これは恋じゃなくて愛。

くさの

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第2話 間接キスは何の味?

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 いろんな友達と、よく出かけて遊んだ。女友達だったり男友達だったり、時にはその時付き合っている人とも一緒だった。
 たまに外出先で須田を見かける時があったけれど、彼はいつもこちらに気付いてもスッと顔を背けて知らないフリをした。特にそんな約束はしていなかった。
 初めは見えていなかったのかなと思ったけれど何度も重なれば偶然なんてものはスパンと真っ二つになって、意図的に知らぬフリをされていることにこちらもさすがに気付く。分かってからはこちらもワザと知らないフリをやり返した。
 けれどそうするにあたって自分の中に黒いモヤが広がって、三回と経たずに私はわざわざ電話を掛けて、呼び出して文句を言った。

「どうして無視するの」

 きょとりと目を丸くした彼が何の事かと聞き返してきた。主語を入れ忘れていたことに思い至って慌てて、街で見かけた時、と続けた。

「ああ。だって俺じゃああの輪にうまく入れないよ。相川もいちいち友達に説明するの面倒だろ」
「挨拶くらい、してくれてもいいじゃん。手を上げてくれるとか」
「俺は相川とは友人として付き合っていく覚悟があるけど、相川の友人とはたぶんすぐに疎遠になるよ」
「友達になれって、言うわけじゃないんだし」
「相川の友人を軽蔑して言うわけじゃないってわかって欲しいって、先に断らせてもらうけど。俺は、ああいう人たちが全般苦手だ。もちろん全員を指していうわけじゃないけど」
「何ソレ。矛盾してない?」

 その小さな前置きにちくりと胸が痛む。遠回しでも、友人を貶された、そんな気がした。むっすりと頬を膨らませて見返せば、須田は困ったように苦笑した。

「俺の好みの問題。相川がいいって言うならいいんだよ。ただ、その点が俺とは絶対に合わないってだけ」
「私の友達は友達って認めてないってこと? 私別に須田に認めてほしい訳じゃ」
「うん。だから、認める認めないじゃないならなおさら。俺は、好きな友達と居る時に邪魔したくはないんだよ。楽しいなら楽しいままでいて欲しいってだけ」

 この時の私は単に友達を馬鹿にされたんだと思っていた。そりゃそうだ。友達に友達を紹介したいと言えば、考え方が違うからと言われてしまった。
 もういい。私は話を半ばに椅子から立ち上がる。顔も見たくないと思った。どうしてこんな気持ちにならなきゃいけないんだろうと、悲しくなった。





 この時の会話は時折思い出す。
 あの頃よく遊んだ面子はもう揃わない。たった数回、数ヶ月だけの縁。その時一度の縁。
 アドレス帳に入っては消えて行く個人情報。
 彼の言った、言葉の意味が、何となくだけれど分かった気がした。

「須田、覚えてる」
「何を?」

 この日は久しぶりに近くの公園で落ち合うことにした。もちろん呼び出したのは私だったけれど、昼過ぎまではバイトだという彼に合わせて待ち合わせの時間は夕方にした。
 夜ご飯くらいは一緒に出来るかも、と思いながら彼との食事はお互いに好みがあるために気を遣い合うのが目に見えていて重く息を吐いた。もちろん、彼は自分の好みを前面に押し出す主張はしない。けれど、たまにくらいは付き合ってもいいと思う私の心情も察してほしい。濃い味を求める彼と同じものを食べたい、とまでは言えないが。
 いろいろ考えながら、ぼんやりと思い出したのが友達に関してのことだったのだけれど、あの時以来どこかこの話を持ち出すことに戸惑っていたのだと思う。
 けれど今はもう、あの時ほど不快な気持ちになることはなかった。彼は何を言うでもなかったけれど、何となく彼の言いたかったことが分かった気がするから。

「私が友達と居る時にどうして挨拶もしてくれないんだって言った時の事」
「……んー、ぼんやり?」

 記憶を手繰り寄せている感じはあるものの、あの時の反応を考えると私の友人関係について口を出す気がさらさらないのだろう、興味が薄すぎるとさえ思うが、この反応があの対応としっかりと結びついて見えるようで、納得できる。

「須田はさ、私よりちゃんと周りをみてるんだね」
「そうでもないよ。相川の方がちゃんと見えてるんじゃないか?」
「え」
「俺のは……相川をみてるから、解るんだよ。周りがどういう感情で相川と居るか、どんな目でおまえのことをみてるか。それだけ」

 どうしてそう、常に観察しています的な言葉を、本人を前にしていえるのか。不思議で呆れてしまう。

「別に言わなくてもいい事だけどさ。だから、相川の事、ちゃんと解ってくれる人かそうじゃないかは大体わかるよ」
「なら教えてよ」
「いやだよ。俺がいうことじゃねーもん」

 須田の言葉に、私はこの間別れたばかりの彼氏だった人物の事を浮かべた。ちゃんと話しあえ、とは言われたものの、結局のところお互いに話し合うまでの関心も興味も失せていた。真夜中に須田に電話を掛けたあの日に、それはなんとなく分かっていたことだけれど。
 須田はそれだけを言うと、思い出したように声をあげてこの間話したクレープ店の話を持ち出した。この話はこれ以上しないという彼の意思表示に私はまだ少し不服ながら、その話にのっかることにした。仕方ないから、のっかってやる。

「何がおいしかった?」
「須田の舌は満足しないと思う」
「そう? 甘いのも好きだけどなあ」
「なら、今から行こうよ」
「相川みたいなキレイどころと行くのは気が引けるけど、男一人も入りにくいから便乗させてもらおうかな」
「もちろん須田のおごりだよね」

 本気? と言いたそうな顔をして須田が私をみた。冗談をいう事はざらにあるから、須田のこういう顔をみられるのは正直嬉しい。近頃は新しい彼氏をどうこうというより、須田といて、須田の新しい側面をみられることに楽しさを覚えている。

「何その沈黙。冗談に決まってるでしょ」
「うそうそ、それくらいならお安いご用ですよ」
「一番高いの頼んでやるから覚悟してなよね」
「おお怖いな」

 その後、一緒に店に行き各々好きなものを頼んだ。須田はシンプルな生クリームとカスタードクリームにイチゴを乗せたもの。私はカスタードクリームの上にシナモンパウダーを振った煮詰めたリンゴを乗せたものにした。財布は開いていたのに、隣で出来上がるのを待っていた須田が、会計は一緒でというので少し言い合ったけれど空気を読んだらしい別の店員が出来上がった二つのクレープを差し出したために私が受け取り両手を塞がれ、会計は須田になってしまった。かくなる上はあとで押し付けてやるからな憶えてろよ、と心の中で悪態をつきながら預かっていた彼のクレープを差し出した。
 じっとりと睨みつけていると気にした素振りもなくただ、ありがとうとだけ彼は言ってそれを私の手から取った。
 店を出てすぐに私は自分のクレープをかじる。カスタードクリームと煮詰められてもしゃっきりとした食感の残るりんごの相性は抜群で。すっと通り抜ける様に香るシナモンも絶妙だ。

「あれ、一番高いのは? 無駄にボリュームの有るやつ無かった?」
「するわけないでしょ、これおやつだし。ちゃんとご飯食べたい」
「飯の事考えてなかった!」
「はーん、ばーかばーか! そんなクリームもっさりのなんか食べたらカロリー過剰になるんですー」
「お? 今なんかすっげームカついた。というわけで、一口食べろ、な?」

 ぴくりと眉を動かして静かに怒りを滲ませるその表情に、さすがに半分は冗談だとしても怯まないはずがない。ずいっと差し出されたまだ一口も齧られていない、真っ白のホイップされたクリームと合間から覗くイチゴの赤色、果汁が滲んでピンク色に染まった部分を見下ろして、ごくりと生唾を飲みこんだ。
 口でこそああは言ったが、本音のところは食べたいに決まっている。私だって女子で甘いものは大好きだ。
 ああもう、とそうやって知らぬ間にこちらの心を見透かしてみせる須田に悔しさをにじませながらパクリと差し出されたクレープにかみついた。
 もぐもぐと噛み締めていくと、クリームの甘さとイチゴの甘酸っぱさ、ふわりと爽やかな香りが鼻を抜ける。

「うまい?」

 そう聞きながら須田が私の食べたすぐ傍をかじる。クレープだな、と当然のコメントをしてパクパクと口に運ぶ。
 私から食べかけた何かを渡したことも飲みかけのジュースを渡したこともないけれど、彼はそれがほんのちょっとであっても、間接キスだなんてことを考えたり口にしたりはしないのだろうか。
 好きだと言ってはくれるくせに、そう云う所はどうなのよ、と毎回思うのだけれど。
 口を動かしながら、小さく頷いたことに彼は満足しているらしかった。彼にとっては自分がどうというわけではなくて、私が楽しそうか幸せそうかが全てらしかった。

「飯な……食いたいものある?」
「今これ食べてるんですけど」
「すぐ腹減るって」
「あ」
「なに」
「須田も味見するよね!?」
「いや、俺は」
「す、る、よ、ね!?」
「……あー、うん。一口貰う……」

 気圧されてか、はむりと小さく端だけを食べた須田に、無言でもう一口と押し付ける。
 だっておかしいじゃないか、中身に全く届いていない、生地だけを食べたって何もわからない。私にはむしろ頬張れと言わんばかりに威圧を掛けてきたのだからこれくらいはやってもいいだろう。
 もういいんだけど、と目を逸らしていう彼に、リンゴ食べてないでしょ、と言えば食べたと平気でウソを付く。

「リンゴとクリーム食べて」
「いや、だって……それは……」
「なに、私の食べかけは食べられない?」
「別に。相川がいいならいいけど、これ、間接キスだ」
「……」

 そう言うと今度こそ恥ずかしそうに赤く染めた顔をクレープと私から逸らしてしまう。
 はぁ?! そんな気の抜ける声はさすがに口にしなかったけれど、私が先ほど意識した時には何も思ってない様子だったのに、今更それを言うのかと呆れてしまった。
 唖然として大口を開けていたらちらりとこちらをみたらしい彼が、相川顔、と窘めるので、私は全く以って須田の考えている事が分からずそのあとウィンドーショッピングする合間も、晩御飯にと選んだファミレスでも延々と文句を言い続けた。
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