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初夏の涼風の章

再会と危機

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「それで? どんな外道なことをメルにしようとしてたんだ、白薔薇の貴公子さん」
「そうよ、私達の大事なメルにあんなこととかこんなことをしようとするなんて……そうね、せめて私達もまぜてくれなきゃダメよ」

 何か再会早々、すごいことを言われている気がするが、とりあえず人間の基本としてまず挨拶をしてみることにする。挨拶をすればそこから話の流れもまた違うものに変わっていくかもしれないという、ごくごく淡いとても薄い期待も込めて。
「ユイハ、ユウハ、こんにちは。学院の方の遺跡調査はもう終わったの?」
「あぁ、なんというか、どうも特定の難解そうな儀式を踏まないと開かない箇所があってね、学院の受け持ったエリアの調査はひとまずおわったよ、それよりジルセウス、お前……」
「そうよ、ひとりじめでメルいじめするなんて酷いわ酷いわ。常日頃から、そういうことをするなら私達もまぜてちょうだいなって言ってるじゃないの」

 だめだ、全然話をそらす効果がない。
 メルが思わず遠くを見た時……『その人』の姿が見えた。

「ねぇ皆……あれ、ベルグラード男爵じゃないかな?」

 メルはすこし向こうにたむろしていた冒険者のようななりをした一団の、その中のリーダーらしいひとりを示して問いかける。
「ん?」
「あら?」
「おかしいな、ベルグラード家の別荘はこのあたりではないはずなんだが」
「でもでもでも、あの杖はベルグラード男爵よね」
 冒険者のような格好をしてこそいるが、あのきれいな飴色になった銘木の杖は見間違えようがない。あれはベルグラード男爵の武器で、冷気を吹き出す魔杖なのだ。そうそうこの世界に何本も、まったく同じデザインであるものとは思えない。
「たしかに……話しかけてくるか」
「あっ、ユイハ!」
 ユイハがささっとそちらに行って、そしてベルグラード男爵らしい人になにか話してから、こっちに来てくれと手で合図している。
 一同は素直にそちらへ向かうことにした。


「やぁ、お久しぶりだね諸君。縁とはあるものだね。ええと、貴方はリヴェルテイア家の……」
「あぁ、今はただのジルセウスで結構ですよ」
「ではジルセウスどの、お久しぶりだ。妻たちは茉莉花堂にちょくちょく顔を出せているようだが、私はなかなかそうもいかなくてね」

 ベルグラード男爵は痩せた身体に丈夫な衣服、軽い皮の鎧、腰には魔術式を刻んだ短剣、そしてフード付きマントと、冷気の魔杖と合わせると完全に冒険者の魔法使いの格好だった。
「あぁ、こちらはわたしの部下達だ。ここには『仕事』でちょっとね」
 男爵の連れである冒険者風の男女らが、ごく軽くではあるが丁寧に頭を下げた。
「……ふむ、なるほど」
 ベルグラード男爵の本当の官職は『魔薬捜査官』という。いわゆる極秘とされるお役目だ。本来なら仕事で来たことも話してはならないのだろうが、男爵の部下らしい者たちは男爵を上司として信頼しているらしく、特にざわつく気配などはない。
「だから、君たちに気付いても挨拶ができなかったのだよ、すまないね」
「いえ、こちらこそそのあたりを配慮できず申し訳ない、ベルグラード男爵」
 男爵に話しかけた当のユイハがぺこりと頭を下げたので、ユウハとメルもそれにならって小さく頭を下げた。
「いや、それはかまわないよ。ところでジルセウスどのはリヴェルテイアの別荘だろうが、キミたちはどこに滞在しているんだい?」
「あぁ、俺たちは銀月騎士学院の方で遺跡調査に来たので、近くに大規模なキャンプを張ってます」
「私は……ええと、師と一緒にとある貴族さまの別荘にお仕事で招かれまして」
 メルの言葉に対して、ほう……? と声をもらしながら、片眉だけを器用にあげる男爵。

「……それはもしかすると君の滞在しているのはマギシェン侯爵家ではないかい?」
「どうして、それを……」
「マギシェン侯爵家では今、職人二名を客人待遇で招いているという情報だったからね……。私達が今調べているのは、他ならぬそのマギシェン侯爵家なのだよ」

 ……『魔薬捜査官』である男爵が、マギシェン侯爵家を調べている、それは、つまり……?

 そのとき、絹を引き裂くような悲鳴が響いた。
「誰か! お願い母さまを止めて!!」



「あれは……侯爵夫人!?」
 悲鳴がした湖の方を見れば、湖の深いところに進もうとする侯爵夫人アリアを、ウルリカが必死で追いかけているではないか。二人とも、もう胸のあたりまで水に浸かっている状態だ。このままでは危ない。
「お前たち、早急に救助を」
 男爵が部下である冒険者風のなりをした者たちに命じる。何人かの軽装の者たちがその声に応じて二人の救助に向かった。

 ウルリカはすぐに状況を把握しておとなしく救助されてくれたが、アリアはそうはいかなかった。
 水の中でばたばたともがいている。何かを叫んでいる……?

「止めないで、離して!!」

 もがく、あがく、駄々をこねる子供のように。
 それを救助のためとは言え押さえつけられている姿はどうにも胸が痛かった。
「もう何も慰めになってくれないのよ! 何も! 何も!」
 陸に引き上げられても、なおも暴れて湖に入ろうとするアリアを止めている間に、身体が頑丈そうな使用人を連れたテオドルが現れた。どうやらウルリカがアリアを引き止めているうちに人を呼ぶ、ということになっていたらしい。
「もう、ダメだわ! 私はもうダメなのよ! レリーチェのくれる薬がいくらあっても、幸せになどなれっこないわ!!」
「薬……!」
「なるほど、薬か」
「薬、ですとな。それでそのレリーチェという名前の者は……」

「レリーチェは母さま専属の看護師兼メイドだよ」
 男爵の部下がざわつく中、ぽつりと、ウルリカがつぶやく。


「あらあら……」

 ゆらりゆらりとした、ねばつくような声音。

 そこに居た一同が声の方向を見ると――そこには、あの緑色の瞳が印象的な色白のメイド、レリーチェが、すらりとした花のようにそこに立っていた。

「でも、この『鈴蘭』のレリーチェ、きっと任務は果たしてみせますわ」
 レリーチェがぱちん、と指をを鳴らすと、何人もの武器を持った者たちが現れた。


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