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スクールライフは何色に?
第23話 これがおれの虹色ライフ?(再び)
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みずみずしいまでの初夏の風が尾上山の森を渡っていく。どこかで小鳥のさえずりが聞こえる。それがヤマガラなのかシジュウカラなのかまではわからない。とにかく、レースが終わって、すべてから解放されたおれの体が呼吸をするたびに、この森の息吹を吸い込んでいくような、そんな心持ちだった。
浅く息を弾ませながら、アスファルトの上に大の字になって寝そべり、青々とした梢から覗く小さな空を見上げていると、その視界に逆さまになったカオルの顔が写り込んだ。すがすがしいほどの美少年が目を三日月形にして笑っていた。
「お疲れ様。いい勝負だったね」
カオルはおれに右手を差し出した。それを握ると、おれは反対の手で体を支えながら「よっ」と声を出して立ち上がった。
「まさか、あの最後のヘアピンカーブ。あんなライディングでクリアしてくるなんて思ってもみなかったよ」
「そりゃあもう、必死でしたから。おれだって、なんであんなことができたのか、今でも信じられないくらいですよ」
「そうだよね。でも……」
カオルはついさっき、おれたちが走ったコースを見遣った。遊歩道の脇に小さな黄色い花がいくつも咲いていて、ひらひらとツマベニチョウが白い羽を翻して舞っていた。コースを走っているときにはそんな景色に気づきもしなかった。よほど集中していたみたいだ。
「勝ったのは君だよ。パヤオ君」
そう微笑みかけられて、途端に胸の奥が詰まるほど恥ずかしくなった。人に勝利を称えられたことなんて、今までに経験したことなんてなかったのだ。
「ありがとうございます……」
おれは小さな声で呟いて俯いた。
勝負どころだと決めた最後のヘアピンコーナー。先行するカオルは後続のおれが仕掛けるクロスラインを警戒するだろうと踏んで、その裏をかくために、カオルのイン側をつく作戦に出たのだ。もちろん、右コーナーのイン側には側溝があって、万が一にもそこにはまれば落車は免れない。だからといって、オーソドックスなコーナリングをしていたのでは、カオルを追い抜くことさえできなかっただろう。
では、どうしたのかというと、その側溝のさらに内側、巨大な椎の木から垂れ下がるアコウの気根に、おれは右手を伸ばしていたのだ。とんでもないスピードでカーブを曲がる台車を左手一本で支えて身を乗り出し、アコウの木を掴むなんて、やろうと思ってできるようなものじゃない。けれど、伸ばした右手が固い感触を掴んだ瞬間、おれの身体はその右手を支点にしてクルリと、まさに宙を舞いながらターンをしたのだ。
おれがその回転する勢いで加速する一方で、完全に虚をつかれた形のカオルは、コーナリングがアウト側に膨らみ、その修正に手間取っている間に、おれの先行を許すことになった。そして、おれはそのまま最後のS字コーナーをクリアして一気にゴールラインを駆け抜けたのだ。
「まさか、あのアコウの木を掴んで曲がるなんてね。あれじゃあ、まるでポールダンスだよ」
カオルの口から飛び出したポールダンスという言葉に、ついカオルがダンサーの格好をして、ポールを掴みながら艶めかしく踊る姿を想像してしまった。
「と、とにかく。お互い怪我しなくてよかったです。それで、約束のほうはお願いしますよ。花咲里さんと、ちゃんと健全にお付き合い……」
「その前に、君はどうしてボクとこんな勝負をすることになったのか、覚えてる?」
「どうして、って……カオルさんが花咲里さんにあんなことやこんなことをするっていうから」
カオルは呆れたように乾いた笑い声をあげる。
「まさか、本当にあんなことやこんなことをすると思ったの? 相当溜まってるね、パヤオ君は」
「放っておいてください」
なんでカオルにそんなことをいわれなきゃいけないのか? そもそも、吹っかけたのはカオルのほうであって、おれは単純に花咲里さんのことを思って……
「まったく、君って人は本当に馬鹿だよね」
台車乗っているような人にいわれたくない。あ、おれもその一人か。ならおれも馬鹿だな。うん、馬鹿だ。
カオルは大きくため息をつきながら、もう一度さっきおれたちが下ってきたコースを見上げた。つられて、その方向に目をやったおれは驚きに目を見開いた。
そこには遊歩道を下ってこちらに歩いてくる花咲里さんの姿があった。
「お疲れさま、アカネちゃん」
カオルがそばに来た花咲里さんの肩をぽんと叩いた。対する花咲里さんのほうは所在無げに肩を小さくして俯き加減だ。でも、どうして花咲里さんがここに? っていうか、どこに隠れてたの?
「訳がわからないって顔してるね」
「そりゃ、当然ですよ。それに、この勝負のことは誰にも内緒だったんじゃ……」
「パヤオ君。実はアカネちゃんは君が部活に来なくなったことを、ずっと自分のせいだって思っていたんだよ」
「えっ? なんで?」
「なんでだと思う?」
そんなタチの悪いクイズみたいなことをされてもわかるわけないじゃないか。話に脈絡がなさすぎる。なんで花咲里さんのせいでおれが部活をサボるんだよ。
そう思っていると、俯いたままの花咲里さんが、虫の羽音のような小さな声で話し始めた。
「だって……わんがライドウ君とカオルちゃんを別れさせちゃったと思って。それでライドウ君、ショックで部活動ば来れんくなくなったっち思って……」
「ちょちょちょ、ちょーっと待って! なんでおれとカオルが別れたことになってるんだよ!」
ていうか、付き合ってないよ! 男だよカオルは!
「いやぁ、実は合宿が終わってから、アカネちゃんがボクのところに来てね、『カオルちゃんはライドウ君と付き合ってるんですよね?』てきいてきたんだよね。そのとき、ピンときちゃったんだよね、ボク。それで、『パヤオ君がほかに好きな人ができたらしいから、別れた』って答えたんだよ」
「いや、おかしいでしょ? その回答!」
「だって、面白いかなと思ったんだもん! でも、そうしたらアカネちゃんがすごく傷ついたような顔をしちゃって、これは失敗したかなーって思ったら、今度はパヤオ君から、アカネちゃんの好きな人がボクだ、なんてきかされたでしょ?」
「え?」
花咲里さんはとっさに顔をあげた。ただでさえ真ん丸な目をさらに丸くしてカオルの顔を見つめる花咲里さんの様子に、さも納得したようにカオルはおおきくうなずく。
「やっぱりね」
「何がやっぱりなんですか?」
「最初、君の話を聞いたときは何かおかしいなぁって思ったんだ。パヤオ君はアカネちゃんがボクのことを好きだってこと、彼女からはっきりそうきいたの?」
「いや、だって……動物園にいったときに、花咲里さんにおれとカオルさんが仲いいから、それでカオルさんに伝えてほしいって……」
「何を伝えてほしいっていわれたの?」
それは……と、おれは口ごもった。あのとき、花咲里さんはなんていったんだっけ? たしか、『変に思わんで欲しいっちゃけど、わん……その……カオルちゃんのこと、その……いいなって……』と、恥ずかしそうに、そういっていた。ところどころ、声が小さくて、きき取りにくいところはあったけれど、そういっていたじゃないか。
「カオルのことをいいと思ってる、ってそういっていたと思う」
おれの答えに、花咲里さんはぽかんとした表情になり、カオルは笑いをかみ殺すように肩を震わせた。それから花咲里さんは耳まで真っ赤にして再び俯いてしまった。
「そういえば、パヤオ君はどうしてボクと勝負することになったのか、思い出した?」
「どうしてって、それはカオルさんが花咲里さんにあんなことやこんなことをするっていうから」
「それで? 君はどうするって?」
「……だから。おれが、花咲里さんを……」
って、本人を目の前にしてそんな恥ずかしいことがいえるか!
おれがぶんぶんと首をふると、カオルは悪戯っぽく白い歯をみせて笑う。
「ちなみに、アカネちゃんにはこの勝負は『パヤオ君がボクとの未練を断ち切るため』ということになってるよ。ボクに勝った君は晴れてフリーの身分ってことだよ」
ずっとフリーの身分でやってきてるよ! なんだよ、それ。結局、今回もおれはカオルのオモチャにされただけってことなの?
「アカネちゃん、ごめんね。ボクのちょっとした悪ふざけがこんなことになっちゃった。本当にごめん」
そういってカオルは花咲里さんに深々と頭を下げた。悪ふざけって……おれは何のためにあんなに一生懸命特訓してたんだよ……
おれは愕然として、へなへなと足から力が抜けたように地面に膝をついた。しかし、カオルはおれを一瞥しただけで、再び花咲里さんとむき合った。
「たぶんね、アカネちゃんの言葉はちゃんと伝わってなかったんだと思うよ。本当にパヤオ君はニブチンだから。でも、彼にはちゃあんと責任は取ってもらうつもりだから」
……どういうこと? それに責任って、なに? おれそんな責任取らされるようなことした?
「さて、パヤオ君。君はとんでもなーい勘違いをしていたんだよ。いい、アカネちゃんの好きな人はボクじゃなくて……」
「まって、カオルちゃん!」
花咲里さんの鋭い声におれは顔をあげた。この子、そんな大きい声も出せたんだ。
「わんが自分で、ライドウ君にいうから……」
「そっか。そうだよね」
そういってカオルはすっと後ずさった。膝をついた姿勢のおれの前に花咲里さんがかがみこむように座った。明るいブルーのワンピースのすそが風になびいて、彼女の白い脚がちらりと覗いた。おれの心臓がドクンと強く脈打つ。ゆっくりと視線をあげると、柔らかな花咲里さんの微笑みがあった。
「わんのせいで、いろいろと振り回して、すみょうらんや、ライドウ君。今度はちゃんと聞こえるようにはっきりというから……」
もしかして、これって……もしかしてだけど、もしかするの!?!?
「わん、カオルちゃんとライドウ君が仲良くしとるのを見て、なんだか、いいなっち思ってた。でもちょっとだけ、カオルちゃんにヤキモチ妬けちゃって……」
心臓がダンスを踊るようにでたらめな鼓動を刻んでいる。花咲里さんも頬を薄紅色に染めて、じっとおれの目を見つめていた。
「わん、ライドウ君のことが、す……」
「おおぉー、ここにおったか来道シュン!」
びっくりするほどバカでかい声で背後から呼びかけられて、おれはその場で飛び跳ねて振り返った。そこには、ぞろぞろと数名の男たちを引き連れて、大熊高校ハンドトラックライド部部長のジョージが遊歩道を登ってきていた。
わーすーれーてーたーッ!
花咲里さんとのいい雰囲気にのまれてすっかりこの男の存在を忘れてしまっていた!
おれはジョージと花咲里さんのお茶会のセッティングをすることと引き換えに、特訓をつけてもらってたんだった!(しかも、ほとんど役に立たなかった)
当然ながら、ジョージは花咲里さんの姿を目にすると、興奮したように鼻息を荒くして、おれの肩を抱え込んだ。
「おう、来道。お前やるじゃねぇか! もうすでに、お膳立てが整ってるのか!」
「え……ええ、まぁ」
愛想笑いでごまかす。
ちらりと花咲里さんを見遣ると、過去に大熊のやつらにつきまとわれていたトラウマのせいで、水を浴びたように青い顔をして震えている。そんな彼女の肩を抱きながら、カオルが、どうしておれが大熊の奴らとつるんでいるのか、といわんばかりに鋭い視線を投げかけている。
やばい。マジでやばいぞ、これ。
ノーヒントで時限爆弾の解除コードを切っちゃうくらいやばいぞ!
どうするおれ!? どうすればこのピンチを切り抜けられるんだ!?
浅く息を弾ませながら、アスファルトの上に大の字になって寝そべり、青々とした梢から覗く小さな空を見上げていると、その視界に逆さまになったカオルの顔が写り込んだ。すがすがしいほどの美少年が目を三日月形にして笑っていた。
「お疲れ様。いい勝負だったね」
カオルはおれに右手を差し出した。それを握ると、おれは反対の手で体を支えながら「よっ」と声を出して立ち上がった。
「まさか、あの最後のヘアピンカーブ。あんなライディングでクリアしてくるなんて思ってもみなかったよ」
「そりゃあもう、必死でしたから。おれだって、なんであんなことができたのか、今でも信じられないくらいですよ」
「そうだよね。でも……」
カオルはついさっき、おれたちが走ったコースを見遣った。遊歩道の脇に小さな黄色い花がいくつも咲いていて、ひらひらとツマベニチョウが白い羽を翻して舞っていた。コースを走っているときにはそんな景色に気づきもしなかった。よほど集中していたみたいだ。
「勝ったのは君だよ。パヤオ君」
そう微笑みかけられて、途端に胸の奥が詰まるほど恥ずかしくなった。人に勝利を称えられたことなんて、今までに経験したことなんてなかったのだ。
「ありがとうございます……」
おれは小さな声で呟いて俯いた。
勝負どころだと決めた最後のヘアピンコーナー。先行するカオルは後続のおれが仕掛けるクロスラインを警戒するだろうと踏んで、その裏をかくために、カオルのイン側をつく作戦に出たのだ。もちろん、右コーナーのイン側には側溝があって、万が一にもそこにはまれば落車は免れない。だからといって、オーソドックスなコーナリングをしていたのでは、カオルを追い抜くことさえできなかっただろう。
では、どうしたのかというと、その側溝のさらに内側、巨大な椎の木から垂れ下がるアコウの気根に、おれは右手を伸ばしていたのだ。とんでもないスピードでカーブを曲がる台車を左手一本で支えて身を乗り出し、アコウの木を掴むなんて、やろうと思ってできるようなものじゃない。けれど、伸ばした右手が固い感触を掴んだ瞬間、おれの身体はその右手を支点にしてクルリと、まさに宙を舞いながらターンをしたのだ。
おれがその回転する勢いで加速する一方で、完全に虚をつかれた形のカオルは、コーナリングがアウト側に膨らみ、その修正に手間取っている間に、おれの先行を許すことになった。そして、おれはそのまま最後のS字コーナーをクリアして一気にゴールラインを駆け抜けたのだ。
「まさか、あのアコウの木を掴んで曲がるなんてね。あれじゃあ、まるでポールダンスだよ」
カオルの口から飛び出したポールダンスという言葉に、ついカオルがダンサーの格好をして、ポールを掴みながら艶めかしく踊る姿を想像してしまった。
「と、とにかく。お互い怪我しなくてよかったです。それで、約束のほうはお願いしますよ。花咲里さんと、ちゃんと健全にお付き合い……」
「その前に、君はどうしてボクとこんな勝負をすることになったのか、覚えてる?」
「どうして、って……カオルさんが花咲里さんにあんなことやこんなことをするっていうから」
カオルは呆れたように乾いた笑い声をあげる。
「まさか、本当にあんなことやこんなことをすると思ったの? 相当溜まってるね、パヤオ君は」
「放っておいてください」
なんでカオルにそんなことをいわれなきゃいけないのか? そもそも、吹っかけたのはカオルのほうであって、おれは単純に花咲里さんのことを思って……
「まったく、君って人は本当に馬鹿だよね」
台車乗っているような人にいわれたくない。あ、おれもその一人か。ならおれも馬鹿だな。うん、馬鹿だ。
カオルは大きくため息をつきながら、もう一度さっきおれたちが下ってきたコースを見上げた。つられて、その方向に目をやったおれは驚きに目を見開いた。
そこには遊歩道を下ってこちらに歩いてくる花咲里さんの姿があった。
「お疲れさま、アカネちゃん」
カオルがそばに来た花咲里さんの肩をぽんと叩いた。対する花咲里さんのほうは所在無げに肩を小さくして俯き加減だ。でも、どうして花咲里さんがここに? っていうか、どこに隠れてたの?
「訳がわからないって顔してるね」
「そりゃ、当然ですよ。それに、この勝負のことは誰にも内緒だったんじゃ……」
「パヤオ君。実はアカネちゃんは君が部活に来なくなったことを、ずっと自分のせいだって思っていたんだよ」
「えっ? なんで?」
「なんでだと思う?」
そんなタチの悪いクイズみたいなことをされてもわかるわけないじゃないか。話に脈絡がなさすぎる。なんで花咲里さんのせいでおれが部活をサボるんだよ。
そう思っていると、俯いたままの花咲里さんが、虫の羽音のような小さな声で話し始めた。
「だって……わんがライドウ君とカオルちゃんを別れさせちゃったと思って。それでライドウ君、ショックで部活動ば来れんくなくなったっち思って……」
「ちょちょちょ、ちょーっと待って! なんでおれとカオルが別れたことになってるんだよ!」
ていうか、付き合ってないよ! 男だよカオルは!
「いやぁ、実は合宿が終わってから、アカネちゃんがボクのところに来てね、『カオルちゃんはライドウ君と付き合ってるんですよね?』てきいてきたんだよね。そのとき、ピンときちゃったんだよね、ボク。それで、『パヤオ君がほかに好きな人ができたらしいから、別れた』って答えたんだよ」
「いや、おかしいでしょ? その回答!」
「だって、面白いかなと思ったんだもん! でも、そうしたらアカネちゃんがすごく傷ついたような顔をしちゃって、これは失敗したかなーって思ったら、今度はパヤオ君から、アカネちゃんの好きな人がボクだ、なんてきかされたでしょ?」
「え?」
花咲里さんはとっさに顔をあげた。ただでさえ真ん丸な目をさらに丸くしてカオルの顔を見つめる花咲里さんの様子に、さも納得したようにカオルはおおきくうなずく。
「やっぱりね」
「何がやっぱりなんですか?」
「最初、君の話を聞いたときは何かおかしいなぁって思ったんだ。パヤオ君はアカネちゃんがボクのことを好きだってこと、彼女からはっきりそうきいたの?」
「いや、だって……動物園にいったときに、花咲里さんにおれとカオルさんが仲いいから、それでカオルさんに伝えてほしいって……」
「何を伝えてほしいっていわれたの?」
それは……と、おれは口ごもった。あのとき、花咲里さんはなんていったんだっけ? たしか、『変に思わんで欲しいっちゃけど、わん……その……カオルちゃんのこと、その……いいなって……』と、恥ずかしそうに、そういっていた。ところどころ、声が小さくて、きき取りにくいところはあったけれど、そういっていたじゃないか。
「カオルのことをいいと思ってる、ってそういっていたと思う」
おれの答えに、花咲里さんはぽかんとした表情になり、カオルは笑いをかみ殺すように肩を震わせた。それから花咲里さんは耳まで真っ赤にして再び俯いてしまった。
「そういえば、パヤオ君はどうしてボクと勝負することになったのか、思い出した?」
「どうしてって、それはカオルさんが花咲里さんにあんなことやこんなことをするっていうから」
「それで? 君はどうするって?」
「……だから。おれが、花咲里さんを……」
って、本人を目の前にしてそんな恥ずかしいことがいえるか!
おれがぶんぶんと首をふると、カオルは悪戯っぽく白い歯をみせて笑う。
「ちなみに、アカネちゃんにはこの勝負は『パヤオ君がボクとの未練を断ち切るため』ということになってるよ。ボクに勝った君は晴れてフリーの身分ってことだよ」
ずっとフリーの身分でやってきてるよ! なんだよ、それ。結局、今回もおれはカオルのオモチャにされただけってことなの?
「アカネちゃん、ごめんね。ボクのちょっとした悪ふざけがこんなことになっちゃった。本当にごめん」
そういってカオルは花咲里さんに深々と頭を下げた。悪ふざけって……おれは何のためにあんなに一生懸命特訓してたんだよ……
おれは愕然として、へなへなと足から力が抜けたように地面に膝をついた。しかし、カオルはおれを一瞥しただけで、再び花咲里さんとむき合った。
「たぶんね、アカネちゃんの言葉はちゃんと伝わってなかったんだと思うよ。本当にパヤオ君はニブチンだから。でも、彼にはちゃあんと責任は取ってもらうつもりだから」
……どういうこと? それに責任って、なに? おれそんな責任取らされるようなことした?
「さて、パヤオ君。君はとんでもなーい勘違いをしていたんだよ。いい、アカネちゃんの好きな人はボクじゃなくて……」
「まって、カオルちゃん!」
花咲里さんの鋭い声におれは顔をあげた。この子、そんな大きい声も出せたんだ。
「わんが自分で、ライドウ君にいうから……」
「そっか。そうだよね」
そういってカオルはすっと後ずさった。膝をついた姿勢のおれの前に花咲里さんがかがみこむように座った。明るいブルーのワンピースのすそが風になびいて、彼女の白い脚がちらりと覗いた。おれの心臓がドクンと強く脈打つ。ゆっくりと視線をあげると、柔らかな花咲里さんの微笑みがあった。
「わんのせいで、いろいろと振り回して、すみょうらんや、ライドウ君。今度はちゃんと聞こえるようにはっきりというから……」
もしかして、これって……もしかしてだけど、もしかするの!?!?
「わん、カオルちゃんとライドウ君が仲良くしとるのを見て、なんだか、いいなっち思ってた。でもちょっとだけ、カオルちゃんにヤキモチ妬けちゃって……」
心臓がダンスを踊るようにでたらめな鼓動を刻んでいる。花咲里さんも頬を薄紅色に染めて、じっとおれの目を見つめていた。
「わん、ライドウ君のことが、す……」
「おおぉー、ここにおったか来道シュン!」
びっくりするほどバカでかい声で背後から呼びかけられて、おれはその場で飛び跳ねて振り返った。そこには、ぞろぞろと数名の男たちを引き連れて、大熊高校ハンドトラックライド部部長のジョージが遊歩道を登ってきていた。
わーすーれーてーたーッ!
花咲里さんとのいい雰囲気にのまれてすっかりこの男の存在を忘れてしまっていた!
おれはジョージと花咲里さんのお茶会のセッティングをすることと引き換えに、特訓をつけてもらってたんだった!(しかも、ほとんど役に立たなかった)
当然ながら、ジョージは花咲里さんの姿を目にすると、興奮したように鼻息を荒くして、おれの肩を抱え込んだ。
「おう、来道。お前やるじゃねぇか! もうすでに、お膳立てが整ってるのか!」
「え……ええ、まぁ」
愛想笑いでごまかす。
ちらりと花咲里さんを見遣ると、過去に大熊のやつらにつきまとわれていたトラウマのせいで、水を浴びたように青い顔をして震えている。そんな彼女の肩を抱きながら、カオルが、どうしておれが大熊の奴らとつるんでいるのか、といわんばかりに鋭い視線を投げかけている。
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