悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方

ばつ森⚡️8/22新刊

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リスティアーナ女王国編

10 悪役主従と最強の人・後

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「それで? 危ないことは絶対にしないって約束したあなたは……なにを始めたわけ?」

 近くにある大きな岩の上に置物のように丸まっているゼリコルデ・ハクレール三世♀の前に、ちょこんと座り込んだ妖精王が脚に頬杖をつきながら言った。うっかりするとすぐに頬がゆるんでしまうので、できるだけそっちを見ないようにしながら、僕は剣を振るっている。
 先ほどケイトが話していたように、小さな町の近くにあるこの森にはなにやらモンスターが住んでいるらしい。だがその森の中でも、木こりが木を切り倒したのか、ぽっかりと空いた心地のよい場所で待機しているところだった。
 シュッシュッと音を立てながら、僕の剣が上下する。

「僕は、剣が苦手なんだ。魔王と行動するのだから、少しくらい自分の身を守らなくてはと思ってな」

 魔法はそこそこできるという自負があるが、苦手な剣も克服したかった。そうじゃなくても、僕が死ぬという経験をしたケイトは過剰に僕のことを「守ろう」としているように思う。前からずっと、従者として僕のことを守ってくれていたケイトだったが――

(やっぱりちょっと、過保護になりすぎている気がする……)

 成人してからもう四年、魔法学園を卒業してから数ヶ月が経ち、僕は十九歳になっている。
 たしかに旅のはじめは、わからないことばかりでケイトにすべてを委ねていたが、僕だって旅の途中で成長していると思うのだ。
 だが最近のケイトときたら、弱いモンスターに出くわしたときですら僕のことを背に庇い、魔法の一つも打たせてくれない。
 それは不本意だった。

(僕は別に、深層の令嬢でも姫でもなんでもないのに……)
 
 僕が剣を振りながら答えるのを聞いて「ふうん」と妖精王が気のない相槌を打ってから続けた。

「まあ、あなたが生きてる限りは魔王もこの世界も、大丈夫な気がするけどね。加護もあげたし、それほんとすごいんだか……ら? ん? やだ……あなた、加護どうしたのよ」

 僕が生きている限りというのはどういうことだろう。不思議に思ったけれども、鳩に乗った妖精王の愛らしさにかまけて、それよりももっと大切なことを伝え忘れていたことに気がついた。
 
「ああ、死んだんだ。あれは恐ろしい経験だった……」
「――え。やだ、死んだの?!」
「死んだ。あれは……痛かった。死ぬかと思った……あ、いや、死んだ。だけどこうしてケイトと一緒に旅を続けていられるのは、妖精王のおかげだ。本当にありがとう」

 ちゃんとお礼を言えてよかったとにこにこ笑っていたら、妖精王はくしゃみを我慢しているときのような、なんとも言えない表情になった。
 一度目に会ったときは「悲惨ね」と引かれるほどの存在であった僕に、二度目に会ったときには「死んだ」と報告された妖精王は、複雑な心境かもしれないと僕は気がついた。
 これ以上心配させてはいけないと思い、僕はちゃんと報告しておくことにした。

「だ、大丈夫だ。幸せに暮らしている」
「それは顔を見てればわかるわよ。あの魔王にでろでろに甘やかされているのが手に取るように……」

 なんでそんな嫌そうな顔になるんだろうと思うほど、眉間に深い皺を寄せて、かわいい顔が台無しである。顎のラインで内巻きになった髪をぐにぐにと指先で潰しながら、やさぐれているようにすら見える。
 侍女のローラが、他の侍女のメアリーがケイトと話しているを見ていたときの表情に似ているなと思った僕は、すぐに気がついた。

「――もしかして、妖精王は恋人がほしいのか? ……はッ! そ、そうか、お、おばあさんだから相手が……」
「おばあさんって言うな!」
「ご高齢だから……相手が……うぅッすまない」
「余計なお世話すぎる!!!」
 
 妖精王が大声を出したので、その後ろで丸まっていたゼリコルデ・ハクレール三世♀がびっくりして首をくるくると回した。
 たしかに女性に年齢の話はするべきではなかったかもしれない。
 そして、僕にはあんなに優しい恋人がいるのに悪いなと思った。僕は浮かんだ涙を指の背でぬぐいながら、でもせっかく長く生きている妖精王がいるのだから相談をしてみることにした。

「ああ……でもちょっと、甘やかされすぎてる気もするんだ」
「あの魔王は、恋人を甘やかしたいタイプだと思うわ」
「だが僕だって、もうちょっと頼られたい……!」
「いいじゃないの。相手は最強と言ってもいいわけだし。あなたが無茶して死んでたら、元も子もないわよ」

 そ、そんな言い方ないしなくていいと思う。
 妖精王の言いようは、救いもなにもあったものではなかった。たしかに事実として死んでしまった僕は、なにも言い返すことができず、ぐうっと低い唸り声をあげた。
 悔しさを振り切るようにブンブンと剣の素振りを続けながら、僕が死んでしまったときのケイトの顔や、泣き濡れていたテオの顔を思い出した。僕は、二度とあんな思いをさせないと誓ったのだ。
 同じことを目指しているはずなのにケイトと僕の想いの方向性が違うような気がして、心に影が差す。それでも――

(だ、だからこそ……こうして、自らを鍛えようとしているんだ。それは間違ってないはずだ!)
 
 僕の剣がヒュンヒュンと音を立てる。
 ケイトがいない間にモンスターに挑もうと思うわけではないが、体力や筋力だけでも底上げしたいと思った。そうして必死に素振りをしていた僕は、妖精王が真っ青な顔でつぶやいた小さな声にも、ガサガサと茂みが揺れたことにも気がつかなかった。
 
「――やだ。嘘。……う、嘘でしょ……?」
 
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