1 / 41
第零話 ~出会いの前日~
01 (秋守)
しおりを挟む
夏が通り過ぎて、でもまだ漂う残暑の風。
手にしたゲーム機から聞こえる音楽はバトル感を引き立て、そして苦しげに唸る親友の声が優越感を昂らせる。
画面に見入ったままボタンを押すと、俺が操作していたキャラクターが必殺技を繰り出した。
「はい、終わり」
「だぁあぁぁっ! またオレの負けーっ!?」
元々蒸し暑い気候なのに、悔しそうに大声をあげる春平のせいで余計に気温が上がっている気がする。
クーラーを入れようか。……いや、光熱費節約のためには扇風機の生ぬるい風で我慢だな。
「どうして秋はそんなにも強いんだよ? 顔が整っていて、性格は穏やかで、家事も勉強も出来て、ゲームも強いだなんて。うん、やっぱり大好きだ!」
「負け惜しみの台詞を吐くならともかく、どうして褒めちぎるんだよ……」
一心に向けられた、嘘偽りの無いきらきらとした眼差し。それを遮断するために瞼を閉じよう。
春平とは幼稚園に通っていた頃から付き合いがあって、一緒にいて気を遣わない。けれど、彼の行き過ぎた尊敬はどうにかならないのかなぁ。
俺はそんなに出来た人間じゃないんだから。
一体、どの辺を見て『秋守は出来る奴だ』と判断しているんだろう?
「さてと、次はオレが最も得意とするパズルゲームで勝負しようぜ」
「今までやってた格闘ゲームも『オレが最も得意とする』って言ってなかったっけ? とにかく、部屋の片付けをしなきゃいけないから、今日はこの辺で勘弁してくれ」
「そう言えば、いつもさっぱりしてるはずの秋の部屋がやけにごちゃついてるよな」
今にもゲームソフトを入れ替えようとしていた手が止まり、きょとんとする目にも部屋の片隅に溢れ返っている荷物の山が見えているようで。
積み重なった季節物用の衣装ケース。何が入っているのかも忘れてしまった段ボール。父さんが適当に大判のシーツで包んだ細々した小物や服など。
男の二人暮らしなのに、どうしてこう物が多いんだろうかと考えると嫌になってしまう。
「うん、物置として使っていた隣の部屋にあった物をこっちに運んで来たからさ。半分くらいは整理したり処分したりしたんだけど、残りはこの有様よ」
「何でまた急に片付けを始めたんだよ? と言うか、大変だって言いたげな割には顔が笑ってねぇ?」
全く理解し難くて、もっと言うならば薄気味悪いと思っていそうな引きつった親友の表情。
あぁ、我慢しようも無く更に頬が綻んでしまう。胸の奥の方がじわりと温かくて、滲む幸せを隠し切れないんだ。
「……実はさ、家族が増えるんだよ」
「え? 何、どう言うことだ?」
「父さんが再婚することになって。その相手には女の子の連れ子がいるらしくて、母親と同時に妹が出来るんだ」
「まじか!? そっかぁ。おっちゃんは秋の父親だけあってイケメンだもんな。今まで再婚しなかったのが不思議だよなー」
ついこの間唐突に聞かされた事実に、どれだけ驚かされたかは言葉では表現しにくい。
父さんは最近やけに楽しそうで明るいよな、なんて気軽に思っていたら、再婚に加えて妹が出来る話を聞かされて衝撃のあまりむせ込んだっけ。
だけど、幼い頃から男手一つで俺を育ててくれた父さんが選んだ人だ。再婚を反対する理由なんてどこにも見つからない。
「秋はずっと兄弟が欲しいって言ってたから、妹が出来るのは嬉しいだろ」
「うん、とても嬉しいよ」
込み上げる笑みの裏にある、独りよがりの寂しさ。
家族が増えることを単純に喜んでいる心に反射した先に、一つの暗い空虚さが映る。
その空しさを初めて抱いたのはいつだったのかな。もう覚えていないけれど、幼少のころから染み付いていたのは間違い無い。
ランドセルの中身をひっくり返して、背伸びしながら鍵を開けて入った我が家。
しん……と静まり返った家の中には、こもった空気だけが居座っている。小さく唱えた「ただいま」に答えてくれる人は誰もいない。
学校から、遊びから帰って来ても、家の中には誰もいなくて。いつも、灯りの消えた家に対して「おかえり」の無い「ただいま」を放っていた。
「おかえり」の一言をくれる誰かがいてくれれば良いのにな。
多くの人達には母親がいるのに、どうして俺には父さんしかいないんだろう……。
いつの間にかあった気持ち。
成長するにつれて、母親の存在を求めるのは諦めたけれど、せめて兄弟姉妹がいてくれればこの寂しさを少しは拭えたかなぁ、なんて叶わぬ夢を見続けていた。
その夢が高校三年生の秋を迎えた今、叶おうとしている。
「でもさぁ、オレにも妹がいるから言えることだけど、女は厄介だぜ。子供の頃はおままごとしたいの! とか言って付き合わされるし。秋だって葉子に散々振り回されたのを覚えてるだろ?」
「あぁ、うん。でも俺の妹はままごとがしたいとは言わないんじゃないかな。なんせ同い年だしさ」
「は? 同い年……?」
「そう。その上、同じ学校の同じクラスなんだってさ。俺の方がちょっとだけ早く誕生日を迎えるから、兄と言うことになるらしいよ」
妹と言い続けていたために、てっきり随分年下の子だと思い込んでいたんだろうな。
当の彼女が同い年だと知った春平はぽかんと口を開けたまま。が、ふと気付いたように言うんだ。
「あ、教室に空き机が用意されたのって、もしかしたらその妹用?」
「そう。笹木先生が、『澄田に同い年の妹が出来たと知った時の皆の反応が面白そうだから、直前になるまで絶対に黙っとけよ』って言ったからさ。今まで黙っててごめんな?」
顔の前で手を合わせて軽く謝ると、幼馴染は頬を染めて明るく笑う。
「謝るなよー! だけど妹とも仲良くしたいなぁ、どんな子なんだ!?」
「さぁ? 母親になる人は何度か家に来たことがあるけれど、その子には会ったことが無いんだ。明日、二人が引っ越してくるから、それまでは何とも言えないよ」
「えぇっ、顔合わせも無しでいきなり兄妹とかすごいな……」
「まぁね。俺も緊張してるよ」
だけどさ、我が家の苗字を持つ人が一気に二人も増えるなんて幸せは、一生を探してもなかなか見つからないと思う。
片付けきれていない荷物の山を飛び越えて、隣の部屋に接する壁に目を向けて想うんだ。
まだ見ぬ同い年の妹さんへ。
明日からの日々、あなたはこの家でどんな明るい笑い声を聞かせてくれるのかなぁ……。
手にしたゲーム機から聞こえる音楽はバトル感を引き立て、そして苦しげに唸る親友の声が優越感を昂らせる。
画面に見入ったままボタンを押すと、俺が操作していたキャラクターが必殺技を繰り出した。
「はい、終わり」
「だぁあぁぁっ! またオレの負けーっ!?」
元々蒸し暑い気候なのに、悔しそうに大声をあげる春平のせいで余計に気温が上がっている気がする。
クーラーを入れようか。……いや、光熱費節約のためには扇風機の生ぬるい風で我慢だな。
「どうして秋はそんなにも強いんだよ? 顔が整っていて、性格は穏やかで、家事も勉強も出来て、ゲームも強いだなんて。うん、やっぱり大好きだ!」
「負け惜しみの台詞を吐くならともかく、どうして褒めちぎるんだよ……」
一心に向けられた、嘘偽りの無いきらきらとした眼差し。それを遮断するために瞼を閉じよう。
春平とは幼稚園に通っていた頃から付き合いがあって、一緒にいて気を遣わない。けれど、彼の行き過ぎた尊敬はどうにかならないのかなぁ。
俺はそんなに出来た人間じゃないんだから。
一体、どの辺を見て『秋守は出来る奴だ』と判断しているんだろう?
「さてと、次はオレが最も得意とするパズルゲームで勝負しようぜ」
「今までやってた格闘ゲームも『オレが最も得意とする』って言ってなかったっけ? とにかく、部屋の片付けをしなきゃいけないから、今日はこの辺で勘弁してくれ」
「そう言えば、いつもさっぱりしてるはずの秋の部屋がやけにごちゃついてるよな」
今にもゲームソフトを入れ替えようとしていた手が止まり、きょとんとする目にも部屋の片隅に溢れ返っている荷物の山が見えているようで。
積み重なった季節物用の衣装ケース。何が入っているのかも忘れてしまった段ボール。父さんが適当に大判のシーツで包んだ細々した小物や服など。
男の二人暮らしなのに、どうしてこう物が多いんだろうかと考えると嫌になってしまう。
「うん、物置として使っていた隣の部屋にあった物をこっちに運んで来たからさ。半分くらいは整理したり処分したりしたんだけど、残りはこの有様よ」
「何でまた急に片付けを始めたんだよ? と言うか、大変だって言いたげな割には顔が笑ってねぇ?」
全く理解し難くて、もっと言うならば薄気味悪いと思っていそうな引きつった親友の表情。
あぁ、我慢しようも無く更に頬が綻んでしまう。胸の奥の方がじわりと温かくて、滲む幸せを隠し切れないんだ。
「……実はさ、家族が増えるんだよ」
「え? 何、どう言うことだ?」
「父さんが再婚することになって。その相手には女の子の連れ子がいるらしくて、母親と同時に妹が出来るんだ」
「まじか!? そっかぁ。おっちゃんは秋の父親だけあってイケメンだもんな。今まで再婚しなかったのが不思議だよなー」
ついこの間唐突に聞かされた事実に、どれだけ驚かされたかは言葉では表現しにくい。
父さんは最近やけに楽しそうで明るいよな、なんて気軽に思っていたら、再婚に加えて妹が出来る話を聞かされて衝撃のあまりむせ込んだっけ。
だけど、幼い頃から男手一つで俺を育ててくれた父さんが選んだ人だ。再婚を反対する理由なんてどこにも見つからない。
「秋はずっと兄弟が欲しいって言ってたから、妹が出来るのは嬉しいだろ」
「うん、とても嬉しいよ」
込み上げる笑みの裏にある、独りよがりの寂しさ。
家族が増えることを単純に喜んでいる心に反射した先に、一つの暗い空虚さが映る。
その空しさを初めて抱いたのはいつだったのかな。もう覚えていないけれど、幼少のころから染み付いていたのは間違い無い。
ランドセルの中身をひっくり返して、背伸びしながら鍵を開けて入った我が家。
しん……と静まり返った家の中には、こもった空気だけが居座っている。小さく唱えた「ただいま」に答えてくれる人は誰もいない。
学校から、遊びから帰って来ても、家の中には誰もいなくて。いつも、灯りの消えた家に対して「おかえり」の無い「ただいま」を放っていた。
「おかえり」の一言をくれる誰かがいてくれれば良いのにな。
多くの人達には母親がいるのに、どうして俺には父さんしかいないんだろう……。
いつの間にかあった気持ち。
成長するにつれて、母親の存在を求めるのは諦めたけれど、せめて兄弟姉妹がいてくれればこの寂しさを少しは拭えたかなぁ、なんて叶わぬ夢を見続けていた。
その夢が高校三年生の秋を迎えた今、叶おうとしている。
「でもさぁ、オレにも妹がいるから言えることだけど、女は厄介だぜ。子供の頃はおままごとしたいの! とか言って付き合わされるし。秋だって葉子に散々振り回されたのを覚えてるだろ?」
「あぁ、うん。でも俺の妹はままごとがしたいとは言わないんじゃないかな。なんせ同い年だしさ」
「は? 同い年……?」
「そう。その上、同じ学校の同じクラスなんだってさ。俺の方がちょっとだけ早く誕生日を迎えるから、兄と言うことになるらしいよ」
妹と言い続けていたために、てっきり随分年下の子だと思い込んでいたんだろうな。
当の彼女が同い年だと知った春平はぽかんと口を開けたまま。が、ふと気付いたように言うんだ。
「あ、教室に空き机が用意されたのって、もしかしたらその妹用?」
「そう。笹木先生が、『澄田に同い年の妹が出来たと知った時の皆の反応が面白そうだから、直前になるまで絶対に黙っとけよ』って言ったからさ。今まで黙っててごめんな?」
顔の前で手を合わせて軽く謝ると、幼馴染は頬を染めて明るく笑う。
「謝るなよー! だけど妹とも仲良くしたいなぁ、どんな子なんだ!?」
「さぁ? 母親になる人は何度か家に来たことがあるけれど、その子には会ったことが無いんだ。明日、二人が引っ越してくるから、それまでは何とも言えないよ」
「えぇっ、顔合わせも無しでいきなり兄妹とかすごいな……」
「まぁね。俺も緊張してるよ」
だけどさ、我が家の苗字を持つ人が一気に二人も増えるなんて幸せは、一生を探してもなかなか見つからないと思う。
片付けきれていない荷物の山を飛び越えて、隣の部屋に接する壁に目を向けて想うんだ。
まだ見ぬ同い年の妹さんへ。
明日からの日々、あなたはこの家でどんな明るい笑い声を聞かせてくれるのかなぁ……。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる