花咲く都のドールブティック

冬村蜜柑

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秋色なる舞姫たちの章

舞手よ、祈りを捧げよ

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「居なかった、とはこれまた悲しいことを言うものだ」
 落ち着いた男性の声と、二人分の足音。
 これは。

「……いいかね、君という人物は確かに今ここに居るのだよ」
「メル……。それに君はリゼッタの従者、だったね」
 落ち着いた声の中年の男性は、ベルグラード男爵。
 もうひとりは……黒髪の貴族青年、ジルセウス。

 なぜ二人がここに、と唖然とするメル。

 それに対してゼローアは、複雑そうな顔をベルグラード男爵に向けている。
「貴方は何者ですか。知ったふうな口を聞く」
 ベルグラード男爵は冷気の魔杖でもって自分の帽子のつばをくいっと上げて、こう名乗った――
「位は男爵、官職は魔薬捜査官だ――気軽にベルグラードと呼んでくれたまえ」
「……魔薬捜査官……だと」

 今度はゼローアが唖然とする番だった。
 メルはすがるような思いで、腕の中のドール・シルフィーニアを抱きしめる。



「さて、ゼローア君とやら。君が我々魔薬捜査官が追う“教団”に育てられたというのは真実かね?」
「……わざわざ確かめるまでもなく、さっき聞いていたんでしょうに」
 吐き捨てるようにゼローアは言うが、ベルグラード男爵は追及を止めない。
「真実かね?」
「……そうです」
「なるほど」
 男爵はくるくると魔杖を回す。本来はお行儀が悪いのだろうが、男爵がしてみせるとなぜか不思議と優雅だった。
「もしそうなら君は――君も“教団”の被害者の一人だ」
「……?」
 信じられないことを聞いたかのように、いや「かのように」ではない、ゼローアは本当に信じられないことを聞いたときの顔をしていた。
「俺は、俺は、俺は、暗殺者として、人を殺してきて」
「君もまた、れっきとした被害者だよ。まだ子供だというのに……辛かったろう」
「俺は……っ……」

 ゼローアは拳を構えて、ベルグラード男爵に突っ込む。

 その動きはまさしく疾風。

 メルも、そしてジルセウスも、止めることはもちろん声を上げることもできないほどに、疾く――

 
「……」
「……避けないのですね」

 
 ゼローアの拳は、ベルグラード男爵には当たっていなかった。
 いや、当たっていなかったというのは正確ではない。
 ゼローアは攻撃を寸止めしたのだ。

「当たらない攻撃は、避ける必要が無いだろう?」
「……そうですね」

 そして、ゼローアは拳を下ろした――





 ぽつり、ぽつりとゼローアは自らの過去を語り始める。

「俺は、旅から旅への巡礼者夫婦のエアルトの間に生まれたようです。でも、とても幼い頃に亡くなったようなので、俺は親の顔も名前も覚えてはいませんが。“教団”に拾われて、そこで“教団”の教えと、武術を叩き込まれました。……エアルトということもあって、小さい頃は貧弱扱いでしたよ。……いつしか、あいつはこの先、生き残る確率がゼロだから……と、ゼロ野郎、ゼロ、という呼び名で呼ばれるようになった。親からもらった本当の名前すらも、もうありません」

「そんな……」

「それでも俺はだいたい十四歳ぐらいまで生き残った。そして“教団”を脱走しました。生きるために、自分が生き残りたいから、死にたくないから。三日三晩飲まず食わずで走りました。走って、走って、そしてとある橋の下で倒れました。……恥ずかしながら、空腹で倒れたんです。次に目を覚ましたとき、俺は温かい手で水を飲ませて貰っていました。そして、今まで食べたこともないような、不思議な食べ物を貰いました。それは、体がとろけるように甘くて、どこまでも活力が湧いてくるような食べ物でした。そして、その方は俺に名前を尋ねてきたんです」

 そこで、ゼローアは昔を思い出したのか、目元をぬぐった。

「俺は、とっさにゼロ、と答えてしまったんです。……答えてしまってから……さすがに“教団”で使っていた名前そのままではまずいだろうと、思っていたら」



『ゼロ……あ……?』
『へえ、ゼローアっていうの? 変わったお名前なのね』



「……その方は、俺に名前を下さったんです。本人はまったく意識していないでしょうが。けれど――俺はそのときから“ゼロ野郎”ではなくなった。ゼローアになれたんです」

 そうして、ゼローアは……裏口のドアノブに手をかける。


「俺は、俺をゼローアにしてくれたリゼッタお嬢様のためなら――命だっていらないのです」
 だが、ドアノブにかけられた手を、ベルグラード男爵の手がそっと制する。

「何を」
「言っただろう? 私のお役目は魔薬捜査官だ――お役目の内容は“魔薬”の流通を防ぐこと、それに“魔薬”の被害者を救うことだ。そして君と君の主もまた、“魔薬”に人生を壊されようとしている被害者、だろう?」
 そんなセリフを言って、ベルグラード男爵は茶目っ気たっぷりにウインクをする。
「あなたは……酔狂なたちだって、言われませんか」
「よくわかったね、しょっちゅう言われているよ」


 こつり、こつりと小さな音。ベルグラード男爵が杖をついている。
「さて、我々は今から“魔薬”の取引現場を襲撃するわけだが――」

「それなら、ご一緒しますよ、男爵」
「乗りかかった船ってものだわ」

 とてもよく似ている、少年と少女の声。
 メルにとっては見慣れた姿が現れる――ユイハとユウハだった。

「さっき、援軍を――彼らを呼んでおいたんですよ。間に合ってよかった。あぁ、もちろん僕もご一緒しますよ」
 ジルセウスも当然のように襲撃メンバーに加わって。

「あの、私も」
「メル、君は……止めても無駄だね」
 ジルセウスが、そっとメルを抱きしめるようにして、美しくまとめられた後ろ髪をなでて、ため息をつく。
「うん、見守るよ。……それに、この子にも、シルフィーニア嬢にも見守らせてほしいの、ゼローアを」
「……」
 ジルセウスはしばらく何も言わなかった。ただ、今度はシルフィーニアの頭を優しく撫でて――
「妬いていいのかな、これは」
 とだけ。








「では、征くとしようかね」
 ベルグラード男爵の言葉とかちゃりとドアの開く音とともに、最後尾のゼローアが祈りの言葉をつぶやくのが、メルには聞こえた。

「舞を愛したもう風神よ、あなたに慈悲があるのなら、どうか、リゼッタお嬢様をお守りください、そして――」



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