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歴史研究という名の趣味 近づく建国祭
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そして次の日から俺は城の資料室に足を延ばすようになった。シャルニエは随分と多くの資料を用意してくれていたのだ。
「……この辺りの資料は、私の見識ではとても読めませんね」
「私も難しいと感じているところだ。幻想歴時代の記録なのは間違いないのだが」
あまりに古い資料については、シャルニエの知識を以てしても解読が難しいとの事だった。逆に言えば、それだけ昔の資料だという事だ。
シャルニエは普段、今の言語がどういう遍歴を経て形を変えてきたのか、それを古い資料を読みながら解読しているという。そうしてさらに昔の言葉を訳していくらしい。
量からしても相当なものだし、1年2年でできる事ではないだろう。
「それに昔のものになればなるほど、まともな保管状態のものも少ない。そもそも字が滲んで読めないものの方が多いのだ」
「永遠に残るものはありませんからね。少し触れただけでもボロボロになりそうなものを、ここまで保管できているだけでも奇跡と言えるでしょう」
昔のものは石や木に字体が刻まれているものが多い。体積もあるし、重量もあるため持ち運びなどは不便だが、紙類に記載された資料よりはまだ保管状態が良かった。
「ああ、ありました。ここ、幻霊についての記述ではないですか?」
「どれどれ……む、そうだな。少し待て……」
シャルニエは俺の真横で前後の文体を読み解き始める。
こうして見ると、やはりかなり気が強そうだ。美人なのは間違いないのだが。というかメガネをかけている時といない時で印象が180度違う。
「……この資料には幻霊の使う魔法についてまとめられたものだな。中には植物の成長を促進させる魔法を扱う幻霊もいたらしい」
「ほぅ……興味深いですね」
「うむ。地域によっては、人が実際に飼っていた様だな。我らが愛玩動物として飼うペットとはまた違う共生関係を築いていたのだろう」
魔法を使う獣を飼い、植物を育てるか……。これぞ魔法文明と言えそうな気がするな。
「……ふむ」
「どうかしましたか?」
「ああ、いや。昨日も言ったがな。資料によっては、こうした幻霊との共生を記したものと、忌むべき獣として書かれたものがあるのだ」
「害獣と益獣で分けていたのでは? 今もある話かと思いますが……」
「そういうニュアンスでもないのだよ。それに女神に対する考えも、資料の中でいくつか意見が分かれておるのだ」
それも昨日話していたな。シャルニエの話によると、人が完全に女神の僕として従う資料もあれば、人も女神も視線が近い共生関係を築いていることが記載された資料もあると言う。
「三女神はそれぞれ独自に国を持ち、独立して運営していたのでは?」
「お前の言った通り、三女神同士での争いがあったと言うのなら。それも十分にあり得る仮説だろう」
この話自体はアディリスから聞いたものだが。だがあいつが本当の事を話していたという証拠はない。
どうせならアディリスから聞いた話をシャルニエにもしたいところだが。
(した瞬間、よりややこしい話になるのが目に見えてんだよなぁ……)
その上、俺の話が本当だと立証できるものは何もないのだ。やっぱり話せないな。
だがシャルニエのおかげで、俺は多くの資料を読み解く事ができた。中には幻霊や女神の他にも、当時の人が使用していた魔法具の存在もある。
俺たちは互いに意見を交えながら、そうした資料に目を通していった。
「…………またか」
「どうかされましたか?」
「ああ。この辺りの資料になると、時折【ザラーク】という単語が出てくるのだ。だがこれが何を示す言葉なのか。さっぱり分からなくてな」
「ザラーク……」
その名には聞き覚えがある。あの時、アディリスが話していた言葉だ。確か超巨大箱舟とかいう、ばかみたいにどでかい箱舟の名だ。
「どういう時に出てくる言葉なのです?」
「さてな。私でも前後の文脈が読み解けんのだ。しかし古代人にとって、何か重要な役割を意味する単語なのは間違いないはずだ」
たしかアディリスたちがこの世界に来た時に乗っていたんだっけか。生き残ったのは3人だけだったという話だったが。
……待てよ。あれだけでかい建造物が、どうして今の世に伝わっていない?
今に暮らす人間が作り出す物とは根本的に種類が違うし、見た目的にも違和感が強い。見れば誰もが異質なモノだと認識するはずだ。
(まさか……発見されていないだけで、どこかに眠っている……? それとも戦争で完全に潰れたのか……?)
あの時は打倒レクタリアの事で頭が一杯だったが。今思うと、もう少しいろいろ話を聞きたかったな。
あの世界で長時間の滞在はリスクだとか何とか言っていた気もするが。
「……どうした、ヴェルトよ。何か思うところがあるのか?」
「いえ……。ただ幻想歴の物と思わしき資料に、それだけ多く登場する名ですから。女神に関連するもの……例えば、女神の居城や女神がこの世界に来ることになったきっかけになった物……そうした事と何か関連があるかもしれないと思いまして」
「ほう……お前はいつも斬新な発想をするな。いずれにせよお前はザラークというものが、何か女神に関係するものだと睨んでいる訳だ」
「ええ、まぁ……」
まんまアディリスから聞いた話だが。シャルニエはこれまで身に付けてきた知識から答えを導き出そうとしているのに、何だか俺だけズルしている様で申し訳ないな。
「やはりお前は見込みがある。どうだ、私専属の学者として雇われる気はないか? 満足のいく待遇を約束してやるぞ」
「……ありがとうございます。ですが今は別の仕事もございますので……」
「ふん、そうか。それにしてもアルフレッドも、お前のような学者をこうして資料室に寄越すのだ。あいつも中々見込みのある奴だな。まぁよい、もしアルフレッドのところで働けなくなったらいつでも私を頼るが良い」
「シャルニエ様のお気遣い、覚えておきます」
……最悪黒狼会が倒産したら、シャルニエの元で働くのも悪くないかもしれない。問題はそれでアックスたちの面倒が見れるのかという事だが。
……いや、あいつらももう新鋼歴で十分生きていけそうな気もするな。
というか、そもそも平民が皇族に雇われるなんて無理な話だろう。
■
帝都には建国祭に向け、各地から多くの貴族が集まり始めていた。
毎年この時期は貴族やその使いが数多く帝都に留まるため、商売人たちも忙しい日々を過ごす。年に一度の稼ぎ時とも言えるだろう。
貴族街の中でも高位貴族のみが邸宅を持つ地区がある。その地区に建つ屋敷はどれも大きく、敷地面積も広大だ。当然、帝国四公が帝都に持つ屋敷もこの地区に建っていた。
「……! クライナード……兄、うえ……。どうして兄上が帝都に……?」
「なんだ。俺が帝都に来たら何かまずいのか、レックバルト?」
クライナード・ゼノヴァーム。レックバルトの異母兄にあたる人物である。
彼はレックバルトとは違い、その肌の色は全体的に白く、髪色も帝国人に比較的よく見られる金髪だった。
「い、いえ……。父上が来られるものかと思っていたので……」
「父上は今年は来られぬ。もう歳だからな。今年の建国祭は次期当主たる俺が、父上の名代を務める事になった」
クライナードはレックバルトに冷たい視線を送る。
「ふん……異民族の血を引きながら、うまく皇族に取り入った様だな。聞いているぞ、グラスダーム殿下がえらくお前を気に入っていると。目上の者に上手く取り入る能力は母親譲りという訳か?」
「…………っ!」
レックバルトは感情を表には出さず、ただ両拳を強く握りしめる。特に何も言わないレックバルトを見て、クライナードはふんと笑った。
「まぁいい。お前が今回のことでゼノヴァーム家の名を上げるのに貢献したのは確かだ。その調子でこれからも励めよ」
「……はい」
クライナードは妻と従者たちを引き連れ、屋敷の中へと入っていく。それをレックバルトは静かに見送った。
「……ふぅ」
「災難だったねぇバルト」
「っ!?」
不意に声をかけられ、後ろを振り向く。そこには敷地の外から顔を覗かせる男の姿があった。
「ウォレッグ……! 君も来ていたのか……!」
「はは、久しぶりだな」
ウォレッグ・ロンドニック。帝国四公の一角、ロンドニック家当主の息子である。2人は幼少の頃より付き合いがあった。
レックバルトは敷地の外へと出ると、ウォレッグと移動しながら会話を交わす。
「いつ帝都に?」
「昨日さ。父上も一緒に来たぜ」
「そうか……」
「今年のゼノヴァーム家は、クライナード殿が代表として出るのか。いろいろあったと聞いているが、結局クライナード殿が次の当主という訳なんだな」
「俺はそのあたりの事情は聞いていないんだ。だが間違いないだろう」
「やれやれ……俺、あの人ちょっと苦手なんだよなぁ……」
ゼルダンシア帝国を支える四人の大領主。帝国四公と呼ばれる彼らは、毎年の建国祭もあってそれなりに情報を共有し合っていた。
そもそも身内の貴族も多く帝都に務めているのだ。領地に籠りっぱなしという訳ではない。
「それより聞いたぜ。バルト、お前大活躍だったそうじゃないか。しかもグラスダーム殿下より直々にヴィローラ殿下を紹介されたんだって?」
「あ、ああ……」
「くぅ、うらやましいねぇ!」
ウォレッグは素直にレックバルトの成功を喜んでいた。
だがもしヴィローラがもっと位の高い皇女だったり、グラスダームが積極的に距離を詰めてくるような事をしていれば。また少し話が変わってくるのを、2人とも理解していた。
「それより教えてくれよ。政変時に何があったのか。正直、怪しい噂話が多すぎて何がなんだか分からんのよ」
「もちろんだ。是非ウォレッグの意見も聞きたい」
レックバルトは改めて数ヶ月前の出来事を話した。正直、ウォレッグ以外にもレックバルトにいろいろ話を聞きにくる貴族は多かったのだ。
これで初めてということでもないため、レックバルトは慣れた様子で要点を完結にまとめて話していく。
「なるほどねぇ……陛下の秘密部隊の噂は、ある程度本当だったという事か……」
「ああ。俺も戦場で直接その戦い振りを見たが。まさに一騎当千、あれこそ戦士の中の戦士。英雄と呼ばれる者が戦場に立つということは、こういうことを言うのかと思い知らされたよ」
「へぇ? あのバルトにここまで言わせるとはな」
ウォレッグ自身、レックバルトの才覚は高く評価している。戦場での活躍も、ウィックリンの秘密部隊に後れを取るものではなかったと思っている。
元々将たる器はあるのだ。そのレックバルトがここまで評価している事実を、ウォレッグは慎重に考えた。
「じゃ俺からも情報を1つ。テンブルク領だが、近いうちに大きくその領地を減らす事になるぜ」
「……! 本当か!?」
「ああ。今はガリグレッドの遠縁が領主代理として治めているが。さすがに目に見える形での罰は必要だからな。多分建国祭後の会議で話されるはずだぜ」
毎年建国祭終了後は、皇族と高位貴族だけの会議が開かれる。年によって期間や内容は変わるが、既に今年の会議内容に関する話は一部の者たちの間で出回り始めていた。
「しばらくは皇族の直轄領として統治されるのかな?」
「多分そうだろ。ああ、それと。ルングーザ領とローブレイト領にも手が入るみたいだ。あそこはテンブルク領とはまた訳が違うからな。おそらく領地は全没収だろう」
「まぁ妥当だな。ヴィンチェスターに全面協力していた家だし」
帝国はまだヴィンチェスターの反乱の影響から、完全に立ち直ってはいなかった。
各地の領地に対する問題、空いたポジションに群がる貴族たち、日ごとに肥大していくミドルテア派閥に、騎士団新設を含めた内部の問題。そしてヴィンチェスターと類似した路線を継承しているグラスダームの事もある。
そこに外交問題も関わってくるし、とにかく問題は山積みだ。ウィックリンは睡眠時間を大きく削る毎日を送っていた。
「新設される騎士団も、ヴィンチェスターが献上していたとかいう魔法技術の使われた武装を持たされる……とかいう話もあるしな。まぁどこまで本当の話かは分からないが、いずれにせよ今年の会議は荒れるぞ~」
「……楽しそうに見えるが?」
「別に? だが帝国四公の一角が沈む影響は年単位で続く。今回一番貢献したのはバルト……つまりゼノヴァーム家だが。陛下は当然、会議の時にお前やゼノヴァーム家に対する恩賞の話をするだろう。だがおそらく、俺の父上を含めてカルガーム家当主も口を出してくる」
ウォレッグは確信めいた表情で言い切る。レックバルトは黙って続きの言葉を待った。
「今回、反乱があまりに簡単に収まり過ぎている。貴族たちの中にはな。あらかじめ陛下がゼノヴァーム家と組んで、反乱をわざと起こさせた上でこれを鎮圧したのではないか。そう言う奴もいるんだよ」
「なんだと……!?」
「おおっと。もちろん俺はそうじゃないと信じているとも。だがお前が救援にかけつけたタイミングといい、初めからゼノヴァーム家の権力をより強くするための……陛下の策だったんじゃないかって噂はいくらか回っているんだよ」
そもそもゼノヴァーム家当主の妹はウィックリンの第一夫人でもある。
調子づいたヴィンチェスターを沈め、その代わりにゼノヴァーム家を台頭させようとしているのでは。そう勘ぐる者がいるのは事実だった。
「なんだ、それは……。俺が帝都に駆け付けたのは、そんな事のためではないというのに……!」
「おっと、誤解のない様に言っておくが。俺は今回の事は歓迎しているんだ」
「なに……」
「全てがウィックリン陛下の手のひらの上だったとは思わないが。それでもいくらか計算はあっただろう。その点も含めて陛下には誰にも気取られる事なく、ここまでの策略を仕掛けられる能力があったということだ。見かけは平和主義、温厚な方なのにな。俺は陛下の持つしたたかさをとても頼もしく思っているんだぜ」
「…………」
ウィックリンの反乱鎮圧に対する話題はほとんど誤解だ。当人としては今も変わらず平和主義で温厚、別に謀略を張り巡らせていた訳でもない。
しかし現状を利用して自分がやりやすい様に……ゼノヴァーム家をいくらか重用し始めているのも事実だった。
そしてそうすることで、貴族たちの羨望や嫉妬のいくらかがゼノヴァーム家に向く事も計算している。
身も蓋もない言い方をすれば、皇族が背負いかねない面倒のいくらかをゼノヴァーム家に投げているのだ。
だがそのことを知らない貴族たちは、ウィックリンの隠し持つ牙にいくらか恐れを抱いていた。
「策を弄する能力に、それを可能とする確かな武力。今回それが明るみに出た訳だが、しばらくは陛下のやり方に表立って反対できる者もいないだろう。で、どうなんだ、実際。お前はどこまで陛下の計算だったと考えている?」
「……たしかに皇宮や城の奪還から戦場での戦いまで、とても鮮やかな手並みだったとは思うが」
あれだけの武力を隠し持っていたのだ。多少穴のある策だったとしても、力任せに押し通すこともできるだろう。
実際、自分もあの時の6人とやり合うとなれば、相応の用意が必要になってくる。なんの準備もなく戦うとなれば、敗北は必至だろう。
「いや、よそう。何を言ったところで想像の域を出ない」
「……そうだな」
とにかく今回の建国祭と会議は荒れる。そのことが確定しており、レックバルトは早く自領に戻りたい気持ちになった。
「……この辺りの資料は、私の見識ではとても読めませんね」
「私も難しいと感じているところだ。幻想歴時代の記録なのは間違いないのだが」
あまりに古い資料については、シャルニエの知識を以てしても解読が難しいとの事だった。逆に言えば、それだけ昔の資料だという事だ。
シャルニエは普段、今の言語がどういう遍歴を経て形を変えてきたのか、それを古い資料を読みながら解読しているという。そうしてさらに昔の言葉を訳していくらしい。
量からしても相当なものだし、1年2年でできる事ではないだろう。
「それに昔のものになればなるほど、まともな保管状態のものも少ない。そもそも字が滲んで読めないものの方が多いのだ」
「永遠に残るものはありませんからね。少し触れただけでもボロボロになりそうなものを、ここまで保管できているだけでも奇跡と言えるでしょう」
昔のものは石や木に字体が刻まれているものが多い。体積もあるし、重量もあるため持ち運びなどは不便だが、紙類に記載された資料よりはまだ保管状態が良かった。
「ああ、ありました。ここ、幻霊についての記述ではないですか?」
「どれどれ……む、そうだな。少し待て……」
シャルニエは俺の真横で前後の文体を読み解き始める。
こうして見ると、やはりかなり気が強そうだ。美人なのは間違いないのだが。というかメガネをかけている時といない時で印象が180度違う。
「……この資料には幻霊の使う魔法についてまとめられたものだな。中には植物の成長を促進させる魔法を扱う幻霊もいたらしい」
「ほぅ……興味深いですね」
「うむ。地域によっては、人が実際に飼っていた様だな。我らが愛玩動物として飼うペットとはまた違う共生関係を築いていたのだろう」
魔法を使う獣を飼い、植物を育てるか……。これぞ魔法文明と言えそうな気がするな。
「……ふむ」
「どうかしましたか?」
「ああ、いや。昨日も言ったがな。資料によっては、こうした幻霊との共生を記したものと、忌むべき獣として書かれたものがあるのだ」
「害獣と益獣で分けていたのでは? 今もある話かと思いますが……」
「そういうニュアンスでもないのだよ。それに女神に対する考えも、資料の中でいくつか意見が分かれておるのだ」
それも昨日話していたな。シャルニエの話によると、人が完全に女神の僕として従う資料もあれば、人も女神も視線が近い共生関係を築いていることが記載された資料もあると言う。
「三女神はそれぞれ独自に国を持ち、独立して運営していたのでは?」
「お前の言った通り、三女神同士での争いがあったと言うのなら。それも十分にあり得る仮説だろう」
この話自体はアディリスから聞いたものだが。だがあいつが本当の事を話していたという証拠はない。
どうせならアディリスから聞いた話をシャルニエにもしたいところだが。
(した瞬間、よりややこしい話になるのが目に見えてんだよなぁ……)
その上、俺の話が本当だと立証できるものは何もないのだ。やっぱり話せないな。
だがシャルニエのおかげで、俺は多くの資料を読み解く事ができた。中には幻霊や女神の他にも、当時の人が使用していた魔法具の存在もある。
俺たちは互いに意見を交えながら、そうした資料に目を通していった。
「…………またか」
「どうかされましたか?」
「ああ。この辺りの資料になると、時折【ザラーク】という単語が出てくるのだ。だがこれが何を示す言葉なのか。さっぱり分からなくてな」
「ザラーク……」
その名には聞き覚えがある。あの時、アディリスが話していた言葉だ。確か超巨大箱舟とかいう、ばかみたいにどでかい箱舟の名だ。
「どういう時に出てくる言葉なのです?」
「さてな。私でも前後の文脈が読み解けんのだ。しかし古代人にとって、何か重要な役割を意味する単語なのは間違いないはずだ」
たしかアディリスたちがこの世界に来た時に乗っていたんだっけか。生き残ったのは3人だけだったという話だったが。
……待てよ。あれだけでかい建造物が、どうして今の世に伝わっていない?
今に暮らす人間が作り出す物とは根本的に種類が違うし、見た目的にも違和感が強い。見れば誰もが異質なモノだと認識するはずだ。
(まさか……発見されていないだけで、どこかに眠っている……? それとも戦争で完全に潰れたのか……?)
あの時は打倒レクタリアの事で頭が一杯だったが。今思うと、もう少しいろいろ話を聞きたかったな。
あの世界で長時間の滞在はリスクだとか何とか言っていた気もするが。
「……どうした、ヴェルトよ。何か思うところがあるのか?」
「いえ……。ただ幻想歴の物と思わしき資料に、それだけ多く登場する名ですから。女神に関連するもの……例えば、女神の居城や女神がこの世界に来ることになったきっかけになった物……そうした事と何か関連があるかもしれないと思いまして」
「ほう……お前はいつも斬新な発想をするな。いずれにせよお前はザラークというものが、何か女神に関係するものだと睨んでいる訳だ」
「ええ、まぁ……」
まんまアディリスから聞いた話だが。シャルニエはこれまで身に付けてきた知識から答えを導き出そうとしているのに、何だか俺だけズルしている様で申し訳ないな。
「やはりお前は見込みがある。どうだ、私専属の学者として雇われる気はないか? 満足のいく待遇を約束してやるぞ」
「……ありがとうございます。ですが今は別の仕事もございますので……」
「ふん、そうか。それにしてもアルフレッドも、お前のような学者をこうして資料室に寄越すのだ。あいつも中々見込みのある奴だな。まぁよい、もしアルフレッドのところで働けなくなったらいつでも私を頼るが良い」
「シャルニエ様のお気遣い、覚えておきます」
……最悪黒狼会が倒産したら、シャルニエの元で働くのも悪くないかもしれない。問題はそれでアックスたちの面倒が見れるのかという事だが。
……いや、あいつらももう新鋼歴で十分生きていけそうな気もするな。
というか、そもそも平民が皇族に雇われるなんて無理な話だろう。
■
帝都には建国祭に向け、各地から多くの貴族が集まり始めていた。
毎年この時期は貴族やその使いが数多く帝都に留まるため、商売人たちも忙しい日々を過ごす。年に一度の稼ぎ時とも言えるだろう。
貴族街の中でも高位貴族のみが邸宅を持つ地区がある。その地区に建つ屋敷はどれも大きく、敷地面積も広大だ。当然、帝国四公が帝都に持つ屋敷もこの地区に建っていた。
「……! クライナード……兄、うえ……。どうして兄上が帝都に……?」
「なんだ。俺が帝都に来たら何かまずいのか、レックバルト?」
クライナード・ゼノヴァーム。レックバルトの異母兄にあたる人物である。
彼はレックバルトとは違い、その肌の色は全体的に白く、髪色も帝国人に比較的よく見られる金髪だった。
「い、いえ……。父上が来られるものかと思っていたので……」
「父上は今年は来られぬ。もう歳だからな。今年の建国祭は次期当主たる俺が、父上の名代を務める事になった」
クライナードはレックバルトに冷たい視線を送る。
「ふん……異民族の血を引きながら、うまく皇族に取り入った様だな。聞いているぞ、グラスダーム殿下がえらくお前を気に入っていると。目上の者に上手く取り入る能力は母親譲りという訳か?」
「…………っ!」
レックバルトは感情を表には出さず、ただ両拳を強く握りしめる。特に何も言わないレックバルトを見て、クライナードはふんと笑った。
「まぁいい。お前が今回のことでゼノヴァーム家の名を上げるのに貢献したのは確かだ。その調子でこれからも励めよ」
「……はい」
クライナードは妻と従者たちを引き連れ、屋敷の中へと入っていく。それをレックバルトは静かに見送った。
「……ふぅ」
「災難だったねぇバルト」
「っ!?」
不意に声をかけられ、後ろを振り向く。そこには敷地の外から顔を覗かせる男の姿があった。
「ウォレッグ……! 君も来ていたのか……!」
「はは、久しぶりだな」
ウォレッグ・ロンドニック。帝国四公の一角、ロンドニック家当主の息子である。2人は幼少の頃より付き合いがあった。
レックバルトは敷地の外へと出ると、ウォレッグと移動しながら会話を交わす。
「いつ帝都に?」
「昨日さ。父上も一緒に来たぜ」
「そうか……」
「今年のゼノヴァーム家は、クライナード殿が代表として出るのか。いろいろあったと聞いているが、結局クライナード殿が次の当主という訳なんだな」
「俺はそのあたりの事情は聞いていないんだ。だが間違いないだろう」
「やれやれ……俺、あの人ちょっと苦手なんだよなぁ……」
ゼルダンシア帝国を支える四人の大領主。帝国四公と呼ばれる彼らは、毎年の建国祭もあってそれなりに情報を共有し合っていた。
そもそも身内の貴族も多く帝都に務めているのだ。領地に籠りっぱなしという訳ではない。
「それより聞いたぜ。バルト、お前大活躍だったそうじゃないか。しかもグラスダーム殿下より直々にヴィローラ殿下を紹介されたんだって?」
「あ、ああ……」
「くぅ、うらやましいねぇ!」
ウォレッグは素直にレックバルトの成功を喜んでいた。
だがもしヴィローラがもっと位の高い皇女だったり、グラスダームが積極的に距離を詰めてくるような事をしていれば。また少し話が変わってくるのを、2人とも理解していた。
「それより教えてくれよ。政変時に何があったのか。正直、怪しい噂話が多すぎて何がなんだか分からんのよ」
「もちろんだ。是非ウォレッグの意見も聞きたい」
レックバルトは改めて数ヶ月前の出来事を話した。正直、ウォレッグ以外にもレックバルトにいろいろ話を聞きにくる貴族は多かったのだ。
これで初めてということでもないため、レックバルトは慣れた様子で要点を完結にまとめて話していく。
「なるほどねぇ……陛下の秘密部隊の噂は、ある程度本当だったという事か……」
「ああ。俺も戦場で直接その戦い振りを見たが。まさに一騎当千、あれこそ戦士の中の戦士。英雄と呼ばれる者が戦場に立つということは、こういうことを言うのかと思い知らされたよ」
「へぇ? あのバルトにここまで言わせるとはな」
ウォレッグ自身、レックバルトの才覚は高く評価している。戦場での活躍も、ウィックリンの秘密部隊に後れを取るものではなかったと思っている。
元々将たる器はあるのだ。そのレックバルトがここまで評価している事実を、ウォレッグは慎重に考えた。
「じゃ俺からも情報を1つ。テンブルク領だが、近いうちに大きくその領地を減らす事になるぜ」
「……! 本当か!?」
「ああ。今はガリグレッドの遠縁が領主代理として治めているが。さすがに目に見える形での罰は必要だからな。多分建国祭後の会議で話されるはずだぜ」
毎年建国祭終了後は、皇族と高位貴族だけの会議が開かれる。年によって期間や内容は変わるが、既に今年の会議内容に関する話は一部の者たちの間で出回り始めていた。
「しばらくは皇族の直轄領として統治されるのかな?」
「多分そうだろ。ああ、それと。ルングーザ領とローブレイト領にも手が入るみたいだ。あそこはテンブルク領とはまた訳が違うからな。おそらく領地は全没収だろう」
「まぁ妥当だな。ヴィンチェスターに全面協力していた家だし」
帝国はまだヴィンチェスターの反乱の影響から、完全に立ち直ってはいなかった。
各地の領地に対する問題、空いたポジションに群がる貴族たち、日ごとに肥大していくミドルテア派閥に、騎士団新設を含めた内部の問題。そしてヴィンチェスターと類似した路線を継承しているグラスダームの事もある。
そこに外交問題も関わってくるし、とにかく問題は山積みだ。ウィックリンは睡眠時間を大きく削る毎日を送っていた。
「新設される騎士団も、ヴィンチェスターが献上していたとかいう魔法技術の使われた武装を持たされる……とかいう話もあるしな。まぁどこまで本当の話かは分からないが、いずれにせよ今年の会議は荒れるぞ~」
「……楽しそうに見えるが?」
「別に? だが帝国四公の一角が沈む影響は年単位で続く。今回一番貢献したのはバルト……つまりゼノヴァーム家だが。陛下は当然、会議の時にお前やゼノヴァーム家に対する恩賞の話をするだろう。だがおそらく、俺の父上を含めてカルガーム家当主も口を出してくる」
ウォレッグは確信めいた表情で言い切る。レックバルトは黙って続きの言葉を待った。
「今回、反乱があまりに簡単に収まり過ぎている。貴族たちの中にはな。あらかじめ陛下がゼノヴァーム家と組んで、反乱をわざと起こさせた上でこれを鎮圧したのではないか。そう言う奴もいるんだよ」
「なんだと……!?」
「おおっと。もちろん俺はそうじゃないと信じているとも。だがお前が救援にかけつけたタイミングといい、初めからゼノヴァーム家の権力をより強くするための……陛下の策だったんじゃないかって噂はいくらか回っているんだよ」
そもそもゼノヴァーム家当主の妹はウィックリンの第一夫人でもある。
調子づいたヴィンチェスターを沈め、その代わりにゼノヴァーム家を台頭させようとしているのでは。そう勘ぐる者がいるのは事実だった。
「なんだ、それは……。俺が帝都に駆け付けたのは、そんな事のためではないというのに……!」
「おっと、誤解のない様に言っておくが。俺は今回の事は歓迎しているんだ」
「なに……」
「全てがウィックリン陛下の手のひらの上だったとは思わないが。それでもいくらか計算はあっただろう。その点も含めて陛下には誰にも気取られる事なく、ここまでの策略を仕掛けられる能力があったということだ。見かけは平和主義、温厚な方なのにな。俺は陛下の持つしたたかさをとても頼もしく思っているんだぜ」
「…………」
ウィックリンの反乱鎮圧に対する話題はほとんど誤解だ。当人としては今も変わらず平和主義で温厚、別に謀略を張り巡らせていた訳でもない。
しかし現状を利用して自分がやりやすい様に……ゼノヴァーム家をいくらか重用し始めているのも事実だった。
そしてそうすることで、貴族たちの羨望や嫉妬のいくらかがゼノヴァーム家に向く事も計算している。
身も蓋もない言い方をすれば、皇族が背負いかねない面倒のいくらかをゼノヴァーム家に投げているのだ。
だがそのことを知らない貴族たちは、ウィックリンの隠し持つ牙にいくらか恐れを抱いていた。
「策を弄する能力に、それを可能とする確かな武力。今回それが明るみに出た訳だが、しばらくは陛下のやり方に表立って反対できる者もいないだろう。で、どうなんだ、実際。お前はどこまで陛下の計算だったと考えている?」
「……たしかに皇宮や城の奪還から戦場での戦いまで、とても鮮やかな手並みだったとは思うが」
あれだけの武力を隠し持っていたのだ。多少穴のある策だったとしても、力任せに押し通すこともできるだろう。
実際、自分もあの時の6人とやり合うとなれば、相応の用意が必要になってくる。なんの準備もなく戦うとなれば、敗北は必至だろう。
「いや、よそう。何を言ったところで想像の域を出ない」
「……そうだな」
とにかく今回の建国祭と会議は荒れる。そのことが確定しており、レックバルトは早く自領に戻りたい気持ちになった。
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「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
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