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リスティアーナ女王国編
20 悪役主従と異国の都・後
しおりを挟む「あ! これはすごいんだぞケイト。聞いていろ」
「なんですかそれ」
「げ~い"~ど~~だべじゃう"ぞ~」
地を這うようなおぞましいしゃがれ声を出した僕に、ケイトが目を丸くした。
僕の手には小型の魔導具……というか、工芸品に近いしかけの施された小さな輪が乗っていた。ケイトがびっくりして固まるのを見て、僕はくすくすと笑って満足した。前に商人のテオが、僕に買ってきてくれたことがあるのだ。
見た目は太い指輪を二つ重ねたような小さな筒でしかないのだが、これはリスティアーナ女王国の伝承に出てくる魔導具なのだ。作り方を聞いてみれば簡単で、内側に風魔法がしかけられているだけらしいのだが、唇に当てたまま話すと声が恐ろしい声色に変わる。
筒の部分は銀でできていて、物によってはいろんな模様が細工されていて美しい。僕が手にしたものには白百合の彫り物がされていて、自然と笑みが洩れた。
「この国に伝わる御伽噺があって、悪き者に追い詰められた兄弟が怖い声を出して追い払ったっていう伝承があるんだよ……って、ああッ!」
し、しまった。悪き者の最たる人物に伝承を浴びせてしまった……! と、僕は固まった。
青ざめたままケイトのことをちらっと見ると、ケイトは死んだ魚のような目をしていた。
「…………別に吹き飛ばされたりしてないんで、大丈夫ですよ」
「そ、そうか!」
以前、ペルケ王国の聖泉で、僕は『悪き者』として吹っ飛ばされたことがあったことを思い出し、冷や汗をかいた。だが、うっかりしていた。ケイトがあまりにも魔王っぽくないから……いや、たまに魔王っぽい顔をしているときもあるが、いつも忘れてしまうのだ。
うっかり聖なる道具とかを何気なく近づけたりしてしまって、僕がケイトをやっつけてしまっては困る。
ん?
でもよく考えてみたら、打倒魔王を掲げているのだから、僕がなにかしらの聖なる道具をケイトに近づければケイトは平伏すのかもしれないなと思った。「エマ様、おたすけを~オレが間違ってました~」と、童話に出てくるオーガのように泣きながら、過保護の檻を解いてくれるかもしれない。
だが、それで本当にケイトがやっつけられてしまっては困るので、やっぱり違うなと僕は首を振った。
魔導具を指でつまみながら、その繊細な百合の細工を見ているとケイトが言った。
「まさか買うんですか? やめてくださいよ。オレ、エマ様の声すごく好きなんです」
「え? そうなのか」
「はい。はじめて聴いたときから……海みたいに透き通った綺麗な声だと思ってて」
思い出すように、ふっと優しい笑顔になったケイトを見て、僕も昔を思い出した。
はじめて会ったときのケイトは、本当に迷子のように青ざめていた。今の余裕たっぷりの態度からは想像もできないが、仕事を失い、路頭に迷っていたのだから、きっと本当に大変な目にあったのだろう。
はじめは随分整った顔をしているなと思ったくらいだったが、そのあと一緒に過ごしていくうちに、いつの間にか好きになってしまった。あのとき出会えたことを僕は何度も思い返しているが、ケイトもそんな優しい顔になるくらい大切にしてくれているのだなと、僕は目を細めた。
それにしても、ケイトが僕の声を好きだなんて知らなかった。
打倒魔王を掲げる僕は、昨日も一人で喘がされてしまったことを思い出し、仕返しをしたい気持ちがむくむくと胸の中で大きくなった。僕の声が好きだと言うのなら、きっと効果があるはずだと確信しながら、ちょいちょいと手を曲げてケイトを近くに呼んだ。
そしてケイトの耳元で、できるだけ艶っぽく聞こえるといいなと思いながら、囁いた。
「――僕もケイトの声が、好きだよ」
「ッ……」
ケイトの声は穏やかでいてよく通る。
その声で優しく耳元で意地悪なことを言われると、僕はいつもその優しい声色と意地悪な内容に混乱してしまう。ケイトが言ってたような『透き通った海』みたいないい表現は思い浮かばなかったけど。
ケイトの耳がちょっと赤くなっているのを見て、僕はフフンと鼻を鳴らして言った。
「怖い声よりも僕の声のほうが脅かせそうだし、その魔導具はいらないかなー?」
「エマ様……調子に乗ってると知りませんよ。今日は宿屋に泊まるんですからね」
「――……へ!?」
百合の模様が綺麗だから記念に買いましょうか、とにやにやしたケイトが続けていたが、僕はどきどきしてしまってそれどころではなくなってしまった。固まっている僕の手にそっとケイトの長い指が絡まった。すりっと指先を撫でられて、なんだか夜を想像してしまう僕はもう、穢れているのかもしれない!
おそらく真っ赤になっているであろう僕は、こそこそと口に当てた布を反対の手で上げながら、ケイトの手を引かれ歩き出した。
「夜、楽しみですね」
「――……あ、あの、ケイト」
「オレ、エマ様の綺麗な声が溶けてくのも、聞くのすごい好きなんです」
「~~ッッ」
くそうと思いながら僕が奥歯を噛みしめていると、ケイトは「あ」となにかを思い出したようで、小さな声で僕に言った。
「そういえば生贄……なんですけど、どうやら捧げる日が決まってるみたいなんですよ。だから、捕まってしまった人たち用の部屋には細工をしてきたんですけど、当面は多分大丈夫だと思います」
「そ、そうなのか。それはよかった」
「多分、あのまとめてた男が不在なことも関係してるんでしょうね」
それを聴きながら、なるほどと僕は頷いた。
あの集団には生贄を逃そうとした人物もいるようだったし、今はその男のあとを追うべきかと思った。観光スポットである泉を抜け、土産物屋の屋台が立ち並ぶエリアを満喫した僕たちは、市場のほうへと足を向けた。
この王都は華やかで煌びやかで見るところに困らない。
やたら大きな通りには何台もの馬車が行き交い、歩道に植えられた花や街路樹は美しく管理され、それに沿うように重厚な面構えの商会がいくつも並んでいる。
すれ違う人々も裕福な貴族や商人が多いのか、みなどこぞの姫のような格好で歩き、荷物持ちの従者がいくつもの箱を抱えているのを何度も目にしていた。
近隣の町や村とは文明のレベルが違うと思ってしまうほどだ。
ライナスやアントンもいるかな、と思ったが、王都は物価が高いせいなのか冒険者の姿はちらほらとしか見えない。
ケイトが「あれ、食べてみませんか?」と、いい匂いのする屋台を指差したので、僕は目を輝かせて頷いた。どうやら香りのもとは、豆のペーストを油で揚げたものらしく、それを片手に二人で高台の公園に向かって歩き出す。僕の口元には布があるので食べづらかったが、湯気の立つ揚げ物を、布の下ではふはふと音をあげながら食べた。
貴族だったときは、こうして歩きながらなにかを食べるだなんて考えたこともなかったけど、できたては本当においしいものなのだ。
もぐもぐと口をいっぱいにしながら、僕はケイトの話に耳を傾けていた。
どうやらもう行き先は決まっているらしい。
「そうか。じゃあ次は南へ向かうんだな? どこなんだ」
「それが――実はこの王都の南側がゆるやかに砂漠につながっているみたいなんです。その辺りに行きます」
「ふうん……」
――砂漠?
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