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2話 世話役

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「……って、あれ?
 案外記憶残ってるじゃん」

「おっ、ようやく起きたのだ!」

 再び同じ位置で視界に映る女の子。
 そして俺はまた、あの椅子に座っている。
 実にデジャブな展開だが、今回は違う。

 この子の名前はシェルヴィ、そしてその後ろに立つ2人は、この子のパパとママ。

「はぁ、嫌な夢を見ている気分だ……」

 今までの要素から、ここが夢ではなく現実であることが確定した。

 とりあえず、下を向かせくれ。
 いや、勝手に下を向いていることだろう。

「はぁ」

 俺がため息をついたその時、ママさんがこんなことを口にした。

「嘘……あなた、生きてるのっ!?」

 あなた生きてるの?
 そんなことを言われたのは、人生初だ。

「え?」

 声のする方に顔を向けると、そこにはとても驚いた表情を浮かべるママさんがいた。

「今の、どういうことですか?」

 すぐにでも理由を知りたかった俺は、ママさんに尋ねた。

「あっ、そうよね。
 実はこの人、魔王なのよ」

「……は?」

「そうなのだ!
 我のパパは魔王様なのだ!」

 魔王……? 
 あっそういえば、パパさんが魔王城へようこそ的な事を言っていた気がする。

 あの時は意味不明すぎてついスルーしてしまっていたが、まさかこれほどまでに重要な情報だったとは……。

「ちょっと、一旦整理させてください」

「えぇ、構わないわ。
 私もそうしたいと思っていたの」

 それから5分ほどで、1通りの整理がついた。

「つまり、俺は今魔王様のパンチを受けながらも生きている。
 それがおかしいと」

「えぇ、全くその通りよ」

「なるほど……」

 もしかして俺は、最強というやつなのでは?
     いや、絶対にそうだ。
     そうに違いない。

 この時、普通をこよなく愛する俺の心に謎の高揚感が生まれた。

 しかし、その謎の高揚感に浸る間もなく、俺に新たな試練がやってきた。

「それで、お前の名前はなんなのだ?」

「えっ、名前ですか?」

「そうなのだ!
 なんて名前なのだ?」

 ぐいぐい距離を詰めてくる女の子。
 少し距離を取りたいところだが、椅子の背もたれが俺を拒んでいる。

「分からないです」

 正直にそう答えると、突然女の子の空気が変わった。
 いや、女の子だけじゃない。
 奥にいる2人もだ。

「お前今、なんて言ったのだ!?」

 いやいや、そんなに怖い顔をされても、分からないものは分からない。
 それが人間という生き物だ。

 おそらく、その辺の記憶は俺が元々生きていた世界線に置いてきてしまったのだろう。
 何とも都合のいい生まれ変わりだ。
 いや、ここでは転生と呼ぶべきか。

 それにしても、どうして突然空気が変わったんだ?
 俺が今、何かまずいことを言ったのか?
 いや、言ってないはず。
 だとすれば、他に原因が……。

「いやぁ、これは参ったねぇ。
 先程妻から聞いた通り、僕はこう見えても魔王なんだよ」

 いやいや、こう見えてもって……。
 パンチの威力ですぐに納得したわ。
 俺はダンボールのようなもので塞がれた石の壁に視線を向けながら、そう思った。

「だからねぇ、魔界の規則である『名前のない魔族は追放もしくは処刑』というルールを破る訳にはいかないんだよ」

 まぁ、魔王様なら仕方ないか……ん!?

「今、なんと?」

 あれ?
 この嫌な予感はなんだ?

「ルールを破る訳には……」

「いや、その前です」

「名前のない魔族は追放もしくは処刑……のところかい?」

「そこです、そこ!
 じゃあ、名前がない俺はどうなるんですか!?」

 正直、1度目の時点ではっきりと聞こえていた。
 寧ろ、全てを理解してしまった。

「うん。
 悪いけど、僕の立場上処刑という形になるかな」

「へぇ、そうなんですね……あはは」

 本当に神様はいじわるだ。
 俺に2度目の人生を与えておきながら、結末はこれか?
 どうせ今頃、馬鹿にしたような目で俺を見てるんだろ?
 あぁ、やっぱり俺は普通が好きだ。
 世界で1番大好きだ。

「パパ、どうにかならないのだ?」

「うん、それについてなんだけどね。
 実はさっきヒュースと話し合……」

 まぁどう死んだかは覚えてないにしろ、1度は死んだ身。
 今更恐れたところで、もう手遅れか。

「……というのはどうだろうか?」

 あれ、なんか今話してた?
 いや、気のせいだよな。

「分かりました。
 甘んじて受け入れます」

 はぁ、俺はまた死ぬのか。

「本当かい?」

「はい」

「本当に受けてくれるのかい!」

 おい、なんでそんな嬉しそうなんだよ。
 おい、その笑顔はなんだ?

「はい」

「ヒュース!」

「あなた!」

 おいおい、どうして死ぬのが確定した男の前で抱き合うんだ?
 お前ら2人、多分イカれてるぞ。

「パパ! ママ!」

 少し遅れて女の子も合流、ってか。

「ばんざい!」

 ……黙れ。

「ばんざい!」

 黙れ。

「ばんざいなのだ!」

 黙れ!

 目の前で喜ぶ3人を見て、俺はついに我慢の限界を迎えた。

「人の死を喜ぶなんて流石はとそのですねっ!」

 しかし、どうやら俺の皮肉は場違いだったらしい。

「ん?
 何を言ってるんだい?
 君は今、自分で生きる道を選んだじゃないか」

「……え?」

 おいおい、パパさん。
 あなたは何を言っているんだ?
 あぁ、確かに俺は受け入れたさ。
 自分の処刑を、ね。

 それなのに、生きる道だぁ?
 笑わせてくれるじゃねぇか。
 言えるもんなら、もう1回はっきり言ってみろ。

「君は今、シェルヴィの世話役を引き受けた。
 違うかい?」

「はい、その通りです」
 
  まずい。
 つい反射的に答えてしまった。
 どうやら、俺はまだ生きたいらしい。

 まぁ何はともあれ、シェルヴィという女の子の世話役になれば、命の保証がセットで付いてくるってことだよな。
 魅力的な提案であることに違いはないか。

「世話役……新しい世話役……!
 き、緊張するのだ……!」

 一応、女の子も喜んでくれてるみたいだし、とりあえずこのまま話を進めよう。

 ……ところで、世話役ってなんだ?

「この短時間で記憶が無くなるなんて……はっ!
 もしかして、頭が痛むのかい!?」

 おっ、パパさんナイスパス!
 ちょうど今、頭の中を整理したいと思っていたところだ。

「はい、実は少しだけ……」

 軽く頭を抑え、辛そうな素振りを見せる俺。
 悪いが、今は一刻も早く1人になりたい気分なんだ。
 どうか許してくれ。

「あっ、えーっと、どうしよう……。
 その、今言うべきじゃないんだろうけど、君の新しい名前は『ハース・シュベルト』で、どうかな?」

「パパさん、ありがとうございます。
 とても気に入りました」

 今考えたにしては、悪くない名前だ。
 まぁ、この世界で目立たない普通の名前なら、だけどな。

「そうか、それは良かった!」

「ハース……。
 かっこいいのだ!」

「あなた!
 シェルヴィ!
 まずは部屋の用意が先でしょう!」

「そ、そうだよね……ごめん」

「ごめんなさいなのだ……」

 おぉ、流石はママさん。
 切り替えが早くて助かる。

「クロ、シロ、出てきてちょうだい」

 ママさんが名前を呼ぶと、床に魔法陣が現れ、そこからメイド服を着たショートカットの2人が現れた。

「にゃにゃ、クロをお呼びですかにゃ?」

「シ、シロもお呼びですか……にゃ?」

 おぉ、なんかめっちゃ異世界っぽい!

 ……じゃなくて、猫耳やしっぽが生えているところから考えて、2人は擬人化した黒猫と白猫ってとこか。

 にしても、随分と胸元が空いたデザインのメイド服だな。
 しかも、よりによって大きい2人に着せるとは……。
 誰の好みかは知らないが、悪くない。

「クロとシロに命令します。
 1分、いや30秒以内にお客様のお部屋を1つ準備なさい」

「なんにゃ、そんなことかにゃ。
 なら、クロにお任せにゃ」

「シロにお任せ……にゃ」

 2人は猫らしく右手を上げながらそう答えると、床の魔法陣に姿を消した。
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