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秋色なる舞姫たちの章
真紅の舞姫(その一)
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馬車が小さく揺れて、リゼッタはごく浅い眠りから覚めた。
一瞬、なにかあったのではないかと不安になるが、どうやら馬車の車輪が小石か何かに乗り上げただけのことのようだ。
驚かせないでよ。もう。
リゼッタが口の中だけで小さく呟いてため息をつくと、くるくると渦を巻く真っ赤な髪の毛がひとふさ垂れてきて視界に入る。
真っ赤も真っ赤。人参なんかよりもっともっと赤い、醜くて、不恰好で、いまいましい髪。
おぞましくて、見ていたくなくて、無造作に髪の毛を肩の後ろに戻す。
まったく、嫌になる。
どうして自分はこんな髪の色なんだろう。
ぱっちりとした茶色の目も、なめらかでミルクみたいな肌の色も、遅咲きの八重桜のような唇の色だって全部それなりに気に入っているというのに、髪の色だけが忌々しく醜く悪目立ちする。
混じり気のない黄金の色をした綺麗な金髪だなんて高望みはもう、しない。
せめて、せめて今馬車の向かいの席に座っている従兄弟のジルセウスのような黒髪だとか、あるいは目立つような色にしたって、隣にいる自分の従者であるゼローアのような銀の髪がよかった。
ゼローアの髪の色は、リゼッタから見てもとても綺麗だ。
本人曰くエアルトという種族にはありふれた色なのだとはいうが、それでも綺麗な色であることには変わりはない。
せっかくなので髪を伸ばしてみてはどうかと彼に勧めたこともあるが、本人は髪になど興味はないようで、いつもばっさりと短く刈ってしまっている。
だが、それが彼の、細身だがよく鍛えられた身体にはよく合っている。
エアルトというのは身体中に浮き出た魔法文字が象徴するように、どちらかというと魔法と智慧を武器とする種族だ。そのため、ゼローアもてっきり貧弱な身体つきをしているものとばかりリゼッタは思っていたので、最初に知った時は意外な思いだった。
ゼローアは二年ほど前、花咲く都の郊外にある大きな橋の下に倒れていた少年だ。
それを、ちょうど馬車で通りかかったリゼッタが、助けて拾った。
……助けた、というか……数日間ほどんど飲まず食わずだったがゆえの空腹で倒れていた彼に、リゼッタがたまたま偶然に持っていたチョコレート菓子を気まぐれで与えたら、そのままなつかれてついてこられてしまった、というのが正しいところだろう。
「リゼッタさま?」
じっと見られているのに気づいたらしい、何か用でもあるのかとゼローアはごく軽く首をかしげる。
自分の名前を呼ぶ、その声は十六歳かそこらだというのにかなり低く落ち着いていて、ついどきりとしてしまう。
――私は今、何を……相手は自分より六歳も年下のほんの子供なのに?
「なんでもないわよ。それより、ねぇ、ジルセウス」
わざと機嫌の悪そうな声で、年の近い従兄弟を呼ぶ。
「なんだい?」
従兄弟のジルセウスはリゼッタとは反対に、どこか楽しそうだった。
それもそうだろう。これから向かうのは、ジルセウスが趣味としているドールのお店。それも、ドールのものならなんでも揃うという店なのだから。
「その、これから向かうお店――なんだったかしら、ドールブティック……」
「ドールブティック茉莉花堂、だね」
「えぇ、そのお店よ。案内してもらって悪いわね。今家出中の私なんかに付き合わせて」
すると従兄弟殿は苦笑いを返してくる。
「どうやら、うちの母は俺をそろそろ落ち着かせたいし、君の家も君にはそろそろ戻ってきてほしいようだからね。そろそろ戻って、落ち着いてみたらどうだい? そしたら僕も君と結婚するように、なんて言われずに済むし」
リゼッタはおもわず顔をしかめる。
「それはごめんあそばせ。でも、嫌よ。私は舞劇で、一人でやっていきたいのよ。結婚なんてごめんだわ。結婚なんてして、舞劇をやめて、子供を作って、ぶくぶく不恰好に太って年老いていくなんて、そんなこと恐ろしくて考えたくもないわ」
考えただけでぞっとする未来図だった。
リゼッタは舞劇が好きで、子供が嫌いで、醜いのも、大人しく歳をとるのもごめんだった。
リゼッタは美しいものだけが好きだ。
その中には、踊っている自分も含まれる。
踊っている時だけは、リゼッタは自分の髪の赤いことからの憂いもすべて忘れて、美しくなれる。幸せになれる。
今度の舞台では、ようやく初めてヒロインを演じることができるのだ。
ようやく、ようやく。
貴族だからとあれこれ嫌味を言われて嫌がらせもされた。
ダンスシューズにピンが潜まされていたことだって、一度や二度じゃない。
せっかくの衣装を無残に破かれたことだってある。
自分のかばんにだけ、生ゴミが詰め込まれたことだってあった。
ほかにも、いろいろ。数えていたらキリがない。
そんなのに耐えてきたのは、全部全部、ヒロインを目指していたからだ。ヒロインになりたかったからだ。
そのために……踊ることに専念するために、家出をして、今では花咲く都の貸し家にゼローアだけを従者として暮らしているのだ。
「君は嫌っているけれど、素直に年老いていくのも悪くないんじゃないかと僕は最近思うよ」
「なによ、それ」
「一緒に歳をとりたいと思えるような相手と一緒なら、そういうのも悪くないんじゃないかな」
「……ばっかみたい」
そんな相手、見つかるわけがない。
リゼッタは醜いのが嫌いだ。
ただでさえ、醜い自分がさらに醜くなっていくのを、ずっと見られ続けたいなんて思わない。
ましてや、愛したり恋したりした相手になんて、そんなの絶対に見られたくない。
「収集家小路に入ったよ。もうすぐ茉莉花堂だ」
「……えぇ、わかったわ」
いちだんと狭い道に馬車が入り、しばらくして一軒の建物の前で止まった。
降りるときにジルセウスが手を差し出してくれたのを断って、リゼッタはさっさと店のドアを開けて入る。
「いらっしゃいませ」
出迎えた店員は、金髪の若い娘。
それもリゼッタが常日頃から憧れてやまないような、美しい黄金の波打つ髪をしていた。
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