73 / 88
真白い輝きの冬の章
君の行く道に幸あれと(その一)
しおりを挟む「先生ー、品物のお届けに行ってくるから、留守番よろしくね。具体的にはその間の店番とか」
茉莉花堂の店舗部分、その奥のカーテンで仕切られたスペースは品物を置く倉庫でもあるがシャイトの作業スペースでもある。
その場所をぴょっと覗き込んで、お出かけ用おめかし完全装備のメルはシャイトに告げた。
「お、おい、俺が店番なんて出来るわけないだろうが」
「だめです、人は苦手から逃げてはいけないよ。いつも私がすっごく苦手なブラウスの襟をつけるとき、シャイト先生同じこと言ってるじゃない」
「あれはだなメル」
「行ってきまーす!」
メルは無慈悲にシャイトの言い分は聞かず、さっと茉莉花堂を出る。
そこにはすでに一台の丈夫そうなつくりの馬車が待っていた。
「申し訳ありません、お待たせいたしました」
馬車には紋章がない。貴族のものではない。
商会のシンボルもない、商人のものでもなかった。
体の大きな御者が告げる。
「では、マナフ・アレン様のお屋敷へお連れいたします。お乗りくださいませ、茉莉花堂のドールドレス職人どの」
この馬車の持ち主は、大陸でも名を馳せる芸術家マナフ・アレンなのだ。
馬車は花咲く都を出て、雪が踏み固められた街道をしばらく進む。
大きな街道から、ちょっとした森の中を進む道にそれて少しすると何人かの武装した人が歩いているのが見えた。
御者は馬車を止めて、その人々と挨拶を交わす。
どうやら彼らはは屋敷の護衛のようだった。
服装こそバラバラだが、よく見ると皆カメオブローチのようなものをそれぞれに付けていたのであれがこの屋敷の護衛の証なのだとわかる。
そこからさらに少し行くと屋敷が見えた。広さはそこそこなのだろうが、マナフ・アレンほどの高名な芸術家の住まいという華やかなイメージからすると質素な印象を受ける。
馬車はそんな屋敷の正面に止められた。
「出迎えの使用人についていけば、マナフ・アレン様のところへ行けるでしょう」
つまり一人で降りてくれということだ。メルはきちんと礼を言ってから馬車を降りた。
「茉莉花堂のドールドレス職人どのに、間違いございませんね?」
「は……はい」
執事らしい細身の老人は、メルの顔をまじまじと見ながら少しの間だけ驚愕したかのように目を見開いた。
メルは、自分がさっそくなにかしでかしたのだろうか、大きなお屋敷を訪れるのにはもう少し長い裾をした絹のドレスを着たほうがよかったのだろうかと考えを巡らせる。
しかし執事らしい老人はすぐに丁寧な口調でこう言った。
「お帽子と、コートをお預かり致します。よろしければそちらのドールトランクも運ばせましょう」
「いえ……依頼人であるマナフ・アレン様にはこちらからお渡しいたします。これも仕事ですので、ご理解いただきたく」
「かしこまりました」
てっきり食い下がられるかと思ったが、あっさりとこちらの要望を飲んでくれたのは意外だった。ここは貴族の屋敷ではないので、それほど格式張らないのかもしれない。
執事につづいて、屋敷の廊下を歩く。
その壁には様々の絵があった。
殆どは風景画だ。幻想的な雪降る湖の絵。勢いよく飛沫をあげる冬の滝の絵。大きな樹の上から真っ白に染まった森を描いたらしい絵。寒風の大海を征く大きな船の絵などもある。
素人の目から見ても、どれも素晴らしいものだ。
とそんな廊下のとある大きな絵の前で、執事が足を止めた。
「……失礼いたしました。もうすっかり癖になっておりまして」
すぐに老執事は歩きだす。
……そこにかかっていた絵を、メルは見た。
その大きな絵に描かれていたのは、澄んだ泉のそばに腰かけている若い女性。
女性は、泉に浸かるほど長い波打つ金の髪に、物憂げな青い瞳の乙女だ。
絵の額縁には『清き泉の乙女リンネメルツェ』とタイトルがついていた。
「……リンネメルツェ」
メルの思わずこぼれたその呟きは、老執事も聞こえていたのだろうが、彼は何も言葉を発することはなかった。
やがて、立派な扉の前に出た。
「こちらが、ご主人様――マナフ・アレン様のお部屋でございます」
うやうやしく扉を開けられる。
その部屋にはあの神がかり的な芸術家である老人――マナフ・アレンが大きなテーブルにそれはそれは見事な午後のお茶の用意をして待っていたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる