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16 唯一話せる相手

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「萩くん!」
「あ」
 めずらしく廊下で藍香に声をかけられた。興奮気味なのはきっと休日のことがあったからだろう。

「この前どうだった? もしかして……」
 藍香のにやにやした表情に嫌な予感がして、真広は彼女の言葉を遮った。
「ちょっとこっち!」
「えっ」

 藍香の腕を引いて、放送室までまっすぐ向かった。
 ちょうど昼休みが始まったばかりで放送室に向かう途中だったからちょうどいい。二人きりで話をするには結局この場所が一番良いと最近気付いた。まあ本当ならダメなんだろうけど。

「はぁ……疲れた……」
 早足で来たせいで藍香は息を切らしている。今気付いたけれど彼女の手には弁当バッグがあった。

「ごめん、誰かと昼飯行くとこだった?」
「ううん。大丈夫だけど……私と二人にならないほうがいいんじゃない?」
「なんで?」
 話しながら放送室のドアを閉める。

「だって、あの日前田くん笑顔だったけど目は笑ってなかったもん。すぐにわかったよ。付き合うことになったんだね」
「……ああ……まあ」
 彼女には好きな人が誰かも教えていなかったけれど、やっぱり気付いていたのだろう。すべてお見通しというやつだ。

「前田くん、萩くんのこと好きなんだなあって思ったよ。うらやましい」
 恥ずかしいセリフに真広は肯定も否定もできない。
「お、大山こそ、一緒にいた男とは?」
「告白されたからデートしたの。好きになれるかもしれないって思ってる」
「……それは、よかったというかなんというか」
 彼女を振っている手前、どう答えたらいいかわからない。ほっとしたような喜んでいいのかわからない複雑な気持ちだ。

「萩くん実はけっこう優しいよね」
「いや、そんなことないと思うけど」

 藍香に対しても陸に対しても優しくできている自覚がない。陸のように優しくなりたいのに、照れくささが邪魔をして素直になれない。

「私とデートしてくれたし、すごい申し訳なさそうな顔してたし」
 バレていたのかと恥ずかしくなる。
「それより何かあった? 萩くん、なんか落ち込んでるように見える」
 先ほどから彼女の観察眼には感服だ。
 真広の好きな人を知っているのは彼女だけなので話をするには適任だろう。恋愛経験皆無の真広にはいったいどうしたらいいかわからない。
 でも、ふと時計を見ると十二時十分になっていた。

「ああ……。やべ、放送しなきゃ」
 昼の放送は十五分からだ。
「ここでお弁当食べていい? 萩くんの話聞きたい」

 真広としても話を聞いてくれるのはありがたい。こんなこと、誰にも相談できない。
 真広は昼の放送の始まりに挨拶だけして、音楽を流す。いつも邦楽の人気曲を選んでいる。放送室のマイクをきっちりオフにしたのを確認し、コンビニで買ってきた昼食のパンの袋を開いた。
 真広の様子を見ていた藍香も同様にお弁当を開けた。彼女の小さい弁当箱は色とりどりのちゃんとした弁当だ。

「それで、何か悩み?」
 同じ歳なのにどこか頼もしい目だった。躊躇わないわけではないが、真広は藁にも縋る思いで口を開いた。
「……男同士で付き合うってアリ?」
「え、アリでしょ」
 目をまるくした藍香は当然だという口ぶりだ。彼女は陸の考え方に近いような気がした。
「陸もそのつもりなんだけど、まさか両思いだとは思わなかったからどうすればいいかわからない。付き合うって今までと一緒じゃだめなのか?」
 急に変わりすぎて戸惑いを隠せない。
「萩くんは、両思いになっただけで満足だった? 好きな人と一緒にいるだけでいいの?」
「それ以外になにが……」
 言いかけたところでハッとした。
 陸とはキスをした。真広にもキスをしてほしいと言っていた。まさにそのことなのだろう。

「萩くん顔赤い」
「い、いや!」
 真広が顔を赤くして慌てる様子を見て、藍香が笑う。

「そういうこと、したいって思わない? 私は好きな人としたいって思うよ。いろいろね」
「……そこまで頭が回ってない」
「そのこと前田くんにちゃんと言わないと、誤解しちゃうかもしれないよ。したいのは自分だけかーって。萩くんがしたくないなら話は別だけど……」
「そんなことないっ!」
 真広は咄嗟に声を上げていた。

「それなら解決だね。進む速度は人によって違うだろうから、前田くんとちゃんと話し合ってね」
 藍香はにっこりと笑い、真広は頷いた。
 彼女に話したことによって心が少し軽くなった。やるべきことが見つかった気がした。あと必要なのは勇気だけだ。

「あ、そろそろ終わらせないと」
 放送終了は十二時四十五分だ。今は四十分。話に集中しすぎてパンもまだ食べかけた。急いで口の中に詰めて飲み込み、藍香も急いで弁当の残りを食べていた。
 放送を終わらせ、様々な機器のスイッチを切る。

「放送委員ってこんな感じなんだね。なんかおもしろかった」
 弁当も片付け、教室に戻る準備をした。真広はパン一個残っているが放課後にでも食べればいい。一度職員室へ鍵を返しにいかなければいけないので、五十分には放送室を出ていた。

「大山ありがとう、助かった。このことは……」
「もちろん誰にも言わないよ。萩くんの新しい一面を見れてうれしかった。私もがんばるから応援してね」
「もちろん。あの男がいい奴だといいな」
 藍香は頬を赤らめながら頷いた。すでにその男に気がありそうな雰囲気だ。傷つけてしまっただけに彼女には笑顔になってほしい。


 藍香と放送室の前で別れて教室に戻ると、授業はまだ始まっていないので陸が男友だちと楽しそうに話をしていた。男女ともに人気のある陸のまわりにはいつも人がいる。

「陸~、いいかげん合コン来てくれよ~」
 真広の耳が一気に会話に引き込まれる。視線は向けずとも陸たちの会話に聞き耳を立てる。
「ええー、俺はいいよ」
「なんで。陸がいたら盛り上がるって! モテるだろうしさ。可愛い女の子も呼ぶから!」
「興味ないから俺はいいよ」
 陸が断ってくれてほっとした。
「まじかよ、モテるくせに興味ないとか!」
 周りの男子生徒が騒ぎ出す。女子生徒もざわついている。それ以上陸を説得しないでくれ、と願う。
「んー……わかった」

 真広の祈りを裏切り、陸が渋々と言った感じで了承していた。
 頭をハンマーか何かで殴られたような衝撃。陸は合コンなんか行かないと思っていた。今までは陸のそういったことに目をそらしていたから合コンに行ったこともあったかもしれない。でも両思いになった今、陸が合コンに参加するとは思えない。それだけにショックがでかい。
 陸が合コンに行ったらモテないはずがない。自分のようなひねくれた奴ではなく素直な可愛い女の子が現われたら心が揺れる可能性だってある。

 両思いになったばかりなのに、不安しかない。
 このまま陸が真広から離れていってしまうかもしれないと考えたら、とんでもなく怖くなった。
 真広の心は突然焦り始め、今日の放課後に陸が放送室に来てくれることを願った。
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