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フランメリアとウィックリン
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建国祭が近づくにつれ、フランメリアは多忙な日々を送っていた。今日までに多くの帝国貴族とも面談を行ってきている。特に帝国四公や帝都で大きな影響力を持つエルヴァールとは食事も共にした。
「誰も油断できなさそうな方々でしたけど……」
当初はフランメリアも、フォルトガラム聖武国の王族として相応しい態度を心掛けていた。いや、今も心掛けている。決して舐められる訳にはいかない。その態度は強く出ていただろう。
なによりフランメリア自身、腕に覚えがあるのだ。そこらの貴族よりも覇気と自信に満ち溢れてもいる。
そんなフランメリアであったが、やはりウィックリンだけは読みづらい部分が大きかった。
「今のところ、どう見ても温和な平和主義者にしか見えないのよねぇ……」
ウィックリンとも何度か対面したし、食事も共にしている。そうして互いの文化交流を交えて話をしてきたのだが、とても強かな策略家には思えなかった。
「姫さまにそう思わせている時点で、ウィックリン様の狙い通りなのでは?」
「その可能性もあるのよね……でも……いや、しかし……」
端から見れば、計算通り反乱を起こさせた邪魔な貴族を、一派もろとも粛清したように見える。それを可能にする頭脳と武力もある。
だが当の本人からはとてもそういう印象を受けなかった。
「他の帝国貴族にも話を聞いたけれど。ウィックリンの頭脳と秘密部隊を警戒しているのは、何人かいるのよね……」
「姫さまと同じ様に考える者が、帝国内にもいる。この点は事前情報通りではありましたが、改めて実感したところでもありますね!」
そして何人か、実際にウィックリンの秘密部隊を間近で見たという貴族にも話を聞けた。彼らは当時の事を振り返ってこう話す。
「メイスの一振りで何人もの兵士たちが吹き飛ばされた」
「腕を振るったと思えば、目の前にいた兵士たちは全員倒れていた」
「やたら爆発が起きていた」
「急に姿を現し、兵士を気絶させるとまたその姿が消えた」
「なにかが通り過ぎていったと思ったら、部屋に居た兵士たちは全員倒れていた」
程度の差はあれ、多くの者が同様の証言をしていたのだ。
どれも信じられるものではなく、最初は全員で口裏を合わせてからかってきているのでは……とも考えていた。しかし。
「話していた貴族たちも、ウィックリンの隠し持つ武力を恐れているのよねぇ……」
「ですです。とくに実際に目撃した貴族たちは、ウィックリン様に逆らおうという気がまったくないようでありますからな」
エルナーデもそれとなく貴族たちから話を聞いていたが、中には明らかにウィックリンを恐れている者もいた。
みんなそれまでウィックリンに対して抱いていたイメージとギャップが強すぎて、分かりやすく警戒しているのだ。
「戦場での目撃談もあったけれど。こっちはもっと荒唐無稽だわ」
「単騎で敵軍に突っ込み、無傷で敵将を捕えたという男もおりましたね。戦場では中央、右翼、左翼、いずれも仮面の秘密部隊たちがほとんど単騎で先陣を切っていたとか」
「で、おとぎ話みたいに多くの兵士たちを蹴散らしたと……」
本当にそんな豪傑無双の武人が存在するのなら、まさに英雄と呼ばれる者たちだろう。
フランメリアとしては信じられる話ではないのだが、これも目撃談が多いため、どう解釈したらいい情報なのか判断がつかなかった。
「……やっぱり直接聞いてみましょう」
「ウィックリン様にですか?」
「ええ。おそらく帝国貴族たちは気を使って、ウィックリンに聞けずにいるのでしょう。私も気になるもの。正面から堂々と聞くわ」
それでなくとも他国が保有する戦力というのは警戒に値するし、常に把握しておきたいことでもある。そして自分であればウィックリンに聞けるとフランメリアは確信を抱いていた。
「……もし仮面の者たちについて聞いてくると予想されていたらどうされます?」
「どういうこと……?」
「これだけ宮中で話題になっているのです、当然ウィックリン様もそのことが姫さまのお耳に入ることを予想しているでしょう。で、まんまと姫さまは聞くのです。こんな噂話を聞いたのですが~……と。そしたら……」
「教える代わりに何かを求められる。例えば通商条約の交渉とか……」
ありそうな話ではある。たしかに仮面の者たちについては、多少譲歩してでも掴んでおきたい情報なのだ。
相手の戦力分析は国防にも直結する。もしうわさ話どおりの怪物が攻め込んできたら。最強無敵の海軍でも大きな犠牲が出る可能性があるし、上陸されればさらに厄介なことになるのは目に見えている。
「……いずれにせよ、このまま何の情報も得られず国に帰る訳にはいかないわ。ウィックリンを含む皇族との晩餐会もあるのだし、何かしら話はしてみましょう」
■
その日の晩餐会は規模の大きなものであった。城のホールが解放され、多くの貴族たちも集まってきている。
いよいよ始まる建国祭に向けた、前夜祭的な役割もあった。
「さすがに帝国は貴族の数も多いわね……」
フランメリアは従者のエルナーデ、護衛のアーノックを引き連れて参加していた。周囲にはフランメリアを孤立させないようにと、幾人かの皇女たちも付いている。
「フォルトガラム聖武国でもこうした祭りはあるのでしょうか?」
「ええ。帝国と同じように、ガラム島中から貴族たちが王都に集まるわ」
とはいえ人数が違う。いくらフォルトガラム聖武国が大国とはいえ、やはりゼルダンシア帝国とは規模が異なるとフランメリアは素直に認めていた。
(とはいえフォルトガラム聖武国が強国である事実に変わりはないわ。それにこれだけ多くの貴族を一枚岩でまとめあげることも難しいはず。いくらウィックリンといえど……ね)
最近でこそハイラント派の一掃を成し遂げたが、それで全貴族の意思を統一できたという訳ではないのだ。
大国の統治者には常に相応の責任と苦労が舞い込むものである。フランメリアは父を見て、そのことをよく理解していた。
「おお、フランメリア殿! 楽しんでいただけておりますかな?」
大柄な男性……第二皇子グラスダームがウィックリンと共にフランメリアの元までやってきた。これにフランメリアはいくらか気を良くする。
(仮にも国賓ですからね。私の元まで自ら足を伸ばす点は評価できます)
皇帝自らやってくるのだ、これは帝国として決して聖武国を侮っていないという意思表示になる。
だがウィックリンは油断できない男。相手に良い気になってもらい、油断を誘っている可能性もある。フランメリアは気を良くしつつも冷静に会釈を返した。
「ウィックリン皇帝陛下、グラスダーム殿下。この様な場に呼んでいただき、感謝いたしますわ」
「いやいや! フランメリア殿はフォルトガラム聖武国では初めてとなる、我が国の国賓ですからな!」
しばらく3人は当たり障りのない会話を続ける。ここでもやはりウィックリンは温和な態度を崩さなかった。
「そういえばフランメリア殿は剣の方にも自信がおありだとか!」
「……ええ。それなりに鍛えているつもりです」
「それは素晴らしいですな! 私も鍛えているのですが……」
グラスダームはこうした武芸関連の話が好き。このことは事前情報でも知っていたし、こうして実際に話してもその通りだと思えた。
(グラスダームはウィックリンとは違い、軍拡に対する考えを鮮明に打ち出している。本来なら皇族の中で警戒すべき者の1人だけど……)
こうして話してみると、他国侵略の野望を抱えている人物には思えない。
純粋にエルヴァールの様な者に備えたいという気持ち、そして皇族もある程度は力を持つべきという考えがあるのだろう。
(懇意にしている貴族が軍閥家系ということもあるでしょうけど。いずれにせよ外部からの圧力で、その意思をある程度操作できそうではあるわね……)
良く言えば純粋、悪く言えば浅慮。それがフランメリアのグラスダームに対する評価だった。
だがここで武芸の話に花を咲かせられたのをチャンスと捉える。
「聖武国の海軍の強さは諸外国に知れ渡っておりますからなぁ!」
「……あら。それなら帝国にも無類の武人がおられるのではなくて?」
「ん……? 無類の武人、ですか?」
「ええ。いろいろうわさを聞かせていただいたのですけど。なんでも仮面を付けた無双の武人がウィックリン陛下に仕えているとか……」
フランメリアは探る様にグラスダームとウィックリンへ視線を向ける。それを受け、グラスダームはおお、と手を叩いた。
「父上に仕えているという、あの者たちのことですな! 私も彼らが戦場で暴れる様を直接この眼で見たのですが、年甲斐もなく血が滾りましたなぁ!」
「まぁ! グラスダーム殿下はその者たちを見られたのですか!」
「ええ! いやいや、信じられんでしょうが、本当に1人1人が一騎当千の武人でしたぞ! 父上、あの者たちは建国祭に参加されないのですか? 私もマーカスには、是非もう一度会って話をしたいと思っておるのですが……」
グラスダームの反応を見て、フランメリアは心の中でほくそ笑む。わざわざ自分から聞かなくても、グラスダームからウィックリンに話を振ってくれたのだ。
それだけグラスダームも気にしていることであり、同時に息子にも明かしていない秘密のカードだと感じ取れた。
(まさかグラスダームからボールを投げてくれるとは……。しかしマーカスというのは一体……?)
マーカスというのは戦場に立つヴェルトに対し、グラスダームが一時的に名付けた名だが、当然フランメリアはそのことを知る由もない。
そして2人から視線を向けられたウィックリンは、やや困ったような表情を見せていた。
「あの者たちは本来であれば、表に出てくるはずがない者たちだ。そう簡単に姿を見せることはないよ」
「なるほど! 姿を見せるようなことは、ないに越したことはありませんからなぁ!」
グラスダームはウィックリンの一言でさっさと納得してしまう。これに焦ったのはフランメリアだ。
せっかくうわさの者たちについて話を聞きだせる機会なのに、ここで話題を終わらせられたら堪らない。
「私も武芸に通じる者として、それほどの剛の者に強い興味がございます。何しろここで会う誰もが、信じられない戦い振りを話されるのですもの」
話を継続させると同時に、自分も興味がある点を伝える。
そして薄くではあるが、その様な者たちなどいる訳がないと、若干の挑発の色を滲ませた。これにのったのはグラスダームだ。
「いやいや、フランメリア殿! あの者たちは私の目の前で、実際に敵軍を単騎で蹴散らしてみせたのです! さらに皇宮や城を取り戻す際には、1人の死者を出すこともなく……」
「グラスダームよ。フランメリア殿にあまり帝国の恥となるようなことを申すでない」
グラスダームとしては、単純にヴェルトたちの強さをフランメリアに伝えたかっただけだ。だが他国の姫に、城が奪われていた時の話などそうできるものではない。
ウィックリンとしてはそれ以上にヴェルトたちの話に言及されたくないこともあり、グラスダームの言葉を途中で打ち切らせた。
「はは、そう言われればそうですな」
「あら。私はますます気になってきましたわ。陛下、その者たちと会わせていただくことはできませんか?」
この提案はフランメリアとしても、賭けの部分がいくらかあった。ウィックリンはフランメリアのこの言葉を待っていた可能性もあるのだ。
条件を飲む代わりに、なにか対価を求めてくる。国同士のやり取りとして、当然考えられることだ。相手にそうとは気取られず、しかし若干の緊張で手に汗が滲む。
「フランメリア殿、申し訳ない。できるならあなたの期待に応えてあげたいが、その者たちだけはどうしても難しいのです」
「そう……ですか」
ここでもう一歩踏み込むべきか。フランメリアの中で僅かな迷いが発生する。そうまでして仮面の者たちの情報を求めているのかと、ウィックリンに思われるのは避けたい。
だがこのまま何の情報も得られずに帰国するのも避けたい。そう考えていたが、ここで声をあげたのは護衛のアーノックだった。
「横から失礼します。陛下、私はフランメリア様の護衛を務めているアーノック・アーブレストと申します」
「おお、フランメリア殿がお連れになられた騎士たちの中でも、もっとも精強な方だと聞いています」
「ありがとうございます。私自身、腕に覚えはあるのですが。強者の話を聞けばどれくらいの武の者なのか、試してみたくなるのは武人の性でございます。どうでしょう、一度親善試合にてお手合わせいただく訳にはいきませんか」
アーノックの提案にウィックリンは少し考えこむ。元々親善試合自体は計画されていたのだ。ウィックリンはこれに、アルフォース家の剣士を除いた騎士を出そうと考えていた。
だがここまであからさまに話されては、さすがにその狙いの輪郭は掴めてくる。
(どうやら仮面の者……黒狼会の活躍が国内にとどまらず、国外でも強く警戒心を持たせることになってしまったようだ)
仮にも体制側の人間であれば、他国の保有する戦力は正しく把握しておきたいところだろう。そして単騎で強力な突破力を持つ剛の者がいると知れば、それがどの程度の者なのか、知っておきたいと思う気持ちも理解できる。
為政者としてはここを利用して、自分の有利なように話を持っていくべきなのだろうが……と考えてところで、ウィックリンは結論を出した。
「あの者たちは仮面で顔を隠している通り、恥ずかしがり屋が多いのです。親善試合なんて催しにはまず姿を見せません。ですが我が国に危急の時が訪れれば。その時は再び皆の前に姿を見せるでしょう」
「……そうですか」
ウィックリンははっきりと簡単に姿を見せることはないと言い切る。次にその姿を見せるとすれば、それは帝国になにかが起こった時だと。
ここでフランメリアも、ウィックリンと仮面の者たちについての認識を改めた。
(どうやらウィックリンは、仮面の者たちだけはなにがあっても表舞台に出すつもりはないみたいね……。それを交渉のカードにする気も感じられない。秘密部隊は常に伏せられているからこそ、秘密部隊として意味を持つ……か)
その全貌が暴かれれば、せっかくのウィックリンの隠し持つ武力という偶像に光があたる。
だが闇に潜んでいる分には、誰もが意識せざるを得ない。何しろその常識外れの実力を見た者は、確かにいるのだから。
(こうなると逆に、こちらから通商条約の話を進める条件に仮面の者たちと手合わせさせて欲しいと、交渉してみたくなるのだけれど……)
しかしフランメリアの中では、未だにウィックリンは謀略家であるという思い込みが強い。フランメリアから通商条約の話をしてくる様に仕向けらているのでは。そんな疑心暗鬼に駆られていた。
「誰も油断できなさそうな方々でしたけど……」
当初はフランメリアも、フォルトガラム聖武国の王族として相応しい態度を心掛けていた。いや、今も心掛けている。決して舐められる訳にはいかない。その態度は強く出ていただろう。
なによりフランメリア自身、腕に覚えがあるのだ。そこらの貴族よりも覇気と自信に満ち溢れてもいる。
そんなフランメリアであったが、やはりウィックリンだけは読みづらい部分が大きかった。
「今のところ、どう見ても温和な平和主義者にしか見えないのよねぇ……」
ウィックリンとも何度か対面したし、食事も共にしている。そうして互いの文化交流を交えて話をしてきたのだが、とても強かな策略家には思えなかった。
「姫さまにそう思わせている時点で、ウィックリン様の狙い通りなのでは?」
「その可能性もあるのよね……でも……いや、しかし……」
端から見れば、計算通り反乱を起こさせた邪魔な貴族を、一派もろとも粛清したように見える。それを可能にする頭脳と武力もある。
だが当の本人からはとてもそういう印象を受けなかった。
「他の帝国貴族にも話を聞いたけれど。ウィックリンの頭脳と秘密部隊を警戒しているのは、何人かいるのよね……」
「姫さまと同じ様に考える者が、帝国内にもいる。この点は事前情報通りではありましたが、改めて実感したところでもありますね!」
そして何人か、実際にウィックリンの秘密部隊を間近で見たという貴族にも話を聞けた。彼らは当時の事を振り返ってこう話す。
「メイスの一振りで何人もの兵士たちが吹き飛ばされた」
「腕を振るったと思えば、目の前にいた兵士たちは全員倒れていた」
「やたら爆発が起きていた」
「急に姿を現し、兵士を気絶させるとまたその姿が消えた」
「なにかが通り過ぎていったと思ったら、部屋に居た兵士たちは全員倒れていた」
程度の差はあれ、多くの者が同様の証言をしていたのだ。
どれも信じられるものではなく、最初は全員で口裏を合わせてからかってきているのでは……とも考えていた。しかし。
「話していた貴族たちも、ウィックリンの隠し持つ武力を恐れているのよねぇ……」
「ですです。とくに実際に目撃した貴族たちは、ウィックリン様に逆らおうという気がまったくないようでありますからな」
エルナーデもそれとなく貴族たちから話を聞いていたが、中には明らかにウィックリンを恐れている者もいた。
みんなそれまでウィックリンに対して抱いていたイメージとギャップが強すぎて、分かりやすく警戒しているのだ。
「戦場での目撃談もあったけれど。こっちはもっと荒唐無稽だわ」
「単騎で敵軍に突っ込み、無傷で敵将を捕えたという男もおりましたね。戦場では中央、右翼、左翼、いずれも仮面の秘密部隊たちがほとんど単騎で先陣を切っていたとか」
「で、おとぎ話みたいに多くの兵士たちを蹴散らしたと……」
本当にそんな豪傑無双の武人が存在するのなら、まさに英雄と呼ばれる者たちだろう。
フランメリアとしては信じられる話ではないのだが、これも目撃談が多いため、どう解釈したらいい情報なのか判断がつかなかった。
「……やっぱり直接聞いてみましょう」
「ウィックリン様にですか?」
「ええ。おそらく帝国貴族たちは気を使って、ウィックリンに聞けずにいるのでしょう。私も気になるもの。正面から堂々と聞くわ」
それでなくとも他国が保有する戦力というのは警戒に値するし、常に把握しておきたいことでもある。そして自分であればウィックリンに聞けるとフランメリアは確信を抱いていた。
「……もし仮面の者たちについて聞いてくると予想されていたらどうされます?」
「どういうこと……?」
「これだけ宮中で話題になっているのです、当然ウィックリン様もそのことが姫さまのお耳に入ることを予想しているでしょう。で、まんまと姫さまは聞くのです。こんな噂話を聞いたのですが~……と。そしたら……」
「教える代わりに何かを求められる。例えば通商条約の交渉とか……」
ありそうな話ではある。たしかに仮面の者たちについては、多少譲歩してでも掴んでおきたい情報なのだ。
相手の戦力分析は国防にも直結する。もしうわさ話どおりの怪物が攻め込んできたら。最強無敵の海軍でも大きな犠牲が出る可能性があるし、上陸されればさらに厄介なことになるのは目に見えている。
「……いずれにせよ、このまま何の情報も得られず国に帰る訳にはいかないわ。ウィックリンを含む皇族との晩餐会もあるのだし、何かしら話はしてみましょう」
■
その日の晩餐会は規模の大きなものであった。城のホールが解放され、多くの貴族たちも集まってきている。
いよいよ始まる建国祭に向けた、前夜祭的な役割もあった。
「さすがに帝国は貴族の数も多いわね……」
フランメリアは従者のエルナーデ、護衛のアーノックを引き連れて参加していた。周囲にはフランメリアを孤立させないようにと、幾人かの皇女たちも付いている。
「フォルトガラム聖武国でもこうした祭りはあるのでしょうか?」
「ええ。帝国と同じように、ガラム島中から貴族たちが王都に集まるわ」
とはいえ人数が違う。いくらフォルトガラム聖武国が大国とはいえ、やはりゼルダンシア帝国とは規模が異なるとフランメリアは素直に認めていた。
(とはいえフォルトガラム聖武国が強国である事実に変わりはないわ。それにこれだけ多くの貴族を一枚岩でまとめあげることも難しいはず。いくらウィックリンといえど……ね)
最近でこそハイラント派の一掃を成し遂げたが、それで全貴族の意思を統一できたという訳ではないのだ。
大国の統治者には常に相応の責任と苦労が舞い込むものである。フランメリアは父を見て、そのことをよく理解していた。
「おお、フランメリア殿! 楽しんでいただけておりますかな?」
大柄な男性……第二皇子グラスダームがウィックリンと共にフランメリアの元までやってきた。これにフランメリアはいくらか気を良くする。
(仮にも国賓ですからね。私の元まで自ら足を伸ばす点は評価できます)
皇帝自らやってくるのだ、これは帝国として決して聖武国を侮っていないという意思表示になる。
だがウィックリンは油断できない男。相手に良い気になってもらい、油断を誘っている可能性もある。フランメリアは気を良くしつつも冷静に会釈を返した。
「ウィックリン皇帝陛下、グラスダーム殿下。この様な場に呼んでいただき、感謝いたしますわ」
「いやいや! フランメリア殿はフォルトガラム聖武国では初めてとなる、我が国の国賓ですからな!」
しばらく3人は当たり障りのない会話を続ける。ここでもやはりウィックリンは温和な態度を崩さなかった。
「そういえばフランメリア殿は剣の方にも自信がおありだとか!」
「……ええ。それなりに鍛えているつもりです」
「それは素晴らしいですな! 私も鍛えているのですが……」
グラスダームはこうした武芸関連の話が好き。このことは事前情報でも知っていたし、こうして実際に話してもその通りだと思えた。
(グラスダームはウィックリンとは違い、軍拡に対する考えを鮮明に打ち出している。本来なら皇族の中で警戒すべき者の1人だけど……)
こうして話してみると、他国侵略の野望を抱えている人物には思えない。
純粋にエルヴァールの様な者に備えたいという気持ち、そして皇族もある程度は力を持つべきという考えがあるのだろう。
(懇意にしている貴族が軍閥家系ということもあるでしょうけど。いずれにせよ外部からの圧力で、その意思をある程度操作できそうではあるわね……)
良く言えば純粋、悪く言えば浅慮。それがフランメリアのグラスダームに対する評価だった。
だがここで武芸の話に花を咲かせられたのをチャンスと捉える。
「聖武国の海軍の強さは諸外国に知れ渡っておりますからなぁ!」
「……あら。それなら帝国にも無類の武人がおられるのではなくて?」
「ん……? 無類の武人、ですか?」
「ええ。いろいろうわさを聞かせていただいたのですけど。なんでも仮面を付けた無双の武人がウィックリン陛下に仕えているとか……」
フランメリアは探る様にグラスダームとウィックリンへ視線を向ける。それを受け、グラスダームはおお、と手を叩いた。
「父上に仕えているという、あの者たちのことですな! 私も彼らが戦場で暴れる様を直接この眼で見たのですが、年甲斐もなく血が滾りましたなぁ!」
「まぁ! グラスダーム殿下はその者たちを見られたのですか!」
「ええ! いやいや、信じられんでしょうが、本当に1人1人が一騎当千の武人でしたぞ! 父上、あの者たちは建国祭に参加されないのですか? 私もマーカスには、是非もう一度会って話をしたいと思っておるのですが……」
グラスダームの反応を見て、フランメリアは心の中でほくそ笑む。わざわざ自分から聞かなくても、グラスダームからウィックリンに話を振ってくれたのだ。
それだけグラスダームも気にしていることであり、同時に息子にも明かしていない秘密のカードだと感じ取れた。
(まさかグラスダームからボールを投げてくれるとは……。しかしマーカスというのは一体……?)
マーカスというのは戦場に立つヴェルトに対し、グラスダームが一時的に名付けた名だが、当然フランメリアはそのことを知る由もない。
そして2人から視線を向けられたウィックリンは、やや困ったような表情を見せていた。
「あの者たちは本来であれば、表に出てくるはずがない者たちだ。そう簡単に姿を見せることはないよ」
「なるほど! 姿を見せるようなことは、ないに越したことはありませんからなぁ!」
グラスダームはウィックリンの一言でさっさと納得してしまう。これに焦ったのはフランメリアだ。
せっかくうわさの者たちについて話を聞きだせる機会なのに、ここで話題を終わらせられたら堪らない。
「私も武芸に通じる者として、それほどの剛の者に強い興味がございます。何しろここで会う誰もが、信じられない戦い振りを話されるのですもの」
話を継続させると同時に、自分も興味がある点を伝える。
そして薄くではあるが、その様な者たちなどいる訳がないと、若干の挑発の色を滲ませた。これにのったのはグラスダームだ。
「いやいや、フランメリア殿! あの者たちは私の目の前で、実際に敵軍を単騎で蹴散らしてみせたのです! さらに皇宮や城を取り戻す際には、1人の死者を出すこともなく……」
「グラスダームよ。フランメリア殿にあまり帝国の恥となるようなことを申すでない」
グラスダームとしては、単純にヴェルトたちの強さをフランメリアに伝えたかっただけだ。だが他国の姫に、城が奪われていた時の話などそうできるものではない。
ウィックリンとしてはそれ以上にヴェルトたちの話に言及されたくないこともあり、グラスダームの言葉を途中で打ち切らせた。
「はは、そう言われればそうですな」
「あら。私はますます気になってきましたわ。陛下、その者たちと会わせていただくことはできませんか?」
この提案はフランメリアとしても、賭けの部分がいくらかあった。ウィックリンはフランメリアのこの言葉を待っていた可能性もあるのだ。
条件を飲む代わりに、なにか対価を求めてくる。国同士のやり取りとして、当然考えられることだ。相手にそうとは気取られず、しかし若干の緊張で手に汗が滲む。
「フランメリア殿、申し訳ない。できるならあなたの期待に応えてあげたいが、その者たちだけはどうしても難しいのです」
「そう……ですか」
ここでもう一歩踏み込むべきか。フランメリアの中で僅かな迷いが発生する。そうまでして仮面の者たちの情報を求めているのかと、ウィックリンに思われるのは避けたい。
だがこのまま何の情報も得られずに帰国するのも避けたい。そう考えていたが、ここで声をあげたのは護衛のアーノックだった。
「横から失礼します。陛下、私はフランメリア様の護衛を務めているアーノック・アーブレストと申します」
「おお、フランメリア殿がお連れになられた騎士たちの中でも、もっとも精強な方だと聞いています」
「ありがとうございます。私自身、腕に覚えはあるのですが。強者の話を聞けばどれくらいの武の者なのか、試してみたくなるのは武人の性でございます。どうでしょう、一度親善試合にてお手合わせいただく訳にはいきませんか」
アーノックの提案にウィックリンは少し考えこむ。元々親善試合自体は計画されていたのだ。ウィックリンはこれに、アルフォース家の剣士を除いた騎士を出そうと考えていた。
だがここまであからさまに話されては、さすがにその狙いの輪郭は掴めてくる。
(どうやら仮面の者……黒狼会の活躍が国内にとどまらず、国外でも強く警戒心を持たせることになってしまったようだ)
仮にも体制側の人間であれば、他国の保有する戦力は正しく把握しておきたいところだろう。そして単騎で強力な突破力を持つ剛の者がいると知れば、それがどの程度の者なのか、知っておきたいと思う気持ちも理解できる。
為政者としてはここを利用して、自分の有利なように話を持っていくべきなのだろうが……と考えてところで、ウィックリンは結論を出した。
「あの者たちは仮面で顔を隠している通り、恥ずかしがり屋が多いのです。親善試合なんて催しにはまず姿を見せません。ですが我が国に危急の時が訪れれば。その時は再び皆の前に姿を見せるでしょう」
「……そうですか」
ウィックリンははっきりと簡単に姿を見せることはないと言い切る。次にその姿を見せるとすれば、それは帝国になにかが起こった時だと。
ここでフランメリアも、ウィックリンと仮面の者たちについての認識を改めた。
(どうやらウィックリンは、仮面の者たちだけはなにがあっても表舞台に出すつもりはないみたいね……。それを交渉のカードにする気も感じられない。秘密部隊は常に伏せられているからこそ、秘密部隊として意味を持つ……か)
その全貌が暴かれれば、せっかくのウィックリンの隠し持つ武力という偶像に光があたる。
だが闇に潜んでいる分には、誰もが意識せざるを得ない。何しろその常識外れの実力を見た者は、確かにいるのだから。
(こうなると逆に、こちらから通商条約の話を進める条件に仮面の者たちと手合わせさせて欲しいと、交渉してみたくなるのだけれど……)
しかしフランメリアの中では、未だにウィックリンは謀略家であるという思い込みが強い。フランメリアから通商条約の話をしてくる様に仕向けらているのでは。そんな疑心暗鬼に駆られていた。
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しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
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12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
魔道具は歌う~パーティ追放後に最高ランクになった俺を幼馴染は信じない。後で気づいてももう遅い、今まで支えてくれた人達がいるから~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界転生者シナグルのスキルは傾聴。
音が良く聞こえるだけの取り柄のないものだった、
幼馴染と加入したパーティを追放され、魔道具に出会うまでは。
魔道具の秘密を解き明かしたシナグルは、魔道具職人と冒険者でSSSランクに登り詰めるのだった。
そして再び出会う幼馴染。
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俺以外にも魔道具職人はいるさ。
落ちぶれて行く追放したパーティ。
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