその都合のいい道を探すだけだ! と、僕は勇んで歩き出した。
そして、グッと力強く踏み出した一歩で、また黒いローブの裾がピンッと張ったかと思うと、視界が傾き――そして、ケイトの腕に再び助けられた。
僕はこの身にかけられた恐ろしい呪い(予想)を全身で感じながら、ぷるぷると震えながら振り返った。
そこには身も凍るような冷たい目をした魔王の姿があった。
そして、すべてを蹂躙しようとせんばかりの地を這うような声で魔王が言った。
「留守番――」
「へ?」
「エマ様は――留守番です」
――――へ?
「鎖で繋いでたはずの生贄が逃げ出してしまったんだ」
「鎖でつないでたはずの……?」
「ああ。本当に、あんな頑丈な鎖をどうやったんだか」
男は僕たちが出会った少年のことを探しているのだろうか。
先ほどケイトが眠らせた青年二人は村人のように見えたが、一体どんな人間がこんなにも平然と生贄の話をしているんだろうと、僕はフードの隙間からチラッと覗いた。
そして息を呑んだ。
男の目の下にできているクマは、ちょっとやそっと寝不足になったくらいではできないほど黒く、口布から覗いている肌はカサカサとして土色だった。頬は骨の形がわかるほど萎んでいるのがわかる。充血した目がぎょろりと飛び出しているように見えるほどだった。
ケイトは平然として会話を続けていて、その胆力に僕は驚いていた。
「どこか生贄を置く場所を変えたほうがいいんじゃないですか?」
「ああ……そうだな、どこかにまとめて放り込んでおければいいんだが」
「オレ、探してきましょうか。行き止まりの小道でもあれば、そこに扉を作ってしまえばいいし」
探るどころか、この集団に完全なる協力体制を提供しようとしているケイトを見て、僕はフードの下で目を丸くした。な、なんでそんな生贄が逃げ出せなくなるような鬼畜な仕様を提案しようとしているんだろう……と、そこまで考えて僕はハッと動きを止めた。
(自分への供物の管理か……!)
――いや、違った。
そうじゃなかった。ケイトにはなにか考えがあるんだろう。
顎に手を当てた男は「これから生贄も増えるし、それはいいな」と言って、ケイトにその仕事を一任するようだった。顔の半分を隠しているとはいえ、誰だかわからないケイトにそんなことを任せるだなんて、どういうことなんだろう。だが、男は意識ここにあらずといった様子でぼんやりとしているように見える。
ケイトが受け答えをしているのを聞きながら、ドキドキと僕の胸から聞こえる音が走り出したときのようにに速くなっていく。これから生贄が何人も連れてこられるのかと思ったら、僕は狼狽えて、うっかりローブの裾を踏んで転びそうになってしまった。
当然のように横から伸びてきた力強い腕に腹を支えられて、転ぶことはなかったが、俯いた拍子にフードから僕の長い髪が前に流れてしまった。
しまった、と思って慌てて髪を後ろに戻していると、男が言った。
「ん? 随分と綺麗な毛だな……お前……ちょっと顔を見せてみろ」
「あの! 弟は口が聞けません。顔も火傷で爛れているので、あまり見て気持ちいいものではないので」
「…………ふん、そうか。じゃ、頼んだぞ」
僕を背中に押しやって、ずいっと前に出たケイトが男にそう言うのを聞きながら、僕は冷や汗をかいていた。男がどこかへ行ってしまった途端、魔王みたいな顔をした魔王が僕に言った。
「え~ま~さ~ま~! どうして。どうしてなにもないところで転べるんですか!」
「あ、いや……あはは、す、すまない」
それは僕も常々思っていることなのだ。
もしかしたら僕は前世で悪事を働いたかなんかして、どうしても転ばないといけない呪いにかかっているのかもしれないと思い、とても深刻な問題として受け止めている。それはケイトにもわかってほしい。
だが、今はそんな前世の呪い(予想)のことを説明している場合ではないので、僕は魔王の怒りを一身に受け、苦笑いをするしかなかった。機転を効かせてくれたケイトのおかげで、なんとかごまかすことができてよかった。
本当に頼りになる従者……あ、恋人だなと思って胸を撫で下ろしていると、ケイトがため息をつきながら言った。
「はあ……それにしても。鎖でつないでた生贄が逃げ出すって……誰かが逃したんでしょうね」
そのケイトの意見には、僕も同意だった。
あんなにもたくさんの人間が集まっているこの洞窟から、頑丈な鎖を外し、逃げ出すことは困難を極めるだろう。こほん、と僕は咳払いをし、ケイトと一緒に歩き出した。
「まあ、そうだろうな。魔王崇拝をしている人間の中にも、まともな奴がいるんだろうか」
「まともな人は魔王を崇拝しませんよ」
「…………」
「なにか言いたそうですね。なんですか? 聞きましょうか」
なんだかケイトの当たりが強いなという気がしたが、それよりも僕には気になることがあった。せっかく生贄となった少年が逃げ出すことができたのに、これから生贄として運ばれてくるかもしれない人たちは、ケイトの提案によって、どこかへ閉じ込められてしまうことになるかもしれないのだ。
いくら潜入して情報を得ようとしているからって、それはひどい。
「生贄を閉じ込める場所を探すって、どうする気なんだ?」
「外へつながってる穴の空いた他の道を探すんですよ。それで、その穴を闇魔法で偽装してしまえば、いつでも生贄を助けることができるでしょう?」
「そういうことか! いい考えだな」
ケイトがさらっと言った『穴を偽装する闇魔法』のレベルの高さを華麗にさらりと受け流しながら、僕はその意見に賛同した。ひらき直った僕は、ケイトの魔王っぽい所業についてのスルースキルを身につけ始めている。
そうとなれば、あとはその都合のいい道を探すだけだ! と、僕は勇んで歩き出した。
そして、グッと力強く踏み出した一歩で、また黒いローブの裾がピンッと張ったかと思うと、視界が傾き――そして、ケイトの腕に再び助けられた。
僕はこの身にかけられた恐ろしい呪い(予想)を全身で感じながら、ぷるぷると震えながら振り返った。
そこには身も凍るような冷たい目をした魔王の姿があった。
そして、すべてを蹂躙しようとせんばかりの地を這うような声で魔王が言った。
「留守番――」
「へ?」
「エマ様は――留守番です」
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