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リスティアーナ女王国編
38 悪役主従の仲直り・前
しおりを挟む「え……ここ……どこ?」
もはや、はあはあと肩で息をしている僕を横抱きにしたケイトが、漆黒の廊下を歩きながらなんともないことのように答えた。
「暗黒竜の神殿です」
あのあと、ケイトの着ていた黒いローブでぐるぐる巻きにされた僕は、ケイトの闇魔法に包まれたと思った瞬間――この漆黒の廊下を歩いていた。先ほどまでのかわいい竜の姿はなく、どうやら黒い大理石でできている廊下にケイトの足音だけが響く。
妖精王が使っていた転移魔法のように、突然違う場所に放り出された僕は目を瞬いた。
砂漠のど真ん中にあった暗黒竜の神殿に一瞬で来てしまったのだろうか。ケイトが妖精王と同じく『王』の名を冠する者であるのだから、ケイトがそんなすごいことをできるようになっても不思議ではないかもしれないが、さすがに驚く。
たとえここが本当に暗黒竜の神殿だとしても、あの巨大な柱がずらりと並んでいた場所とは印象がまったく違う。
だけど頭の中がぽやんとしてしまっている僕はうまく情報が処理できずに、くったりと体を預け、ケイトを見上げるのが精一杯だった。
「ここがなんなのかってことは、あとで教えてあげますけど……生贄を捧げられるのにはピッタリでしょう?」
妙に色気のある笑顔を浮かべたケイトにそう言われて、僕は辺りにもう一度目をやった。
天井から下がっているのは漆黒に塗られた薄暗いシャンデリア。廊下の両壁にはおどろおどろしい絵画が所狭しと並べられて、窓ひとつないその廊下を薄笑いを浮かべながら歩くケイトは――
(本当に魔王みたいだ……)
そして僕の体は限界を迎えていた。ケイトの着ているシャツに、さっきから無意識で頬をすがるように擦りつけてしまう。いろんなことがあって忘れていた欲望の火種が体の中でくすぶっているのがわかる。なぜかケイトが縄を解いてくれないので、荷物のようになす術もなく運ばれるしかない。
さっきからケイトが口にしている「生贄」の意味すらもよくわからずに、ぽやんとしたまま服越しにケイトのうなじに唇をあてた。
「……もしかして、言葉も通じませんか」
「ん……ぁッ」
耳元に熱い息を吹き込まれた僕は、それだけで震えてしまった。
声色からケイトの怒りが伝わってくる。
笑顔で僕のことを見下ろしているケイトの目がさっきから全然笑っていないことにも気がついていた。その頬に手を伸ばし引き寄せたいと思うのに、縛られた体ではなにもできなくて、緊張した空気だけがひりひりと肌を痺れさせた。
ギィッと突き当たりにあった黒い扉が重そうな音を立ててひらいた。そして、そこには天蓋まで黒く塗られた大きなベッドが置かれていて、僕はその上に転がされてしまった。ケイトが僕を巻いていた黒いローブを取り去ると、ベッドに置かれた黒いクッションの山にドスンと背を預けた。
転がったままそれを見ていた僕に、ケイトがゆっくりと無言で視線を流してきた。
(すごい……怒ってる)
魔王の怒りだなんて冗談を言っていたが、これはどうやら本当に逆鱗に触れてしまったみたいんだなと思って僕は唇を噛みしめた。
ケイトはいつも僕に怒ってくるけど、こんなにも威圧的な態度を取ることはない。縛られた手首を解放してくれないのも、きっとすごく怒っているからなんだろうなと思う。僕はおずおずと肩で体を起こし、膝立ちになってケイトの近くに寄った。
するりと男らしい腕が伸びてきて、僕の腰にまわった。そっと引き寄せられて、僕は座ったケイト脚をまたぐように膝立ちになった。
「正直……許す気はないです」
「けいと……」
「オレもエマ様に悪いことしたなって……それはわかってるんですけど。他の男に触れられたと思うと、だめそうです」
だめそうってどういうことだろうと思ったら、じわっと視界が潤んだ。
ケイトの綺麗な指先が僕の着ている薄い白い布をゆっくりと割っていく。滑るように下まで伝った指先が僕の下腹で動きを止める。そこには戒められた僕の中心と、小さな下着があるのがわかって、僕はぎゅっと目をつぶった。
だけど、ケイトの指がゆっくりと下から僕のペニスを布ごしに撫であげたので、パチッと目を開けた。震える僕に、ケイトが深く静かな声で言った。
「ひどいこと、したい気持ちになります」
「……ひどいこと」
「エマ様が知らないこと、全部、この体に教えてあげたいくらいで」
ん? と、首をかしげたケイトに下から覗かれて、僕の目から涙がぶわっと込み上げる。
そんなにいい状況じゃないことは僕にだってわかってた。だって本当に生贄にされそうになっていたんだから。でも、でも――僕だって怖い思いをして、それでもケイトに会えて嬉しかったのに……! 精神的にも身体的にも追い詰められて、僕はどうしていいかわからなくなって、ただ愛しい人にキスがしたくて、勢いよくケイトの顔にぶつかった。
「うわ! ……っいてッ……」
「うう、ご、ごめん~~~! けいとぉ……」
ゴンッと鈍い音がした。思いっきりぶつかった僕の頭がケイトの額に致命的な打撃を与えたことにはもちろん気がついた。キスしたかっただけなのに、結局また頭突きをしてしまったことで、僕の涙腺は崩壊した。ぼろぼろ涙を流しながら、ケイトに必死に謝るしかなかった。
ひぐっぶぎっといつぞやの汚い泣き声をあげながら、ケイトの肩口をぐちょぐちょに濡らしていく。そんな僕の背中を、ゆっくりとケイトが抱きしめた。
「だから、許しませんよ。何回頭突きされるんですか、オレ」
「……っぐぅ。やだ。許してくれないとやだ」
「そんなのずるいですよ。こんな格好のエマ様を目の前に出されたオレの気持ちは……」
口ではいつもの小言を続けているのに、抱きしめてくれる腕が優しくて、涙が止まらなかった。
自分の無力さはちゃんと痛感した。それでもただ、ケイトの役に立ちたかったのだ。ぽろぽろ涙を流しながら、僕はケイトに許してほしい一心で口にする。
「ひどくしていいから」
「…………それ、絶対、その格好で言っちゃだめなやつですよ」
「けいとぉ……好き。愛してるんだ」
「…………」
どうしたら許してくれるんだろうと涙目のままケイトを見上げたら、むうっと唇を噛みしめたケイトが不貞腐れたような顔をしているのが目に入った。僕がぽやんとその様子を見ていると、ケイトの手が僕のペニスをぐっと掴んだのでビクゥッと大きく震えてしまった。
ケイトがむっとした顔のまま尋ねた。
「これ、あの黒装束がやったんですか……?」
「ち、違……で、でもみんな手袋してたから……ちょ、直接、さワッられたわけじゃ」
「みんな」
「ひぁッ……ん、ぁ、け、ケイト……だめ」
縛られたままのペニスをケイトに扱かれて、ただでさえ薬を塗り込まれている僕の体は、またすぐに火照り出した。
快感を逃がそうとしてケイトの上で背を反らせていたら、体を差し出しているような格好になってしまって、ぶわわっと顔に熱が集まる。ケイトの指に翻弄されてビクビク震えていると、僕の罪ごと舐めるようにケイトの視線が僕のことを見上げた。
「ゆ、許して……けいと」
「だめですよ。オレの生贄なんだから」
ちらっと下に目をやったら、ケイトの手のひらの中で僕のペニスが紐で縛られた小さな布をギチギチに押し上げているのが見えた。ぐりっと親指で布ごしに先端を擦られて、じわじわと布が湿っていくのが見える。
ケイトは相変わらず怖い顔をしていて、泣きたくなる。本当に僕のことを生贄として抱くつもりなんだろうかと思うと、いろんな思いが駆け巡った。そんな抱き方をされたいわけじゃなかったけど、ケイトがそうしたいなら僕は従うべきなのかなっていう考えがぐるぐると巡る。
よくわからないけど、元からそういう役割として選出されてた僕のことである。もういいやという気持ちになって、僕は泣きながら口にした。
「ま、魔王陛下ぁ……」
「…………は?」
「魔お……さま」
「え……今それ言うかんじですか? この状況で」
だってケイトがさっきから生贄だって言って縄も解いてくれないからだろうと思う。
ケイトが怒っているのはわかるけど、僕だって限界だった。いい加減許してくれたっていいと思うのだ。僕はじとっとケイトを睨みながら言った。
「い、怒りをしずめ……たまえ~……」
「ほんとに怒りますよ」
「ぁ……んん、け、ケイト……うそ。嘘だからっ! 好き。愛してる……抱きしめさせて」
ケイトの上で身悶えていたら、ケイトがはああ~~~と深くて長いため息をついた。そして、ようやく腕の縄を解いてくれたのだった。
ようやくこの手でケイトに抱きつくことができて、僕の胸はいっぱいになった。頬を擦りつけながらケイトの耳元で囁いた。
「好き」
「ほんと、ずるいですよ……」
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