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くさの

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push4:まだ、切りたくない

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 大学入試を控える高校3年の冬。
 中学の頃に一度家庭教師に来てもらっていた、れんちゃんこと杉岡恋(スギオカレン)さんに再びお世話になっていたこの頃。

 最近は調子が良くて、勉強もさすがに自分からするようになって家庭教師に来てもらう回数も減りに減った。凄く残念だけど、遊びじゃないことは分かってるから我が儘も言わないしちゃんと勉強もする。だって、れんちゃんは次に会った時に私が少しでも成長してたら褒めてくれるもん。他の大人とは違う。
 れんちゃんは、ちゃんってガラでも歳でもない(24歳)けどなんとなくそう呼びたくなる雰囲気をいつも振り撒いてる。
 昔は近所に住んでいて、よく遊んで貰ったらしいけど、私はすっかりそのことは忘れていた。母さん同士が仲良かったみたい。
 知ってる間柄なんだって分かったら、そう呼ぶのが懐かしく思えて頻繁に呼んでしまっていた。
 勉強中は流石に睨まれたりするけれど。

 入試も近くなったから今までよりも強く、勉強しなさい、と言われるかと内心思っていたけれどそんなこともなくて、寧ろ母さんとれんちゃんが話し合ったのだろうか、最低でも週に1回は来ていたれんちゃんがここ数週間うちに来ない。

 けどきっと、れんちゃんが忙しいだけなんだ。
 そんなことを思って毎日を過ごして、あっという間に1ヶ月が過ぎてまた半月が過ぎた。
 残念ながら私から直接れんちゃんに連絡を取ることは出来なかったので、母さんに聞いてみたけど“最近仕事が忙しいみたいよ”としか教えてくれなかった。
 やっぱり何か隠してるんだ、って思ったけど深くは聞かないことにした。

 それから半月。
 とうとう試験の日になっても会うどころか連絡ひとつなかった。
 試験だけはどうにか平常心で乗り越えることができたけど、れんちゃんのことはそうはいかなかった。
 所詮、勉強を教える身と教わる身だったんだなあと悲しくなる。
 近くに感じたのは、昔から知ってたらしいことと中学の時にお世話になっていたからだったんだ。
 別に、そういう対象になれることを望んだ訳じゃない……っていうと嘘になるけど。
 少なくとも私はそういう目で彼を見ていたんだなあ、なんてはっきりと感じるとどうしようもなくなって、涙がでた。
 試験の結果がきて、大学も決まったけど周りみたいに嬉しがったり出来なかった。
 もう、れんちゃんは私を褒めてはくれないし、会うことも話し掛けられることもない。
 初めっから係わり合わなければこんな思いをすることもなかったのに。
 だからって恨んだりきっぱりこの思いを断ち切ったり、できない。

 なんて、未練がましいんだろう。

 試験に受かってから2週間がたった頃だった。
 買い物から帰ってきた母さんが、買ってきたものをしまう気配もなく私の部屋にきた。

「今日久しぶりに、恋くんにあったわよ」

 帰ってきて第一声がそれですか。呆れつつも羨ましい私は素っ気ない返事しか出来ない。

「ふうん……」

 ふうんってなんだ。めちゃくちゃ興味あるクセに。
 元気そうだったか、とか。とか、っていうけどたいして言葉が浮かばない。
 母さんも私の返事にどこか納得いかない様子で「あんまり興味なさそうね」なんて、頬に手を添えてため息混じりに呟く。
 興味津々だよ。むしろがっつりだよ。母さんが引いちゃうくらいだよ。
 けど、そんなことは言えないのでちらっと睨むようにしてみてから黙っておく。

「あー。せっかく、せーっかくなのに」
「何が」

 言葉には少し棘を含みながら、母さんのその溜めに釣られてしまう。何、なんなの。

「どーしようかなー」

 母さんの焦らし作戦に、まんまと嵌まる小娘だ。
 てか勿体振るな。これでたいしたことじゃなきゃ、今週末は食事当番やらないぜ。
それくらいの勢いだ。

「……何?」
「何、気になっちゃう感じ?」

 ムフフ、とニヤニヤしながらそばに掛けた母さんの憎らしいこと憎らしいこと。

「もうちょっと素直になったら教えてあげてもいいわよ」

 自分の娘を楽しみながら虐めるとは、なんと酷い。

「な、私素直だもん。これ以上ないって程素直だもん」
「はいはい、あんたの素直は本当に見えにくいわね」

 はい、と母さんが手にしていた白いものを私の目の前に差し出した。
 まじまじとみるけど、どうみたって手紙だった。

「え、これ……?」
「預かってきたの。恋くんから」

 そのことだけで、驚きで目を丸くしたまま渡された手紙を見つめてしまった。

「合格祝いの手紙かしらね?」
「でも私、受かったこと言ってない」
「そんなの母さんが話しちゃったわよ、とっくの昔に」
「あ、そう……」

 自分でいいたかったなあ、なんて。
 真っ白な封筒はれんちゃんの手作りのようで右下にはこれまた手作りの消しゴムハンコでクローバーが押されている。
 クローバーは、れんちゃんの好きなトランプのマークで、物心ついた時から好んで使っていたらしいからこれはもう彼からのものであるに違いなかった。
 それだけでも胸が騒ぐ。
 丁寧に封を開ける。中には2つ折にされた手紙が2枚、入っていた。

“みつばへ
 志望してた大学、受かったみたいだね。おめでとう。”

 そんな書き出しの、手紙。
 れんちゃんがかなり淡々としてたのは知ってるけど、手紙でも固いなあ。
 思わず恋ちゃんの事を思い出して、時々笑いながら読んだ。
 内容は、志望校に受かってよかったねということと、れんちゃんのちょっとした近況。
 それと受験前って分かってたけど、行けなかったこと、すごく気にしてるみたいだった。
 そんなのいいのに。
 さらっと読めてしまうのはれんちゃんの字が丁寧で可愛らしくて、読みやすくて。
 なんてそれだけじゃなくて、私がれんちゃんの言葉に何か求めているからだった。
 早く読んでしまって、読み終えたときの気の落ちようなんて考えたくはないけれど。
 それでも意味もなくこんな些細な手紙を何度も読み返してしまうんじゃないだろうか、なんて少し思ったらもったいない気もする。けどそれならまた読んだらいいんだよね。
 妙な自分の考えに納得しつつ、手紙は2枚目に移る。
 はて? と一人で手紙を見ながら首を傾げてしまった。
 それは二枚目の内容が、れんちゃんからの言葉ではなくテストのような問題が11問。

“それではここで俺からの最後の問題です。
以下の問題の答えには数字が含まれています。その数字は問いの順に使用します。
みつばになら解けると思ってるから、暇な時にでも頭の体操がてらやってみてね。
答えは書かないから。分かった時にでも聞いて。”

 最後の。その言葉に一瞬ドキリとする。
 ペンとメモ用紙を用意して机に向かう。だってこれは、れんちゃんの、家庭教師としての最後の問題なんでしょう。
 それならちゃんと答えよう。
 問題は、英語数学国語地理歴史とジャンル問わず。
 けど全部今までれんちゃんと一緒に解いた問題の中に入ってたものだった。
 ひとつ、ひとつ。
 問題を読んで答えを考えていると、れんちゃんが居てくれた時のことを思い出した。
 この問題は、公式が分からなくて苦戦してれんちゃんが覚えやすいからって方法を教えてくれた。
 次の問題は、れんちゃんが居眠りしてる時に解けて起こしちゃったんだよね。バイトで疲れてたのに。
 あの問題は、語呂がいいからって覚え方を教えてくれた。
これも、あれも。全部。
 だから、問題が解けて最後に近づくにつれて悲しくなってきた。

「恋ちゃん……れんちゃん」

 はたはたとメモ用紙にしみが出来る。
 最後の問題。

“俺の好きなもの、なーんだ”

 最後の最後に、茶目っ気れんちゃんでました。
 これって問題なのかな? 好きなものっていっぱいあったよね、食べ物とか雑貨とか。
 でも一番に思い浮かぶのは、このマークなんだ。まるで、私の分身みたいで少しだけ嬉しい、トランプのマーク。
 でもね、れんちゃん。それじゃ答えに数字は出ないんだよ。みつばのクローバー、から3ってこと?
 悲しくなってたのに、笑えちゃう。
 笑えちゃうけど、やっぱりそれ以上に悲しいんだよ。
 れんちゃんに会いたくて。
 大学の合格だって、自分で言いたかったのに。
 涙を袖で拭いつつ、なんとなくだけれど最後の問いの答えは3かな、と思いつつ回答の中から数字だけを取り出してみる。
 0も多いかも。なんだろう。
 そのままの順番でいいって書いてあるけど、そのままだと何がなんだか。
 0…れい? ぜろ? 8…はち? や?
 33322(すき)みたいに読めるわけでもなさそうだし。
 1192(いいくに)って読めるわけでもない。
 じゃあ何? この数字の羅列。

 ぜろ、はち、ぜろ……。
 これ、もしかして。

 最近買ってもらったばかりのケータイで確かめてみる。
 ぽちぽちとボタンを押すと画面に表示される番号。
 けど、どうしてこんな回りくどい事をする必要があるんだろう?
 訝しがっても仕方がない。だって、手紙には聞けないし、答えはここにしかない。
 発信ボタンにゆっくりと指をかける。
 ピッ、プップップッ、プルルルル……コールの音が聞える。
 数回のコールがとても長く感じる。

 もし、誰か知らない人のだったらどうしよう。
 勘違いだったらどうしよう。不安がこみ上げてくる。

「はい」
「(で、でたっ)」
「……どちら様ですか?」
「え、あ」

 な、なんて話したらいいんだろう。おそらく相手も初めて見る番号だから警戒しているんだろう。
 声はなんとなくれんちゃんみたいだけど、違う人かもしれないし。
 オロオロとした声でどう返事をして相手の情報を聞き出そうかまよっていると、向こう側の声の人に笑われた。一層恥ずかしくて、声が出せなくなった。

「面白い電話」

 勧誘とかじゃないんだ? ってその声は笑った。
 普通に話してるってことは、そこまで怪しまれてはいないんだよね?

「れ、れん、ちゃん……ですか?」
「……」

 笑い声が止んで、静かになる。
 あれ、やっぱり違うのかな。一瞬そうかなって、考えたけれど電話越しの声はいまいち記憶と違っていて分らない。

「あ、あの、間違ってたならごめんなさい、すみませんでした」

 そういって切ろうとした。誰だかわからない人にかけてるなんて、すごく恥ずかしい。

「まって、切らないで」

 慌てた声が耳から話したケータイから聞える。

「11番目の答え、分かった?」
「れ、れんちゃん、なの?」
「……一先ず解いてくれたってことかな? ありがとう……じゃない、まずは大学合格、おめでとう」

 嬉しそうにそういってくれたれんちゃんの声が、すごく懐かしくて、胸がいっぱいになる。
 問題の答えは、れんちゃんのケータイの番号だった。

「「あの、」」

 二人で声をそろえて、譲り合いをして、なんだか訳が分からなくて。
 そんな事が嬉しくて仕方なかった。
 最初の数分こそ初対面の人と会話するみたいに会話が途切れ途切れになってしまっていたけれど、そのあとは前みたいにちゃんと話が出来た。
 たくさん話をして、楽しくて胸がいっぱいで。

「れんちゃん、また電話してもいいかな」
「まだ、切りたくない……んだけど、もう少しだけ話し、いいかな。あの、さ。今度、会わない? みつばが良かったらなんだけど……受験も終わってるからお疲れ会とお祝い兼ねて」
「え」

 少し照れた様子のれんちゃんの言葉に、耳を疑う。
 れんちゃんからお誘い。特別な意味なんてないんだろうけど。

「こんな言い方ずるいよな。みつば」
「何?」
「手紙の最後の問題の答え、なんだと思った?」

 電話越しの声が少し緊張している気がして、私も思わず唾をのむ。
 問題と聞いて、手元にあるメモ用紙を見る。最後の問題の答えを私は答える。

「クローバー、じゃないの?」
「それだと数字にならないだろ」

 少しだけ笑って、れんちゃんは続ける。

「だからクローバーじゃないんだ」
「うん? だから、クローバーの日本語で三つ葉にしたんだけど、ちがう?」
「やっぱ、そんだけしか読み取れないよな」

 少し残念そうなれんちゃんが何故か深呼吸した。

「電話越しじゃなんだか嘘くさいと思うかもしれないから、やっぱり今から行く」
「え、れんちゃん?」

 どたばたと忙しく動く音が聞える。
 え、今から行く? どこに、何で、どうして? 話が全く見えずに戸惑っていると、みつば、家にいるよね? と確認された。
 います、今、家!

「みつば、もういっこ質問!」
「は、はいっ」
「彼氏、居ない? 居ないよね!?」

 そんなに期待して言わなくてもいいと思う。
 れんちゃん、私少し悲しいよ。れんちゃんの期待に答えられて嬉しいんだけどさ。

「居ないよ、けどどうし」
「30分くらいでいくから、じゃ、電話切る」
「え、れんちゃ」

 れんちゃんが、勝手に電話切った。
 その事に少し呆然としながら、最後の会話を思い出してみる。
 クローバーの話をしたんだよね。そしたら、クローバー=三つ葉って言って。
 そしたら何か、私が勘違いしてるみたいにいわれて。
 最後には彼氏がいるか、なんて聞いて私の答えに少し声のトーンが上がった。

 そう聞くって事はれんちゃんも彼女とかいないのかな、なんて少し嬉しくなったけど。
 正直、それが本当だったら私、告白してもいいんだよね?
 せっかくこんなチャンスが巡ってきたんだもん。当たって砕けろ!

 母さんにれんちゃんが来る事を話したら、「フフフ、ちゃんとご飯の用意してるから大丈夫」っていわれた。
 どうしてくる事が分かったんだろう。

 最後の問題の答えがちゃんと分かったのは、れんちゃんが来て少し話をしたその後だった。
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