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第十七話

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「逃げずに来たのは褒めてやるよ」

 約束の日の朝、街の城壁へと赴いてみればそこにはペティさんがいた。
 金属をあしらった皮鎧に、ショートソードと身に着けた姿。弓は今回ハンデとして使用しないそうだ。そんな彼女の周りには、似たように武装した冒険者の女性陣が何人か見受けられた。

「……」

「……ケッ、なんか言ってみたらどうなんだよ」

「そう怒らないでくれ、ペティ。こいつは人と話すのが苦手なんだ」

 付き添いで来てくれたイコッタさんがペティさんにそう返すと、彼女は「ほんとかぁ?」と訝し気な目でこちらを覗き込んでくる。
 しかしフードの中身の顔は見えなかったらしく、「いっちょ前に魔道具なんか身に着けやがって」と悪態を吐くとそのまま彼女の仲間たちの傍まで戻っていった。

「やぁ、イコッタ。しばらくぶりだな」

 そんなペティさんと入れ替わるようにやってきたのは俺よりも背の高い、短い金髪の女性だった。
 ペティさんとは違って金属鎧を身に纏った彼女は、親し気な様子でイコッタさんの下に歩いてくる。

「ベルティゴ、君も壮健そうで何よりだ。最近はどうだい?」

「ああ、ぼちぼち……と、言いたいところなんだがな。少々気がかりなこともできて頭が痛いよ。それより、そっちが君のところの新人だって? 今日はペティの奴がよろしく頼むよ」

 イコッタさんがベルティゴと呼んだ彼女は、さわやかな笑みを浮かべてそう言った。
 その言葉に軽く会釈したのだが、心の内では誰だこの人、というのが正直なところ。そんな俺の心情を理解してなのか、イコッタさんがそっと耳打ちしてきた。

「彼女は大通りのギルドのギルドマスターだ。私とは違って、今でも時には魔物討伐に赴く金級の冒険者だ」

 金級
 その言葉に、俺は彼女に目を向ける。

 曰く、この街には三人しかいないという冒険者のトップ。その実力は超人のそれであり、魔物の中でも最強とさえ呼ばれるドラゴン種とも渡り合えるとされている。
 またこれも聞いた話なのだが、銀級から金級のランクアップには王侯貴族の承認が必要であるらしい。そのため、金級の冒険者は一部貴族と同じような扱いを受けることも可能であるのだとか。言っちゃ悪いが、前ギルドマスターであるヴァレン・スクィルは、これによって色街の娼夫に入り浸れていたわけだ。

 もっとも、借金はどうしようもないわけだが。

 そしてその金級冒険者は、その権利を得る代わりとして国からの要請にもある程度答えなければならない。
 主には魔物の大量発生やドラゴン種のような強力な魔物が攻めてきたりなどの国の大事に率先して対処することだそうだが、過去には戦争に駆り出されたという話もあるらしい。

 そんな金級の冒険者が彼女、ベルティゴさんだそうだ。

 ちなみにであるが、街に三人とか多くないか? というのは最もな話だが、それはこの街が国の端っこで魔物の領域と接しているが故のことだ。普通居ても一人いるかどうからしいのだが、例外なのがこの街とこの国の首都である王都(王国なのはこの時知った)だけらしい。

「ああ、その金級のベルティゴ・ガレッタだ。よろしく頼むよ」

「……??」

 あれ、ガレッタ?

 聞き覚えのある名前に首を傾げると、それを察したのかイコッタさんが「彼女はペティの姉だよ」と教えてくれた。
 そう言われてよくみれば、確かに金髪碧眼でどことなく似ている……ような気がする。
 体形が違いすぎて、初見では姉妹とは気が付かないレベルだ。

「あー、その様子からしてあんまりわからないだろう? よく言われるから気にすることはないさ」

「それよりもベルティゴ。こっちに来たってことは何か用でもあったんだろう?」

 イコッタさんの言葉に「そうそう」と頷いて見せた彼女は、少しかがんでイコッタさんに目線を合わせた。

「今日の勝負、うちのペティが勝ったらお前もそこの新人もまとめてうちのギルドに入る。ってのは本当の話か?」

「……ああ、本当だ。だが代わりに、ペティが負ければ彼女がうちの所属になる。ベルティゴはそれでいいのか?」

「ははっ! 構わないさ! あれだけ誘っても靡かなかったイコッタがこっちに来る可能性ができたんだ。現役を退いたとはいえ、新人の指導とか任せられる人材は喉から手が出るほど欲しいさ!」

 それも元金級なんて、贅沢な話だろ? と彼女は笑って見せた。

「それに、そっちの新人も有望って聞いているよ。あっという間に銅級までランクを上げたうえに、連日森で討伐しては無傷で帰ってくるそうじゃないか。銀、もしかしたら金だって夢じゃない人材を、欲しがらないやつはいないだろう?」

 流し目にこちらにも目を向けたベルティゴさん。
 だがしかし、その視線は先程までのさわやかな彼女のそれではなく、どこか背筋が凍るようなゾッとさせられる目であった。

「……ギルド一つ、一人では潰してしまいかねない身だが、君からの過分な評価は嬉しく思うよ」

 だがなベルティゴ、とイコッタさんは続けると軽いしぐさで俺の方にポンッと手を乗せた。

「うちの新人をあまり舐めていると、人材を取られるのは君かもしれないぞ?」

「……なるほど、それだけの才能があるんだな。期待することにしようじゃないか!」

 そんなイコッタさんの姿に、最後には元のさわやかな笑みを浮かべたベルティゴさんだった。


「……ッチ」

 そんな彼ら彼女らの様子を、銀のギルドプレートを身に着けた彼女は苛立たし気に見つめているのだった。






「それにしても、なんか多くないですかね?」

 周りに聞こえないようにそっとイコッタさんに耳打ちしてみれば、彼女はああそれかと何か知ったような口ぶりで教えてくれた。

「今回はペティとニオウの二人の勝負だが、魔物の討伐による判定や討伐した魔物の回収なども必要になるだろ? だからベルティゴのギルドの冒険者たちがその役割を担ってくれることになっている」

 今回の勝負であるが、魔物を討伐した数はもちろんのこと、どれだけ脅威度の高い魔物が狩れたかも勝負の判定基準となっている。そのため、時間があればその分魔物を討伐した方がいいため、討伐した魔物を回収してくれる冒険者がいるわけだ。

「でも大丈夫なんですか? 回収するのって向こうのギルドの人たちでしょ? 俺が討伐した魔物まで向こうの取り分だとか言われたりなんか……」

「そこは大丈夫だ。今回回収班にはベルティゴがそれなりの報酬を出している。ランクも低くまだ稼ぎの少ない鉄級が中心であれば、金払いが良ければそれなりに仕事はしてくれるさ。それに、勝敗の判定はニーベがやってくれる。不正はない」

「呼びましたかぁ?」

「「っ……!?」」

 ヌッ、と俺とイコッタさんの間から現れたのは、イコッタさんが話に出していたニーベさん。
 商人会館の受付にして、幹部の一人でもあるという彼女が今回の勝負の判定をしてくれるというのであれば、相手有利の審査になったりはしないだろう。そこらへんはきっちりしている人だということはここ最近やり取りを通じてよくわかっているつもりだ。

「ああ、いや。今日の勝敗はニーベが判定してくれる、ということをニオウに教えていただけだ」

「あら、そうなんですね。ニオウちゃん、よろしくねぇ~」

 にこやかな様子の彼女に軽く会釈して挨拶を返す。
 もうすっかり俺のこの黙ったままの行動になれたのか、うんうんと嬉しそうなニーベさん。

 そして彼女は「あ、そうだ」と何か思い出したかのように手を合わせた。

「ニオウちゃん。これはお姉さんからの注意なんだけど、あんまり森の奥のほうまで行かないほうがいいわよ? もし討伐するなら、森の浅瀬で攻めるのがいいわ」

「ん? どういうことだ、ニーベ」

 その言葉に、イコッタさんと俺の目線が彼女を向いた。
 少し怪訝な様子で詰め寄ったイコッタさんであったが、ニーベさんはイコッタさんの様子に怖気ず、むしろいつものマイペースな様子で言葉を続ける。

「もう、眉間に皺寄せたら、美人がもったいないぞ、イッちゃん」

「それはいい。さっきの言葉、どういうことかと聞いている」

「言葉の通りよ。最近冒険者の人たちから持ち込まれる魔物なんだけど、普段もっと奥の方にいる魔物が手前まで出てきていたりするのよ。それに中層部で深部の魔物を見かけたなんて報告も上がっていたりするわ」

 困ったわぁ、と言いたげな様子で頬に手を当てるニーベさん。
 だが彼女の言うことに関しては、俺にだって心当たりはある。

 あの森――通称はリンデロの森(街の名前がリンデロであるため)というのだが、知っての通り色んな魔物が生息している。
 そして森の規模自体もかなりのもので、一般的には浅瀬、中層部、深部の三つに区分されている。街や街道に近い浅瀬にはホーンラビットやゴブリン、グレイウルフなどが、浅瀬と中層部にはマーダーボア、中層部には豚のような顔をした2m程の体躯を持つオークや、筋骨隆々の鬼であるオーガ、更にはそんな彼らを捕食する大蛇キングサーペントが代表として挙げられるだろう。
 そして深部にはそれらの強さを上回る魔物がいるのだが、例として挙げられるのは獅子のような体に鷲のような頭を持つグリフォンに、下位ではあるがドラゴン種に数えられるコカトリス。そして――俺が出会ったオルトロスもこの深部の魔物だ。

 ベルティゴさんの気がかりなこと、というのもこれに関係しているのかもしれない。

「だから、あんまり奥まで行っちゃうと危険だからってことを伝えに来たのよ。それじゃ、私向こうにも伝えて来るから。ニオウちゃん、頑張ってね♪」

 そう言い残して、ニーベさんはペティさんの元へと向かっていった。

「……ニオウ」

「わかってますよ。無茶はしません」

 不安げな様子のイコッタさんに、小声でそう告げる。

 しかし、そう言った俺の内心では「こりゃ何かあるかもしれないなぁ」とフラグが立ったような気がしてならなかったのだった。
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