花咲く都のドールブティック

冬村蜜柑

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真白い輝きの冬の章

君の行く道に幸あれと(その一)

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「先生ー、品物のお届けに行ってくるから、留守番よろしくね。具体的にはその間の店番とか」
 茉莉花堂の店舗部分、その奥のカーテンで仕切られたスペースは品物を置く倉庫でもあるがシャイトの作業スペースでもある。
 その場所をぴょっと覗き込んで、お出かけ用おめかし完全装備のメルはシャイトに告げた。
「お、おい、俺が店番なんて出来るわけないだろうが」
「だめです、人は苦手から逃げてはいけないよ。いつも私がすっごく苦手なブラウスの襟をつけるとき、シャイト先生同じこと言ってるじゃない」
「あれはだなメル」
「行ってきまーす!」

 メルは無慈悲にシャイトの言い分は聞かず、さっと茉莉花堂を出る。
 そこにはすでに一台の丈夫そうなつくりの馬車が待っていた。
「申し訳ありません、お待たせいたしました」
 馬車には紋章がない。貴族のものではない。
 商会のシンボルもない、商人のものでもなかった。
 体の大きな御者が告げる。
「では、マナフ・アレン様のお屋敷へお連れいたします。お乗りくださいませ、茉莉花堂のドールドレス職人どの」
 
 この馬車の持ち主は、大陸でも名を馳せる芸術家マナフ・アレンなのだ。




 馬車は花咲く都を出て、雪が踏み固められた街道をしばらく進む。
 大きな街道から、ちょっとした森の中を進む道にそれて少しすると何人かの武装した人が歩いているのが見えた。
 御者は馬車を止めて、その人々と挨拶を交わす。
 どうやら彼らはは屋敷の護衛のようだった。
 服装こそバラバラだが、よく見ると皆カメオブローチのようなものをそれぞれに付けていたのであれがこの屋敷の護衛の証なのだとわかる。

 そこからさらに少し行くと屋敷が見えた。広さはそこそこなのだろうが、マナフ・アレンほどの高名な芸術家の住まいという華やかなイメージからすると質素な印象を受ける。
 馬車はそんな屋敷の正面に止められた。
「出迎えの使用人についていけば、マナフ・アレン様のところへ行けるでしょう」
 つまり一人で降りてくれということだ。メルはきちんと礼を言ってから馬車を降りた。

「茉莉花堂のドールドレス職人どのに、間違いございませんね?」
「は……はい」

 執事らしい細身の老人は、メルの顔をまじまじと見ながら少しの間だけ驚愕したかのように目を見開いた。
 メルは、自分がさっそくなにかしでかしたのだろうか、大きなお屋敷を訪れるのにはもう少し長い裾をした絹のドレスを着たほうがよかったのだろうかと考えを巡らせる。
 しかし執事らしい老人はすぐに丁寧な口調でこう言った。
「お帽子と、コートをお預かり致します。よろしければそちらのドールトランクも運ばせましょう」
「いえ……依頼人であるマナフ・アレン様にはこちらからお渡しいたします。これも仕事ですので、ご理解いただきたく」
「かしこまりました」
 てっきり食い下がられるかと思ったが、あっさりとこちらの要望を飲んでくれたのは意外だった。ここは貴族の屋敷ではないので、それほど格式張らないのかもしれない。

 執事につづいて、屋敷の廊下を歩く。
 その壁には様々の絵があった。
 殆どは風景画だ。幻想的な雪降る湖の絵。勢いよく飛沫をあげる冬の滝の絵。大きな樹の上から真っ白に染まった森を描いたらしい絵。寒風の大海を征く大きな船の絵などもある。
 素人の目から見ても、どれも素晴らしいものだ。
 とそんな廊下のとある大きな絵の前で、執事が足を止めた。
「……失礼いたしました。もうすっかり癖になっておりまして」
 すぐに老執事は歩きだす。
 ……そこにかかっていた絵を、メルは見た。

 その大きな絵に描かれていたのは、澄んだ泉のそばに腰かけている若い女性。
 女性は、泉に浸かるほど長い波打つ金の髪に、物憂げな青い瞳の乙女だ。
 絵の額縁には『清き泉の乙女リンネメルツェ』とタイトルがついていた。
 
「……リンネメルツェ」
 メルの思わずこぼれたその呟きは、老執事も聞こえていたのだろうが、彼は何も言葉を発することはなかった。



 やがて、立派な扉の前に出た。
「こちらが、ご主人様――マナフ・アレン様のお部屋でございます」
 うやうやしく扉を開けられる。


 その部屋にはあの神がかり的な芸術家である老人――マナフ・アレンが大きなテーブルにそれはそれは見事な午後のお茶の用意をして待っていたのだ。


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