流浪の魔導師

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2章 イゼロン騒乱編

55. 闘う修道士

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 次々とオークが押し寄せてくる。

 できる限りの早く、できる限り正確に雷を放つ。が、追い付かない。つなぎ・・・の魔散弾を放ち牽制しようとするが、オークには効かない。操られているからだろう、目眩めくらまし程度ではひるまない、その程度ではこの突進を止められないのだ。
 今回のオークは甲冑を着込んでいる。試しに魔弾を高速旋回させ甲冑の貫通を試みるが、分厚い金属の板は中々破れない。
 足止めのために足元に向け魔弾を放ち、地面で炸裂させる。いくらかのダメージは与えられるが、致命傷には至らない。
 そうやって騙し騙し戦っていたが、やはり敵の圧の方が強い。いつの間にかジリジリと後退しながら戦っていることに気付いた。燃やせば楽なんだろうが、街中で火は点けたくない。と、すぐ右斜め前方に剣を振り上げているオークが視界に入った。

(くそ、しょうがない、燃やすか?)

 魔弾を放とうとしたその時、

 ズンッ

 オークの胴を、甲冑ごと槍が貫いた。右を見ると濃紺の法衣、修道士が刺した槍をグッと引き抜いている。

「討ち漏らしは引き受ける。あんたはとにかく敵の数を減らすことに専念してくれ」

 するとすぐ左では、大きな太い剣を上から下へ振り下ろす、ガタイの良い修道士の姿。オークは頭から真っ直ぐに切りつけられて、そのまま後ろに倒れた。

「この兄ちゃんに敵を近付けさせんな! ただし前に出過ぎるなよ、魔法食らっちまうぞ!」

 いつの間にか周りには、十人ほどの修道士がいた。剣に槍、手斧に短剣、得物はバラバラ、戦い方もバラバラ、でも強い。

 修道士達がここまでできる・・・とは思わなかった。修道士が戦っているのを見たのは蜘蛛狩りの時だけ。正直、特別な印象は持たなかった。しかし、対人戦のこの強さはどうだ? 相手が蜘蛛から人に変わるだけで、ここまで違うとは。そう考えるとあの大蜘蛛は、修道士達にとっては結構厄介な存在だったのだろうか? 

 俺は蜘蛛を相手にする方が楽なんだが……

 真正面に五体のオーク。雷を放ち、オークはその場に崩れる。と、そのすぐ後ろからオークが二体、飛びかかってきた。あの巨体が物凄い勢いで突っ込んでくる。前のオーク達に隠れていて気付かなかったのだ、修道士達も反応が遅れる。瞬間、頭の中でいく通りもの攻撃パターンを考える。どうすれば周りに影響を与えることなく、確実に仕留められるか?
 しかし、頭に浮かんだ攻撃を行う必要はなかった。二体のオークは顔面に矢が突き刺さり、前のめりに倒れる。広場の後方、建物の屋根の上からエリノス警備隊が矢を射ていた。

 フォローしてくれる人間がいるというのは、こんなにも心強いものなのか。これで何の気兼ねなく、正面の敵を討てる。


◇◇◇


「はっはっは、松明なんか持ってどうするつもりだぁ? エリノスに火ぃ点けようってかぁ!」

 ゼルは左手の剣を無造作に振り下ろし、松明を持っているオークの左腕を切りつける。と、今度はすぐに、まったく同じ箇所を右手の剣で切り上げる。オークの左腕は松明と共に肘辺りから地面に落ちる。そしてくるっと手首を返し、切り上げた右手の剣をそのままオークの首に突き刺す。
 右手の剣を抜きながら、ゼルは左手の剣を後ろに振り回す。その剣の切っ先は、自身を攻撃しようと後ろから迫っていたオークの両目をかする。視界を奪われたオークはその場で立ち尽くし、ゼルはゆっくりと右手の剣を振り上げ、両目が潰れたオークの首をはねる。

「はっはっは、どんどん来~い! ん? おいおい嬢ちゃん、そりゃあさすがに、体格差ありすぎじゃねぇかぁ?」

 メチルは前方のオークに狙いを定めていた。

「うっさいっすね、おっさん! てか嬢ちゃんうなし! やりようなんて、いくらでもあるっすよ」

 そう言うとメチルは信じられないスピードでオークとの間合いを詰めた。隠術いんじゅつの身体強化魔法だ。そのままオークの股下に滑り込もうとする。オークはメチルを攻撃しようと大きな斧を振り上げる。が、全然遅い。

 ガィィィン!

 オークが振り下ろした斧は、石畳を激しく打ちつけ火花を散らす。メチルはすでにオークの股下を滑り抜け後ろにいる。そしてそのまま手にしていた短剣でオークの左膝裏を切りつける。巨体を支えきれなくなったオークはガクッ、と片膝をつく。

「ほっ!」

 ピョンッ、とジャンプしたメチルはオークの背中に取り付く。そして後ろからオークの首筋にズンッ、と短剣を突き刺す。スッ、と剣を抜き、噴き出す血と共にトンッ、とオークの背中を蹴り後方に跳んだメチルは、着地すると次のオークに向かい走り出す。

「やるなぁ嬢ちゃん。まぁ、エス・エリテの修道女シスターだしな、弱ぇ訳ねぇか……んぁ? 何やってんだ、あいつは?」

 広場の反対側、まるで力比べでもしているかのように、デンバとオークがガチッと組み合っている。

「……何をどうすりゃ、あんなことになるんだぁ?」

 両者は組み合ったまま相手を押さえ込もうと力を入れているが、どうやら互いの力は拮抗きっこうしているようだ。

「ぬぅぅぅ……」

「グゥゥゥ……」

 プルプルと全身を震わせながら両者はしばし組み合っていたが、その内オークは右手を振り上げ、拳をデンバの背中に叩きつけようとする。それに気付いたデンバは、くるりと左回りに回転してオークの拳をかわすと、そのままオークの背後に回り込み、両手でオークの太い胴をガッチリとホールドする。

「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ……」

 デンバが力を込めると、オークの巨体はゆっくりと浮き上がる。

「ぬぅぅぅん!!」

 デンバは引っこ抜くようにオークを持ち上げると、そのままの勢いで背後に放り投げる。脳天から石畳に落下したオークは、その場に横たわったまま動かなくなった。

「ふぅ、ふぅ、効率が、悪い……」

「そりゃそうだろうよ」

 ボソッと呟いたデンバに、そばにいた修道士は呆れ気味に話す。

「せめて何か得物持てよ」

「ふぅ、ふぅ、ふぅぅぅ……そうしよう」

 デンバは辺りをキョロキョロと見回す。



「っらぁぁぁ!」

 オークに紛れてハイガルド兵の姿が増えてきた。かけ声と共に右手に構えた剣をビュッ、と突き出してきたハイガルド兵。メチルは左斜め前方に移動してハイガルド兵の突きをかわすと、同時に右手の短剣をくるっと順手じゅんてから逆手さかてに持ち替え、ハイガルド兵の右脇の辺り、鎧の隙間に勢い良く突き刺す。

「デンバさんって何で得物持たないんすかね、筋肉いのちだからっすか?」

 立ち回りながら、メチルはゼルに尋ねる。どうやらメチルも、デンバの見事なスープレックスを見ていたようだ。

「うぉぉぉ!」

 ギィィィン

 ハイガルド兵が振り下ろす剣を、ゼルは左手の剣一本で弾き返す。そのままぐるんと身体を右回転させ、遠心力を利用して右手の剣でハイガルド兵を水平切りする。

「聞いたことねぇか? あいつは刃物恐怖症なんだよ」

「何すか、それ?」

「何でもガキの頃、エス・エリテで厨房の手伝いしてたらしいんだが、下ごしらえの最中に自分の指ザックリ切っちまったんだと。まぁ、周りは治癒師だらけだからな、ケガはすぐに治してもらったんだが、それ以来刃物握んのが怖くなったんだとよ」

「でも、刃物向けられてるっすよ?」

 デンバの前には剣を構えたハイガルド兵がいる。

「自分で持つのが怖ぇんだよ。向けられる分には問題ないみたいだぜぇ、ほら」

 デンバは目の前のハイガルド兵の腰辺りに、強烈なタックルをぶちかましている。

「それにが付いてなきゃ、得物は扱えるぜぇ、ほら」

 デンバのその辺に転がっていたオークの大槌ハンマーを担ぐと、松明を持ち建物に近付こうとするオークめがけてフルスイングした。

「はぁ……何かもういいっす。面倒くさい人っすね」

「まったくだ、最初はなっから何か持っとけって話だな……下ぁ!!」

 突然のゼルの言葉に驚きながら、メチルはシュッとしゃがむ。それと同時にゼルは踏み込みながら右手の剣を突き出す。

「ぐっ……」

 その剣はメチルの頭上を越え、背後にいたハイガルド兵の喉元に突き刺さる。と、今度はメチルが無言のままゼルの顔めがけて短剣を投げる。

「おっと!」

 ゼルは咄嗟とっさに首をかしげ短剣をかわす。投げられた短剣はゼルの背後で斧を振り上げていたオークの顔面に突き刺さる。

「おいおい、嬢ちゃん。無言で投げるんじゃねぇよ、危ねぇだろぉ?」

 メチルはオークに刺さった短剣を抜く。

「そっちこそ、下ぁ、だけじゃ足りないっす。勘の悪いヤツだったら串刺しっすよ? それと嬢ちゃんって呼ばれるほど子供じゃないっす。メチルって呼ぶっすよ」

「こっちだって、おっさん呼ばわりされるほどの歳じゃねぇよ。ゼルって呼びな……あ、やべぇな」

 ゼルは何かに気付いた。

「どしたっすか?」

「嬢ちゃん、城壁の方行くぞ! あっち押されてやがる」

 そう言ってゼルは走り出す。

「了解っす、おっさん」

 メチルもゼルの後を追う。
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