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真白い輝きの冬の章
とある母親の話
しおりを挟むこれは とある母と 娘の話。
リーリシュカ・キャルロード・パラフェルセーナ公爵。
彼女こそが、大陸最大のピシュアーの生息地である広大な森を含む一帯を領地とする、ピシュアーの女王にして花の国ルルドの大貴族。二十人以上もの養子を含めた子を持つ偉大なる母。
これはそんな彼女の、物語の断片。
ピシュアーの森の奥にあるパラフェルセーナ家の居城。
「お母様! おかえりなさい」
リーリシュカが馬車を降りて真っ先に出迎えるのは、二番目の子であり長女であるエナディアール。今年で十四歳になる娘だが、体は小さくてまだ十二か十三ぐらいにしか見えない。中身の方も周囲の者がいつまでも甘やかすせいなのか、幼い。
「あぁ、エナディアール。いま戻ったぞ、土産が目当てか? そのように勢い良く飛びついて来ずとも、土産は逃げぬぞ」
「もう、そうではございませんわ。エナディアールもお母様の身を案じていたのですよ。……そりゃあ、お土産もちょっとは……楽しみにしていましたが」
リーリシュカには養子を含めて多くの子がいるが、エナディアールが最も自分に似ていると思っているので、彼女のことは特に溺愛していた。
……リーリシュカはピシュアーの中でも特に体が小さい。他の者たちが四十センチほどの身長があるのに対して、彼女は三十センチほどしかなかった。
そんな彼女に一番良く似た子、つまり一番体の小さな子がエナディアールであったのだ。
パラフェルセーナ家の居城は人間やエアルトといった体の大きな種族も訪れるため、彼らに合わせて大きな城だ。大は小を兼ねるというわけである。
そんな城の扉を狼の顔と尻尾を持つ種族であるヴェールヴの従者が開ける。扉にはピシュアー用の小さな扉も取り付けられているが、こういうときは従者に開けさせるものだった。
エナディアールを引き連れて、ふわふわりと扉をくぐる。
「「「おかえりなさいませ、リーリシュカ様」」」
その場に集っていた使用人たちが、勤めから帰ってきたリーリシュカに頭を垂れる。
「うむ、今戻った」
それに鷹揚に応えリーリシュカは城の奥、城主のプライベートな部屋へと、愛娘と手を繋いで飛んでいった。
……それから二年後のこと。
パラフェルセーナ公爵領内で、公爵の長女エナディアールが事故死したとの届けが出された。
死因は詳しくは不明。
公爵は、あまりにむごたらしい姿だったので、人目にさらしたくないと棺の蓋を閉めたままだった。
また、公爵本人はその事故で右の瞳を傷つけてしまつたようで、それ以来人前では常に黒い眼帯を外さない。
真実を知るものは、公爵の一家のほかにはわずかな従者や護衛たちのみであった。
◇◇◇
「お母様、今日は……お土産はないのですか?」
十二歳ぐらいからほとんど変わらない小さな体をさらに小さくして、おどおどとした様子でエナディアールがリーリシュカに尋ねる。彼女のモンシロチョウの翅がなんだか場違いにふわふわとしていた。
ここはパラフェルセーナ家の居城。ピシュアーの女王としての玉座の間であった。
母は激務から帰ってきたのだから、いつまでも子供っぽく土産をせびるよりももっと他にすることがあるだろうに、としかめ面になる。
「エナディアール、お前も十六歳になるのだぞ。いつまでも子供ではないのだ。このパラフェルセーナ家の長女としてだな」
「――そんなの、どうだっていいじゃないの」
……そのときの娘の声は、暗く、重く、本当にこの世のなにもかもどうでもいい、とでも言うようだった。
「どうだっていいんです、私なんてどうだっていいんです。お母様にとって私はどうだっていい存在なんです。どうだっていいんでしょう、優秀なお兄様がいらっしゃるし、お母様にはたくさん子供がいるのでわたしなんてどうだっていいんです、こんないつまでも体の小さくて子供っぽい娘なんでどうだっていいんでしょう」
「え……エナ……?」
「どうだっていいんだわ私なんて、どうだっていいわ……お母様なんて」
思わずリーリシュカはエナディアールに掴みかかった。
娘の瞳は異常だ、母の姿さえ見えていない。
これは……一体どうしたというのだろうか。
「どうだっていいの、もう」
そう言ってどろりとした瞳の愛娘エナディアールが取り出したのは、小さな小さな小さな――短剣だった。
「!!」
エナディアールの突き出した短剣は、リーリシュカの右目のまぶたを僅かにかすった。流血こそしているが、その傷は眼球にはとどかなかった。
リーリシュカがとっさに娘《エナディアール》を突き飛ばすと、周囲の者たちが狼藉者《エナディアール》に剣を、槍を、鎚を、魔法を浴びせる。
「お……かあ………さま…………」
「エナ……エナ……エナディアール……?」
◇◇◇
……その後の調査によって、教団と名乗る何らかの神を祀った集団によって、エナディアールが魔薬漬けにされていたことが判明した。
ピシュアーの小さな体に、薬や毒は少量でも効きすぎる。
ましてや、エナディアールのように平均よりもさらに小さな体だったのでは……。
すべては、リーリシュカにとっては遅かった。
それからしばらく後、リーリシュカは魔薬捜査官総取締役という役目を自ら負った。
……自分たち母娘と同じ境遇にあるものを、手遅れにしないために。
リーリシュカが常につけている黒い眼帯は、その決意の現れであり……娘のための喪服代わりでもあるのだ。
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