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黒狼会とエル=ダブラス
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リリアーナが扉を開け、俺も中へと入る。そこには5人の男に5人の女、そして中心部では初老の女性が椅子に座っていた。
全員、程度の差はあれど何かしらの訓練は受けているな。何人かはリリアーナと同じ、獅徒とやらなのかもしれない。
初老の女性の側に立つ若い女性が口を開く。
「おかえりぃ、リリアーナちゃん。え、もしかしてその男が黒狼会のボス? 想像してたより若いんですけどぉ」
いや、お前も若いだろ。俺とそう歳は変わらん様に見える。部屋にいる者たちの視線が一斉に俺に集まった。
「……検分は済んだか?」
何でもない様に話すと、中央に座る初老の女性がゆっくりと頷く。
「失礼しました。ようこそ、黒狼会……いえ。古の魔法を今に使うヴェルト殿。私はエル=ダブラスの総主、マルレイア。急だったのにも関わらず、ご足労いただいて感謝しますわ」
この女性が……結社エル=ダブラスの総主。リリアーナの主か。白髪交じりの銀髪に金の眼。純粋なフェルグレット聖王国民なのだろう。
「こっちは娘のディアンナです」
「よろしくぅ」
ディアンナは軽い口調と仕草で挨拶してくる。落ち着いたマルレイアとは対象な印象だな。
「エル=ダブラスの主要陣が帝都に勢揃いって訳か?」
「ええ。今この部屋にいる者たちが、エル=ダブラスの中核を成す者です。その他構成員を含め、結社エル=ダブラスの総勢35名が今、このホテルにいます」
つまりエル=ダブラスの人員全てがここにいる訳だ。
しかし全部で35名か。1人1人が高い諜報技能を持った精鋭なんだろうが、多いと取るかは微妙なところだな。おそらくほとんどの人員がエル=グナーデへと移ったのだろう。
「どうぞ、お座りください。この者たちに囲まれながらというのは落ち着かないでしょうが、どうかご容赦を」
「別に構わないさ」
俺はマルレイアのすすめる通り堂々と椅子に座る。こういう場面になると舐められない様に振る舞ってしまうのは、傭兵として身に着いた性分なのだろうか。
「で、聖王国の諜報機関も担っていた大組織がどうして帝都に? まさか俺に会うためだけに来た訳でもないだろう?」
「……まずは改めてお礼を。結社エル=グナーデを……レクタリアを止めていただき、ありがとうございました」
マルレイアが言うには、事の顛末はリリアーナから聞いたらしい。
レクタリアが波動とかいう存在をこの世界にもたらそうとしていた事、そしてアデライアを自分の次の依り代として狙っていた事。最終的に黒狼会とぶつかる事になり、俺がレクタリアを倒したこと。
「今のこの時代にヴェルト殿たちがいなければ、全てはレクタリアの思うがままになっていたでしょう。改めて、群狼武風をこの時代に送っていただいたシャノーラ様にも感謝いたします」
「実際厄介な奴だった。ま、黒狼会としては売られた喧嘩を買ったに過ぎんがな」
エル=グナーデは自前の戦力に加え、閃刺鉄鷲の刺客まで抱え込んでいたからな。黒狼会とぶつからなければ、今も世界最大規模の組織だっただろう。
「それでもあなた方がエル=グナーデを止めてくれたのは事実です。本来ならそれは私たちの役目でした。ですが恥ずかしながら、私どもにその力は無かったのです」
「だがリリアーナも黒狼会の助けになったのは確かだ。全てが全て、黒狼会だけの力でやった訳じゃねぇ」
実際リリアーナはエルクォーツの存在や、それを使った武具について情報をくれた。リリアーナがいなければ、俺たちは口を開くか分からない七殺星の連中を尋問するという手間が発生していた。
……そういや騎士団に連れていかれたレグザックの野郎はどうなったのだろう。
「そう言っていただけますと救われます。そしてエル=グナーデが潰えた事で、私はエル=ダブラスを解散する事に決めました」
マルレイアの話によると、既に全員に解散の意向を伝えたそうだ。
だが全員が直ぐに別の生き方を見つけられる訳でもなく、こうして35名が今も残っているとの事だった。
「これまで身に付けてきた技能もあるだろうしな。だがいきなり他国の諜報機関で働く気もないし、そもそもその伝手もないか」
「ええ。それに皆、自分たちの技能に自信もありますし、誇りもあるのです。死ぬのなら戦いの中で……とは言いませんが、このまま市井で大人しく暮らせる気もしていないのですよ」
改めて部屋にいる連中に視線を巡らせる。まぁ他ならぬ俺たち自身、黒狼会を立ち上げる時に同じ考えだったのだ。その気持ちはよく分かる。
「私もこうして残ってくれたみんなに対し、何とか報いてあげたい気持ちもありまして。ですが聖王国は既に帝国の一部となっています。去っていった者の中には、聖王国の王族に個人的に仕える道を選んだ者もおりますが……」
改めて身の振り方を問われた時、結局マルレイアに仕える者がこれだけ残ったという訳だ。マルレイアもその気持ちを無下にできないと。
「今エル=ダブラスの資金源はこれまで蓄えたもの以外は何もありません。実質的な雇い主だった聖王国とはもう関係が切れているのですから。しかし私は総主として立っていた責任があります。残ってくれた者たちに充実した生を送って欲しいですし、資金面での不安も解消したいのです。そこで考えたのですよ」
「……なにをだ?」
なんとなくこの先に出てくる言葉に想像がついてくる。そしてマルレイアは微笑みながら口を開いた。
「黒狼会のボス、ヴェルト殿。どうです、我らを雇いませんか。諜報から商業の手伝いまで、我らは幅広く働けます。流石に本物の魔法使いには及びませんが、戦闘能力も並の騎士を上回ると自負しております。きっとお役に立てますよ」
「…………」
やはりそういう話か。結社総出でこうして帝都に来ているのだ。初めから黒狼会の世話になるつもりであり、俺たちがエル=グナーデを倒した事による恩返しの意味もあるのだろう。
マルレイアたちからすれば自分たちの技能を活かしつつ資金面での不安も解消される。そして黒狼会からすれば、一級の技能を持つ者たちを雇い入れる事ができる。
互いに益はある、か……? もしここでこの話を断ればどうなる……?
総出で帝都に来たのだ、このままフェルグレット聖王国に帰るとも思えない。俺ならそのままここで新たな組織を立ち上げる。黒狼会は実際、そうして出来上がった組織だ。
そしてこいつらの力が黒狼会にとって有益なのも事実。黒狼会は一部武闘派の者もいるとはいえ、武力は俺たち6人が寄与している部分が大きい。そこまで考えて。
「黒狼会は裏切りを許さない。それは知っているか?」
「ええ、そして一般人には迷惑をかけないのでしょう? リリアーナより聞いておりますよ」
「そうか。それじゃ具体的な金額の交渉から始めようか」
「ふふ……互いに良い話になる事を願っていますよ」
今の黒狼会は人を雇う余裕もあるし、実際に有能な人手は欲しかったところだ。
俺はマルレイアと雇用条件について簡単な骨組みを整える。より具体的な中身については、これからダグドやミュリアも含めて進めていく。
「言っておくが、黒狼会は真っ当な商会だ。お前たちの能力を十全に活用する機会の方が少ないからな」
「元々一度はたたんだ組織です。それに誰もが死地を求めている訳ではないのですから、常に全力を出せる職場を……という話でもありませんよ」
そこは傭兵と諜報員の意識の違いか。俺たちは死ぬ気でローガと最後の戦場に立つ事を選んだからな。いや、時代背景も関係しているとは思うが。
「それでは暫定的ではありますが、エル=ダブラスは黒狼会の傘下に入りましょう。これからよろしくお願いしますよ、ヴェルト殿」
「ああ。より具体的な雇用条件については明日以降に詰めていこう」
かつて一国の諜報機関を担っていた組織を、一部とはいえ黒狼会が取り込む。正直、宝の持ち腐れの様な気もするが……。
ま、マルレイアたちがそれで納得しているのなら、俺から言う事は何もないな。
ある程度話がまとまったところで、俺は部屋を後にした。
■
ヴェルトが去った部屋で、マルレイアはゆっくりと口を開いた。
「リリアーナ。ヴェルト殿を連れて来てくれてありがとう」
「……いえ。でも本当に良かったのですか?」
「ええ。少なくともお金の面で不安は解消されましたからね。それに黒狼会に恩があるのも確かです」
元々他国にもエル=ダブラスの存在を掴んでいる者たちはいるのだ。中には聖王国が帝国に併合された事で、引き抜ける機会がないかと伺っている者もいた。
この数年はエル=グナーデ打倒を掲げていたが、エル=グナーデが無くなった今、他国の諜報機関が接触してくる可能性は十分にある。そして一度関わってしまうとなかなかその柵から逃れられないという事を、マルレイアはよく理解していた。
自分たちの力を無視できない者たちは多い。なら余計な不穏分子が近づく前に、さっさと新しい雇用主の庇護下に落ち着こうと考えたのだ。そして黒狼会というのは、絶好の宿り木であった。
「でもママ。ほんとに大丈夫ぅ? あの男、随分若かったケドぉ」
娘であるディアンナの疑問に対し、マルレイアは無言で隣に立つ男に視線を向ける。男は小さく頷いた。
「例えこの場の全員で奇襲したとしても、返り討ちにあってましたよ。実力差で言えばそれくらいの差です」
「え、まじぃ?」
男の評価に驚いたのはディアンナのみであった。この部屋にいる者たちは全員、ヴェルトを一目見た時からそれくらいの差があると感じ取っていたのだ。リリアーナも同意する。
「ヴェルトたち黒狼会幹部については、既に報告した通りです。私も帝都地下で初めて全員の戦いを見たのですが……。流石は混迷の幻魔歴末期を戦い抜いた者たち、という感想です」
リリアーナは黒狼会の中でも、特にハギリの戦闘能力は異質だと感じていた。
目にも映さぬ素早さは元より、唯一レクタリアに手を使わせた人物なのだ。敵わなかったものの、その実力に疑いの余地はない。
そしてマルレイアには、黒狼会に雇われるもう一つの理由があった。
(どうあれ、黒狼会が強大な力を有している事実は変わりません。余計な心配でしょうが……やはり誰かが側で見ていなければ)
黒狼会が第二のエル=グナーデにならないとも言えないのだ。その動向には注意を払っていたい。
だが今は黒狼会傘下として、その地盤を帝都で築くのが先だと判断していた。
■
「……いなくなった?」
「そ。もぬけの殻だってさ」
旧フェルグレット聖王国王都フェルグラーン。そこにはスランとメニア、2人の少年少女がいた。
「せっかくお母さまの言う通り、ここまで来たのに。肝心のエル=ダブラスがいないんじゃ、無駄足じゃないか」
「でも行き先は聞けたし」
2人の側には1人の男性が転がっていた。2人は男性に見向きもしないで会話を続ける。
「行き先って……帝都だろ? 結構な距離じゃないか」
「帝都にはアニスとディンが向かっているけど……」
「2人とも別件だったろ。それともメニア、君帝都まで飛べるのかい?」
「……無理よ」
メニアも溜息を吐く。ここまで来て無駄足というのは、メニアとしても予想外であった。しかし。
「……待った。お母さまからよ」
「なんだって……」
「…………。どうやら1人、逃げ出した者が出たみたい」
「……へぇ?」
メニアの発言にスランは面白そうに目を細める。
「対象の名はミニリス。タイプは顕者、幻霊クラスは2。既に大陸に渡った可能性があるみたい。スランには指定ポイントで捜索をしてほしいってさ」
「タイプ顕者の幻霊クラス2……大したことないね。落ちこぼれが逃げ出したってとこかな?」
スランはくく、と薄く笑う。新たに舞い込んだ任務に嬉しさが隠せないでいた。
「見つけたらどうすれば良いんだい?」
「可能なら生かして連れて帰れって。それともし他に私たちの事を知る者がいた場合。確実に消すように、と」
「く、くく……。可能なら、ね。いいよ。タイプ詠者、幻霊クラス5の僕であれば、どうとでもなる任務だ」
スランはメニアから対象のより詳しい情報を受け取る。島からの脱出経路、およびその向かう先について、おおよその事を把握していく。
「使節団に紛れ込んだ可能性が大、か……。今ならカルガーム領に到着したところをぎりぎり狙えるかな?」
「さぁ。やり方はスランに一任するとの事よ。私は一度戻って来る様にだって。それじゃあとはよろしく」
そう言うとメニアの周囲の空間がぐにゃりと歪む。歪みはやがてもとに戻るが、その時にはメニアの姿は消えていた。
「ふん……クラスアナザー。便利なものだね。さて、そう時間に余裕もないし。さっさとカルガーム領へ向かおう」
全員、程度の差はあれど何かしらの訓練は受けているな。何人かはリリアーナと同じ、獅徒とやらなのかもしれない。
初老の女性の側に立つ若い女性が口を開く。
「おかえりぃ、リリアーナちゃん。え、もしかしてその男が黒狼会のボス? 想像してたより若いんですけどぉ」
いや、お前も若いだろ。俺とそう歳は変わらん様に見える。部屋にいる者たちの視線が一斉に俺に集まった。
「……検分は済んだか?」
何でもない様に話すと、中央に座る初老の女性がゆっくりと頷く。
「失礼しました。ようこそ、黒狼会……いえ。古の魔法を今に使うヴェルト殿。私はエル=ダブラスの総主、マルレイア。急だったのにも関わらず、ご足労いただいて感謝しますわ」
この女性が……結社エル=ダブラスの総主。リリアーナの主か。白髪交じりの銀髪に金の眼。純粋なフェルグレット聖王国民なのだろう。
「こっちは娘のディアンナです」
「よろしくぅ」
ディアンナは軽い口調と仕草で挨拶してくる。落ち着いたマルレイアとは対象な印象だな。
「エル=ダブラスの主要陣が帝都に勢揃いって訳か?」
「ええ。今この部屋にいる者たちが、エル=ダブラスの中核を成す者です。その他構成員を含め、結社エル=ダブラスの総勢35名が今、このホテルにいます」
つまりエル=ダブラスの人員全てがここにいる訳だ。
しかし全部で35名か。1人1人が高い諜報技能を持った精鋭なんだろうが、多いと取るかは微妙なところだな。おそらくほとんどの人員がエル=グナーデへと移ったのだろう。
「どうぞ、お座りください。この者たちに囲まれながらというのは落ち着かないでしょうが、どうかご容赦を」
「別に構わないさ」
俺はマルレイアのすすめる通り堂々と椅子に座る。こういう場面になると舐められない様に振る舞ってしまうのは、傭兵として身に着いた性分なのだろうか。
「で、聖王国の諜報機関も担っていた大組織がどうして帝都に? まさか俺に会うためだけに来た訳でもないだろう?」
「……まずは改めてお礼を。結社エル=グナーデを……レクタリアを止めていただき、ありがとうございました」
マルレイアが言うには、事の顛末はリリアーナから聞いたらしい。
レクタリアが波動とかいう存在をこの世界にもたらそうとしていた事、そしてアデライアを自分の次の依り代として狙っていた事。最終的に黒狼会とぶつかる事になり、俺がレクタリアを倒したこと。
「今のこの時代にヴェルト殿たちがいなければ、全てはレクタリアの思うがままになっていたでしょう。改めて、群狼武風をこの時代に送っていただいたシャノーラ様にも感謝いたします」
「実際厄介な奴だった。ま、黒狼会としては売られた喧嘩を買ったに過ぎんがな」
エル=グナーデは自前の戦力に加え、閃刺鉄鷲の刺客まで抱え込んでいたからな。黒狼会とぶつからなければ、今も世界最大規模の組織だっただろう。
「それでもあなた方がエル=グナーデを止めてくれたのは事実です。本来ならそれは私たちの役目でした。ですが恥ずかしながら、私どもにその力は無かったのです」
「だがリリアーナも黒狼会の助けになったのは確かだ。全てが全て、黒狼会だけの力でやった訳じゃねぇ」
実際リリアーナはエルクォーツの存在や、それを使った武具について情報をくれた。リリアーナがいなければ、俺たちは口を開くか分からない七殺星の連中を尋問するという手間が発生していた。
……そういや騎士団に連れていかれたレグザックの野郎はどうなったのだろう。
「そう言っていただけますと救われます。そしてエル=グナーデが潰えた事で、私はエル=ダブラスを解散する事に決めました」
マルレイアの話によると、既に全員に解散の意向を伝えたそうだ。
だが全員が直ぐに別の生き方を見つけられる訳でもなく、こうして35名が今も残っているとの事だった。
「これまで身に付けてきた技能もあるだろうしな。だがいきなり他国の諜報機関で働く気もないし、そもそもその伝手もないか」
「ええ。それに皆、自分たちの技能に自信もありますし、誇りもあるのです。死ぬのなら戦いの中で……とは言いませんが、このまま市井で大人しく暮らせる気もしていないのですよ」
改めて部屋にいる連中に視線を巡らせる。まぁ他ならぬ俺たち自身、黒狼会を立ち上げる時に同じ考えだったのだ。その気持ちはよく分かる。
「私もこうして残ってくれたみんなに対し、何とか報いてあげたい気持ちもありまして。ですが聖王国は既に帝国の一部となっています。去っていった者の中には、聖王国の王族に個人的に仕える道を選んだ者もおりますが……」
改めて身の振り方を問われた時、結局マルレイアに仕える者がこれだけ残ったという訳だ。マルレイアもその気持ちを無下にできないと。
「今エル=ダブラスの資金源はこれまで蓄えたもの以外は何もありません。実質的な雇い主だった聖王国とはもう関係が切れているのですから。しかし私は総主として立っていた責任があります。残ってくれた者たちに充実した生を送って欲しいですし、資金面での不安も解消したいのです。そこで考えたのですよ」
「……なにをだ?」
なんとなくこの先に出てくる言葉に想像がついてくる。そしてマルレイアは微笑みながら口を開いた。
「黒狼会のボス、ヴェルト殿。どうです、我らを雇いませんか。諜報から商業の手伝いまで、我らは幅広く働けます。流石に本物の魔法使いには及びませんが、戦闘能力も並の騎士を上回ると自負しております。きっとお役に立てますよ」
「…………」
やはりそういう話か。結社総出でこうして帝都に来ているのだ。初めから黒狼会の世話になるつもりであり、俺たちがエル=グナーデを倒した事による恩返しの意味もあるのだろう。
マルレイアたちからすれば自分たちの技能を活かしつつ資金面での不安も解消される。そして黒狼会からすれば、一級の技能を持つ者たちを雇い入れる事ができる。
互いに益はある、か……? もしここでこの話を断ればどうなる……?
総出で帝都に来たのだ、このままフェルグレット聖王国に帰るとも思えない。俺ならそのままここで新たな組織を立ち上げる。黒狼会は実際、そうして出来上がった組織だ。
そしてこいつらの力が黒狼会にとって有益なのも事実。黒狼会は一部武闘派の者もいるとはいえ、武力は俺たち6人が寄与している部分が大きい。そこまで考えて。
「黒狼会は裏切りを許さない。それは知っているか?」
「ええ、そして一般人には迷惑をかけないのでしょう? リリアーナより聞いておりますよ」
「そうか。それじゃ具体的な金額の交渉から始めようか」
「ふふ……互いに良い話になる事を願っていますよ」
今の黒狼会は人を雇う余裕もあるし、実際に有能な人手は欲しかったところだ。
俺はマルレイアと雇用条件について簡単な骨組みを整える。より具体的な中身については、これからダグドやミュリアも含めて進めていく。
「言っておくが、黒狼会は真っ当な商会だ。お前たちの能力を十全に活用する機会の方が少ないからな」
「元々一度はたたんだ組織です。それに誰もが死地を求めている訳ではないのですから、常に全力を出せる職場を……という話でもありませんよ」
そこは傭兵と諜報員の意識の違いか。俺たちは死ぬ気でローガと最後の戦場に立つ事を選んだからな。いや、時代背景も関係しているとは思うが。
「それでは暫定的ではありますが、エル=ダブラスは黒狼会の傘下に入りましょう。これからよろしくお願いしますよ、ヴェルト殿」
「ああ。より具体的な雇用条件については明日以降に詰めていこう」
かつて一国の諜報機関を担っていた組織を、一部とはいえ黒狼会が取り込む。正直、宝の持ち腐れの様な気もするが……。
ま、マルレイアたちがそれで納得しているのなら、俺から言う事は何もないな。
ある程度話がまとまったところで、俺は部屋を後にした。
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ヴェルトが去った部屋で、マルレイアはゆっくりと口を開いた。
「リリアーナ。ヴェルト殿を連れて来てくれてありがとう」
「……いえ。でも本当に良かったのですか?」
「ええ。少なくともお金の面で不安は解消されましたからね。それに黒狼会に恩があるのも確かです」
元々他国にもエル=ダブラスの存在を掴んでいる者たちはいるのだ。中には聖王国が帝国に併合された事で、引き抜ける機会がないかと伺っている者もいた。
この数年はエル=グナーデ打倒を掲げていたが、エル=グナーデが無くなった今、他国の諜報機関が接触してくる可能性は十分にある。そして一度関わってしまうとなかなかその柵から逃れられないという事を、マルレイアはよく理解していた。
自分たちの力を無視できない者たちは多い。なら余計な不穏分子が近づく前に、さっさと新しい雇用主の庇護下に落ち着こうと考えたのだ。そして黒狼会というのは、絶好の宿り木であった。
「でもママ。ほんとに大丈夫ぅ? あの男、随分若かったケドぉ」
娘であるディアンナの疑問に対し、マルレイアは無言で隣に立つ男に視線を向ける。男は小さく頷いた。
「例えこの場の全員で奇襲したとしても、返り討ちにあってましたよ。実力差で言えばそれくらいの差です」
「え、まじぃ?」
男の評価に驚いたのはディアンナのみであった。この部屋にいる者たちは全員、ヴェルトを一目見た時からそれくらいの差があると感じ取っていたのだ。リリアーナも同意する。
「ヴェルトたち黒狼会幹部については、既に報告した通りです。私も帝都地下で初めて全員の戦いを見たのですが……。流石は混迷の幻魔歴末期を戦い抜いた者たち、という感想です」
リリアーナは黒狼会の中でも、特にハギリの戦闘能力は異質だと感じていた。
目にも映さぬ素早さは元より、唯一レクタリアに手を使わせた人物なのだ。敵わなかったものの、その実力に疑いの余地はない。
そしてマルレイアには、黒狼会に雇われるもう一つの理由があった。
(どうあれ、黒狼会が強大な力を有している事実は変わりません。余計な心配でしょうが……やはり誰かが側で見ていなければ)
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だが今は黒狼会傘下として、その地盤を帝都で築くのが先だと判断していた。
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「帝都にはアニスとディンが向かっているけど……」
「2人とも別件だったろ。それともメニア、君帝都まで飛べるのかい?」
「……無理よ」
メニアも溜息を吐く。ここまで来て無駄足というのは、メニアとしても予想外であった。しかし。
「……待った。お母さまからよ」
「なんだって……」
「…………。どうやら1人、逃げ出した者が出たみたい」
「……へぇ?」
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スランはくく、と薄く笑う。新たに舞い込んだ任務に嬉しさが隠せないでいた。
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「く、くく……。可能なら、ね。いいよ。タイプ詠者、幻霊クラス5の僕であれば、どうとでもなる任務だ」
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「使節団に紛れ込んだ可能性が大、か……。今ならカルガーム領に到着したところをぎりぎり狙えるかな?」
「さぁ。やり方はスランに一任するとの事よ。私は一度戻って来る様にだって。それじゃあとはよろしく」
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