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04.別人
しおりを挟む「あっ、待って怜央く……っ」
「なんで? もっと気持ちいいよ?」
「ん、でも……」
「俺も気持ちよくなるから。お願い」
なぜ彼の言うことに逆らえないのか。
私は今日も怜央くんの部屋にいる。彼のおいしいごはんを食べたあと、シャワーを浴びてからベッドへ。いつも通り愛撫されるだけの時間かと思っていたら、今日はさらにその先へ進むつもりらしい。
怜央くんが自らの高ぶりを出した時は、悲鳴を上げそうになってしまった。勃ち上がったそれは、ついに一線を超えてしまうかと思ったがそんなことはなく、さんざん弄られ濡れた私の秘部にぴたりとくっついた。
ここまで露骨な行為は初めてで戸惑っていても、怜央くんにはなんの効果もない。避妊具がついているとはいえ、生々しい感触はわかる。
「あ、あっ」
秘部でこするように動かされると、今までにない感覚に声が上ずった。
「気持ちいい? 俺は、すごくいいよ」
「……っ」
初めて、怜央くんのそんな顔を見た。ちょっと苦しそうで、切なげに眉根を寄せる顔。
怜央くんの熱の先端がふくれた花芯にこすれると、腰が浮いた。もう最近は我慢をすることもなくなった甘い声が淫らに響く。
「もうだめ……もう、私」
今までの行為とはまったく違う。強い刺激に、すぐに絶頂の波が襲ってくる。短く息を吐きながら、せり上がる快感に唾を飲み込む。
「は、ぁ……俺も、いく」
切羽詰まった声の怜央くんを見ると、目を伏せて、腰を揺さぶるその姿も刺激にしかならなかった。本当に、本物のセックスをしているみたいだった。
「んんぅ――!」
私が息を詰め、すぐあとに怜央くんがびくんと腰を震わせた。初めて怜央くんの達するところを見た。額に汗を滲ませて、薄く開いた口から荒い息を吐く。うつむいていた視線は、ふいに私に視線を向けた。熱の残った視線が胸に突き刺さる。
「上手にできたね。慣れてきた?」
「……」
あれから怜央くんの部屋には毎日来ている。毎日、ベッドの上で怜央くんの手によって声を上げていた。でも終わればすぐに自分の部屋に戻る。セフレ以下のような関係だ。
「そうだ。明日は来なくて大丈夫だから」
怜央くんは乱れた服を直しながら、何気なく言う。
「……え?」
ドキリとした。
「明日紗江の歓迎会でしょ。忘れてた?」
「あ……そうだったね」
ここのところ残業をしても毎日怜央くんの家に来ていたので、来なくていいと言われてほっとするよりも先に「なんで?」と思ってしまった。他の女の人が見つかったのかと思った。
どうして焦っているのか自分でも理解できなかった。
まさかまた好きになっちゃった? そんなわけない。だってこの人は昔の怜央くんではなくて、女の人と遊ぶ軽薄な人だ。好きになるはずがない。私としている理由だって、うるさくて眠れないと文句を言ったからだ。私が文句を言わなかったら、他の女の人と寝ているだろう。
ただの身代わりだということを忘れてはだめだ。
「手島さん、これよろしく」
「はい」
怜央くんに契約書類を手渡されて、作業用ボックスに入れる。ここのところ仕事が慣れてきたせいか、仕事量が増えてきた。怜央くん担当の案件だけではなく、他の営業の人の業務も受け持つことになり、定時退社が難しい日々だった。
「手島さーん、この前頼んだ覚書の進捗どう?」
営業の倉本さんに声をかけられて、どの案件だったかな、と考えを巡らせる。数日前、依頼されて作業用ボックスに入れたことをなんとなく思い出した。
「え……あっ!」
「もしかして忘れてた?」
「いえ、あの、すみません」
忘れてました、とは言いづらい。他の案件で立て込んでいたとはいえ、「忙しかった」は言い訳にはならない。
「あー……すみません。僕のほう優先させてもらっちゃいました」
「え」
隣の席の怜央くんが、割って入ってきた。怜央くんとはそんな話はしていない。
「おいおい勝手に困るよー」
「すいません。急ぎだったもので。今日中には終わらせます。ね、手島さん」
「は、はい! 倉本さん、すみません」
私のミスを、怜央くんはフォローしてくれた。慌てて頭を下げると、倉本さんは困った顔をしていた。
「まあまだ間に合うからいいけど……よろしくね」
「はい!」
最近仕事が立て込んでいたのは事実だけど、もらった仕事順に処理をするようになっているので、期日は特に気にしていなかった。もっと気にするべきだった。
「……有馬さん、ありがとうございました」
「いえいえ。最近みんな手島さんに頼りすぎだし。ていうか倉本さんはちょっとせっかちなところがあるから聞いてきただけかもね」
「でも、私が悪いです。仕事溜まっていってるのに相談もできなくて」
「……断るのとか苦手?」
遠慮がちにだがこくりとうなずいた。
「そうだよねえ、昔からそうだったよね。だから俺もつけ込んでるんだけど」
「え?」
「はい、じゃあ覚書先にやっちゃおうか」
「は、はい」
作業用ボックスにあるたくさんの書類の中から見つけ出し、倉本さんの覚書を優先的に終わらせた。作業時間はそれほどかからなかったので忘れていた自分が完全に悪い。怜央くんには迷惑をかけたくないので、いつもよりも集中して仕事を進めた。
「遅くなったけど、手島さんようこそ~」
乾杯、とビールジョッキやグラスを合わせる。
歓迎会の場所は普通の居酒屋チェーン店だ。金曜日の夜なので店内はざわついていて騒がしい。今回の歓迎会は営業課のみなのでそれほど人数も多くはなく、気軽な感じで安心した。
「手島さん、飲んでる?」
「あ……倉本さん、今日はすみませんでした」
「え? 全然いいって、ちょっとどうなってるかなって聞いただけだから。あのあとすぐ終わらせてくれて助かったよ」
お酒の席だからか、倉本さんはいつも以上にご機嫌だ。私の隣に移動してきて、何杯目かのビールを流し込んでいる。
「仕事慣れた?」
「はい、おかげさまで」
倉本さんは怜央くんより先輩らしく、営業成績も良い、営業部には欠かせない存在の人だ。ちょっと軽薄な印象を受けるが、営業の人は口がうまくないとやっていけないのだろう。
「ところでさ、手島さんは彼氏いるの?」
「えっ……」
予想外の質問に一瞬固まる。
「あ、いる反応だ~残念」
「い、いません!」
一瞬怜央くんのことが頭に過ってしまった。けれど怜央くんは彼氏ではない。セフレとも違うような気がする。ただ言われるまま身体を授けている関係だ。ちらりと怜央くんのいるテーブルを見ると、女性陣に囲まれてやけに楽しそうだった。あんな爽やかな笑顔をしたらみんな好きになるに決まってるじゃない、と腹を立てた。
「そっかーいないのか」
倉本さんは、うんうんとうなずきながらビールを一気に飲み干した。
「あ、次は何を頼みますか?」
メニューを差し出すと、彼は「優しいねえ」と微笑む。ふにゃりと笑った顔は少し幼く見える。普段の姿とは違う一面を見て、親近感が沸いた。今まで怜央くんとばかり話をしてきて、他の人とはあまり会話をしてこなかったので、純粋に楽しかった。
7時から始まった歓迎会も2時間程度で終わり、店の外で次はどうする、とみんな話をしている。緊張していたせいか、酔いが回っていて帰りたいという気持ちが強くなっていた。でも一応私のための歓迎会ではあるし、帰るわけにはいかない、と葛藤する。
「手島さん、二次会行く?」
倉本さんに声をかけられて、まだ答えが出ていなかったので口ごもる。
「……えっと」
「迷ってるなら、俺と二人で二次会しない?」
「えっ」
酔ってふらふらしていたはずの倉本さんの足取りはしっかりとしていて、表情もころりと変化する。あれだけ飲んでいたのに、倉本さんはお酒が強いらしい。
「手島さんのこと前から気になってたんだけど、今度でもいいから飯行かない? これわりと本気で」
「……」
しっかりと目を見ながら真面目な顔をして言われて、嘘や冗談ではないことがなんとなく伝わってくる。これが嘘だったらもう人間不信になってしまうだろう。どう答えようかとさらに考えあぐねていると、突然冷たい手に腕を引かれた。
「……ひゃっ!」
「……紗江、帰ろう」
「れ……有馬さん?」
「すみません、彼女幼なじみなので、世話しろって言われてて」
「……過保護なんだねえ」
倉本さんに言われて、困ったように笑う怜央くん。世話をしろなんて、誰も言ってないのに。
「じゃあ失礼します」
「あ、あの、今日はありがとうございました!」
みんなが振り返り、手を振ってくれる。女性社員にはぎろりと睨まれたりもしたけど、それよりも怜央くんの強引さに驚き、戸惑っていた。
電車に乗り、家までの暗い夜道を歩いているけれど、手はずっと握られたままだった。私が何を話しかけても怜央くんはずっと黙っていたけれど、二人の住むマンションが見えてきたところで、ようやく口を開いた。
「紗江、何してんの」
「なにが?」
「なんで倉本さんに口説かれてんのって聞いてる」
「……知らないよ……」
私だって驚いている。本気だとすれば今まで大した会話もしていなかったのにどうして? という気持ちも強い。なにより、来週からどういう顔をすればいいのだろう。
「でも、どうすればいいかな……」
独り言のつもりだった。でも怜央くんは反応し、ぴたりと立ち止まって私を見る。怜央くんを見上げると、久しぶりに見たよそよそしい笑顔があった。
「相談に乗ってあげるから、うちおいで」
「……うん」
握られた手にはさらに力が込められる。怜央くんの目に自然とうなずいていた。
「……お邪魔します」
もう見慣れてしまった怜央くんの部屋だ。それでも毎回足を踏み入れる瞬間は緊張する。
「はいどうぞ」
ガチャン、と鍵が閉まる音。次の瞬間には、強い力で引き寄せられた。背中をぐっと押さえつけられているせいで、怜央くんの胸に頬がぶつかる。
「きゃっ……な、なに!?」
「今日はなにもしない予定だったんだけど……俺の家に入っちゃったね」
「だって、相談に乗ってくれるって」
「そうだね。ベッドで聞くよ」
冷たい声が響く。温もりが離れて行くと、手を掴んだまま、目を合わせず私に背を向けた。
「……怒ってる?」
「なんで? そんなわけないよ」
振り返った怜央くんはうさんくさい笑顔を張り付けていた。薄々気づいていたけれど、私を引っ張ってきたくせに、怜央くんはずっと機嫌が悪い。今だって握っている手が痛いほどだ。
「怜央くん、手、離して」
「……」
怜央くんはそのまま私の手を引き、いつものベッドへと投げ出された。いつもと違うところは、おいしいごはんも優しい笑顔も無いところだ。
「今日は、どこまでしようか」
怜央くんの不敵な微笑みに、私の身体は固まっていた。
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