黒狼の牙 〜領地を追われた元貴族。過去の世界で魔法の力を得て現在に帰還する。え、暴力組織? やめて下さい、黒狼会は真っ当な商会です〜

ネコミコズッキーニ

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皇子と元皇子とボス

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 ウィックリンは城内にある執務室で資料をまとめていた。

 出立した騎士団とその編成、カルガーム領での防衛体制。フォルトガラム聖武国の使者とのやりとりなど、とにかくやらなければならない事が多い。それに懸念もあった。

(グラスダームは軍閥と距離が近いとはいえ、周りの意見には聞く耳を持つ。クインシュバインもいる以上、滅多な事にはならぬであろうが……)

 帝都から出立した戦力の中には新設された騎士団の他、各地の領主が抱える軍も合流していた。

 ヴィンチェスターの反乱時に活躍したレックバルトも同行し、グラスダームも皇族の代表として出陣している。

 皆それなりにウィックリンの考えを理解しているし、それほど心配はしていない。だが懸念もあった。

(おそらくゲイブリークを唆したのはブレンガイスだろう。ゲイブリークが調子にのって、地方領主の意向をくみ取る様なことは防がねば……)

 第三皇子のゲイブリークと、ヴィンチェスターの反乱時に乗り遅れた地方領主たちの意見をまとめるブレンガイス。両者の繋がりはウィックリンにとって好ましくなかった。

 元々ゲイブリークの母も、ブレンガイスの遠縁にあたるのだ。ブレンガイス自身、やんわりとではあるが次期皇帝にゲイブリークを担ごうとしている節もある。

 だがウィックリンはゲイブリークにその資質を見出していなかった。

(ゲイブリークではだめだ。あれではロンドニック家に良い様に使われるだけだろう。……アールイドが健康であれば、後継者で頭を悩ませる必要もないのだが)

 アールイド・ゼルダンシア。ウィックリンの息子にして帝国の第一皇子である。

 頭もよく統治方針もウィックリンと似通っている。というより、ウィックリン自身がその様に教育してきた。次代の帝国の継承者に相応しいようにと。

 しかし数年前に肺を患い、今は地方の自然豊かな領地で療養している。

 為政者にとって健康問題は無視できない。国内はもちろん、外交にも影響が出てくるところだ。そのため、今ではアールイドは表舞台に立つ事が無くなっていた。

(今回の問題、その始まりからして謎が多すぎる。無残に殺された帝国騎士、姿を消したフランメリア王女。そしてタイミングのいいフォルトガラム聖武国からの使者。まるでこうなる事が既定路線だったかの様な感触だ)

 しかしそれならそもそもフランメリアが帝都まで来る必要などなかったし、大量の使節団を連れてくる必要もなかった。

 これまでのフォルトガラム聖武国とのやり取りから、国王であるアーランディスも本気で帝国と開戦するつもりなのかは微妙なところだ。

 だが話は間違いなく戦争へと向かっている。事の起こりから見ても、矛盾点が多いのだ。

「私とて武力の全てを否定する訳ではないが……」

 しかし今回の件をきっかけに、多大な物資と人員を動員してガラム島に侵攻するのは反対だ。

 せっかく帝国を中心にした経済網を大陸に築きつつあるのに、隣国に対して余計な緊張を生みかねない。それにフォルトガラム聖武国の軍が精強なのも事実。

 ガラム島に侵攻するにしても、数年がかりになる上にその間多くのコストを消耗し続ける事になるのだ。

 長い間若い労働力が戦争に取られると、作物などを中心にした田畑の生産性が落ちていく戦争が長引けばそれだけ治安は不安定になるし、賊も多く生まれるだろう。

 帝国に対して策を巡らせ、賊に扮した軍を潜り込ませてくる国も出てくるかもしれない。そうしてより政情不安を煽る工作を仕掛けてくる可能性もあるのだ。

 なにせつい数年前まで、隣国にとってゼルダンシア帝国は脅威でしかなかったのだから。

 やはりフォルトガラム聖武国との戦争は何としても避けなければ。

 そう考えていた時だった。執務室にノックが鳴る。ウィックリンが許可を出すと部屋に1人の文官が入ってきた。

「へ、陛下!」

「どうした」

「さきほどビルツァイス様が帰還されたのですが……!」

「…………! なに……!」

 ビルツァイス。元は皇宮で暮らしていた皇子の1人だ。

 騎士団に出向していたが、クインシュバインの息子であるリーンハルトとそろって行方不明と報告が上がっていた。ウィックリン自身、心配はしていたのだ。

「無事だったのか……」

「は、はい。し、しかし……」

「……どうした?」

 どこか大怪我でもしているのだろうか。そうした不安が胸中に生まれたが、文官からは予想していなかった言葉が出てきた。

「ビルツァイス様には黒狼会のヴェルトが同行していまして。そのヴェルトですが、第三皇子であるゲイブリーク様に暴力を振るうという騒ぎを起こしております……!」

「…………なに?」

「平民が皇族を傷つけたのです、死刑は免れないでしょうが……。そこにビルツァイス様との口論に発展してしまいまして……! 誰も止められず……!」

「…………! どこだ、私が直接行く!」

 入ってくる情報量が多すぎて、何が起こっているのかまるで把握できない。ウィックリンは逸る気持ちを抑えられず、席を立った。




 
 俺はビルツァイスと共に正面から貴族街へと入った。

 彼には俺の事を街で雇った護衛だと説明してもらう。ビルツァイス帰還の報せは直ぐに回り、俺たちはまっすぐ皇宮まで行く事ができた。

「……上手くいったな」

「ああ。しばらく皇宮で待機しつつ、事情説明のため父上に繋いでもらおう」

 ビルツァイスはウィックリンに重大な報告があると伝えていた。

 自分から直接話さなければならないため、それまで誰であっても話す訳にはいかぬと、強硬な態度にも出た。

 ビルツァイス自身も元皇族、そして今は次期グラスヴァン領領主の高位貴族でもある。そんなビルツァイスの態度を正面から糾弾できる者は誰もいなかった。

「思っていたよりも強気じゃないか」

「帝都に戻るまでリーンハルトも苦労してきたからな……。せっかくここまで生きて帰れたんだ、俺が唯一活躍できるフィールドで何もできなかったら格好悪いだろ?」

「まったくだ」

 ビルツァイスは俺の事も絶対必要な護衛だと話し、強引に貴族街に入れる事に成功した。

 そして今。皇宮へと足を踏み入れる。以前とは違い、堂々と入るのだ。少し不思議な感じがするな。

「ビルツァイス様。お部屋の準備はできております。急ぎ陛下に帰還を報せて参りますので……」

 文官が丁寧な態度でビルツァイスに説明を行う。だがその言葉を遮る様に別の男の声が響いた。

「おんやぁ? なぁんでここに皇族でもない奴がいるんだぁ?」

 声色にはあからさまに嘲りの感情が混じっている。視線を向けると、そこには小太りの男がニヤついた表情でこちらを見ていた。

 その姿を確認したビルツァイスが一瞬、表情を怪訝なものに変える。一方で文官は驚いた様子で背筋を伸ばした。

「こ、これはゲイブリーク殿下……!」

 殿下……。つまりは皇子の1人か。ビルツァイスも顔は皇子に向けたまま、小声で俺に話してくる。

「第三皇子のゲイブリークだ。嫌な奴に見つかったな……」

 第三皇子。つまりはビルツァイスにとって異母兄という訳だ。

 皇宮に住んでいた頃に顔を合わせる事もあったのだろう。ゲイブリークはゆっくりとこちらに向かってくる。

「ビルツァイス。生きていたのか。てっきり騎士団の任務でヘマをやらかして死んだか、逃げ出したかと思っていたよ」

「いろいろありましたが。何とかこうして帝都に帰還することができました」

「ふぅん。だがこれはどういうことだい?」

「……なにがでしょう」

 ビルツァイスの発言に対し、ゲイブリークは汚いものを見る眼で俺を見てくる。

「ただでさえ皇族でなくなった上に、騎士団で汗をかいている奴の匂いがひどいというのにさ。よりによってそこに平民の匂いまで混じっているんだよ? しかもこの皇宮で。どういうことだ? どうしてこの神聖なる場に平民を入れた?」

 ……なるほど。こいつは……あれだ。典型的なお貴族様だな。俺もかつては上級貴族としての教育を受けた立場だし、分からないでもないんだが……。

 まぁここは皇宮だし、相手も本物の皇族だ。平民に過ぎない俺が口を開く場面ではないな。

 そう考え、この場はビルツァイスに預ける。ビルツァイスも俺の考えは理解している様子だった。

「兄上は……」

「誰が兄上だって? やめてくれよ、お前はもう皇族じゃないんだよ? まぁ皇族だったとしても、併合された国の元王族だ。そんな奴に兄と呼ばれたくないけどねぇ?」

「…………。ゲイブリーク様はご存じないかもしれませんが。彼は黒狼会のヴェルト。帝都では有名人です。ここまで私の護衛を務めてもらいました」

「……なんだって」

 ビルツァイスの紹介を受け、ゲイブリークは改めて俺に顔を向ける。あいかわらずニヤついた奴だ。

「そうか……お前が……。噂は聞いているよぉ? えらく派手に活躍しているみたいじゃない?」

「は……恐縮です」

「誰が口を開いていいと言った? ここは本来であれば平民如きが足を踏み入れられる場所じゃない。次に許可なく口を開けば、即不敬罪に処す」

「…………」

 口をきいただけで不敬罪が成り立つのだろうか。

 まぁいい、貴族が独自のルールを平民に押しつける事なんざよくある話だ。今さら気にする俺ではないし、一応こいつもローガの血筋だ。寛容な心で受け入れてやるさ。

「よしよし。自分の立場をよく理解している様だねぇ? エルヴァールの覚えが良いからと言って、あまり調子づかない事だよ。お前なんて僕の機嫌一つでどうとでもなるんだからね?」

 はぁーい。俺は心の中で投げやり気味に返事しつつ、再びビルツァイスに場を譲る。

「ゲイブリーク様。お話が終わりましたら、私は部屋で陛下を待ちたいのですが」

「うん? どういう事だい? どうしてお前に部屋が用意されている?」

 ゲイブリークは隣に立つ文官に視線を向ける。文官は上ずった声でその疑問に答えた。

「は、はい。何でもビルツァイス様は重要な情報を持ち帰られたとか……。陛下以外にはお伝えできない案件だそうです。私は急ぎ陛下にこの事を伝えに……」

「行かなくていい」

「……はい?」

「行かなくていいと言ったんだ。だってそうだろう? 騎士団の任務を放り出した元皇族が、平民を連れて皇宮に入ってきたんだよ? 忙しいパパンに何をする気なのか、分かったものじゃない」

「し、しかし……」

「二度は言わすなよぉ?」

「…………」

 風向きが怪しくなってきたな。どうやらゲイブリークは、ビルツァイスの事を個人的に良く思っていない様だ。

 それに下に見ている平民をここまで連れて来た事にも納得がいっていないらしい。

「ゲイブリーク様。事は帝国の今後に関わる問題です。どうか陛下にお目通しを願いたい」

「お前にそんな権限があるとでも思っているのかい? そんなに言うならまず僕が報告を聞こうじゃないか。真に帝国の今後に関わる問題だと判断すれば、僕からパパンに伝えておいてやるとも」

 おっと……。こいつはまずいな。事はフランメリアの行方にも関わってくるため、ウィックリンとの間に余計な人は介したくない。

 ゲイブリークがフランメリアを利用して、聖武国との間で交渉カードにしようと考える輩であれば、話はよりややこしい方向へと進む。

 それにこの場を任せてくれたフランメリアの信頼を裏切る行為にもなる。その事はビルツァイスもよく理解しているのか、首を横に振った。

「そういう訳にはいきません。なんとしても私の口から直接陛下にお伝えせねばならないのです」

「ビルツァイス。今、ここにグラスダーム兄上はいない。つまり第三皇子である僕が一番偉いということだよ? その僕の言う事が聞けないと?」

「いくらゲイブリーク様と言えど……」

 その瞬間。ゲイブリークはビルツァイスに向けて拳を振るった。

 だが身体も鍛えていないし、動きもあまりに遅い。俺は護衛としての役割を全うすべく、間に入ってゲイブリークの拳を受け止める。

「な……! き、貴様……! ええい、触るな!」

 ゲイブリークは俺の手を払うと怒りの眼を向けてくる。

「なんのつもりだ……!? よりによって平民が、僕に触れるばかりか……! 邪魔をするなんて……!」

「私はビルツァイス様の護衛ですので」

「おのれ……! 皇族の威光無くして帝都に住めぬ虫けらがぁ……! ……そう言えば聞いた事があるぞ。お前の商会、黒狼会といったか。何でも最近はフェルグレッド聖王国民の奴隷がいるらしいな?」

「いいえ。従業員ならおりますが、奴隷はおりません」

「ふん、どうせ方便だろう。違法奴隷の取り締まりから免れるためのな」

 久々に聖王国民の事で貴族に話を聞かれたな。

 ヴィンチェスターの内乱以降、黒狼会に対して聖王国民関連で何か言ってくる奴なんていなくなっていたんだが。

「平民如きが土足で皇宮に上がり込み、皇族たる僕に触れたんだ。本来であれば即死刑だけど、僕にその奴隷を献上すれば特別に許してあげるよ?」

「黒狼会は禁制品の類は扱っておりません。殿下に献上する奴隷など1人もいませんよ」

「…………」

 ゲイブリークはゆっくりと俺の正面まで移動する。そして顔を近づけると、俺の顔に唾を吐きかけた。

「しょせんはビルツァイスの連れか。場合によっては黒狼会を僕が使ってやろうと思ったんだけどねぇ。お前がどれだけ力と金を持っていようが、皇族たる僕には敵わないんだよぉ? どうやらお前はその事をよく理解できていないらしい。まずは黒狼会を内部監査にかけ。そのまま解体して他の商会に併合してやる……!」

 俺は懐から布を取り出すと、吐きかけられた唾液を拭う。

 さぁてと。やるか。

「お前が……」

 俺はゲイブリークの言葉を無視し、そのまま腹に拳を叩き込んだ。

「ぐじゅうぅ!?」

 ゲイブリークはそのまま地面を転がる。ビルツァイスや文官は驚きで目を見開いていた。

「……おっと。すみません、ビルツァイス様。手と足が滑ってしまいました。どうやら慣れない場で緊張していた様です」
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