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第八話
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「失礼……しまーす……」
臭いを警戒して今度はゆっくりと扉を開ける。
少し開いた時点で先ほどのような異臭はなかったのだが、薄暗く人影の見当たらないロビーを見て自然と声が小さくなった。
誰もいないのかと扉を開けたまま中を見回してみたが、誰かが隠れている様子もない。
しかし、ギルドの看板を掲げているうえにこうして中まで入れることを考えれば、営業はしていると考えてもいいだろう。こうして人がやってきたにもかかわらず誰もいない上に反応もないことを考えると、普段から誰も来ないため人が来ることを予想していない、とかだろうか。
それはそれでどうなのかとは思うけど。
「……でもマーカーの反応はある、よな」
マジで誰もいないのかと機能を閉じていたマップの黒点を反映させてみれば、ちゃんと人らしき反応はあった。
あっちか……とマーカーが示す場所へと目を向けてみれば、視線の先には受付らしきカウンター。更にその奥に扉が見える。
どうやらあの扉の向こう側に黒点の人物はいるらしい。
「すみませーん!」
試しに大きい声で呼んでみる。しかし反応はなく、ただただ静寂のみが今この場所を支配しているのだった。
「反応なしか……死んでるとか、そういうことはない……よな?」
一瞬扉の向こうの死体を想像してしまい、思わず身をブルリと震わせた。
随分と長い間人が来ていなかったのか、床には薄っすらと埃が溜まっている。歩くたびに埃が舞うのを嫌って、ゆっくりと歩いてカウンターの奥の扉へと向かった。
「失礼しまーす……」
そっとドアを開けながら中を覗いてみると、まず目に飛び込んできたのは本や資料の山だった。
机の上に高く積み上がった其れは、いつ倒れてもおかしくはないほど。
「うわー」と思わず声が出てしまったが、目的はその山ではないと思いなおして改めて部屋の中を見回した。
「あ、いた」
目的の人物らしき人はそんな高く積み上がった資料のすぐ傍にいた。
腕を枕にしてうつ伏せになってはいるが、背中が上下しているため呼吸はしているようだった。ただ寝ているだけなのだろう。
とりあえず屍とご対面などというホラー展開にはならなさそうだと安心した俺は、その人物を起こすために部屋へと足を踏み入れた。
当然というべきか、寝ていたのは女性だった。
夜の海を思わせるような濃い青色の長髪を首の後ろで一本にまとめた女性。突っ伏しているため顔はよくわからないが、俺の世界基準で見てもかなり体が大きい部類ではなかろうか。立てば現状180程ある俺と同じくらいの背丈はありそうだ。
「すみません、起きてもらってもよろしいでしょうか」
「ンー……」
近くで呼びかけてみたが、呻き声だけで変化はなし。
男である俺が寝ている女性に触れるのは如何なものかと考えたが、そうでもしなければこのままずっと寝たままになりかねないと判断。
そっとではあるが、俺はその女性の方に触れて軽く揺さぶった。
「すみません、起きてください」
「んだよだれだよぉ……」
今度はまともな反応が返ってきたため内心でホッと息を吐く。
文句を垂れながらも体を起き上がらせたため、今まで見えていなかった顔が見えるようになった。
まず目についたのは左目に着けられた黒い眼帯。その眼帯でも隠せない縦の一本傷が左目にあるのを見るに、怪我か何かで見えなくなってしまったのだろうか。
そしてキリッとした顔立ちは間違いなく俺が見てきた女性の中でもトップレベルと言えるだろう。美人という言葉がよく似合う。
女子高なんかにいれば女の子達からよくモテるかもしれない。
「よかった、目が覚め――」
目が覚めた彼女に再び声を掛けようと、不用心にも近づいた。
その瞬間、今迄寝ていたはずの彼女の雰囲気が剣呑なものへと変貌する。
あれだ、今の今まで普通のプレイヤーだったと思っていた人が実はPKで襲い掛かってきたみたいな。そんな感覚に近い。
「っ、セヤァッ!!」
「!?」
咄嗟のことではあったが、事前に仕掛けられることが察知できたため対処はできた。
襟首を掴まれ、まるで柔道の背負い投げのように投げ飛ばされるも、宙で体勢を整えて安全に着地。
その際に積み上がっていた書類の山とぶつかったことで部屋中に書類や資料の紙が舞い上がった。
「あー!! せっかく整理した資料がぁぁぁ!! き、貴様……! どこの誰かは知らないが、こんな終わりかけのギルドにいったい何しに来た!!」
「いやあの、別に何が目的とかそういうのではなく――」
「じゃあなんだ! 金も人員も依頼もないギルドに、わざわざ意味もなくやってきたとでも!? はっ、信じられるわけがないだろ! ……わかったぞ、貴様あれだな? 向こうのギルドの回し者だな!? 終わりかけとは言え昔はこの街でもトップのギルドだ。いよいよ目障りだからって私を殺しに来たか!」
「いや、そういうことでも――」
「舐めるなよ! これでも現役時代は『狂乱』の名で知られた冒険者だ! 目が一つ使えないからって弱くなったわけじゃないぞ!!」
「だから話を――」
「問答無用!!」
問答しろよ!! という叫びを聞かせてやりたかったが、あいにくとそんな暇はなさそうな雰囲気だった。
彼我の距離が数メートルほどしかないというのに、弾丸か何かかと思わされるような速度で殴り掛かってきた女性。
勢いの乗った強烈な一撃だ。回避も『見切り』の発動余地はなし。恐らく、当たったらものすごく痛いだろう。下手したら、まだ半分も回復していない今のHPが全て吹き飛びかねない。
「仕方ない……! 『金剛力士』!!」
ゲームでは各プレイヤーは自身の職業に沿ったスキルを設定することができた。
剣士なら剣を用いた攻撃の威力上昇効果や致命の一撃確率を上昇させるスキル。魔法使いなら己が使用する属性魔法のスキルや魔力の自動回復スキルなど。
モンクのソロプレイヤーであった俺も然りだ。
その中の一つである『金剛力士』
これはモンクなどの盾役の職業には必須のスキルで自身の耐久ステータスの超向上の他、魔法への耐性も一時的に付与してくれるスキルだ。
この場で受け止めるのなら、このスキルを使うしかないだろう。
一瞬、俺の体を青いオーラが包み込む。
全身に力が巡り、女性の拳を受け止めるために両足に力を込めた。
ガンッ!! と、人の体同士がぶつかりあったとは思えない音がこの小さな部屋に響き渡った。
「!? 貴様『スキル持ち』か!?」
驚愕を顕わにしていう女性。気になる言葉はあったがしかし、俺はそんな彼女の言葉には一切答えることはせず次の行動へと移った。
俺の体に叩き込まれた拳を掴み取り、思い切り床に向かって押し下げる。
俺に殴り掛かるために前傾姿勢となっていたこと。また反撃されるとは考えていなかったこともあって、彼女の体勢は簡単に崩れた。
「このっ……!」
それでも彼女はそんな体勢からでも何とかしようと足掻いていたのだが、別にこちらには攻撃する意思なんてものはこれっぽっちもない。
というか、こんな状況で攻撃なんてしたら更に事態が面倒な方向へと進むのは目に見えている。
もう片方の拳が飛んでくるが、先ほどよりも勢いのないそれを空いた手で掴み取る。
「くそっ……ここまでか……!」
「だから違うと言ってるでしょうに。話を聞いてくださいよ」
「信用できるか! それともなんだ? フード被って顔もわからないような奴を無条件で信じろというのか!?」
「……そういやそうだったわ」
よくよく考えれば、目が覚めたら顔の分からない意味不明な奴がすぐそこにいたとか恐怖映像だ。警戒しても仕方ないだろう。
「じゃあちゃんと顔見せるんで、まずは落ち着いてくださいよ。状況的に俺の方が有利なんで、抵抗しても無駄なのはわかるでしょ?」
「くっ……確かにその通りだが悔し――まて、今俺って……」
「ほれ」
彼女の気が削がれた一瞬で拳を掴んでいた手を離してフードを脱ぐ。
先ほどよりも視界が開けたことでちゃんと彼女と目が合ったような気がした。
「さ、これで話を聞いてくれますかね?」
「……お、お、おオオぉお!? 男ぉぉぉ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
一瞬で言葉がバグり、顔を真っ赤にしながらバックステップで彼女は吹っ飛んでいった。
更に書類が舞い上がった。
臭いを警戒して今度はゆっくりと扉を開ける。
少し開いた時点で先ほどのような異臭はなかったのだが、薄暗く人影の見当たらないロビーを見て自然と声が小さくなった。
誰もいないのかと扉を開けたまま中を見回してみたが、誰かが隠れている様子もない。
しかし、ギルドの看板を掲げているうえにこうして中まで入れることを考えれば、営業はしていると考えてもいいだろう。こうして人がやってきたにもかかわらず誰もいない上に反応もないことを考えると、普段から誰も来ないため人が来ることを予想していない、とかだろうか。
それはそれでどうなのかとは思うけど。
「……でもマーカーの反応はある、よな」
マジで誰もいないのかと機能を閉じていたマップの黒点を反映させてみれば、ちゃんと人らしき反応はあった。
あっちか……とマーカーが示す場所へと目を向けてみれば、視線の先には受付らしきカウンター。更にその奥に扉が見える。
どうやらあの扉の向こう側に黒点の人物はいるらしい。
「すみませーん!」
試しに大きい声で呼んでみる。しかし反応はなく、ただただ静寂のみが今この場所を支配しているのだった。
「反応なしか……死んでるとか、そういうことはない……よな?」
一瞬扉の向こうの死体を想像してしまい、思わず身をブルリと震わせた。
随分と長い間人が来ていなかったのか、床には薄っすらと埃が溜まっている。歩くたびに埃が舞うのを嫌って、ゆっくりと歩いてカウンターの奥の扉へと向かった。
「失礼しまーす……」
そっとドアを開けながら中を覗いてみると、まず目に飛び込んできたのは本や資料の山だった。
机の上に高く積み上がった其れは、いつ倒れてもおかしくはないほど。
「うわー」と思わず声が出てしまったが、目的はその山ではないと思いなおして改めて部屋の中を見回した。
「あ、いた」
目的の人物らしき人はそんな高く積み上がった資料のすぐ傍にいた。
腕を枕にしてうつ伏せになってはいるが、背中が上下しているため呼吸はしているようだった。ただ寝ているだけなのだろう。
とりあえず屍とご対面などというホラー展開にはならなさそうだと安心した俺は、その人物を起こすために部屋へと足を踏み入れた。
当然というべきか、寝ていたのは女性だった。
夜の海を思わせるような濃い青色の長髪を首の後ろで一本にまとめた女性。突っ伏しているため顔はよくわからないが、俺の世界基準で見てもかなり体が大きい部類ではなかろうか。立てば現状180程ある俺と同じくらいの背丈はありそうだ。
「すみません、起きてもらってもよろしいでしょうか」
「ンー……」
近くで呼びかけてみたが、呻き声だけで変化はなし。
男である俺が寝ている女性に触れるのは如何なものかと考えたが、そうでもしなければこのままずっと寝たままになりかねないと判断。
そっとではあるが、俺はその女性の方に触れて軽く揺さぶった。
「すみません、起きてください」
「んだよだれだよぉ……」
今度はまともな反応が返ってきたため内心でホッと息を吐く。
文句を垂れながらも体を起き上がらせたため、今まで見えていなかった顔が見えるようになった。
まず目についたのは左目に着けられた黒い眼帯。その眼帯でも隠せない縦の一本傷が左目にあるのを見るに、怪我か何かで見えなくなってしまったのだろうか。
そしてキリッとした顔立ちは間違いなく俺が見てきた女性の中でもトップレベルと言えるだろう。美人という言葉がよく似合う。
女子高なんかにいれば女の子達からよくモテるかもしれない。
「よかった、目が覚め――」
目が覚めた彼女に再び声を掛けようと、不用心にも近づいた。
その瞬間、今迄寝ていたはずの彼女の雰囲気が剣呑なものへと変貌する。
あれだ、今の今まで普通のプレイヤーだったと思っていた人が実はPKで襲い掛かってきたみたいな。そんな感覚に近い。
「っ、セヤァッ!!」
「!?」
咄嗟のことではあったが、事前に仕掛けられることが察知できたため対処はできた。
襟首を掴まれ、まるで柔道の背負い投げのように投げ飛ばされるも、宙で体勢を整えて安全に着地。
その際に積み上がっていた書類の山とぶつかったことで部屋中に書類や資料の紙が舞い上がった。
「あー!! せっかく整理した資料がぁぁぁ!! き、貴様……! どこの誰かは知らないが、こんな終わりかけのギルドにいったい何しに来た!!」
「いやあの、別に何が目的とかそういうのではなく――」
「じゃあなんだ! 金も人員も依頼もないギルドに、わざわざ意味もなくやってきたとでも!? はっ、信じられるわけがないだろ! ……わかったぞ、貴様あれだな? 向こうのギルドの回し者だな!? 終わりかけとは言え昔はこの街でもトップのギルドだ。いよいよ目障りだからって私を殺しに来たか!」
「いや、そういうことでも――」
「舐めるなよ! これでも現役時代は『狂乱』の名で知られた冒険者だ! 目が一つ使えないからって弱くなったわけじゃないぞ!!」
「だから話を――」
「問答無用!!」
問答しろよ!! という叫びを聞かせてやりたかったが、あいにくとそんな暇はなさそうな雰囲気だった。
彼我の距離が数メートルほどしかないというのに、弾丸か何かかと思わされるような速度で殴り掛かってきた女性。
勢いの乗った強烈な一撃だ。回避も『見切り』の発動余地はなし。恐らく、当たったらものすごく痛いだろう。下手したら、まだ半分も回復していない今のHPが全て吹き飛びかねない。
「仕方ない……! 『金剛力士』!!」
ゲームでは各プレイヤーは自身の職業に沿ったスキルを設定することができた。
剣士なら剣を用いた攻撃の威力上昇効果や致命の一撃確率を上昇させるスキル。魔法使いなら己が使用する属性魔法のスキルや魔力の自動回復スキルなど。
モンクのソロプレイヤーであった俺も然りだ。
その中の一つである『金剛力士』
これはモンクなどの盾役の職業には必須のスキルで自身の耐久ステータスの超向上の他、魔法への耐性も一時的に付与してくれるスキルだ。
この場で受け止めるのなら、このスキルを使うしかないだろう。
一瞬、俺の体を青いオーラが包み込む。
全身に力が巡り、女性の拳を受け止めるために両足に力を込めた。
ガンッ!! と、人の体同士がぶつかりあったとは思えない音がこの小さな部屋に響き渡った。
「!? 貴様『スキル持ち』か!?」
驚愕を顕わにしていう女性。気になる言葉はあったがしかし、俺はそんな彼女の言葉には一切答えることはせず次の行動へと移った。
俺の体に叩き込まれた拳を掴み取り、思い切り床に向かって押し下げる。
俺に殴り掛かるために前傾姿勢となっていたこと。また反撃されるとは考えていなかったこともあって、彼女の体勢は簡単に崩れた。
「このっ……!」
それでも彼女はそんな体勢からでも何とかしようと足掻いていたのだが、別にこちらには攻撃する意思なんてものはこれっぽっちもない。
というか、こんな状況で攻撃なんてしたら更に事態が面倒な方向へと進むのは目に見えている。
もう片方の拳が飛んでくるが、先ほどよりも勢いのないそれを空いた手で掴み取る。
「くそっ……ここまでか……!」
「だから違うと言ってるでしょうに。話を聞いてくださいよ」
「信用できるか! それともなんだ? フード被って顔もわからないような奴を無条件で信じろというのか!?」
「……そういやそうだったわ」
よくよく考えれば、目が覚めたら顔の分からない意味不明な奴がすぐそこにいたとか恐怖映像だ。警戒しても仕方ないだろう。
「じゃあちゃんと顔見せるんで、まずは落ち着いてくださいよ。状況的に俺の方が有利なんで、抵抗しても無駄なのはわかるでしょ?」
「くっ……確かにその通りだが悔し――まて、今俺って……」
「ほれ」
彼女の気が削がれた一瞬で拳を掴んでいた手を離してフードを脱ぐ。
先ほどよりも視界が開けたことでちゃんと彼女と目が合ったような気がした。
「さ、これで話を聞いてくれますかね?」
「……お、お、おオオぉお!? 男ぉぉぉ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
一瞬で言葉がバグり、顔を真っ赤にしながらバックステップで彼女は吹っ飛んでいった。
更に書類が舞い上がった。
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