僕は魔法が使えない

くさの

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5、貴方の幸せを願う、魔術(番外編)

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(魔術師くんの後輩ちゃんの視点からのお話)



静人セイトくんは、ずるい。



「おはようございます、むぎさん」
「お、おはよう……魔術師君は冬服の方がさまになるね」
「そうですか? ……うむ、むぎさんにそういってもらえると、うれしいです。ありがとうございます」

 っかー、朝からそんな新婚夫婦みたいな劇しないでよね! 藍原紬アイハラツムギ
 静人くんも乗らないのっ! そんなのただのお世辞だしいやみかもしれないんだから!!

 彼は自他共に認める魔術師(魔法使いではない)、桐原静人キリハラセイトくん。
 シズト、って読まれたりするみたいだけど本当はセイトって読む。シズトよりかっこいい。

 そんな彼の隣で、音楽を聴いたり読書したりするのが、藍原紬。
 背は静人くんより低めだけど普通の子から比べたら少し高め。いつもおろしてるストレートの少し赤みのある髪は別に染めたワケじゃないらしい。
 二人は今や、周囲も放置するほどの仲良しぶりで、一時期は藍原さんを心配したりするような噂もあったみたいだけれど静人くんが何か問題起こすわけがないでしょう、ってハナシ。
 そんなこんなで二人を見ている私といえば、学年でいえばひとつ下になるけれど気持ちはいつだって静人くんと一緒な、谷崎要タニザキカナメだ。
 私の方が静人くんと付き合い長いんだぞ!


   *


 上級生のクラス付近に下級生が現れることなんて滅多にないことらしいけれど。
 この学校は比較的みんな勉強や部活に勤しんでいて落ち着いてるし、不良に絡まれたりということも少ないから別に怖くはない。
 お昼休みは静人くんの教室をのぞく。静人くんにばれているのか居ないのか、その周囲にはかなりばれている私の存在。

「谷崎ちゃん、また偵察?」
「ひっ……! ひゃー、焦りました」

 教室の様子を柱の影に隠れて覗く私の背後に、気配もなく立っていたのは静人くんと同じクラスの保田諒ヤスダリョウさん、通称・りょうちゃんだ。
 私からすれば、ひとつ先輩なわけでそんな軽々しく呼べないけれど。

「保田先輩でしたか」
「また、魔法使いくん?」
「はい!」

 彼は、よく声をかけてくれることもあって私の事情は良く知っている。
 物好きな先輩だと思うのだけれど、先輩となんてなかなか話す機会がないし、静人くんの情報もなかなかつかめないから保田先輩の存在は私にとって大きい。

「飽きないね、谷崎ちゃんも魔法にかかっちゃったんだ?」
「はい、私の場合は」

 ちらりと目を向ける先、藍原紬がクロワッサンをかじりながら小説の文字を追っている。
 あんな行儀の悪い人に、静人くんは似合わない。
 というか、目の前に静人くんがいるのに完全無視って何事。

「藍原先輩より、長いですよ」
「へぇ、張り合ってんだ?」

 クスリ、と保田が笑う。少し、からかうように。

「……そう、なんでしょうか」

 確かに、少し張り合うように見てるかもしれない。私ならこうだ、ああだ、けど彼女だったら。
 静人くんの目は、優しい眼差しは。いつだって彼女に向いていて、私に向くことなんてないのかもしれない。
 そう思うときもある。それが、張り合ってるってことなのかな。

「俺から見たらね。いいね、俺も片思いの子にそういう目で見られたいよ」
「そういえば保田先輩、片思い中でしたね! なかなか教えてくれませんけど」

 いつもあと少しってところで交わされて片思い中の彼女さんの名前は聞けてない。けどさ、後輩との会話に出すくらだし……。

「まさか、先輩も藍原先輩狙い……!?」
「んなわけないでしょう。魔法使いくんがついてんの、勝てるわけないでしょう?」

 口元を隠して苦笑いする保田先輩。あの二人を見てれば勝ち負け関係ないけれどとやっぱり笑う。
 静人くんがいるから?
 先輩も静人くんの魔術を信じているのだろうか。みんなが冗談のネタとして笑うことだから、そこまで信じては居ないと思うのだけれど。
 まただけど、ちらっと教室の中を覗いてみる。

 時々、静人くんが藍原先輩に声をかける。
 少し前までなら藍原先輩は無視して読書に勤しんだり食べ物を口に運んだりしていたけれど、今では静人くんの話もちゃんと聞いてるみたいで、ぽつりぽつりと受け答えしてる。
 軽く笑う静人くんと、少しだけ不服そうだけれど前より少し表情が柔らかくなっている藍原先輩。

「ちゃんと野菜もとってください」
「分かってるわよ、あんたこそそんなひょろっちいんだから肉食べなさいよ、肉」
「僕は草食でいいんです。大いなる自然の力を」
「はいはい、けど肉だって重要な、大いなる自然の力の一部だからね、覚えといて」

 大方そんなところだろうか。目の前にがやがやとした喧騒があっても、どうしても聞こえる二人の会話。

「藍原ね。アイツと居るときだけだよ、ああやって笑うの」
「……うん、知ってます」

 私は二人の方を見ながら保田先輩の声に答えた。
 知っている。ずっと見てきたんだもん。
 いつも教室で居るときは一人で本を読んでるか予習をしているだけ。たまに声をかけられたら相手の聞きたいことだけを答えて会話終了。
 たまに魔法と魔術を勘違いしてる人が居たら、違いを説いて距離を置かれて。
 見てて、痛々しいって言われてる。私なら、ずっと一緒に居られるのに。魔術だって信じるよ。

「ずっと、……みてたもん」
「うん、知ってる」

 ぽん、と保田先輩が私の頭に手を乗せるようにしてなでる。

「私の方が、ずっと、ずっと見てたもん」
「うん。うん……」

 ずっと見てたよ。
 だから、静人くんが彼女を大切にしようとしてるってことも、ひしひしと伝わってくるんだよ。
 今まで誰にも興味を持たなかった静人くんが、初めて興味を持った女の子。
 妹みたいな存在の私とは、違うんだね。

 目頭が熱くなる。鼻の奥がツーンとして、呼吸が苦しくなる。

 静人くん。
 静人くんの魔術、効果が切れちゃったのかな。
 静人くんのことまっすぐに見れないよ。

「私の方が、たくさん知ってる。好きな花も好きな食べ物も好きな言葉も」

 嫌いなもの、よく見てる本のページ、たまにかける眼鏡、愛想笑いじゃない顔も、師匠の話も。
 みんなみんな。

「私の方が、知ってたんだよ」

 悔しい、っていうのかなこれは。胸が痛い。
 でも今日で終わろう。
 この気持ちは、思い出にする。だって大切だから。
 静人くんは、私の初めての好きな人だったよ。


  *


 保田先輩は、それから放課後まで屋上で付き合ってくれた。
 泣きながら文句ばっかり言ってる私だったけど、あきれることなく話を聞いてくれた。
 少し風が冷たくなって夕日の赤色が増したころ。

「保田先輩、授業サボらせてごめんなさい」
「いいよ、気にしないで。サボるのとかやってみたかったし」

 跳ねるようにして立ち上がった先輩は、制服についたらしいホコリをさっさと払う。
 まだ鼻がずるずるしてる私もそれに倣って立ち上がってスカートを払う。

「あんね」

 くるりと私の方を見て、先輩は笑った。
 夕焼けがまぶしくてまっすぐに見るのは難しかったけれど。

「はい?」

 今このタイミングって言うのもずるいと思うんだけど、と彼は私の方ではなく反対側にわざわざ向いてからつぶやいて、もう一度私の方に向き直った。

「俺、要ちゃんのこと好きだよ」

 一瞬ぽかんとして、頭が真っ白になる。今、なんとおっしゃいました?
 しかも、名前……知ってた?
 ぱちくり瞬きだけしていると、先輩は苦笑いする。

「もっとかっこよく言えたらいいんだけどさ、俺、弱虫だからね」
「……空耳!?」

 え、え?
 先輩って片思いの方が居たんだよね。けどなんかその思いはまだ伝わってないみたいな言い方だったよね。
 ……私は静人くんを見てて、先輩は私を見てて……ああ、だから片思い中。って!

「あれだけ眼中になかったなら、気づくわけもないか」

 ため息をつきながら先輩は屋上の出入口にゆっくりと歩いていく。

「せ、先輩の片思いの方って同年代か年上の方じゃ」
「年上好きそうにみえる?」
「いや、うん……その、年相応かと」
「いっこ下の後輩は年相応じゃない?」

 クスクスと先輩は笑う。
 今思うと、合点がいくことがポツリポツリと浮かんでくる。
 関わりたくないだろう静人くんを、追っかけている後輩に普通に話しかけること。
 普通だったら無視するよね。そんなの気にしないで自分の時間を有意義に過ごす。
 私があの場所にいたり、静人くんを物陰から見ているといつも後ろからやってくること。
 そういえば、いつのまにか谷崎ちゃんって呼ばれてた。自己紹介なんてした覚えがない。

「わ、分からないです、けど、どうして」

 どうして私なんですか、言おうとした瞬間に先輩がドアを開けてギイ、という大きな音を立てた。振り返ってにっこり笑う先輩。

「どうしてかな、気になったんだ。だからだよ」

 私の方が、どうしてかな、だった。今の先輩の姿に、少しだけときめいた、なんて。
 たぶんそれは、今は言わなくていいこと。

「ね、要ちゃん」
「は、はいっ」

 次に何を言われるのか、見当もつかなくてドキドキした。
 このドキドキは、さっきのときめきからくるものなのだろうか。

「俺の、彼女になってよ」

 そういった先輩は、開けかけていたドアをいつの間にか閉じていて。
 まっすぐな言葉に私は初めての感覚を覚えて正直逃げ出したいくらい……、だから逃げ道をふさいだのかな。
 は、初めて言われました。付き合ってくださいとか、彼女になれっていう……セリフ。
 失恋してすぐに、はい喜んで、と答えるのも移り気の早い女だと思われたくなくて。

「考えさせてください」

 とりあえずこう答えておいた。無難だろう、今持てる私の中の最大級の無難な答え。

「うん。けど、俺本気出すからね」

 先輩は知ってる、私が静人くんに恋していたこと。そして失恋してしまったことも。
 私が静人くんを追いかけないことも分かってる。二年の教室の前をうろちょろすることも、静人くんの周りに行くこともないと知ってる。
 だから、本気。
 今までの姿勢じゃなくて、本当に私のことを好きって伝えるために。

「……の、望むところです!」
「いいお返事」

 彼は後ろ手に握っていたドアノブをまわしてもう一度ドアを開ける。
 きっとそれは、そろそろ帰ろうという合図。
 言葉で約束しなくてもきっと先輩は、荷物を取りに教室に帰る私を迎えに来る。

 望むところだと意気込んでは見たものの、勝算なんてかけらもない。そもそも勝ち負けなんてあるのだろうか。
 けどきっと静人くんを追いかけていたあの時よりもドキドキしたりわくわくしたりするんだろうな、なんて少し期待してる私が居る。

 静人くん、ありがとう。
 私の気持ちは気づいてはもらえなかったけど、藍原先輩には静人くんの気持ちが知ってもらえて、いい関係になれるといいね。
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